目覚め
本日は全部で6話投稿予定です
この世界には魔法がある。それに伴って、魔術師がいる。
今年で三十歳。彼女など一度もできたことのない寂しい独り身の魔術師、コーリューは、今日も冒険者としてお金を稼いできた。
彼の人生はそう悪くない。
魔力が比較的高く、身体能力も比較的高く、頭も悪くない。
冒険者生活ももう十五年目。
今となっては比較的難易度の高いクエストもこなせるほどになっている。
そのおかげか、もう働かなくても数年は生きていけるだけのお金がたまっている。
ーーー俺に足らないのは家族くらいなものだ。
心の中で悲しい叫び声が聞こえる。
今日はクエストも終わり、今から家に帰るために馬車に乗って二時間の道のりが待っている。
馬車に乗って席に座るとすぐに、疲れがたまっていたせいか、出発前からぐっすり寝入ってしまった。
♢♢♢♢♢
「ん…んん…」
何かに押されたのか、自分が座っていたところから落とされ、俺は目を開ける。
「何だよ…」
まだはっきりとしない目のピントを合わせ、俺を突き飛ばしたやつに怒鳴り散らしてやろうと前を見ると、馬車は燃えていた。
今しがた馬車のシートから落ちたのは、車輪が燃えて崩れ落ちたことによって馬車が傾いたからのようだ。
「な…何だよこれ」
まさかと思って、振り返ると、荷物が奪われていることに気づいた。俺は寝る直前に自分の荷物を荷台の方に載せていたはずだが、荷台に荷物は何もない。
周囲を見渡すと、何人かが倒れているのが見つかった。
皆誰かともみ合いになったようだ。
戦闘後に見られる傷があった。
倒れているすべての人に言えることは、誰もが息をしていないという点だろう。
全員死んでいる。
「盗賊に襲われたか…?」
俺が今生きているのは、寝てたので気づかれなかった?
死んでるとでも思われたのだろうか?
今すぐそこで倒れているのは、馬車の運転手と、女性が二人、細身の男が一人。
どう見ても戦い慣れている人がいない。
「クソッ。俺がいれば助けられたかもしれないのに…!」
自分に対する怒りが大きくなっていく。
すぐそばで大惨事になっていたというのに、俺は呑気にぐーすか眠っていたなんて…。
考えると考えるほどに気分が悪くなってくる。
「冒険者なのにな。誰も救うことができなかったなんてよ…」
そう言いながらも、せめて埋めてやろうと大きめの穴を魔法で作る。
合計四人の遺体を穴に埋めようとした時、一人の女性が子供赤ん坊を抱きかかえていることに気がついた。
「まだ息がある…!」
驚くことにその赤ん坊は生きていた。眠っているようだが、まだ生きている。
この子の母親を守ることはできなかったが、せめて俺はこの子を守ってやるくらいのことしないとな。
俺の中で一つの決意が生まれた。
この子をしっかり育ててやるよ。
えーっと…名前は…俺の名前からリューをとってガリューだ。
ガリューのお母さんよ。俺がしっかり育てるからな。
四人の遺体を埋め、ここがどこなのかを確認する。
今いるのは森の中の道だ。
もう夜なのでいつ魔獣やモンスターに襲われるかもわからない。
馬車を引いていた馬はいなくなっている。
馬車自体ももうほとんど燃えていて、使い物にならない。
俺の荷物も全部盗まれていた。
盗まれてなくてもまず燃えていただろうが。
俺ももう少しで焼け死ぬところだった…。
ひとまず俺はこの子…ガリューを安全な場所まで連れて行ってやらないといけない。
時間はかかるだろうが、道に沿って歩いていくしかないか。
その後一時間かけてコーリューとガリューは、コーリューの住む街まで無事にたどり着いたのだった。
ーーーーーーーーーー
「んぐ...」
意識が覚醒していく。死んだのか…はたまたしに損ねたか。いや。死に損ねたという表現はおかしいか。相手も殺そうとしていたわけではなかったのかもしれない。
だが、感覚がほとんどない。体があるのかすらも認識出来ない。
まだ生きているなら、皆が心配だ。母さんだけじゃなく、恵佑や恵佑のお母さんにも迷惑をかけたんじゃあないだろうか?
