CASE1 中国
この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などにはいっさい関係ありません
東京都港区六本木3-14-9 ユア六本木ビル2F ショットバー”プロパガンダ”にて
男が扉を開けてフラフラと歩き、どこか落ち着かない様子でバーカウンターの椅子に座る。
80年代アメリカを思わせる内装の店に古き良きソウルミュージックが流れ、
快活なコーカソイド女性スタッフが「いらっしゃいませ」と言い、グラスを拭いている。
明るい店の雰囲気とは対照的に男の顔はシリアスで疲れきっていた。
「オーダーは?」
「あっ・・・えっと・・・ソフトドリンクありますか?」
男はくたびれたスーツ姿でバーという場所に慣れていない様子だ。
「それでしたらシャーリー・テンプルがオススメです。」
「それで・・・お願いします。」
快活なコーカソイド女性スタッフがグラスにシロップとバーガンで出したジンジャーエールと四角い氷
を入れて、マドラーでかき回し、グラスの淵にレモンを添えて、それを男の前に出した。
男は少しシャーリー・テンプルを口に含んだ。
「おいしいです。」
「ありがとー。何か悩みがありましたら聞きますよ。」
「結構です。解決する予定ありますので」
男の顔に迷いは無いが薄暗い影を感じる。
やり取りをしている間に女が扉を開けて、店に充満するような
甘い桃の香りを漂わせながら男の隣に座った。
「オマタセシマシタ」
その姿は髪が白い少女で下がドレスになっており、お腹の当りに金の龍の刺繍がある
白黒市松模様のチャイナ服を着ており、店にとても歪な空気をもたらした。
平日の昼、店員が一人で男と少女しか客がいないのは店にとって幸いである。
少女の姿に男が呆気にとられている間に少女が話を進める。
「ターゲットハ誰デスカ? 店員サン、チャイナブルーオ願イシマス」
店員が手慣れた感じでチャイナブルーを作り少女の前に出した。
少女が店員にシェイシェイと言いチャイナブルーを飲みながら、男が依頼内容を語るのを黙って聞く。
依頼者の男の名は宮田 守 25歳。
川崎市に住み工場勤務で妻の美代子27歳と子供の桜子3歳と
暮らしていたが自宅の火事により死亡する。
警察に事故死として事件は片づけられた為最初は事故死と思っていたが
独自調査により王勇という人物が放火殺人行った確証を得る。
警察に再捜査を求めたが、王勇が党幹部の息子であり中国にいる為日本の警察は手が出せない。
そして、最終手段として殺し屋ピーチスメルに依頼したのだと男は語った。
「ソウネ2億欲シイ」
「にっ2億・・・」
「払エナイノカ?」
「全財産6000万しか無いです・・・」
「ジャアヤラナイ」
男がバーカウンターの椅子を降りて土下座した。
必要があるか分からないが床に頭を必死に擦り付けている。男には当てが無いのだ。
「お願いします!!何でもやりますから」
「ナンデモヤルノカ」
殺し屋は蔑むように笑った。
「6000万ト+ナンデモヤルデOKヨ」
「ほっ・・・本当ですか!!!」
男が頭を上げた時に靴を脱いだ殺し屋のつま先が見えた。
「舐メロ」
男に躊躇は無く実行しようとしたが顔を思いっきり蹴り飛ばされた。
殺し屋はまた蔑むように笑った。
「OKOK・・・次ハ片目ト片手ヲ貰オウカ」
男はフラフラと立って鼻血を出しながら頷く。男に躊躇は無い。
「どうすればいいですか?」
「ジットシテロ」
殺し屋が男に両手をかざした。
両手の掌から銀色の液状金属の触手が伸びて男の右目左手を抉り取った。
男が激痛で叫ぶ。だが、不思議なことに出血が全く無かった。
店員は今までの出来事を真顔で見ていた、不自然なぐらいに。
「これでいい・・・ですか・・・」
触手が抉り取った右目左手をバーカウンターに置いて、殺し屋は触手を引っ込めた。
「イイヨ。アト奴隷にナッテクレルナラ」
男に躊躇は無い。
「奴隷になります。」
「交渉成立」
殺し屋はスマートフォンを口から吐き出し、どこかに電話を掛けた。
内容は言語が不明で分からなかったが中国語のようだった。
電話が終わるとスマートフォンを飲み込み男に話す。
「終ワッタ。夕方のノニュース待ッテロ」
「おい待て!!お前何もしてないじゃないか!!」
「アウトソーシングネ」
男は殺し屋を信頼できず、涙を流しながら店を出て行った。
遠くの方からドーンと音がしたが男は気にしなかった。
店員が殺し屋に迷惑そうに言う。
「バーカンに置いてあるのどうするのよ?」
「モッテカエル、レジ袋クレ」
店員は頭を抱えた。
夕方になり男は家に帰って準備をしていた。死ぬ準備だ。
準備をしながら下らないバラエティー番組を見ていたが緊急ニュースに切り替わった。
内容を要約するとこうだ。
無数のミサイルを撃ち込まれて世界から中国が消えた。