第八話 狂乱と害悪
ーーーこの野郎...。
山田が何をしているのか...いや、しようとしているのかは、見た瞬間に理解できた。
俺は速度を保ったまま駆け寄り、横から山田の脇腹を蹴る。
ドガッと大きな音が鳴り、山田は5m程吹き飛んだ。
「一応聞いてやるが、何をしていたんだ?」
「く、黒崎...。」
山田は脇腹に手をやって蹲ったまま、こちらに顔を向ける。
「く、黒崎!助けて!!」
美浜が後ろから俺の足に縋り付いてくる。
鬱陶しいから適当に放り出した。
「ぼ、僕は...別に、何も...。」
「いや、何もじゃねぇだろ。そんな粗末なモノ出しておいて、言い逃れできると思うなよ。」
俺の言葉に屈辱を感じたようで、山田は顔を赤くしながら立ち上がった。
「く、黒崎には関係ないだろ!?ぼ、僕達はずっとその女を守ってやってたんだ!!」
「だから、少しくらい...その...。」
「何が少しくらいよ!?無理矢理しようとしたくせに!!」
「そ、そんな...。」
赤かった山田の顔は、次第に青白く変わっていく。
「大体いつもいつもキモいんだよ!アタシの体ジロジロ見てくるし、鼻息荒いし、息臭いし、もうアタシに近寄んなってーの!!」
「そんな、何で...。」
「何でじゃないでしょ!アンタみたいなキモブタ、同じパーティー組んでるだけでも嫌だってのに!!」
「だ、だって、最初は喜んでくれてたじゃないか!頼りになるとか、優しいだとか言ってくれて...。」
「んなの、アタシが楽するための嘘に決まってるでしょ!?そんな事もわかんねぇのかよ!!」
山田は酷く狼狽している。
その混乱はやがて、怒りへと変わった。
「なん...だよ。...何なんだよそれぇ!!」
「な、何よ...何怒ってんのよ。」
美浜は今まで見たことのない山田の姿に驚き、後退る。
「許さない...僕はお前を許さない!!」
山田は鼻息荒く美浜へと迫り、ボックスから斧を取り出して振りかぶった。
流石に見ていられず、俺は美浜の前に出た。
振り下ろされる斧を剣で受け止め、弾き飛ばす。
「く、黒崎!どうして邪魔をするんだ!?」
「流石に目の前で見殺しにはできないだろ。落ち着けよ。」
「落ち着けだと?...お前に、お前なんかに何がわかるって言うんだよぉ!!」
山田は激昂して斧を滅茶苦茶に振り回す。
「その女のせいだ!その女のせいで僕も!田中も!!」
そう言って斧を大きく振りかぶった。
ーーーコイツ、本気で殺しにきてやがるな。
俺は一瞬で覚悟を決めた。
振り下ろされる斧を、素早く体を横にずらして避け、山田の腕を斬り飛ばす。
「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁ!!いでぇよぉぉぉぉぉ!!」
山田は腕を抑えて地に這いつくばる。
「何で、どうして僕がこんな目に...。」
「どうして...か。共に戦ってくれる友がいたのに、こんな害悪女に騙されたお前の、自業自得だろ。」
「そんな、僕は...うぅ...うぅぅぅ...。」
涙と鼻水で顔をグショグショにしながら、山田は蹲って呻いている。
「まぁ、来世があれば、女には気を付けるんだな。...その前に、あの世で田中に詫びることだ。共に戦えなくて悪かった、と。」
物言わぬ山田へと近付き、その首を斬り落とした。
山田のボックスから溢れた遺品を回収する。
害悪女のために友を失った憐れな男の冥福を祈った。
暫くして後ろを振り返る。
美浜はこちらを見て呆然としていた。
目が合うと小さく震えて縮こまる。
「男を騙して狂気へと誘った気分はどうだ?害悪女。」
「そ、そんな...あ、アタシは別に、何も...。」
「お前さえいなければ、山田が狂乱することも、田中が一人で戦うこともなかっただろう。このパーティーを崩壊させたのは、お前だぞ?」
「ち、違う!アタシは関係ない!!田中は狼にやられたし、キモブタを殺したのはアンタでしょ!?」
「あぁ、そうだ。山田は俺が殺した。だが、その原因を作ったのは誰だ?」
「他人を利用し、自分勝手で我儘だったお前のせいじゃないのか?」
「違う違う違う!!アタシは何も悪くない!!」
駄々をこねる子供のように、美浜は頭を抱えて横に振る。
「だったら何が悪いって言うんだ?山田を騙して利用したお前以外に、何が悪いんだよ?」
「そ、それは...田中が...そう、田中が悪いんだ!!」
ーーー何を言っているんだ、コイツは?
「だってそうだろ!!アイツがもっと強ければ、死ぬこともなかったし、アイツが生きていれば、山田が調子に乗ることもなかったんだ!!」
美浜はまるで自らの言には何の問題もないとでも言うように、顔に微笑を浮かべている。
ーーーあぁ、そうか。やっとわかった。
コイツは、この目の前にいる女はーーー
ーーー本物の...害悪なんだ。
「もうお前、死ねよ。」
俺は一切の躊躇なく、美浜の首を断ち切った。




