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第一五話 術式改変


 さて、早速俺らは準備に取り掛かった。

 まずは例のヒポクテ草。これはソフィが担当する。俺に薬草の正しい取り扱い方は判らないしな。

 ヒポクテ草は柔くなるまで湯がき、すり潰してペースト状に、とのこと。茹で汁も無駄にはせず、ペースト状にしたヒポクテ草に加えて引き延ばすのに使用するようだ。


 丁寧に作業するソフィを横目に、俺はというと……。


「ふん!」


 ガツン! と、ひたすらハンマーを振い、魔石を砕いていた。……怪我人にさせる作業じゃないと思うんだけどね。

 ある程度まで砕き、後程すり鉢で細かくしなければならないらしいんだけど……目一杯力を込めているのに、一振り毎にほんの少し魔石が欠けるだけで中々捗らない。辛い。


 ちなみにアドルフはというと、茶を飲み、高みの見物……とは今回ならなかった。何やら儀式の準備をする為、今は外出している。


『術式改変の大部分を占める重要な下準備じゃ。お主には任せられんのよ』


 なんて言っていたけど……ホントかな? ただ楽したいだけじゃね?


 アドルフに対しての疑念はそこそこに、ひたすらハンマーを振り下ろしつつ、俺は先ほどの事を思い出していた。


 ソフィに指示を出した後、アドルフは俺に魔石を砕くように言った。その際、取り出した魔石なのだが……何だか胸が燻る様なそんな違和感があったのだ。

 その魔石は、高位の魔物から得た物だそうだ。ソフィが魔石を見てひっくり返るくらいに驚いていた。売れば金貨十枚はくだらない代物らしく、ソフィは頻りに頭を下げていたっけ。

 因みに、一家族の一か月分の生活費が、凡そ金貨一枚である。


 それはさておき、違和感の正体は判らなかったけど、その魔石を砕いてはいけないと思い、率直にアドルフに伝えた。


『この魔石を砕いてしまうのは、何というか……勿体ない気がするんだ。いや、別に高価だからって訳じゃないんだけど……』


 すると、アドルフは俺の瞳をじっと見詰めた後、一つ頷き、別の魔石に取り換えた。


『この魔石ではどうじゃ?』


 違和感があった魔石と同等な魔石だ。だけれど、新しい魔石には何も感じなかった。


 すると、アドルフは顎鬚を摩りながら言った。


『もしや……知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)の影響やもしれん』

『……知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)の?』

『左様。知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)が宿主を選ぶと以前伝えたな? 知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)はいわば、自我を持った魔導生命体であり、一種の精神生命体じゃ。精神生命体と言えば、一番に思い付くのが、悪魔じゃのう』

『え!? 悪魔に取り憑かれているの、俺!?』

『慌てるでない。精神生命体の代表例として挙げたまでじゃ。全ての知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)が悪鬼悪霊の類とは言ってはおらん。ただ……精神生命体と位置付けされていることから判る様に、精神と密接な関係性があるのじゃよ。お主は言っておったな。頭に直接響くような声を聴いたと。即ち、お主の精神に介入したということじゃ。既に影響は出始めておるよ。それがどの方向へと向かうかは判らんが……』


 暫く様子を見るしかないと、アドルフは続けたのだった。


 俺は既に謎の声を聴いている。それは知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)によるものに間違いない。だが、その声によって、窮地を脱したのもまた事実。最早なるようにしかならないのだろう。


