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第一三話 聖痕


 嗚咽を漏らすミンナを何とか宥め、彼女が退室した後、今後の方針をアドルフと話し合う。


「して、ゴブのすけ。どうするつもりじゃ?」


 そんなの決まっている。


「ソフィは、ここに居ても幸せになれない。だから、連れ出すよ。前に言った通りにさ」


 このままでは最悪の悲劇をこの村に招いてしまうのは確かだ。なら当初の計画通り、ソフィはここから連れ出すしかあるまい。


 決意を新たにする俺に、アドルフが再度問い掛ける。


「どうするつもりじゃ?」

「いや、だから――」

「そうではない。この事実をあの娘に伝えるのかという事じゃ」


 真剣な瞳が俺を射抜く。


「大方、あの娘には今宵の記憶は無い。無論、今までの事も覚えてはおらんじゃろう。この事実を伝えるのか、それとも隠し続けるのか。どちらにしても、相応の覚悟が必要じゃぞ」


 確かに、伝えるにしても隠すにしても覚悟がいる。俺はどうするべきなのか……。


 暫く黙考する俺。そして、覚悟を決める。


「なぁ、アドルフ。俺は――」


 俺の答えを聞いたアドルフは、ニヤリと笑みを浮かべた。



 ◇



「世話になったのう」

「一晩、ありがとうございました」

「ありがとうございます? ミンナさん」

「……」


 翌朝。俺たちは目覚めたソフィと共に、ミンナの家を後にした。ミンナはソフィが目覚めてから一言も話さず無言を貫いている。それが実は彼女の優しさなのだと俺は思う。

 ミンナが冷たい態度を取り続けるのも、この村に愛着をソフィに抱かせない為なのだろう。彼女も薄々は気付いているのだ。ソフィがこの村に居続けても幸せな未来は訪れないのだと。


 そんな事を露も知らないソフィは、何故ミンナの家で目覚めたのか判らず、頻りに首をかしげていた。


「あの~……何でわたし、ミンナさんのお家に居たんでしょうか? それにリュウヤさん、ミイラ男になっちゃってますし」


 家路を歩く最中、頭に疑問符を浮かばせるソフィがそう聞いてきた。


「ん? まぁそれは家に帰ってから説明するよ」


 とにかく、家に帰って一息ついてからだ。全てはそれからだ。


 俺はソフィに事のあらましを告げるつもりだ。その結果がどうなるか判らない。だけど、俺は伝える。ソフィなら乗り越えられると信じているからだ。


「まぁいいですけど……アドルフさん、それって魔法ですか?」

「うむ、そうじゃよ」

「ほぇ~すごく便利そうですねぇ。リュウヤさん、プカプカ浮いてます」


 感嘆の声を上げるソフィ。そう、俺は今、プカプカと宙に浮いているのだ。満身創痍の俺は一歩も動けないからね、誰かが運んでくれないといけない。

 何故、こんな感じになったかと言うと、アドルフの風魔法〈浮遊(フロート)〉によるものだ。アドルフが『男を抱く趣味は無い』と強く拒絶したからである。

 ならばとソフィに頼もうとしたのだが、アドルフが『そのようなラッキースケベが許さん』と強く憤慨したからである。……何とも心が狭いよ、アドルフ……。


 とにもかくにも、ソフィの家に着く。すると――。


「な、なんですかぁ~!? これはっ!?」


 家に入るや否や、ソフィが絶叫。それも仕方がない。まるで強盗でも入ったかのような荒れ具合だからな。


「うん、それも説明するから」

「ホントにちゃんと説明してくださいよっ。あわわぁ~椅子も壊れちゃって……先にお片付けしないと……はぁ~……」


 ため息を吐きながら、粛々と掃除を始めるソフィ。悪い、俺全身包帯巻いているから手伝えないわ。アドルフは……手伝うわけないか。ソフィを完全に無視して茶の用意をしてるし。勿論、自分用だけどな。


