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第七話  見殺しと遺品

「ーーー田中!!」


俺は飛び出したまま速度を落とすことなく狼の群れに突っ込み、ただひたすらに狼達を斬り殺した。

殲滅はすぐに終わった。

残党がいない事を確認し、田中へ駆け寄る。



「おい、田中!おい!!」


しかし田中は何の反応も返さない。


いや、わかっているのだ。

既に索敵スキルは、田中の反応を示す事をやめてしまっている。

田中は、死んでしまった。



やがて田中の体が光となって空中に溶け込む。

俺はそれを呆然と見ていた。

場を沈黙が包み込む。

誰も口を開く事ができなかった。






数分して、俺は冷静さを取り戻した。

固まっている三人へと近付く。

三人は体を震わせて、目には涙を浮かべている。


「とりあえず安全地帯へ戻るぞ。」


有無を言わさず三人を連れて行く。




「...それで、何があった?」


事情を聞くが、誰も口を開かない。

俺は溜め息を零した。


「はぁ...山田、一体何があったんだ?」


指名された山田は酷く狼狽していたが、暫くすると辿々しく言葉を紡いだ。


「えっと...実はーーー」





山田の話を纏めると、今日の探索中、美浜の自分勝手さに堪忍袋の緒が切れた田中が、美浜と言い争いをしたらしい。

山田は美浜を庇い、佐藤はただ狼狽えるだけ。

田中は遂にパーティーを抜けるとまで言い出した。



山田と佐藤が止めるも聞かず、田中は一人で先に行ってしまったらしい。

それから数時間、何度かの戦闘を繰り返すも、今まで通りにはいかず、回復薬も切らしてしまった山田達は、ログハウスへ戻ることにした。



しかし、そこに森狼の群れが襲いかかってきた。

いつもは田中が索敵スキルで察知していたため、彼らは何も気付けなかったらしい。

回復薬もなく、前衛も一人しかいない。

そんな状態でまともに戦えるはずもなく。

彼らは次第に傷付いていった。



しかしそこに、単独で行ったはずの田中が戻ってきた。

田中の指揮と鼓舞で何とか持ち直し、狼を倒したらしい。

どうやら田中は、三人の事が心配で、影から見守っていたようだった。

命が助かった事に安堵し、田中に感謝する山田と佐藤。

だが、そこに水を差す愚か者がいた。



ーーー何故もっと早く助けに来なかったのか。こちらは傷を負ってしまった。回復薬を出せ。

ほとんど戦闘に参加せず、山田と佐藤に任せっきりだった美浜(バカ)は、こう言ったらしい。

その言葉に再び憤る田中だが、傷を負っている事は確かだったため、渋々回復薬を渡した。



その後も愚痴を言い続ける美浜。

「アンタ達って本当に役立たずよね!」という美浜の言葉に、田中は耐えられなかったのだろう。

森に怒声が響き渡った。

田中が本気で怒った事に少し引き腰になった美浜だが、それでも負けずにいつものトンデモ理論を展開したらしい。



曰く、お前達のようなオタクよりも、私の方が価値がある。故に、私を守るのは当然だ。

曰く、男が女を守るのは当然だ。故に、私を守るのは必然だ。

曰く、私は仕方なく付いてきてやっている。故に、私を守るのはお前達の義務だ。



...と、正気を疑うような事を堂々と言ってのけた美浜に、田中だけではなく山田も佐藤も唖然とした。

刹那の後、再び田中の怒声が響き渡った。

言い争いは段々とエスカレートしていき、その騒音はヤツ等(・・・)を呼び込んでしまった。



激昂している田中は気付けなかった。

気付いたのは誰だったか。

その時には既に手遅れだった。



狼達が飛び出してくる。

田中は慌てて迎撃しようとする。

美浜はもちろん、山田と佐藤も恐れ慄くだけで、目の前の恐怖に抗うことはできなかった。

田中は一人で必死に戦った。

もう少しで立て直せるというところで、狼に足を噛まれてしまった。