 ハンマーを振り下ろしながら知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)を見やる。

 精緻な意匠が施され、美しいとさえ言える銀の腕輪だ。アクセントに碧の石が煌めく。


 あれからこの腕輪は沈黙を保ったままだ。話しかけてもうんともすんともしない。それに何故だか外そうとしても外れないのだ。まるで身体の一部だと主張するかのように。


「……考えても仕方がないか」


 現状、どうすることも出来ないし、放置しよう。うん、それがいい。精神的にもね。


 気付けば随分と魔石は小さく砕けていた。これならもうハンマーは必要ないな。

 砕いた魔石を慎重にすり鉢に容れる。そして、乳棒でさらに細かく粉砕していく。どうやらソフィも次の段階へと進んだみたい。


 俺らは黙々と作業を行っていった。そして……。


「ふぅ、こんなもんかな?」


 十分に粉末状になったのを確認し、大きく息を吐き出す。


「リュウヤさん、お疲れ様です。わたしもアドルフさんに言われていたところまでは出来ました」


 労ってくれるのはいいのだけれど、ソフィは体力が無い女の子だ。随分と疲れた顔をしている。


 すると、見計らったかのようにアドルフが戻って来た。


「儂も今し方終わったところじゃ。……何じゃ? そのゴブのすけの目は」

「いや……あまりにもタイミング良く戻って来たなぁって思っただけ」

「あらん言いがかりじゃのう。さて、一休みした後、日が暮れる前に行うとするぞ」

「あ、はい。ではお茶でも淹れますね」


 疲れているはずだけれど、自身の事だからか、ソフィは精力的に働く。いや、元から働き者だったな、ソフィは。


 茶を頂きつつ一服。そしていよいよ封印術式の改変を行う運びとなった。

 下準備した触媒を抱え、アドルフの後に続いて外に出ると。


「す、すごい……」

「……何だ、ちゃんと働いてたんだ」

「何を言う、当り前じゃろうて」


 目の前には、地面に描かれた大規模な魔法陣が。緻密な計算の元、複雑に描き出された魔法陣は、最早芸術の域に達しているかのようだった。


「さて、ゴブのすけよ。粉末状にした魔石を線に沿って注いでいくのじゃ。あくまでも慎重に、尚且つ、懇切丁寧にのう」


 なるほど。この粉末を使って魔法陣を完成させるのか。なら、慎重にやらないとな。俺のせいで失敗したとか言われたくないし。


 アドルフの指示通りに線に沿って粉末を撒いていく。


 一方、アドルフはソフィの準備に取り掛かっていた。


「さて、お嬢さん。それを貸してくれんのう」

「あ、はい」


 ソフィからペースト状にしたヒポクテ草が入った木桶を受け取ると、アドルフはカップに適量それを注ぐ。そして、鞄から新たに瓶を取り出し、その中身もカップへと注いだ。


「それは魔素(マナ)水ですか?」

「うむ。薬水(ポーション)の錬成に用いられる魔素(マナ)水で合っておる。無論、一般的な魔素(マナ)水と比べて随分と高濃度じゃがな」


 魔素(マナ)水を加えて、攪拌していくアドルフ。同時に魔力も注いでいるのが視えた。


「完成じゃ。ほれ」


 ソフィはおっかなびっくりといった具合にカップを受け取る。


「えっと……やっぱり飲むのですか?」

「それ以外に何があるというのじゃ? 安心せい。ただの二元薬水(デュアルポーション)じゃよ」


 へぇ~アドルフって錬成術も会得しているんだな。随分と器用なこった。だけど……二元薬水(デュアルポーション)ってあんな色だったっけ? 俺が飲んだのは、鮮やかな紫だったと思うけど……あれは深い紫を通り越して、もはや黒じゃね? 大丈夫なの、アレ……。


「えっと……飲まないといけないんですよね?」

「うむ」

「……飲む以外に方法は?」

「無い」

二元薬水(デュアルポーション)って……こんな色でした?」

「そうじゃ」

「そう……ですか……」


 何を言っても飲む以外に道は残されていないと悟ったのか、ソフィは諦めに似たため息を吐き出す。そして、意を決して――随分と悲壮な顔だけど――カップに口を付けた。


「こく、こく、こく……ゔうぅ……」


 何とも言えない悲惨な表情だ……。南無南無……。


「…………一息で飲み干さなくても良かったのじゃが」


 驚いたように、アドルフがそうポロっと零す。


「そういうことは早く言って下さいッ!」


 凄絶な怒気を迸らせて叫ぶソフィ。ギロッとアドルフを睨み付け……え? あのアドルフが気圧された!?

 あれはヤバイ……。触らぬ神に祟りなしって言うし、そっとしておこう。アドルフ、ドンマイ。


 コツコツと年の離れた女の子に説教されるアドルフを横目に、俺は俺で与えられた役目を忠実にやり遂げた。……下手を打ったら、ソフィの怒りがこっちまで飛び火してしまいそうだし。


「わたしから頼んだ事ですけどっ」

「えっと……終わったよ?」

「大体、何の説明も無いのはどうかと思いますっ」

「えっと……ソフィ、さん?」

「何ですかっ! リュウヤさん、終わったんですねっ! ありがとうござまいすっ! だけど! リュウヤさんにも言いたいことが――」


 対岸の火事は見事こちらに飛び火してしまったようだ。この後、十分程ソフィの怒りは収まりませんでした。


「ふぅ~……とにかく言いたいことも言えましたし、今日のところはもういいですっ! で、次は何をしたらいいんですかっ、アドルフさんっ!」

「う、うむ。そうじゃのう、お嬢様は魔法陣の中央に――」

「真ん中に行けばいいんですねっ! 判りましたよ!」


 ぷんぷんと、未だ腹の虫が収まらないソフィは、指示通りに魔法陣の中心へと向かった。

 その後姿を見ながら、小声で話す。


「聞き間違いじゃなかったらさ、アドルフ。ソフィの事、お嬢様って言ってなかった?」

「し、仕方無かろう。あれ以上、おなごを怒らせてしまえば……」


 そこまで言ったアドルフは、ぶるりと身を震わせた。……昔、女関係で何かあったんだな。武士の情けだ、その先は聞かないでやろう。


「さてと……」


 気を取り直すようにそうアドルフが言うと、瞬間、雰囲気が一変した。普段お茶らけている彼とは打って変わって、張り詰めた空気を纏った。


「では、ゴブのすけよ。いい機会じゃからお主に伝えておこう。世の理をのう」


 あまりの気迫に思わず、俺はゴクリと生唾を飲み込む。


「儂の人生をかけて見出した真理。それは――」


 ……それは?


