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13秒の男  作者: sonora
2/2

2度目の人生

「ただいま、お父さん」


扉についた鐘がこの宿屋に似つかわしくない、可愛らしい音を立てる。


「おお、おかえり。遅かったな。――エイゼル、その方は?」


お父さんと呼ばれた男はにこやかな表情を崩すことなく答えたが、内心不審な男に警戒していた。


エイゼルはすすと横に移動し左手を男の方へと向けた。


「この方は旅をしている途中のお方で、宿を探しているということで家を案内しました」


さらりと嘘をついた。この場で状況を説明するのは難しいと判断したのだった。

エイゼルもこの男について何も知らないのだから、仕方のないことでもあった。


「そうか、取り敢えずこっちに来い」


エイゼルに連れられて男が歩く。


一階の開けた食堂にいた冒険者達が二人を好奇の目で見つめる。

服装も変わっているが、何より少女に木の枝で連れられていることがその原因だ。


「おい、エイゼル。何故そいつと一緒に木の枝を握っているんだ?」


「この人は途中で魔物に襲われて目が見えなくなってしまったみたいなの、だから歩くのを手伝っているだけよ。それとお父さん、宿屋の掟忘れたの? 何回も言ってたでしょ?」


またもやエイゼルは父親に嘘をついた。


エイゼルの言う宿屋の掟とは、一人娘にこの宿屋を継がせるために父が教えた教訓のことである。その中に一つこういうのがある。

――冒険者の事情を深く探るな――


エイゼルの父も娘にこう言われてしまってはどうしようもない。


「いつの間にか生意気になりやがって……すまないな、そこのお客さん」


「い、いえ」


男は平気でスラスラ嘘をつくエイゼルに少し驚いていた。おそらく自分よりも若い女性にこうも世話になりっぱなしというのを情けなくも思っていた。


「そんで、兄ちゃん。一泊でいいのかい? うちは一泊130ルーメルからだ。飯付きは上乗せで30ルーメルだ」


「おい盲目の兄さん! 飯はやめとけー。このオヤジの作る飯はゴブリンの肉よりまずいぞー」


事を見ていた酒飲み冒険者が話に水を差す。


「うるせぇ、母ちゃんが今出かけてるんだ!! まずいなら食うんじゃねぇ!! ……っとすまねぇな。で、どうする? 一泊飯なしにするか?」


男は困惑していた。

ルーメルというのはお金の単位のことだろう。自分は何も持っていない。


「わ、私はこの国の貨幣を持っていない」


「あ? 金がねぇのに宿屋に来たのか?」


エイゼルの父はかなり不機嫌だ。

そこへエイゼルが割っては入る。


「お父さん、この人は私が薪を拾うのを手伝ってくれました。ほら、薪持ってるでしょ? それで一日くらい泊めてあげられない?」


――目が見えない男が薪を拾った? それにこの量ならエイゼルが両手で持てる量だ。……何でそんなにしてまでこの男を? まあそこまで言うなら一日くらいいいか。


「しょうがねぇな。一日だけだぞ。ちょうど部屋空いてっからそこつかえ。ほれ、これが鍵だ。エイゼル案内してやれ」


男の分も持っていた薪を食堂に置き、エイゼルは男を部屋へと案内した。


「ここです。一人で歩けますか?」


「ああ、ありがとう。本当に助かった。ここまで面倒を見てくれたことに感謝する」


そう言うと男は枝から手を離し歩き始めた。


ここまで歩いて来たことで、何も見えないことに対する恐怖は無くなっていた。しかし歩けるといっても物の位置など全く分からない。

男は部屋に置いてあるイスにぶつかり盛大に転んだ。


「だ、大丈夫ですか!?」


エイゼルは男の手を取り起こそうとするが、素早く男は手を振りほどく。


「ごめんなさい……」


エイゼルは男が触れられることに恐怖していたことを思いだし咄嗟に謝った。


「いや、違うんだ。……その、取り敢えず座れる所を教えてくれないか?」


「……そのまま立ち上がってすぐ前がベッドです」


男は立ち上がりベッドを確認するとそこへ座った。


「私、水持ってきますね」


男が安全に座ったことを確認してからエイゼルは食堂へと水を取りに行った。



――私はなんて愚かな男なのだ


男は一人きりになった部屋で自信を責めていた。

少女に手とり足とり全てを任せ、今も気を使わせている。

そのくせ心の何処かで今の状況はあの光のせいだと嘆くだけ。

――私は何かしようとしたのだろうか? 何故私は動かないのだろうか、私は一体何をすべきなのか。





「あの……どうして泣いてるんですか?」


男が一人嘆き悲しんでいるといつの間にやらエイゼルが水を持ってきていた。


「泣いている……? 私は今泣いているのか?」


男は顔に手を当て涙を探した。

その手は涙を拭っていたが、男にはわからなかった。