即座に回復すれば問題はなかった。

しかし戦闘中にそんな余裕はない。

田中は後ろにいる三人へと声を上げた。

回復薬を投げろ、と。一つだけで良い、と。

山田と佐藤は回復薬を持っていなかった。

既に使い切っていたからだ。

美浜は一つだけ持っていた。田中に貰った回復薬だ。

それを投げれば田中は回復できた。しかしーーー








ーーーしかし、美浜は田中を見捨てた。

たった一つしかない回復薬を渡したくなかったのか。

それともただ恐怖に竦んで動けなかったのか。

何れにせよ、その時点で田中の命運は決した。





そこまで話を聞いた俺は、美浜へと向き直った。


「なぁ、美浜。」


美浜はビクッと震えて顔を俯ける。


「何故、田中を見殺しにした?」


美浜は顔を俯けたまま沈黙している。


「答えろ、美浜。...答えろ!!」


鋭く言い放つと、美浜は涙を浮かべて醜く歪ませた顔を上げた。

そしてこちらを睨み付けて叫びだす。


「何よ!何なのよ!?アンタには関係ないでしょ!!」


「私は悪くない!!アイツが...アイツが勝手に一人でーーー」


その瞬間、俺は美浜の胸倉を掴んで持ち上げた。


「おい、この害悪女。...いま、何て言った?」


「ヒッ...あ、え、あ...。」


美浜は青白い顔をして小刻みに震えている。


「もう一度言ってみろ...今すぐに田中の元へ連れて行ってやる。」


そう言って、俺は特殊スキル【威圧】を発動させた。

今ならば発動できるという確信があった。

部屋内に濃密な殺気が渦巻く。

美浜は白目を剥いて、口からは泡を吹いていた。

山田と佐藤も気を失っている。

ここにいると殺したくなってしまう。

俺は拠点に戻ることにした。







翌日から、拠点周りの探索を再開した。

しかし、何か今ひとつ身が入らない。

こんな時に無理に動いても痛い目を見るだけかと思い、安全地帯でスキルの修練をすることにした。





三日後、田中の遺品(死んだ時にボックスから溢れた物)を森に置いたままなのを思い出した。

もしかしたら山田達が既に回収しているかもしれないし、消えているかもしれないが、一応見てみる事にした。

"友達"であるとは互いに一度も言わなかったが、俺は田中の事をそれなりに気に入っていた。

せめて遺品は、その死に様を知っている人間が受け継ぐべきだろうと考えた。



なるべく山田達とは顔を合わせたくない。

俺は夕方前に四つ目の拠点に転移し、そこから徒歩で向かうことにした。






森はそれなりに暗くなってきている。

俺は田中が死んだ場所まで来ていた。

幾つかの道具や武具などが散乱している。

まだ回収はされていなかったようだ。

心の中で田中の冥福を祈り、俺は遺品を拾って回った。



遺品の回収が終わったその時、索敵スキルが遠くに反応を捉えた。

黃の光点、人間だ。

しかし様子がおかしい。

まるで追いかけっ子をしているように、一つの光点がもう一方の光点を追いかけている。

それも歩きではない。走っているようだ。

何だか嫌な予感がする。

俺はその予感に背中を押されるように駆け出した。







暗い森の中、二人分の足音が聞こえる。

その足音の音源は少しずつ近付いていき、やがて足音は止まった。

次に聞こえるのは女の叫び声と、何やら興奮している男の声だ。

俺はそこに音もなく忍び寄る。

木の影から覗いてみると、男が女の両手を掴み、覆いかぶさっていた。

雲が晴れて月の光がその場を照らす。

そこにはーーー





ーーー美浜に覆いかぶさり、今にも行為(・・)に至ろうとしている、山田の姿があった。

ブクマ100件を超えました!

皆さん感謝感激です!

どうもありがとうございます!!

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