第一話 異世界召喚
新作はじめました。
――あぁ、またあの夢か。
いつもと変わらず、今回も鬱蒼とした森の中らしい。
たまには違うパターン――妖精が舞い踊る泉とか有ってもいいんじゃないかな? まぁ、俺の空っぽの頭ではコレが限界なんだろうけどさ。
という事はだ、この後も毎度おなじみの展開なのだろうな、ハァ~。
「GUGYAGYAGYAAAAAA」
ほら来た。この生理的嫌悪感甚だしい声には、何度繰り返し聞いても、ホント慣れそうにないな。
俺は振り向きたくないんだけど、夢だから勝手に振り向いてしまう。
はい、毎度おなじみのエキストラさんのご登場です。ただね、このエキストラさんがね、その、すごく問題なんだよね……。
緑色の肌、痩せ細ったガリガリ体躯。身体とはアンバランスな程、大きな頭には小さな角が一本。ぎょろっとした瞳は黄色く濁り、乱杭歯の目立つ口には、下卑た笑みを浮かべている。
まぁゲームとかではお馴染みの、所謂ゴブリンですね、はい。
それが五匹。いつも通りに俺の周りを囲んでいく。てか、何で毎回毎回俺が劣勢な訳? ホントやんなっちゃう。
中央のリーダーっぽい奴が、ニタニタと厭らしく嗤いながら近付いてくると、無抵抗な俺を殴り飛ばす。
夢だから痛くはない。痛くはないんだけど……かなり不愉快だ。
何度も抵抗しようとしたけど、夢だからか自由に身体も動かせないから、反撃は諦めたけどな。
リーダーの一発を合図に、次々と周囲のゴブリンどもからも、殴られ、蹴られ、袋叩き状態へ。右に、左に、視界が、揺れる、揺れる。
下手な3D映画を観ているみたいで、酔いそうになるんだ、コレ。夢なのに意識だけはハッキリしてるから、結構辛い。
おっと、余計な事考えていたら、視界が地面と空の半分ずつになった。
袋叩きにされて、力尽き倒れたみたいだ。
この場面に来たという事は、そろそろ夢から醒める頃合いかな?
案の定、段々と意識がボヤけてきて――ん? 何か今端っこに、黒い影が、あった、よう、な……。
いつもは見かけない黒い影が気になりつつも、俺の意識はフェードアウトしていった。
◇
「おっきろぉ~ッ!」
パコンと、軽快な音共に俺は目覚めた。いや、起こされたって方が正しいか。
取り敢えず、俺には叩き起こされる趣味は無い。なので、身体を起こしつつ、叩き起こした元凶に向けて恨みがましいジト目を送る。
「もう数学の授業も終わったのよ! 休み時間くらいちゃんと起きないと損!」
いや、そこは逆じゃね? ってツッコむのも今更か、こいつには。
学生である身では明らかに間違った事をのたまっているこいつは、不甲斐ないながらも俺の幼馴染――山中陽である。
明るく快活な性格が唯一の長所である陽は、先ほどの持論が気に入ったのか知らないが、うんうんと目を瞑って頷き続けている。それと共にポニーテールもブンブン振われている。
「山中さんの持論はどうでもいいんで、起こす時は暴力無しでお願いします」
「ちょっと、りゅうちゃんッ!? 何でそんな他人行儀みたいな口調なのよ!」
「いや、ちょっと先程までの発言が、余りにも稚拙なので、今後は少しばかり距離を置こうかと」
「え……? あたし、バカっぽかった? うぅ~今年の目標は、立派な淑女を目指してたのにぃ~」
頭を抱えて「うわぁ~」とシェイクする陽。うん、今年の目標は絶対成就しないね。
「はぁ~……。でも、まぁいっか! ところでりゅうちゃん、早く購買行かないと売り切れちゃうよ」
切り替えが早いのも陽らしいところではある。だけど、まだ何も返事もしてないのに、腕をグイグイ引っ張るのはどうかと思うよ?
「わかったわかった! 行くからそんなに引っ張るよ。制服が伸び――おわぁっ!?」
――ガタガタガタガタァァ!
突然、地を打ち上げるかのような地震が。
「陽! 机の下に隠れとけッ!」
俺は咄嗟に陽の腕を強引に引き寄せ、自分の机の下に押し込む。
今まで経験したことがない激しい縦揺れに、教室内は一気にパニック状態だ。
女子生徒の悲鳴。荒れ狂う机と椅子。異常な激しい揺れに窓ガラスが耐え切れず、粉々に砕け散った。
「りゅ、りゅうちゃん……」
「大丈夫だ。いずれ収まる。陽はしっかり机の脚持って、ジッとしとけよ」
陽は地震が大の苦手だ。俺も隣の机の下に潜り込んで、落ち着いた口調で宥めるように言い聞かす。
「う、うん……」
余裕は無さそうだが、陽はまぁじっとしていれば大丈夫だろう。他の皆が気になるが……。
さっと低い姿勢のまま見渡した時、気付く。床に無数の青い線が光っていることに。
「なんだ、この線は……」
ぽつりと零れた言葉。
その瞬間、青い光線は突如としてその光量を増し――全てを白く染め上げた。
◇
ここは……森?
