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第一二話 真実


「あの銀狼は、ソフィちゃんなの!」


 ミンナの言葉が心に突き刺さる。


 あれが……あの銀狼が……ソフィ……だと?


 獰猛な牙を露に、俺を睨み付ける銀狼。奴がソフィだというのか。まさか……そんなはずは……。


「お願い! ソフィちゃんを殺さないで!」


 そんなの当たり前だ。ソフィを殺すなんて俺がする訳ない。


「あれが……本当にソフィ……なのか? 一体何が……」

「呪いなのよ! 満月の夜に限って、無意識で獣化してしまうの! ひと月前もそうだったのよ! だから……だからお願い! ソフィちゃんを……ソフィちゃんを殺さないで!」


 呪いだと!? 満月の夜に獣化して暴れ回るのか……? いや、でも今日はまだ満月じゃない。少しまだ月は欠けているし……だけど、ミンナの表情を見る限り嘘を言っている様な雰囲気は全く感じられない。

 というかミンナの印象が違い過ぎる。ソフィと全く会話もせず、冷たくあしらっていたはず……。判らないことが多すぎる。


「もし……もし本当に、あの銀狼がソフィだとするなら、殺さないよ」


 いや、仮にミンナが俺を騙しており、銀狼はソフィで無かったとしても、今はもう銀狼に手が出せない。素粒子レベルでも可能性があるなら。


「ひと月前はどうやって止めたんだ? 教えてくれ!」


 真摯な瞳で問い掛ける。


「ひと月前は、まだ完全に獣化してはいなかったの。だから可哀想だったけど、気絶させて……」


 尻すぼみに言ったミンナは、力なく俯いた。その態度でよく判る。完全に獣化してしまったソフィを止める方法は判らないという事を。


 さてどうする、俺。考えろ。考えるんだ。


 ひと月前と同じように気絶させる? いや、今の俺には無理だ。〈炎衣纏尽(えんいてんじん)〉はまだ完璧に使い熟せているとは言えない。〇か一〇〇しか力を使えない。気絶させるような力加減は出来そうにない。

 じゃあ〈炎衣纏尽(えんいてんじん)〉を解く? それはあり得ないな。元は満身創痍だったんだ。今は〈炎衣纏尽(えんいてんじん)〉を解けば、動けなくなる可能性が大きい。


 クソッ! 一体どうすればいいんだよッ!


