遊園地の中の美味しい悪魔のカレー
美食家が、食べ損ねたという、とても美味しいカレーとは・・・?
みなさんこんにちは。
私の名前は、渡部 けんじ。
自分で言うのもなんだが、美食家である。
私には、少しだけ後悔していることがある。
今では閉園してしまった遊園地に、美味しいカレーを食べさせるレストランがあった。
今では、変な声が聞こえるだのと、肝試しの場になってしまっているが。
私は、遊園地の中のレストランなどが、美味しいものなど出せるはずがないと、食べに行かなかったのだ。
食べたことのある知人が、私に言ったことがある。
「食べに行ったほうがいいぞ。あんなに美味しいカレーは、俺は知らない。まさに、神のカレーだな。」
「なにが、神のカレーだ。遊園地の中のレストランが出すカレーなんて、たかが知れてる。」
その時の私は、ちっちゃなプライドのせいで、カレーを食べ損ねてしまった。
私は、今でもそのことを後悔している。
私は、そのことを教訓に、今ではどんなところでも食べに行くことにしている。
そのおかげで、出した本がベストセラーになったともいえるが。
カレーを食べたことのある人間は、誰に聞いてもあんなに美味しいカレーはないと、口をそろえて言う。
私も、そんな神のカレーを食べたかったものだ。
その、誰もが美味いという神のカレーは、観覧車の横のレストランが出していた。
そのカレーを出していたのは、三ツ星のレストランで修業をしたシェフだった。
「シェフ、君のようなシェフがうちで働いてくれるなんて、ほんとに光栄だよ。」
「園長、わたしこそ働かせてもらって、恐縮です。」
「シェフなら、自分の店を持つこともできただろうに。」
「たしかに、店は持てたかもしれません。でも私は、多くの人というより、多くの子供たちに自分の料理を食べてもらいたいと思ったので・・・」
「それが、遊園地だったと?」
「ええ、ここならより多くの子供たちに、私の料理を食べてもらえますからね。」
「そっか、これからも頼むよシェフ。君のカレーは、すごく評判がいいからね。遊園地で遊ぶのは二の次で、お目当ては君のカレーというお客さんは、多いからね。」
「はは、がんばります。」
シェフの作るカレーは、美味しいと評判だった。
TVが取材に来るほどに。
そして、どの遊具よりも人が多く並ぶことも、少なくなかった。
忙しそうにしているシェフを見て、園長は尋ねたことがあった。
「君一人じゃ、厨房は大変だろ。ほんとにいいのか、君一人で?」
「ええ、自分のペースが乱れると、美味しいものが出せなくなるので。」
「そうか、君がホントにそれでいいなら、私は、これ以上口は出さないが・・・」
「ありがとうございます。もう昼ですが、お昼は食べましたか?」
「いや、まだだが。」
「それじゃ、食べてってくださいよ。カレーでも。」
「ああ、そうだな。君のカレーを食べるのは、久しぶりだしな。それじゃ、いただくとするか。」
「今日あたりは、前に仕込んでおいたやつが、美味しいはずですよ。」
「それは、楽しみだ。」
一か月ほど前。
「おかあさ~ん、え~んえ~ん。」
「どうした、ぼく?」
観覧車の前で泣いている、男の子をシェフは見つけ声をかけた。
「おかあさんが、おかあさんが。」
「いなくなっちゃったのか?」
「うん。」
「ぼく、名前は?」
「太郎。ひっく、ひっく。」
「太郎か。もう泣くな太郎。泣き止んだら、カレーを食べさせてやるぞ。」
「ひっく、ほ、ほんと。」
「ああ、ほんとだ。」
太郎は、シェフの後をついて行く。
シェフは、厨房に太郎を誘う。
「こっちだ、太郎。」
「うん。」
「ちょっと待ってろよ~。」
シェフは、美味しそうなカレーをよそっていた。
太郎も、カレーの美味しそうな匂いに、ワクワクしてカレーを待っていた。
「よし、召し上がれ。」
「いただきます。」
「どうだ、太郎。おいしいか?」
「うん、ものすごくおいしい。」
「そりゃよかった。」
美味しいカレーを、太郎は口いっぱいにほうばった。
「もっと、ゆっくり食べろよ。太郎にとっては、最後の晩餐なんだから。」
「ん、なに?」
「なんでもない、もういいのか?」
「おかわ・・・」
『おかわり。』そう言おうとした太郎は、そこで気を失った。
何時間たったのか?
