第一話
それは真夏の暑い日の事だった。俺はいつものように仕事を終え自宅へ帰るため駅に向かっていた。仕事という重い荷物を降ろし、気分はすっかり就寝モードへと移行していた。
暫く歩くと、駅に付きホームへ降りる。ちょうど帰宅ラッシュなのだろう。ホームには大勢の人が各々の安息の地へ運んでくれる列車を待っていた。
「ふぅ…。今日も仕事疲れたなぁ~…。ん~。」
そう小さく呟くと俺は誰も座っていないベンチへ腰を掛ける。
(次の電車は…。あーまだ時間あるなぁ…。こういう時の暇つぶしっていつも困るんだよなぁ…)
徐にズボンのポケットからスマホを取り出しメールをチェックする。特段メールをやり取りする友達や取引先がいるわけでもない。
「あれ 上司からメールが。どれどれ…。」
内容は明後日の取引先で行うプレゼンの内容と資料をPCへ送ったから確認してくれとの事だった。ああ、そういえば明後日は大事な商談があるのだったと思い出す。
それから頭が仕事モードになってしまい、ビジネスバックからノートPCを取り出し立ち上げメールを確認し始める。
カツン…。
「あっ・・・。」
その音になぜ反応したのか、気づけたのかはわからない。乗るはずだった電車の到着を知らせるアナウンスより、その時はスマホが落ちる音のほうがより鮮明に聞こえたのだ。
スマホの持ち主はそれに気づかず足早に電車に乗ろうとしていた。
「すみません!これ落としましたよ!!」
「えっ。」
スマホの持ち主がこちらを振り向く、と同時に俺は一瞬にしてその女性に目が釘付けになった。髪は肩にかかるほどの長さで、目はくっきりとした二重。見るからに活発そうでそして印象的な声。
「これ」
いそいでその女性にスマホを手渡す。
「あー!ありがとうございます!すみません!」
女性は驚き、そして安堵の表情を浮かべ深々とお辞儀をした。
「いえいえ。良かった。」
頭を上げ、俺を少し見つめそして笑顔を見せた。
と同時に電車が到着し扉が開く。
「あ、行かなくちゃ!ごめんなさい!」
「あ、いえ…。」
その笑顔が素敵な女性は駆け足で電車に駆け込み、扉が閉まる。
この時は知る由もなかった。この後これがきっかけで奇跡のような体験をすることになるとは。
「あ、電車…。」
僕の帰りが30分遅れたのは言うまでもない。