「良ければ話せる範囲でいいので話を聞きますよ?」


男の涙は止まらなかった。

男は話せる限りのことを、この少女に全て話そうと決めた。少しでも救われたかったのだ。


「あ、ありがとう。こんな話信じられないかもしれないけど聞いてくれないか?」


「はい」


エイゼルは優しく答え、男の座るベッドの横に並んだ。


――

――― 

――――

――――― 

―――――― 


男は自分が本当は別の世界から来たことを語った。

気がついたらあそこの川辺にいたことを語った。

自分のことについて何も思い出せないことを語った。

視覚や感覚が無いことと13秒間触れると死ぬことについては、呪いがかかっているとだけ言って説明することができた。


ただ黙って男の話を聞いていたエイゼルもまた涙していた。


「……辛いですね」


「し、信じてくれるのか?」


「ええ、嘘をつく意味がありません。何より嘘をついているように聞こえませんでした」


人の心の温かさを男は感じていた。その温もりは感覚を無くした男が初めて感じた温かさだった。


「一日だけだとその後が大変ですね。私がお父さんに頼んで何日かここに置いてもらうよう説得してきます」


「ち、ちょっと待ってくれ。それは出来ない。君にも、君のお父様にも申し訳ない。それに……それは自分でやらなければいけないと思うんだ」


男が何か決心をつけたことはエイゼルにも理解できた。


「……私に何か手伝えることはありますか?」


「そ、それじゃあ――私を君のお父様のところまで連れて行ってくれないか?」


エイゼルは微笑み男を父のところまで連れて行く。木の枝を持ちながら。





「どうしたエイゼル? お客様が何か用事か?」


店の奥で作業していたエイゼルの父は娘のうしろを付いてきた男を見て言った。


男は掴んでいた木の枝を離した。それを感じたエイゼルは邪魔にならないようにと二人の間から動く。


「あ、あの、私をここで雇ってもらうことはできませんか? なんでもやります。賃金もいりません。ただここの宿に住まわせてください」


男は頭を下げた。


「――無理だな。うちにそんな余裕はねえ、それにあんた盲目なんだろ? そんなやつに一体何が出来るってんだ?」


エイゼルの父は冷たくあしらう。今ここにくるのも娘の手を借りていた、そんな男に何ができるというのか。当然といえば当然の返答であった。


「わ、私にできることは多くありません。迷惑をかけることの方が多いかと思います。ただ――」


「ただ?」


男の言葉をエイゼルの父は聞き返す。


「私を助けてくれた娘さんに恩返しがしたいのです。もしもあの時出会っていなければ私は死んでいました」


「別にそんなこと気にするな。エイゼルが勝手にやったことだ。感謝する必要なんてない。そんな建前なんてどうでもいいんだよ。本音を言え」


――私の本当の気持ち?


男が言ったことは嘘では無い。本当にエイゼルには感謝している。しかし、ここで働きたいという理由とは結びつくものではない。

いともたやすく男の本当の理由ではないことを見抜いた。


男は足を折りたたみ深々と頭を垂れる。この世界では土下座が頼み事をするのに適しているのか分からない。元いた世界でも国が違えばこの格好に意味なんてないのは分かっていた。しかし男にとって精一杯の気持ちを表した格好であった。


「わ、私は……生きたい。その為にここで働きたい」


『生きたい』たったそれだけだが男にとってここで働く一番の理由だった。




「おい兄ちゃん、頼み事をする時は下を見るもんじゃねぇぞ。目を見て言うもんだ」


男は立ち上がり真っ直ぐに前を見つめた。

そこに宿屋の主がいるのか男には分からないが、ただまっすぐに見つめた。


「ここで、働かせてください」


真っ直ぐな言葉だった。気持ちが宿っている。


沈黙がこの場を支配する。







「――しょうがねぇな、飯付きで雇ってやる。その代わり文句言ったらすぐに追い出すからな」


「おーい、おやじー。酒の追加はまだかー」


冒険者が店主を呼ぶ。


「今行くから待ってろ。――そんじゃそういうわけだ。俺は忙しいから、エイゼル後は頼んだぞ」


エイゼルは安堵の表情で頷く。

エイゼルの父は棚から酒のビンを取り出すと冒険者たちの賑わう方へと向かった。


「よかったですね。お父さん怖いから気をつけてくださいね」


そう言うとエイゼルは木の棒を男に握らせた。


「そんなことないさ、いい人だよ」


二人は男の部屋へと向かった。これからこの一階の隅っこが男の部屋となった。簡素で小さな部屋だが、男が生きるに十分な部屋だった。


この作品は投稿がすごく遅いと思います。

でも自分の中で1章完結くらいは出来てます。


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