閑話 再会と感謝
木の香りがする家から外に出てみると、幾つもの木々が生い茂る鬱蒼とした森が見えた。
建物を出て少し歩く。
転移してきた建物は木造のログハウスだった。
ログハウスを中心に、半径30mほどの草地が円形に広がっており、その外から森になっている。
一階層で休憩部屋にいた時に感じていた、不思議な安心感を感じる。
おそらくこの草地が安全地帯なのだろう。
石畳に囲まれた一階層とのあまりの違いに、呆然として森を見渡す。
ふと上を見上げて、驚く事に気付いた。
ーーー空だ。それに太陽も、雲もある。
久し振りに見た青空に、形容し難い何かを感じた。
暫し空を見上げて、深い感慨に浸る。
すると後ろから、懐かしい声を聞いた。
ーーーお久しぶりです、黒崎さん。
俺はゆっくりと振り向く。
一度しか会った事がないのにも関わらず、まるで永年の友と再会を果たしたように感じる。
「...あぁ、久し振りだな、ティア。」
ーーー彼女は、満面の笑みを浮かべた。
「まずは、第一階層踏破おめでとうございます、黒崎さん。」
「あぁ、ありがとう。」
「それと、ご無事で何よりです。」
「危ない場面もあったけどな。」
いま俺は、転移地点のログハウスにて、ティアと向かい合って話している。
あの自称神は言っていた。
階層踏破したらティアと会わせてやると。
どうやら奴は、俺との約束を守ってくれたらしい。
ティアは先程からずっと、楽しそうにニコニコしている。
「それにしても、こんなに早く踏破するとは思っていませんでした。」
「神様も仰っていましたよ。『やはり黒崎君は面白いな』って。」
やはりって何だよ。
「まぁそれなりに頑張ったからな。」
「それも第一階層とは言え、ソロで階層主を討伐するなんて普通じゃありませんよ!!」
ーーー普通じゃない、か。
脳裏に浮かぶ、一人の男。
いま会ったら、アイツはまた俺を"特別"と言うのだろうか。
俺の態度を変に思ったのか、ティアは窺うようにこちらを見てきた。
「えっと...どうかしましたか?」
「いや、何でもない。少し、一階層でのことを思い出していただけだ。」
「あ...えっと、その...。」
ティアは何かを躊躇うように言い募る。
ーーーまさか。
「ティア、もしかしてだが、知っているのか?」
「ひゃい!?し、知っているって、にゃにをでしゅか!?」
ーーーひどく狼狽している。どうやら予想は的中したようだ。
「...知っているんだな。どうしてだ?」
「あぅ...。えっと、実は神様が『君は黒崎君の友達だから、特別に彼の姿を見せてあげる。』と仰って...。」
ーーーまじかよ
「くそっ!あの自己中神が。」
「ご、ごめんなさい!その、勝手に見てしまって...。」
ティアは目の端に涙を浮かべ、今にも泣き出してしまいそうだ。
「...いや、別に見られた事にはそれほど怒ってはいない。ただ...。」
「...ただ?」
「...怖くないのか?」
「え?...怖いって、何がですか?」
「だから、俺が怖くはないのかと聞いているんだ。」
「俺は同じ人間を、それもクラスメイトを殺したんだぞ?」
「えっと...確かに、あの時の黒崎さんは、少しだけ怖かったです。」
「...それに、ちょっと悲しそうでした。」
でも、と彼女は続ける。
「あの時、もし黒崎さんが抵抗していなかったら、きっと今頃こうしてお話する事はできていません。それどころか、二度と黒崎さんにお会いできないところでした。」
ーーーだから、黒崎さんが生きてくれて、嬉しいんです。
彼女はそう言って、ふわりと微笑んだ。
少しだけ、ほんの少しだけ、泣きそうになった。
怖いのは俺の方だったのかもしれない。
俺はクラスメイトを殺した。そこに後悔はない。
俺は死にたくなかった。死ぬ訳にはいかなかった。
ここで、このダンジョンで生き残ると決めたから。
必ずここを攻略し、地球に戻ると決めたから。
だから殺した。生きるために。
だから殺した。自分のために。
だから殺した。こうして再び、彼女に会うために。
それでも怖かったのだ。
ティアが、彼女が俺を拒絶するのではないかと。
初めての"友"を、失うのではないかと。
だから嬉しかった。彼女が認めてくれて。
俺の罪が消える訳ではない。
他の人間に背負わせることもできない。
そんな事、してはならない。
校倉を殺した。その罪は俺の、俺だけのものだ。
その覚悟はしていた。
それでも、目の前にいる小さな"友"に、生きていて嬉しいと言われた事が、どうしようもなく、嬉しかったのだ。
「...ありがとう、ティア。」
小さな声で囁いた。
「?何か言いましたか?」
「いや、何でもない。気にするな。」
「はぁ...わかりました。」
「それよりも、幾つか聞きたい事があるんだ。」
「あ、はい。何でも聞いて下さい!!」
「とは言っても、お答えできる内容には限りがありますが。」
「わかっている。そうだな、まずは...」
ティアに様々な事を聞いた。
他の奴らはどうしているのか。
第二階層はどんな階層なのか。
なぜダンジョンに空があるのか。
レベルの最大値は決まっているのか。などなど。
ティアの解答を纏めると
・他者の動向について、具体的に教えることはできない。しかし、どうやら何人かは、出会った者同士でパーティーを組んで、探索をしているそうだ。死者も数人出ているようだ。
・第二階層は森林フィールド。虫系や動物系の魔物がいるらしく、虫系は毒などを使い、動物系は群れで行動するため、注意が必要だとのことだ。
・ダンジョンで見える空は偽物。人間(餌)が生活できるよう、最低限の環境を整えるためだとか。
・レベルの最大値は100。スキルレベルの最大値は10らしい。地球の基準で言うと、Lv1が白帯、Lv3が色帯、Lv5が黒帯、Lv7が師範(空手や柔道の六段とかそんなレベル)、Lv9が赤帯(柔道で言う十段。最高位。)で、Lv10は達人の中の達人、伝説級と言われるらしい。
俺が相手に与える威圧感は達人の一歩手前なのか、とどうでも良いことで少し落ち込んだが、概ね理解できた。
Lv5より上になると極端に上がりにくくなるらしく、そこまでは割りと誰でもいけるらしい。
どうしてチュートリアルで説明しなかったのかと聞くと、「聞かれなかったから」だそうだ。そりゃそうか。
チュートリアルはあくまでも最低限の知識を植え込む場であり、それ以上は聞かれなければ教えない、と。そういうことらしい。
必要なことを聞いた後は、好きな食べ物だとかこの目付きのせいで受けた不当な扱いだとか、取り留めのない話をした。
ティアと話すのはとても楽しかった。
人と話していて、これほど楽しく感じたのは初めてだった。
"友"と呼べる相手は、ティアが初めてだったから。
気付くと話し始めて三時間以上が経過していた。
ティアもそろそろ帰らなければならないらしい。
また会おう、と約束を交わし、ティアは名残惜しそうにしながらも、優しく笑いながら消えていった。
一人だけのログハウスが、少しだけ広く感じた。
ティアに聞いた、クラスメイト達がパーティーを組んでいるという話を思い出した。
機会があったら試しても良いかもしれない。
校倉の件があるため、そう簡単に信用はできないが。
ーーーそもそも俺と一緒に居ようという奴はいないか。
と、自嘲的に笑ったあと、溜め息を吐いた。
明日からまた頑張ろう。二階層探索の始まりだ。
自らを鼓舞するように、心の中で意気込んだ。