 ある程度片付くまで暫し。大仕事をやり遂げたように、ソフィは額の汗を拭う。


「お疲れ」

「はい、ありがとうございます。大方片付きましたし、これでやっと落ち着けます」


 ふぅと一息。椅子に腰を落ち着けたかと思うと、すぐに立ち上がり、茶の用意を始める。


「お茶淹れますね……あ、リュウヤさん、飲めます?」

「う~ん、ちょっと無理かな。ソフィだけの分でいいよ。ちょっとは落ち着いてくれないと話せるものも話せないしさ」

「そうですか。ちょっとだけ待っててくださいね」


 そう言って茶を淹れるソフィ。彼女が落ち着いた頃を見計らって俺は話始める。


「落ち着いた?」

「あ、はい。落ち着きました。ありがとうございます」


 さて、どこから話すとするかな……。


「まず、昨夜も村に襲撃があったんだ。ひと月前と同じ様に」

「え……そう、だったんですか……。それで……村の人たちは……?」

「怪我した人もいたみたいだけど、大事は無いそうだよ」


 よかったぁ~と、胸を撫で下ろすソフィだったが、すぐにハッとする。


「もしかして、リュウヤさんのその怪我って……」

「うん、ちょっとね。まぁ命に別状はないから安心して。……それで本題なんだけど……」


 伝えると決意したが、やはりいざとなれば、口が重くなってしまう。だが、伝えなければならない。再度覚悟を決め、しっかりと口にする。


「村を襲った正体なんだけどさ……ソフィ、君だった」


 事実を端的に伝えた。すると、ソフィはカップを両手で包んだまま、しばらく沈黙した。


 黙り込んでしまったソフィ。俯いた彼女の表情は俺からは見えなかった。


 暫しの静寂の後、大きく重い息をソフィは吐き出した。


「……そう、だったんですね……やっぱり……わたしが……」

「……気付いていたのか?」

「……はっきりとは判っていませんでした。だけど、薄々は……。半年前くらいでしたか、皆さんのわたしを見る目に、どことなく怯えが見え始めたんです……」


 訥々と語り始めるソフィに、動揺は見受けられなかった。少なくとも表面には。


「ずっとおかしいなぁと思ってたんです。村が襲われたその夜の記憶が決まってありませんでしたし、知らない生傷が至る所に出来ていましたし、おかしいなって……」


 カップを包む指先がいつの間にか白んでいた。


「そうですか……わたしでしたか……」

「ソフィ……」


 ふっと息を吐くと、ソフィは面を上げ、そして……俺に向かって微笑んだ。


「これで迷いが消えました。リュウヤさんについて、この村を出ます。これ以上、皆さんに迷惑をお掛けするわけにはいきませんしね。丁度いい機会だったんですよ」


 前向きに話している風だが、その微笑みは強張っているように俺には見えた。


 精一杯、気丈に振舞おうとしているんだ。これ以上、俺が心配して優しく声を掛けるんじゃなく、ソフィのその意気を慮って、汲んでやるべきだと思う。


「そうか……判った。なら、もうひとつ、大事な話があるんだ」


 珍しく空気を読んで口を挟まなかったアドルフに視線を送る。


「うむ、儂の出番かのう」


 アドルフは、ずずぅ~と茶を啜ると、ことりとカップを置く。


「話というのは、騒動の元凶である銀狼化についてである。お嬢さんの話を聞く限り、銀狼化の際の記憶は無く、無意識下での暴走であるようじゃな。これをどうにかせんとならんのは、わざわざ説明せんでも判るじゃろ?」


 訊ねるアドルフに、ソフィは真剣な表情で頷いた。


「で、じゃ。お嬢さんには二つの選択肢がある。一つは力の封印じゃな」

「力の……封印……? そんなこと出来るのですか?」

「うむ、出来よう。新たに封印を施すというよりも、今ある封印術式の綻びを正すという事じゃな。暴走状態での銀狼化は、封印の綻びによる弊害じゃ。これを正せば、もう銀狼化することは無いじゃろう」