恵佑の家から帰る途中の出来事だったし。
だがもう俺は死んでいるのかもしれない。
もしそうだとしたら、ここは死後の世界だろうか…。俺は、世界中の死後の世界の話を聞いてきたが、本当の死後の世界とはどんな感じなのだろう。
やはり天国って実在するんだろうか?いや....俺自身何も悪い事してないけど、地獄行きも有りうる?それはちょっと嫌だな。閻魔大王ってすごい怖いんだろうな。顔真っ赤で、大きくて、目がギョロギョロしてそうなイメージがある。
案外内面は優しいのかもしれないけど。
でも、大王と会ったら、やっぱり舌引き抜かれたりしちゃうのだろうか?
あー。でも、そもそも地獄に落ちるようなことしてないか。
まっとうに人生送っていたつもりだし。真っ当にというか、少なくとも大王さまに怒られるようなことはしてないはず。
いやそもそも死後の世界ってあるんだろうか。
いろいろな宗教あるけど、天国だの極楽だの、諸説ありすぎてはっきりしてないっていうか、なんていうか。
それにしてもなんだろう。自分が死んだのに、死んだっていうことに、全く実感が持てない。何故だろう。
そう考えると、おかしい点はいくつかある。まず、俺は寝ているのだ。死んだのに、寝てんのか?意識が戻った時には感覚がゼロだったが、今は感覚が戻ってきた。感触がある。俺の上には、何か厚めの布が掛かっていることが分かる。体は自由に動かないものの、あるにはある。死んでなお肉体があるってとこがおかしい。
待てよ....。俺もしかして生きてるのか?すぐに手術したとかで。そうするとこれまでのおかしな点が一気にカチリとハマるぞ。
もしそうなら、俺にこんな酷い仕打ちをしたあのイカれた野郎をすぐに訴えてやる。
訴えて裁判開いて絶対罪を償わせてやる。
恨むなら父さんを恨めだ?
ふざけんじゃあねえよ。お前以外誰を恨むっていうんだよ。
逆恨みもいいところだ。
大体俺なんて全く関係ないのに。
いや、だからと言って代わりに父さんをって意味じゃないけど。
そんな事を考えつつ、生きている事を祈りながら、目を開けると陽の光が差し込んできた。思っていたよりも明るい。どうやらベッドのようなところに寝かされているらしい。
やはり病院かどこかで入院してるのだろうか?
体を起き上がらせたいが力が入らない。首が少し動くくらいだ。首をゆっくり左右に動かす。首が右に曲がりきったその時。そこには鏡があった。鏡に映った自分の姿に目を疑う。
体は小さく、髪の毛が薄く、歯が生えていいない。
クリクリとした目に、ふっくらとした顔。
鏡に映った俺は、赤ん坊になっていた.......。
確かに生きている。生命自体はある。だが、俺として、羽倉崎 悠真としてはもう、生きていなかった。
「わかあ!(馬鹿な!)」
驚きの叫び声は舌がうまく回らず、何を言っているかわからない。
だが、そんなことは関係ない。今俺は驚きを隠すことができない。
目の前で起きている事....いや、自分に起きている意味不明な現象に、俺は絶句する。赤ん坊の幼い口からは、普通に話すことすらもできない。よって俺の叫びも、意味の無いただの3文字の何かに過ぎないものとなってしまった。
首しか動かない赤ん坊の体では、今すぐに何が起きているのかを調べることすらできない。
ただひとつ。確かなものがある。羽倉崎 悠真としての人生には、既に終止符が打たれてしまった事だ。
正直信じたくないところもあるが、死んで赤ん坊といえば、もうあれしかないだろう。
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