第六話 特別と初めての...
また明日。そう、また明日だ。
校倉がその言葉を発した瞬間に、またあの黒い霧が出てきたんだ。
校倉は明日を迎えるつもりがないという事だろうか。
いや違う、コイツはきっと...。
たった二人しかいない休憩部屋。
穏やかな寝息が静寂に波を打つ。
...唐突に寝息が消えた。否、減った。
一方の寝息が途切れ、ソイツはゆっくりと起き上がった。
そして音を立てぬよう、忍び足で移動を開始する。
もう一方からは未だに穏やかな寝息が聞こえてくる。
ソイツはゆっくりと、寝息を立てている男に近付いて行き、男の寝顔を眺める。
ーーーこんな顔をしていたのか。
そう思った。それだけだった。
ーーーどうやら気持ち良く眠っているようだ。
男は愉快そうに嗤った。
まるで積年の願望を果たすかのように、楽しそうに、嬉しそうにその体を震わせている。
男は懐から短剣を取り出し、大きく振り上げた。
そして刹那の躊躇いさえ見せることなく、目の前の男の喉に突き立てようとした。
短剣が突き刺さるその瞬間、突如として男は動いた。
振り下ろされた短剣は目標を見失い、石畳へと突き刺さり、甲高い音が鳴る。
さっきまで安らかに眠っていたはずの男は、素早く立ち上がり、大きく後ろに飛んで距離を取る。
ーーーやはりこうなったか。
俺は心の中でそう吐き捨て、溜め息を零した。
校倉が何かを企んでいるのはわかっていた。
それも、俺にとって良くない何かを。
だから待っていた。
この男がか弱い兎の皮を脱ぎ捨て、血に飢えた狼となるその瞬間を、待っていたのだ。
「...やってくれるな、校倉。」
「...まさか避けられるとは思わなかったよ。」
そう言って、ギラギラとした目をこちらに向けてくる。
目の前にご馳走を見付けた野生動物のように、飢えた瞳で睨みつけてきた。
「どうして、こんなことをするんだ?」
「どうしてだって?決まってるでしょ?」
ーーー強くなるためさ
校倉は、厭らしい笑みを浮かべながら、そう言った。
「強くなりたいなら魔物を殺せば良い。お前だってそうしてきたはずだ。」
「あれ、バレてたんだ?上手く騙せてると思ったのに。」
「そういうスキルを持っていてな。俺に嘘は通用しない。」
「...なるほど、それでこの襲撃もバレちゃったのか。」
「そういうことだ。...それで、何故強くなるために俺を殺そうとする?」
「...そうだね、教えてあげても良いかな。」
「実は、転移者が転移者を殺害すると、普通よりも多くの経験値が手に入るらしいんだ。しかも、殺した相手の固有スキルまで貰えちゃうんだってよ。」
「どうしてそんな事を知っているんだ?」
「チュートリアルさ。最後に質問したら教えてくれたよ。」
「...お前はこんな事をする奴だったのか。知らなかったな。」
「君は元々僕の事なんて知らないでしょ?僕は君のような特別な人間じゃないんだよ。」
「...特別だと?」
「うん、そうだよ。特別。特殊と言っても良いかもしれない。」
「俺のどこが特別なんだ?目付きのことを言っているのか?」
「ううん、違うよ。僕が言っているのはもっと本質的なものさ。」
「本質的だと?意味がわからないな。」
「わからないだろうね。だって君は特別だから。」
「君達には、君達なんかには、僕のことなんてわかる筈もない。」
「...僕のような、凡人のことなんて。」
ーーーそういう事か。
俺は校倉の言いたい事を、何となく理解することができたような気がした。
コイツは俺のことを"特別"だと言った。
それは正しくもあり、間違ってもいる。
きっと俺は"おかしい"のだろう。
こんな状況に陥っても、そう大した混乱はなかった。
魔物とはいえ命を刈り取ることに、大きな忌避感もなかった。
そんな俺は、きっとどこかが"おかしい"のだろう。
だが、校倉は違った。
校倉は普通な奴だ。
意味もわからずこんな所に連れて来られ、半強制的に戦わされる。
そんな状況に耐えられるはずもなく。