「いや……でも、わたし……」


 困惑気味のソフィ。どうやらソフィは、自分の身に封印が施されている事を知らなかったようだ。


「その鎖骨辺りにある痣じゃ。それは聖痕と呼ばれる封印痕なのじゃよ。確かお嬢さんの母君が高名な封印術の使い手じゃったな。儂も名を耳にしたこともあるよ」

「え? 母の名を知っているのですか?」


 母親の話を聞き、思わず前のめりになるソフィ。そんな彼女をアドルフは孫を見るように、目尻を和らげた。


「うむ。迷宮都市で随分と活躍なさった冒険者のようじゃ。素晴らしい封印術の使い手だと噂を耳にしたことがある。ついぞ、お目に掛ることは無かったが……まさかこのような地でその生涯を終えているとは思わなんだが……」

「へぇ~、ソフィのお母さんってそんなに有名だったんだ。アドルフもよく知っていたね」

「……一時期、彼女を探していたのじゃよ。彼女の力を貸していただきたいと思ってな」


 アドルフには珍しく暗い表情でそう答えた。そして、俺が何か問うのを嫌ったかのように、すぐさま話の道筋を戻す。


「個人を偲ぶのはまたの機会にして話を元に戻すぞ。どうもその聖痕に、一部綻びが見受けられる。その綻びが体内魔力の淀みを作り、沈殿した魔力が暴走した結果、あのような銀狼に化してしまったのじゃろう。その魔力の淀みが溜まるのが、凡そひと月。満月の夜に……とのことじゃったが、それは全くの偶然。して、今回は満月では無かったしのう」


 銀狼化には、満月との因果関係は無い……?


「今回、銀狼化が早まったのは、お嬢さんの体力の衰弱が大きく関係しておる。ゴブのすけが無理をさせ過ぎたのじゃな」

「え!? 俺のせい!?」

「ほっほ。まぁ儂がそう仕向けたのじゃがな。まぁそんなことはどうでもよい」


 いや、どうでもよくねぇよ。


「体力と魔力には関連性がある。魔力を消耗し過ぎてしまうと、著しく体力が低下してしまう。その逆もまた然り。お嬢さんの虚弱体質は、聖痕に魔力を常に供給し続けているからじゃろう。聖痕の綻びを正し、魔力効率を向上させれば、体質は改善されるじゃろう」


 それはいい知らせだ。ソフィの虚弱体質が改善されれば、旅路に耐えられるようになるだろう。迷宮都市はここからではかなりの距離があるそうだが、赴くのも不可能ではなくなる。


「さて、ここで選択肢の一つじゃよ、お嬢さん。聖痕の綻びを正し、あるべき姿に戻すこと。これが一つ目の選択肢じゃ」

「えっと……聖痕? の綻びを正すと、どうなるんですか?」

「簡潔に言えば、もう無暗矢鱈と銀狼化はせんじゃろう。それに、現在の虚弱体質も大幅に改善され、一般的な身体能力くらいには体力が身に付くじゃろう。無論、その先を目指すならば、それ相応の鍛錬は必要じゃがな」

「それなら、すぐにその綻びを正して下さいっ」


 ソフィにとって銀狼化は忌避すべき事柄なのだ。記憶に無いとは言っても、村人を襲った事実は変わらない。気丈に振舞ってはいたが、やはり心には大きな傷となってしまったのだろう。