「ほっほ。何やら大事になっておるのう」


 場違いに朗らかな声が聞こえた。


「アドルフ!?」


 バッと、声の方に振り向くと、そこには顎鬚を摩りながら柔和な笑みを浮かべる老人――アドルフが居た。

 絶妙なタイミングで戻って来やがったよ。アドルフならこの現状を打開する方法があるに違いない。


「アドルフ、頼むッ! あの銀狼を気絶させてくれ。あいつはソフィなんだッ!」

「そう叫ばんでもよい。ちゃんと判っておる。後は儂に任しときなさい。それはそうと、そろそろその火を収めてやった方がよいぞ、ゴブのすけ」

「え? ――あ!?」


 アドルフに言われるまで気付かなかった。まだミンナが俺の手を掴んでいるのだ。このままではマズい。

 俺は即座に〈炎衣纏尽(えんいてんじん)〉を解く。瞬間、全身を貫く激痛が襲い掛かり、崩折れてしまった。


「ゔぅ……」

「相当無理したようじゃな。ほっほ」


 いや、笑うなよ、アドルフ。


「そこのお嬢さん。悪いがそこに倒れておるゴブリンを少しばかり看てやってくれんかのう」

「え? ゴブリンを……ですか?」


 困惑するミンナ。それは仕方がない事なのだろうけど、少しばかりショックだ。


「うむ。死なせたくない奴なんじゃよ。まぁ何もせんでいい。死にかけたら、教えてくれればのう」

「えっと……はい、判りました」

「すまん、手が痛むじゃろうが、頼むぞ」


 見れば酷い火傷だ。皮膚はただれ、薄っすら血が滲んでいた。


「さて、やるかのう」


 コン、コンと、杖を突きながら、アドルフは前へ出る。


 対峙する銀狼は、全身の毛を逆立て牙を剝き、今まで以上に警戒していた。


「ほっほ。それほどに警戒せんでもよい。痛くはせんからのう、犬っころのお嬢さんよ」


 まるで気負いのないアドルフ。俺が追い詰められた強敵であっても、アドルフには何ら脅威とはならないのか……アドルフの背中が遠い。


 歩みを続けるアドルフに、威嚇する銀狼。

 限界を超えたのか、銀狼は脚を撓め、地を駆――ることは出来なかった。


「な!?」


 驚愕に目を瞠る俺。いつの間にか銀狼は、炎の鎖に四肢を絡め捕らわれていた。


 全く視えなかった。魔力の流れも、魔法の発動気配も。


 どうにか逃れようと暴れる銀狼だが、炎の鎖はビクともしない。

 アドルフはそのまま歩みを続ける。と、手を伸ばせば届く距離まで近づくと、銀狼の頭をそっと撫でた。


「少し眠りなさい」


 瞬間、暴れていた銀狼は動きを止めた。そして瞼が落ちると共にゆっくりと地に横たわっていく。


 全く何をしたのか、判らない。何かしら精神に作用する魔法だと思うのだが……。


 横たわった銀狼は穏やかな寝息を立てているようだ。と、その大きな体躯が徐々に小さくなっていく。そしてーー。


「……本当にソフィだったのか」


 ぽつりと零す俺。


 そこには獰猛な銀狼の姿は既になく、代わりにスゥースゥーと寝息を立てるソフィが居たのだった。



 ◇



「こりゃ派手にやられてしまったのう」

「イテてて……うん、強かったよ。今までの奴らとは比較にならないくらい」


 目を覚まさないソフィと共に、負傷した俺はミンナの家に運び込まれていた。銀狼と化したソフィとの死闘により、俺の身体はズタボロ。ミンナの好意によって、ベッドを一つ貸してもらい、休息を取っている。


「そりゃのう。この辺におる魔物は、所詮最弱のF級、よくてE+級くらいしかおらんからのう。あの銀狼はB+級といったところじゃし、ゴブのすけにはちと厳しい相手じゃった」


 B+級か……。どおりで全く歯が立たなかった訳だ。重症だけど、生き延びたのは奇跡に等しいよな。だって俺は最弱のF級、小鬼族(ゴブリン)だし。

 それにしても、アドルフは強いとは思っていたけど、B+級を簡単に制するとは思ってもみなかった。


「ほっほ。儂に掛かれば、あれくらい赤子の手をひねるのようなものじゃよ。儂が倒れるとすれば、魔王くらいものじゃ、ほっほ」


 魔王って確か、特定災厄種――SS級じゃなかったっけ? ホントかよ……。


「まぁ冗談は置いといて……」


 冗談なのかよッ。ちょっと信じたじゃん。


「して、あの火魔法は中々のものじゃったのう。魔力を纏い、属性を付与することにより、身体能力を飛躍的に向上させる。中々いい所に目を付けたものじゃ」


 感心したかのようにアドルフは言う。


 アドルフが褒めることなんて、滅多にあることじゃない。それ程、〈炎衣纏尽(えんいてんじん)〉は使える魔法だということだ。だけど……。


「あれは……俺が考えたんじゃないんだよ」


 苦虫を潰したかのように正直に答えた。あの〈炎衣纏尽(えんいてんじん)〉は全て、謎の声に従って生まれたものだ。俺が一から考え出した魔法ではない。


「ふむ。まぁそうじゃろうとは思っておったが」

「え!? アドルフ、知ってたの!?」

「知っていたも何も、ゴブのすけが考え付くようなものではないことは確かじゃ。この世界に召喚されてから、ずっとお主を見て来たのじゃぞ? あのような使用法を思い付く頭が無い事は判っておる」