太郎は、とても寒くて目が覚めた。
だが、寒くて体が動かない。
声を何とか絞り出した。
「だれか・・・たすけて・・・・ここから・・・・だして。」
微かに太郎の声はした。
誰にも伝わることのない声が。
そして、太郎は眠ってしまった。
永遠に。
半年後。
シェフは、過労死した。
園長は、シェフの死をとても悲しんだ。
そして、シェフが何と言おうと厨房に人を増やすべきだったと後悔もしている。
だが、後悔ばかりしているわけにもいかない。
自分は、遊園地の園長なのだから。
レストランの方には、厨房に4人の人間を雇った。
それでも、美味しいカレーを食べにくる人の数を相手にするのは、とても忙しいという。
「すまんな、人を増やすから頑張ってくれ」
園長が、人を増やすことを決めてから、レストランに来る人の数が減っていった。
「なんか、味が落ちたわね」「これ、普通のカレーだよね。味が、変わった?」
客がこんなことを言い出しはじめた。
園長は、今の厨房の人間にどういうことか聞いてみた。
「お客が、味が落ちたと言っているが、どういうことだね」
「すみません。どんなにスパイスの配合を変えてもあのカレーの味は出せないんです。私だって、カレーの専門店で働いていたんです」
そう、厨房で働くチーフをやっている人間は、専門店で働いていた。
自分の店を出す予定さえあった。
だが、ここのカレーが美味しいといううわさを聞いて、食べに来たことがあった。
その時は、一口食べただけで、すごい衝撃をうけたのをこのチーフは覚えている。
こんな味のカレーを、自分も出してみたい、そう思いシェフに自分を雇ってくれと直談判もしたことがある。
だが、何度頭を下げてもシェフは拒み続けた。
諦めきれずにいたチーフは、シェフが死んだことを耳にした。
もう、あのカレーが食べられない。
そう思うと、心のどこかに穴でも開いたようだった。
それからというもの、何も手が付かず専門店のほうも辞めてしまった。
ある日、遊園地の広告を目にする。
そこには、厨房に入る人間を募集する広告があった。
男は、なにか美味しいカレーのヒントがあるかもしれないと、雇ってもらうことにした。
はじめは、この男にも同じ味が出せていた。
その、スパイスの配合率もメモを取っていた。
だが、ある日を境にその味が出せなくなった。
「あの味が、どうしても出せないんです。もうどうしたらいいか、わかりません」
「すまん、チーフ。ここは遊園地だもんな。遊園地がカレーで勝負してどうすんだって話だな。
君たちは、いつも通りお客に食事を提供してくれ」
だが、段々と人の足は遠のき閉園してしまった。
そして、遊園地をやめたそのチーフは、今では自分の店を持っている。
店は、とても美味しいと評判になっている。
「あっ、渡部さんじゃないですか」
「よう、ひさしぶり。いつもながら繁盛してるな」
「渡部さんの、本のおかげですよ」
「それはないと思うがな。ところで、厨房には人を増やさないのか。一人じゃきついだろ」
「いえ、自分のペースを乱されたくないのでこれでいいんです」
「しかし、君のカレーは本当にうまいな。私は食べたことはないが遊園地の神のカレーにも、
負けないんじゃないか」
「さあ、それはどうでしょう」
ペースは乱されたくないと、シェフと同じようなことを、この男も言う。
シェフが生きていたころは、度々子供が行方不明になっていた。
シェフが死んでからは遊園地も、だんだんと寂れていき、ついには閉園してしまった。
閉園した遊園地には、観覧車の近くを通ると、『だして。』という声が聞こえる噂話がある。
「おお~、いい肉だねシェフ。何の肉だい?」
「それは、秘密ですよ。なっ、太郎。」
ホラー二作目です。いかがでしょうか。