何で森なんかに居るんだ? ……まさかまたあの夢かッ!?
ガバッと起き上がる俺。と、掛けられていたのだろう何かしらの毛皮が、するりと地に落ちて行った。
……あれ? 夢、じゃ、ない? あの夢なら身体は俺の意志では絶対に動かなかったし。という事は、これは現実……?
「ほっほ、ようやく目覚めおったかのう」
未だ現状について理解が追いつかない俺に、優し気な声が掛けられた。
随分と後退してしまった頭髪に、立派な白髭。皺にまみれた目尻は垂れ下がり、好々爺然とした老人だ。黒いローブを纏い、焚火に枯れ枝をくべている。
まるで絵本から飛び出したかのような魔術師っぽいご老人だな。多分、このお爺さんが、看病してくれたんだろう。
俺は両親の教育通り、立ち上がってしっかりと頭を下げる。
「なんか看病してもらったみたいで。すいません、ありがとうございます」
何で森の中でぶっ倒れていたのかとか、あの白い光はなんだったのかとか、色々気になることはあるものの、まずは、しっかり礼を言わないとね。
――パチ、パチ、パチ……。
焚火がはぜる音だけが場を満たした。
あれ? 反応が無い……? どうしたんだ――え? フリーズしてる?
お爺さんは、枯れ枝を持ったまま固まっていた。
「あの……」
もしかして、今この瞬間ぽっくり逝っちゃった!? 控えめに声を掛けつつ反応を待つ。
すると、お爺さんはゆっくりと俯くと、プルプルと肩を揺らし始めた。
こりゃ、本格的にヤバそう……。
見ず知らずの俺を看病してくれた優しいお爺さんが、こんなところでぽっくり逝ってしまっては、目覚めが悪いぞ。それに色々状況を知ってそうだし。
「あ、あの……大丈――」
「ほわっはっはっは」
「うわッ!?」
いきなり大きい声出すんじゃねぇッ! びっくりし過ぎてこっちがポックリ逝っちまうじゃんか!
驚き過ぎて、尻餅をついてしまった俺は、立ちながら土埃を払う。
「あの~お爺さん?」
「はっはっは」
「お~い。聞こえてますかぁ?」
「はっはっは」
「おい! 聞けや、ジジイッ!」
――スパーン! と、笑い続けてぶっ壊れた爺さんの頭を打ち抜いた。恩人っぽいけど、バカにされてるみたいで、ムカついてやってしまった。……反省。
「ふぇ? ――あぁ、すまんすまん。あまりにも傑作じゃったからのう。随分と久しぶりに心から笑わせてもらったわい」
……前言撤回。この爺さんには、適切な処理だった、うん。
「そりゃ、どうも。人がお礼言ってんのに笑うのは、人としてどうかと思うけどな」
「相手が人じゃったら、そりゃそうじゃのう。ただそれが魔物じゃと――ぶぶっ」
「まだ笑うか、ジジ――ちょっと待て。今何て言った?」
何か聞き捨てならないワードが聞こえた様な……。いや、聞き間違いだな、うん。
「ん? 『相手が人じゃったら』」
「その後!」
「それが魔物――」
「それ! 魔物って何だ? ゲームか何かの事か? つか、その言い方だと、まるで俺が……」
――魔物みたいじゃねぇか、と続く言葉を寸でのところで飲み込んだ。
「お主、魔物じゃろ。何をそんなに驚いたような顔して」
だが、お爺さんは、俺が言い淀んだ言葉をあけすけに続けた。
は? いやいや、魔物ってスライムとか、ゴブリンとかコボルトとかゲームやアニメだけの存在だろ。この爺さん、こんな年して中二病拗らせてるのか?
「いやいや、爺さん。流石にその冗談は、年齢的にどうかと思うよ? 俺、人間だしさ。それにもう高二だからついていけないよ?」
そう。俺はもう高二の十六歳だ。流石に中二病は卒ぎょ――ゲフン。……現実と空想の分別はついてます。
「こりゃ、重症じゃわい。頭でも打ったかのう。まぁ確かにコオニじゃが」
やれやれとばかりに首を振る爺さん。いや、重症なのはジジイの方だろッ!
そんなツッコミが止まったのは、何やら爺さんが鞄をガサゴソしていたからだ。そして「あったあった。これじゃこれ」とブツブツ言いながら取り出したのは、まるで鏡のように磨かれた長剣だった。
すわっ、中二病じゃなく殺人鬼か!? と思ったが、どうやら違うらしい。その長剣を地面に突き刺し、顎をしゃくった。
「ほれ、見てみるのじゃ。どうやら知性はあるようじゃし、それで理解できるじゃろ」
なるほど。百聞は一見に如かずって事か。どれどれ……
「な……!?」
紫の肌に、大きな禿頭。尖った耳は長く、不釣り合いな程大きな瞳は真っ赤。
「なんじゃこりゃぁぁぁああああ!」
鏡のような剣身に映ったのは、見慣れた高二男子の俺の顔では無く、異形の存在であった。
「ほっほ。やっと理解しおったか。お主は人では無く、小鬼――ゴブリンじゃと」
どうやら俺は人間をやめて、ゴブリンになってしまったようだ。
今後とも、よろしくお願いします!