 辛辣ぅ~……あんまり賢いとは思っていないけど、他人から言われるのは流石に傷付くよ。


 とにかく、アドルフには俺の身に起こった不思議な現象を話しておこう。

 謎の声の事。その声に従った結果、起死回生の一打――〈炎衣纏尽(えんいてんじん)〉が生まれた事。全てを包み隠さず、アドルフに話した。


 アドルフは腕を組み、口を挟まず俺の話を聞いていた。そして、暫し黙考した後、ゆっくりと口を開く。


「それは……」


 ゴクリと生唾を飲む俺。物々しい態度のアドルフ。続く言葉に耳を傾ける。


「幽霊の類かのう。あ~怖っ」


 ……。


「ほっほ。冗談じゃ冗談。そのような顔をするでない。冗談はさておき、ゴブのすけが聞いたというその声の正体は判っておる。それがその声の正体じゃろうて」

「それ?」


 アドルフが示したのは俺の左腕あたりだ。つられるように見れば、手首に見慣れない腕輪が。


「え? 何コレ?」


 意匠が施された銀の腕輪。中心には大粒の青い宝石が埋め込まれている。


 アドルフに指摘されるまで全く気付かなかったけど……何だコレ? いつの間に腕輪なんて嵌めたんだ? 全く記憶にないんだけど……。


「ふむ。やはり気付いておらなんだか。十中八九、お主が聞いた声の正体は、その腕輪――知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)であろう。古から伝わる伝説の魔導具じゃ。何故、ゴブのすけが身に付けているのかは不明じゃがのう」


 知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)。この腕輪が伝説の魔導具……? 一体、いつ……あ、そういえば……。


「今日、森の中で――」


 大猪との戦闘後に訪れた地下空洞の事。奥にあった神秘的な空間でみた碧の球体の事をアドルフに話した。


「――それでその碧の球体に触れちゃったんだ。そしたら……『やっと会えた』って……」


 あの時、確かに聞こえた。まるで何年も待ちわびていた恋人と再会したかのような喜びと共に。


「ふむ。調べてみるまでは何も判らんが、凡そ、この知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)が、お主の言う碧の球体が姿を変えた物なのじゃろう。知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)は宿主を選ぶと聞く。じゃが……お主の話を聞く限りでは、まるでその知性保有型魔宝具(インテリジェンス・アイテム)の宿主は、ゴブのすけしかおらんように思えるのう。それがどういった意味を持つのか……」


 何やら眉根を寄せて考え込むアドルフ。


 俺はそっと腕輪を見た。俺の窮地を救ってくれた謎の声は、今や沈黙してしまって聞えない。


 と、コン、コンとノック音が響いた。現れたのは、純朴そうな村娘のミンナだ。


「……ソフィちゃんは穏やかに眠っています。多少火傷の痕が見られますが、大事はないそうです」


 よかった。獣化が解けた後、ソフィの意識は戻らなかった。大事を取ってミンナの家に運び込んで治療をしていたのだが、ミンナの表情を見る限り問題は無さそう。

 しかし、ミンナの手は痛々しく包帯が巻かれていた。


「あ……ミンナ、さん。その……ごめん」

「いえ、私も大丈夫です。二、三日すれば痛みも引くそうですし」


 申し訳なさそうに手を振るミンナ。何だか居た堪れない雰囲気に包まれてしまう。が、そんな空気をぶち壊すのがアドルフである。


「何を二人して遠慮し合っておるのじゃ。話が進まんじゃろうて。とにかくお嬢さん、座りなさい」

「あ、はい」


 言われた通りに腰を落ち着けるミンナ。疑問に思わないの? アドルフはここの家主じゃないよ?


 何故、俺たちがソフィの家に戻るのではなく、ミンナの家に訪れたのか。それはミンナに詳しい話を聞く為である。


「何から話せばいいのか判らないですけど……皆さん、ご存知の通り、あの銀狼の正体はソフィちゃんです」


 ミンナは訥々と語り出す。


「もう半年前になります。ソフィちゃんが突然、ああなってしまったのは……」


 ソフィが我を忘れて村を襲うようになったのは半年前の事らしい。

 最初は、あの銀狼の姿にはなってはおらず、ただ錯乱するように暴れ回るだけだった。元は非力な少女だ。村に直接的な被害は無く、男一人でも簡単に取り押さえられ、大事にはならなかった。

 村の主だった者たちにも報告されたが、原因も判らず、尚且つ被害も無いとなれば、具体的な対策を施すまでには至らなかったらしい。それに翌日のソフィは元の優しい少女に戻っており、不思議に思いつつも、村人たちは問題を大きくすることはないと判断したらしい。


