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第二三話 固有能力


「ほっほ。この姿になるのも久方ぶりじゃのう。なぁ、イリーガル」


〝炎帝〟が朗らかに微笑む。その胸元には魔人イリーガルの拳が炎の鎧に阻まれ、受け止められていた。


「キャハ……ヒャハ、ハハ」


 魔人イリーガルは壊れたラジオのように嗤っていた。しかし、その全身は酷い火傷を負い、紫の皮膚は灼け爛れ、見るも無残な有様だ。甚大な痛痒(ダメージ)を負っているのは確かだった。


 すると、途端に飛び退き、間合いを開けた魔人イリーガル。怒涛の攻撃を演じていた魔人イリーガルが初めて自ら距離を取った。


「お主に『火焔天鎧(イグニス)』を使うことになるとは……なんと運命は残酷なものなのか」


 相対するかつての弟子を見詰め、アドルフは思わずそう零した。


 魔人へと堕ちた愛弟子を自らの手で殺める為、アドルフは長い年月、彼を追っていた。

 そして、今。その時が訪れようとしている。


「ふむ……いやに感傷的になってしもうたな。ゴブのすけよ、動けるのならば、お嬢ちゃんを連れ、この場から離れよ。儂は今から死地に入る」


 複雑に渦巻く感情を払拭する様に首を振ったアドルフ。悲哀に満ちた背中に、覚悟が滲む。


「アドルフ……」


 こんな時、何と声を掛ければいいのか俺には判らない。

 力になれず、あまつさえ足手纏いになり。肝心な時に声すら掛けられない。それがただただ口惜しかった。

 今俺に出来る事……それはアドルフの邪魔をしないことだけ。


「……わかった」


 それだけを口にすると、俺は未だ意識を失ったままのソフィを引き摺るかのように後退していく。


 退避していく俺たちには興味は無いのか、魔人イリーガルは、ただアドルフの出方を窺うのみで、一切反応しなかった。


 俺たちが充分に後退したところで、アドルフがおもむろに口を開く。


「さて……そろそろ始めるとするかのう」


 ブンと〈白刃(はくじん)〉を振り、構えを取ったアドルフ。――瞬間、爆音が轟いた。


 目にも止まらぬ突進。気付いた時には既に魔人イリーガルへと迫っていた。


 完全に虚を突かれ、魔人イリーガルは濁った紅い瞳を剥く。


「フンッ!」


 短い呼気と共に、アドルフは大上段から〈白刃(はくじん)〉を振り下ろす。


「ギャァァァアア!」


 途端に響く大絶叫。肩口から斬り飛ばされた魔人イリーガルが耳をつんざくような叫声を上げた。


 宙を舞う左腕。噴き出す紫の鮮血。


 アドルフは即座に手首を返し、逆袈裟に斬り上げた。が――


「チッ」


白刃(はくじん)〉は空を切る。身体を後ろに流した魔人イリーガルにほんの少し届かなかった。


 アドルフは即座に刺突を放つ。が、魔人イリーガルは身を捩りまたもや回避。

 それでも僅かに切っ先が脇腹を掠め、痛痒(ダメージ)を与える。


 矢継ぎ早に斬撃を繰り出すアドルフ。対して魔人イリーガルは防戦一方。先の攻防が逆転した形となった。しかし、先の攻防とは異なる点もある。

 それは確実にアドルフが痛痒(ダメージ)を与えているということ。致命傷には至らないものの、魔人イリーガルには確実に痛痒(ダメージ)が蓄積している。


《何やらご老人は急いておられるようです》


 唐突にラファが見解を述べた。


 アドルフが焦っている……? 確かに決定打は与えられていないけれど、確実に痛痒(ダメージ)を与えているし、アドルフが優勢のように見えるんだけど。


《ああ、なるほど。固有能力(ユニークスキル)火焔天鎧(イグニス)』は強力なスキル。ご老人の身体ではその負荷に長くは耐えられないのでしょう。それを魔人も理解しているようですね。徹底的に回避に専念し、長期戦を狙っているようです》


 ラファに言われて注意深く観察すれば、確かにアドルフの魔力量が減少しているのが判る。〈白刃(はくじん)〉を振るい、激しく動く度に魔力が火の粉となって、僅かに拡散していっているようだ。