「――女は怒らせてはならん」


 ……おい。さっきまでの緊迫感を返せ!


「次はどうしたらいいんですかっ!」

「おお、すまんすまん。その場で跪き、己の奥底へと精神を集中させるのじゃ。そうじゃな……お嬢さんは、裁縫の類は得意かのう?」

「えっと……一通りは出来ますけど……?」


 質問の意図が掴めず、小首を傾げるソフィ。裁縫が何か関係あるのだろうか?


「うむ、そうか。ならば、いいお嫁さんになるじゃろうな」


 何だよ、それ!? やっぱり関係なかったのかよッ!

 あんまり巫山戯ているとまた説教されちまうぞ? ……ほら、ソフィが頬を膨らませて怒っているじゃん。俺、知~らねぇ~。


「聖痕には今現在、小さな綻びがある。言うなれば、衣服に小さな穴が開いている状態だと考えればよい。今からその綻びを再び紡ぎ直していく訳じゃが、お嬢さんにも少しばかり協力して欲しいのじゃよ」

「協力ですか……?」

「さよう。裡へ裡へと精神を集中させていく際、『綻びを紡ぐ』というイメージをし続けてもらいたい。儂はお嬢さんのイメージを透写しつつ、尚且つさらに、術式を改変しなくてはならんからのう。被術者が協力的であればあるほど、事はスムーズに運ぶのよ」


 ふ~ん。俺にはよく判らないけど、ソフィが協力的であれば、成功確率が上がるのかな。


「わ、判りました。頑張ってみます」


 グッと拳を握り意気込んだソフィは、ゆっくりとその場に跪いた。そして目を瞑り、まるで神に祈る乙女のように手を合わせた。


「では、開始する」


 重厚な声音。静謐且つ清浄な空気が辺りを包んでいく。


「〝我、森羅万象、この世の根源に挑む者なり〟」


 カン! と、詠唱と共に杖を力強く突いた。瞬間、荒れ狂う様な魔力の奔流が迸る。


 ……凄い。アドルフから立ち昇る魔力が視認できるまでに高められ、まるで魂を燃やすかのように燦然と煌めいている。


「〝神が示した事象を紡ぐ魔のしらべ、因果律に触れ、捻じ曲げるは神への冒涜

  無限に続く終わりなき螺旋、永久に続く深淵の闇

  我が身に宿りし、根源の力、其れは我に齎された命の煌めきなり

  燃ゆる魂の輝きを以って、全てを照らし、導かん〟」


 圧倒的までに輝き放つ魔力の奔流。呼応するは、青白い光を放つ魔法陣。圧倒的な魔力の煌めきは、まるで確かな質量を持ったかのように、跪くソフィの髪を揺らす。


「〝術式改変『モディフィケイション』〟」


 瞬間、爆発する魔力の奔流。瞬く間に視界の全てが白に塗り潰された。

 そして、視界が晴れると、変わらず杖を突いたままのアドルフ、跪いたままのソフィが。


「うむ。何とか上手くいったようじゃな」


 満足げに頷くアドルフ。その言葉によって、未だ茫然としていた俺をハッとさせる。


「お、終わったの?」

「うむ。万事上手く事が運んだようじゃ。……む? 何じゃ、そのだらしない顔は」

「え? あ。いや別に……あはは」


 誤魔化すように頭を掻く俺。


 見惚れていた。茫然としていた。ただただ驚き、そして畏怖を感じていた。

 アドルフの魔力量もさることながら、高度に組まれた術式。そのすべてが桁違いだった。


「えっと……終わったんですか?」


 と、精神集中していたソフィが、肩透かしを喰らったかのような声を上げる。


「うむ、もうよいぞ。後は、鍛錬次第で銀狼の力を段階的に引き出すことが出来よう。精進なさい」

「えっと……はい。ありがとうござまいます?」


 あれ? 何だかよく判ってないみたいだな。あれ程までの凄まじい魔力に気付かなかったのか……あ、いや、ソフィって魔術が不得手な狼人族(ライカンスロープ)だったな。感知能力もあまり発達していないのかもしれない。


「ゴブのすけ、後は頼んだぞ。久々にくたびれたわい。儂は休ませてもらうからのう」


 言うや否や、アドルフは踵を返して家の中へと戻っていく。


「オッケー、何とかやってみるよ」

「あのっ、ありがとうございましたっ!」


 もう一度改めて礼を告げるソフィは、アドルフの背に慇懃に頭を下げる。


 アドルフは振り返ることなく、軽く手を挙げそれに応えたのであった。



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