 しかし、翌月。またもやソフィが暴れた。ひと月前と違って、数人がかりで取り押さえなければならないほど、力を増していたらしい。


 何かがおかしい。そう不安に思う村人も少なくは無かったが、村長の一声によって暫くは様子を見ることとなった。

 だが、それからもひと月毎、決まって満月の夜にソフィが暴れ出した。徐々に力を増して。


「――ひと月前の満月の夜。ソフィちゃんの姿は大きく変わっていました。獰猛な牙を生やし、四肢は獣のように肥大化して……。普段のあの優しく微笑みを絶やさないソフィちゃんとは、まるで別人のようでした」


 それでもソフィの面影があり、村人は困惑。その結果、村に多大なる被害を被ってしまったそうだ。


「私の父――村長も重傷を負ってしまって……今では満足に歩くことも出来ない身体となってしまいました」


 俯くミンナ。重い沈黙が押し寄せた。


「何故、本国に報告しなかったのじゃ?」


 アドルフはそう問い掛ける。


 確かにそこが疑問だ。何故、このような事態になるまで問題を放置したのか。しかもソフィは亜人族(デミヒューム)だ。この新聖国ミリスシーリアにとって忌むべき存在。まるでソフィを庇っているかのように感じる。


「それは……ソフィちゃんがこの村にとって恩人の子だったからです。ソフィちゃんのお母様――セシル様にこの村の危機を救ってもらった恩があるんです」


 昔、この村には酷い疫病に見舞われた。何人もの村人が斃れ、村始まっての最大の危機となった。それにここは新聖国ミリスシーリアの辺境も辺境であり、貧しい寒村だ。本国に救援要請をしても、見捨てられてしまったらしい。


 村人は覚悟した。もう助からないと。そんな時、子連れの旅人が訪れたのだ。


 それがソフィとその母親――セシルだった。彼女は凄腕の錬成師であり、無料で治療薬を作成し、村の危機を救ったそうだ。


「セシル様には、今でも全ての村人が感謝しているのです。だから彼女の遺志を尊重して……」


 セシルはこの村に辿り着いた時には、既に重い病を患っていた。彼女は己の死期を悟っていたのだろう、一つの願いを村人に託した。


『あなた達の事情は判っているつもりです。ですが、どうかこの子をここに置いて下さいませんか。優しくしなくても良い、手助けをしなくても良い。ただ見守っては下さいませんか』


 セシルのたった一つの願いは、我が子の事であった。


「セシル様は人族(ヒューム)でしたし、村の危機を救って頂いた大恩があるお方です。私の父を含め、彼女の願いを聞き届けようとする者もいました。ですが……やはり悪しき習慣は根深く、『セシル様には感謝しているが、その娘である亜人族(デミヒューム)を受け入れることは出来ない』と、強く反発する者も多く、村を割って対立が激化してしまい……」


 結局、セシル様がお亡くなりになられて、問題は有耶無耶になりましたと続けた。


 なるほど。何となくだが状況が掴めてきた。


 狼人族(ライカンスロープ)であるソフィが何故、新聖国ミリスシーリア国内で生き続けられているのかを。それにソフィに対して冷たい村人の態度も、どう接すればいいのか判らず、戸惑いの裏返しの結果だと。


 大恩のあるセシル。そしてその娘、狼人族(ライカンスロープ)であるソフィ。複雑な感情が問題を先送りにしてしまった。その結果、今窮地に立たされているのは、何とも皮肉なものだが。


「ふむ。本国に報告しなかったのは、セシルという者に対する恩義によるものか」

「はい。私や私の父は、セシル様の遺した意志を出来れば尊重したいのです。したいのですけれど……」

「それを許さない一派がおるのじゃろ?」

「……はい。こう甚大な被害を被ってしまうと、排除派の意見が大きく……」

「もはや抑えられんところまで至ってしもうたか」

「アドルフ、それって……」

「うむ、ゴブのすけが想像している通りじゃよ」


 ソフィをこの村から追い出すということ。いや、最悪の場合には……ソフィの殺害も……。


「そんなの……あんまりだろ……」


 胸中に渦巻く想いが、思わず口から漏れ出した。


「はい……はい……私には、もうどうすることも出来なくて……ごめんなさい……ソフィちゃん……ごめんなさい……セシル様……」


 謝罪を繰り返すミンナは、そのまま顔を覆って涙を流し続けたのだった。



「ファッ○ン嬢、フ○ッキン嬢」

と呼ばれている女の子がいた。

ヒドイなぁ〜って思ってよくよく聞いてみると、

「借金女王、借金女王」

だった。

どちらにしても酷い。

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