「まぁ待ちなさい。そう急いて結論を出すべきではない。まだもう一つの選択肢が残っておるのじゃ。それを聞いてからでも遅くは無いぞ」


 すぐにでも再封印を施して欲しいと願い出るソフィに、しかしアドルフは待ったを掛けた。

 アドルフの言う通りだ。ソフィの気持ちは判らないでもないが、もう一つの可能性を聞いてからでも遅くは無いと思う。


「そうだよ、ソフィ。どっちにしろ、昨夜、銀狼化してしまったんだ。まだ時間はあるし、焦ることは無いよ」

「はい……そう、ですね……」


 ソフィは俯き加減にそう答えた。と、アドルフがもう一つの選択肢を提示する。


「して、残るもうひとつの選択肢じゃが……封印術式に手を加え、力を任意的に引き出すというものである。無論、解放状態には幾段階か設けるつもりじゃが」


 ソフィは目を瞠る。そして激昂するかのように、ガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。


「そ、それは、わたしにあんな怖い力をもう一度使えと言うんですかっ!」

「強制はせんよ。あくまでも選択肢の一つとして、可能性を示したに過ぎん」


 アドルフは淡々とそう説明をした。


「で、でもっ!」

「あくまでも選ぶのは、お嬢さん自身じゃよ。儂にはお嬢さんの希望に沿って、手を加えることしか出来んからのう」


 選択の権利はあくまでもソフィにあり、一切の強制はしないとアドルフは告げた。その淡々としたトーンに、昂っていたソフィも多少は冷静になれたようで、静々と椅子に座る。


「で、でも……わたし……あんな怖い力……」


 いりませんと続くはずだった言葉に、アドルフは被せるように言う。


「何故、お嬢さんにそのような力があるのか。何故、その力が今の今まで封印されてきたのか。何故、その封印が今になって綻んでいるのか」

「……何故、ですか」

「そんなもん、儂には判る筈も無かろう」


 一刀両断。アドルフ、流石に酷くね?


「事実は判らん。じゃが、推測することは出来よう。無論、これは儂の見解になるのじゃが」


 そう前置きをしてアドルフは続ける。


「武力然り、魔法然り、全ての力は振るう為に在る。勿論、その力をどう振るうかは人其々じゃ。悪しき事に振るう者もおれば、助ける為に使う者もおる。己の身を守る為に使う者もいよう。全ての力には必ず意味があるものじゃ」


 アドルフは唇を濡らすように、茶を一口啜った。


「お嬢さんにそのような力が宿っているのも、必ず意味がある。それがどういった意味になるかは、お嬢さん、あなた次第じゃと儂は思うがのう」

「力の意味……わたし……次第……」

「うむ。それに力というものは、手放したくても手放せるものではない。封印すれば一見力を失ったように思えるかもしれんが、決して無くした事にならんのだ」


 そうだな。一度力を手にしてしまえば、もう不必要だからといって手放すことも出来ない。それに封印を施したからと言って、宿した力が消失したわけではない。


「その聖痕は母君が施したものなのだろう。流石、名高い封印術師じゃ。凝った術式をしておる。しかし、些か甘く感じられる。無論、瑕疵がある訳でない。意図的に甘くしたように思えてならんのだ」

「え? 封印なのに甘くしちゃったの?」

「ふむ、少し言い方が悪かったか。完全な封印術式にはしなかったという事じゃよ。敢えて、この時期に封印が綻ぶように仕向けたのじゃろう。お嬢さんが成長するのを待っていたかのようにのう。幼き頃に誤って暴走してしまえば、身体が出来ていない分、大いなる力に耐えられんかったじゃろうしな」


 ハッとしたかのように、ソフィが言う。


「それって……母がわたしにこの力を遺したということですか? わたしが成長して、力を扱えるようにって」

「先も言ったように事実は判らん。あくまでも儂の見解じゃ。これが正しいかは最早誰にも判らんじゃろうて。もしかすると全くの見当違いかもしれんしのう」


 ほっほと、はぐらかすかのようにアドルフは笑う。


 あくまでも事実は判らないと言っているが、実際アドルフには判っているのだと思う。施された封印術式を直に読み取って、ソフィの母――セシルの意を汲み取っているように、俺には思えてならない。だけれど有耶無耶にするのは……。


「決断するのはお嬢さん、君自身じゃよ」


 そう、全てはソフィ自身に決めさせる為だ。覚悟をもって、宿る力と向き合わせる為。


 そして、ソフィは。


「……少し、考えさせて下さい」



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