チュートリアルの最後、あのゴブリンの命を奪ったその時、きっと校倉の人並みに弱い心はーーー
ーーー壊れてしまったのだ。
魔物を前にして体が震える。
それは恐怖からくるものだと思っていた。
だがコイツは違う。
きっとそれは恐怖ではない。
ーーー高揚だ。
魔物を前にして、その命を刈り取るという現実を前にして、校倉はどうしようもなく昂ぶってしまう。
そうしなければ、前を向くことができなかったから。
そうすることでしか、この現実から目を背けることができなかったから。
校倉の心は壊れてしまった。どうしようもなく。
それが"普通"なのかもしれない。
ならばきっと、コイツから見た俺は確かに"おかしい"のだろう。
心が壊れた様子もなく、それでも前を向く俺が、どうしようもなく歪なものに見えたのかもしれない。
それを"特別"と称したのだ。
「君は本当に凄いよね。前を向くだけじゃなく、こんな僕まで助けようとしてくれた。それが嘘だと知っていながら。」
「だからこそ、君を殺したかった。」
「君を殺して、その力を奪いたかった。」
「そうすれば、僕も強くなれる気がしたから。」
「僕も"特別"になれる。そう思ったから。」
「...お前は俺にはなれない。例え俺の力を奪ったとしても。」
「だからもう、やめないか?」
ーーー話したことなどなかった。ただ顔と名前を知っている。その程度の奴だった。
それでも見捨てたくはなかった。
「やめる?.............アハッ。アハ、アハハハハハハハハハッッッ!!」
「やめるだって?今更何をやめるって言うんだい!?」
「...もう良いだろう。魔物を倒して強くなり、このダンジョンを攻略するんだ。」
「...君は本当に凄いねぇ...。やっぱり君は"特別"だ。」
「でもね。僕は違うんだよ。僕は君とは違うんだ。」
「もう止まれない。止まるつもりなんてない。」
「君の実力は今日一日で大体把握したよ。」
「寝てるところを仕留められれば最高だったんだけど、残念ながらうまくいかなかった。」
「だから今度は、真正面からやらせてもらうよ。」
そう言って、校倉はボックスから何かを取り出す。
「これ何かわかるかなぁ?」
校倉が取り出したソレは、手榴弾のような形をしている。
「さぁな。きびだんごか何かか?俺をお供にでもするつもりか?」
「ざーんねんハズレぇ!...黒崎君も冗談とかいうんだね。全く面白くないけどさ。」
「随分な言い方じゃないか。変わったな。」
「そうかな?そうだとしたら、それはきっとこのダンジョンのせいなんだろうね。」
「...だな。それで、その物体は何なんだ?」
「これはね、毒ガスが入っている投げ道具だよ。宝箱で手に入れたんだ。」
「バラしても良いのか?俺が避けたら終わりじゃないか。」
「構わないよ、避ける事なんてできないから。」
「ほう。自信があるんだな。」
「まぁね。僕の固有スキルを使えば、必ず君を殺すことができる。」
そう言って、校倉はこちらに走ってきた。
俺は更に後ろに逃げようとするが、生憎この部屋はそこまで広い訳でもない。
おまけに校倉は入り口を隠すように立っており、回り込んで逃げるのは難しそうだ。
ーーーコイツ、知能犯だな。
校倉はニヤニヤと笑いながら迫ってくる。
全てはコイツの計算通りなのだろう。
やがて壁際まで追い込まれた。
「さぁさぁもう逃げ場はないよ?おとなしく死んじゃおうよ。」
「まだわからないさ。お前がそれを投げてきたところで、俺が避ければそこで試合終了だ。」
「うん、そうだね。きっと君は避けちゃうんだろうね。」
ーーー僕がこれを投げたらね。
校倉は持っていたソレを、地面に勢い良く落とした。
校倉がソレから手を話した瞬間、俺は校倉に向かって駆け出していた。
勝ちを確信して隙だらけになっている校倉を殴り飛ばし、その勢いのまま外に飛び出した。
毒ガスは猛烈な勢いで広がっていく。
一階層で手に入る道具とは思えない程の範囲だ。