 だけど、魔人イリーガルは深手を負っている。長期戦を狙っているようには思えないが……。


 と、激しい攻防の間隙を突いて、魔人イリーガルがアドルフの耳元で咆哮を上げる。


「ギャハァァァアア!」


 轟く大咆哮は衝撃波を伴って放射線状に拡がった。離れた場所にいた俺にも衝撃波が届き、腕を上げて顔を庇う。


 アドルフは……至近距離で咆哮を受け、一瞬身体がふらつき、攻撃の手が止まってしまう。


 その隙を見逃さず、魔人イリーガルは飛び退り距離を取った。


「これこれ……耳元で叫ぶんでない」


 額に手を当て、頭を振るアドルフ。諸に直撃を受け、動きが止まってしまった。


 この瞬間を魔人イリーガルは待っていた。

 不気味に嗤い、濁った紅い目を見開かんばかりに剝くと、雄叫びを上げた。


「ギャハハハハ!」


 黒い魔力が渦巻き、魔人イリーガルの右腕に収束していく。


 そして、右腕を上げ照準。直後、黒の波動砲が放たれた。


 地を腐食し直進する黒の波動砲。その狙いは――俺たちだった。


「不味いッ!」


 アドルフは即座に地を駆り直線上へ。炎を両腕に集め交差。直後、黒の波動が直撃する。


「ぐッ!」


 苦悶を漏らし、耐えるアドルフ。黒の魔力が炎を腐食し、がりがりと削っていく。


 それでもアドルフは凌いで見せた。しかし、その代償は大きい。


「ぐ……」

「アドルフ!」


 俺は思わず叫んだ。黒の波動砲を受け止めたアドルフの両腕は黒ずみ、ぽろぽろと腐敗した皮膚が剥がれ落ちていた。


「……安心せい。こんなもの屁でも無いわ!」


 肩越しに振り返ったアドルフ。その横顔にはニヒルな笑みを浮かべていた。


 アドルフは俺に心配させないように気丈に振舞っているんだ。負傷した両腕を見れば判る。


「で、でも……腕が……」

「『火焔天鎧(イグニス)』を纏えば、問題なくうご――グフッ!」


 口許から吐き出される鮮血。突然の事に俺は呆然としていた。


「……なるほどのう……ここまで計算しておったとは……」


 忌まわしげに呟くアドルフ。視線の先には腹を穿つ魔人イリーガルの左腕が。


「キャハハハ!」


 目論見が上手くいったと、魔人イリーガルは高嗤いを上げていた。


 一体……何がどうなってるんだ!?


《ご老人が斬り飛ばした魔人の左腕には、まだ魔力路が繋がっていたようです。常人ではあり得ないことですが……人の域を超えた魔人だからこその荒業でしょう》


 ラファが丁寧に解説してくれるが、俺には、それに答える余裕が無かった。


「……まぁよい。ここが儂には相応しい死に場所じゃ」

「ア、アドルフッ!? な、何言ってんだよッ!?」


 物騒な事を言い出したアドルフに、俺は声を荒げた。だが……アドルフは何も答えない。

 腹に突き刺さった魔人イリーガルの左腕を無理やり引き抜く。同時に大量の鮮血が噴き出した。


 アドルフは構わず〈白刃(はくじん)〉を引き絞り、駆け出す。魔人イリーガルも地を駆った。


 三度、激突する二人。


「決着を付けようではないかッ! のう、イリーガルよッ!」

「ヒャハハハ!」


 鬼気迫るアドルフ。哄笑する魔人イリーガル。赤と紫の血が飛沫、交じり合う。


 左腕を失い、動きが鈍い魔人イリーガル。だが、腹に大穴を空けたアドルフの動きにも勢いがない。今もなお、大量の血を流し続けている。

 それでもアドルフは攻撃の手を止めない。命の灯が尽き果てようとも、必ずや魔人イリーガルを仕留めると言わんばかりだ。決死の覚悟を滲ませていた。


 そんなの……そんなのダメだ。アドルフが死ぬなんて……そんなの……。


 激しい感情が胸中に渦巻く。だが、重傷を負っているとはいえ、二人の凄絶な戦いには手が出せない。それ程までに地力の差があるのだ。


「クソッ! なんて俺は弱いんだッ!」


 アドルフの力になれないのが悔しい。足手纏いなのが悔しい。弱い自分が……悔しいッ!

 感情を爆発させるかのように、拳を地面に打ち付けた。


《マスターは弱くはありません》


 ラファがそんなことを言う。お前に何が判るって言うんだッ! 陳腐な慰めなんて要らないッ!