それは、校倉の固有スキルによる恩恵だった。
ーーー【道具効果二倍】
それが校倉の持つ固有スキルの一つだ。
効果は読んで字の如く。
使用した道具の効果を二倍にするのだ。
今回使用した毒ガスの場合、その範囲と毒効を二倍にすることができる。
校倉はこのスキルを使うことによって、こちらに投げずとも、毒ガスの餌食にしようとした。
だが、これでは校倉まで毒ガスを吸ってしまう。
しかし、その心配はいらなかった。
ーーー【状態異常無効】
それが、校倉の持つ二つ目の固有スキルだ。
効果はそのまま、毒や麻痺に罹らないのだ。
つまり、広範囲に効果を及ぼす毒ガスを使って俺を仕留め、自分は助かるというのが、校倉の筋書きだった。
ーーー俺にはわかっていたがな。
出会った時からアイツのスキルは知っていた。
毒ガスを出した時点で、その計画を暴くことができた。
後はタイミングだ。
校倉が最も油断するタイミングで行動し、素早く部屋外へと出る。
部屋外から部屋内へと干渉できないならば、その逆もまた然り、と考えたのだ。
案の定、部屋内に充満している毒ガスは外には流れ込んでこない。
毒ガスが消えたのを見計らって中に入った。
朝倉は殴られた際に気絶し、そのまま意識が戻っていないようだ。
俺は校倉に近付き、その頬を叩いた。
「...んぅ。僕は...一体何が...。」
校倉は目を開け、ゆっくり起き上がった。
そしてこちらを見てくる。
口をぽかんと開けて、固まっている。
「何で...どうして...。」
「どうして生きているかだって?教えてやろうか。」
俺は全てを話した。
ステータスを見るスキルがあること。
校倉の考えは既に見抜いていたこと。
全ては俺の掌の上だったこと。
「何だよ...何だよそれ...。そんな...これじゃ僕は...。」
俯いたまま、ぶつぶつと呟いている。
そして突然顔を上げた。
「...流石だね黒崎君。やはり君は"特別"だよ。」
校倉は歪な笑みを浮かべる。
「それで、僕をどうするつもりだい?ここには牢屋なんかないんだよ?」
「殺す。」
俺は平然として答えた。
校倉はまたもや口を開けてぽかんとしている。
「え?あ、え?は?なにそれ?どういう事?」
「お前は俺を殺そうとした。そして失敗した。ならば俺がお前を殺すのは当然だろう。」
「え、ちょっと待ってよ!僕達クラスメイトじゃないか!!」
ーーーどの口でほざいてんだコイツ。
「先に手を出したのはお前だ。自業自得だろ。」
「嫌だ!僕は死にたくない!死にたくないんだ!!」
校倉は逃げようとする。
俺は校倉の脇腹を蹴って転がした。
「逃がす訳がないだろう。その命を持って償え。」
ーーー何と傲慢な言い方だろう。
しかし俺はコイツを許すことはできない。
許してはいけない。
校倉は最後の一線を超えてしまったから。
ここで処分しなければならない。
それが"ここ"の...ダンジョンでの生き方だから。
「ひぃっ、嫌だ、助けて、お願い助けて!!」
校倉が必死に逃げようとする。
無様に涙と鼻水を垂れ流し、地を這って出口を目指す。
俺は校倉が持っていた短剣を握りしめる。
心に湧いてくる僅かな憐憫の情を必死に押さえつける。
校倉が怯えた目で見上げてきた。
俺は短剣を高く振り上げーーー
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名前:黒崎直人 Lv13
性別:男 pt1450
固有スキル
・真理眼
・簒奪者
・道具効果二倍
・状態異常無効
特殊スキル
・威圧Lv8
・絶倫Lv6
・隠密Lv2
・嗅覚強化Lv4
武術スキル
・体術Lv6
・剣術Lv3
・槍術Lv4
・棒術Lv3
・格闘術Lv5
・短剣術Lv4
称号
・恐怖の眼光
・転移者
・妖精の友
・同族殺し
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ーーーこうして俺はまた、ダンジョンに適応した。