《慰めではありません。事実を述べただけです。では、証明しましょう。マスターは弱くなどないと》


 意志の籠った力強い声音。慰めや同情などではない。本当の信頼がそれには込められているかのようだった。


《前方一二メートル付近に行って下さい》


 ……は? いきなり何を……。


《さぁ、早く!》


 力強い声に背中を押されるように、俺は立ち上がり駆け出す。


 ラファが指示した場所に着くと、そこには――。


「……魔石? 何でこんなところに……」


 一つの魔石が転がっていた。こんなところに魔石が転がっているなんておかしい。……いや、この魔石には何だか見覚えがある。


 そうだ。これはソフィの術式改変の際に、違和感を覚えた物だ。そう言えばアドルフに返すのを忘れていて……吹き飛ばされた時に落とした……?


 サッと手に取ると――


 >>「炎魔法:上級」


 と、魔石に表示させる情報。

 へ? 何だ……これは……?


《それがマスターの力――固有能力(ユニークスキル)『簒奪』です。スキルが付与された魔石から、能力を奪い、己が力にすることが出来ます》


 え……固有能力(ユニークスキル)? 俺、固有能力(ユニークスキル)持ってたの?


《はい。固有能力(ユニークスキル)『簒奪』を有していました。しかし、得られる情報が莫大で、更に情報の整合性を取る為には、私との魂の回廊を繋ぐ必要があり、以前までは行使出来ずにいました》


 ラファと魂の回廊を繋ぐことによって、初めて意味を成す固有能力(ユニークスキル)『簒奪』。俺に秘められた本来の力……。


 俺は手に取った魔石を見詰め、固有能力(ユニークスキル)『簒奪』を発動させる。すると、情報が頭に流れ込んでくる感覚が。


《「炎魔法:上級」を取得しました》


 炎魔法は火魔法の上位にあたる。尚且つ上級だ。これなら……やれるッ!


《「炎魔法:上級」を取得したことにより、マスターがかねてから取り組んでいた青い炎を発現させることが出来るようになりました》


 よし! なら、やるしかない! あの二人の戦いに乱入するには、新魔法が必要不可欠だ。


《マスター、私もサポートします》


 よろしく頼むぜ、ラファ! 


 俺はふぅと深く息を吐き出す。そして、カッと目を見開き、叫ぶッ!


「〈蒼炎纏尽(そうえんてんじん)〉ッ!」


 発現するは蒼の炎。爆ぜる蒼炎を纏いて、俺は地を蹴った。


 猛然と加速する俺。熾烈な戦いを演じる二人に急接近する。


「アドルフッ!」


 俺の声に、アドルフは一瞥。途端に大きく目を見開く。


 視線が外れ、隙を見せるアドルフに、魔人イリーガルが拳撃を放つ。が――


「オッラァァァアア!」


 弾丸の如く飛翔した俺が、其れよりも早く魔人イリーガルの側頭部を殴り付けた。


「ギッ!」


 不意打ちに、態勢を崩す魔人イリーガル。絶好の好機。


「トドメをッ!」


 迅速な反応を見せたアドルフは、〈白刃(はくじん)〉を以って刺突を繰り出す。


 空気を穿ち、魔人イリーガルの胸を突き破った。


「ギャァァァァアアア!」


 絶叫を上げる魔人イリーガル。悲痛な叫声が断末魔となる。


 ボロボロと紫の皮膚が剥がれ落ち、塵へと還っていく。


 右腕が崩れ落ち、次に足が。

 そして、最後に頭部が塵へと還るその間際。


「アドルフ、サマ……ゴメ、イワク、ヲ……アリ、ガ……トウ……」


 魔人イリーガル――いや、アドルフの弟子イリーガルは最後にそう言って、塵へと還っていった。


「最後まで手の掛かる弟子じゃ……」


 ぽつりと零したアドルフ。その頬には一筋の涙が流れていた。


 魔に堕ちた弟子を呪縛から解き放つ為、長い年月を費やしてきたアドルフ。

 それが今、アドルフの手によって、イリーガルの魂は救われた。アドルフの宿願が成就した瞬間だった。そして――


「アドルフッ!?」


 ふらりと身体が傾く。『火焔天鎧(イグニス)』が解け、アドルフは力尽きるように倒れた。



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