伏恋に始め3
うむ、現実はそうそう甘いことばかりでなかった、しかしながら周りが女子ばかりで俺の身長でも周りより少し高いのは、幾分か気持ちがよいが女子にも色々なタイプがいるもので、俺は眉間に皺をよせ、顔を若干歪ませてみた、その理由は明白である。
「お前はさ、もっと恥じらいというものがないのか?
まったく、毎日毎日俺のところに来てよっぽど暇なんだな。」
ふて腐れた声を出してはみるが、口角がニヤニヤと上がってしまい嬉しそうに聞こえてくるかもしれない、そうバレないようにするのが難しくて困る。
「よっす、久しぶりだね香蓮ちゃん。 この私を覚えているかな?」
ストレートの明るい茶髪をしたその少女は、目の前にまで来て、ニッと口元を上げ息のかかる距離にまで近寄って来た。
俺と同じぐらいの背をかがめ、座っている時と同じ目線に腰を曲げている。 凛と澄んだ茶色の瞳は、一点の曇りもなく全てを見抜いているかのような、そんな錯覚を覚えてしまいそうだ。
そんな少女をチラリと一瞥し、一つの大きなタメ息を分かりやすく洩らして目をふせてみる。
香蓮 志毅
俺がこの世で一番ともいえる程にコンプレックスとなっているものだ。
もちろんそれは志毅という名のほうではなく、香蓮というあたかも女の子のような名前をした姓の方に他ならない。
ただでさえあまり好んでいない姓を、この女は人の気も考えずに香蓮ちゃんと、ちゃん付けまでされたのだ、背中がゾクリとしてきてたまらない。
周りの喧騒も遠ざかる程にその呼び方に反応してしまった俺は、軽く自己嫌悪に囚われそうになったが、こうなれば反撃にでるしかないだろう。
「覚えてるも覚えてないもないだろ?
同じクラスで毎日会ってるんだからよ。もう入学して一ヶ月経つしな。」
入学して一ヶ月、自分自身で言ったにも関わらずその時の早さに驚いた。
入学したての頃は学園の外見から校舎内を想像して、期待を膨れに膨らましたものだが、いざ鎌倉! とでも言わんばかりに入学したもののがっかり感が半端なかった、パなかった。
遠くから学園全体を羨望すれば姫路城を彷彿とさせるような、雪のごとき白城と間違えそうな程綺麗だが、実際に中に入ってみると、所々床がギシギシというオンボロ校舎。
閉まっているはずの窓からは、いつもすきま風が入っている。 築百年以上経っているらしいので、当然と言えば当然であろうが。
すきま風も人間の悲鳴のような床の軋みも、早く直して欲しいという要望は沢山でているらしいのだが、どうもここの校長は改築する気はさらさらないようだ。
だからここの校長は通称こう呼ばれている、フケコと。
略してフケコ、すなわち伏恋学園のケチな校長と言うわけであり、つまりは別にフケにまみれてるやら、老けてるとかそういうんじゃないらしいのだが、特に見たこともないので、学園七不思議に指定されている、校長が七不思議の一つとは世も末である。
だがそんな校長がいなくとも、あのテレビにでていたイケメン女性は毎日のように見かけていた、図々しすぎる程に。
どうやら理事長という大層偉い肩書きをもっているらしいので、試しに直談判と称して生意気にも言ってみると、整った顔を歪ませ難しい顔をされた。
そのくせいつも適当にはぐらかすのだから、どう考えても改築する気はないらしい。
しかしどんなにボロ校舎でも、流石は学校であり憩いの場、どんなに古くても賑やかさだけは変わらないものだと、改めて実感した。
目の前にいる少女が一番の主犯格なのは、まず間違いないだろう。
「えへへっへー、今日はいい情報を仕入れてきたのだぞ。 聞きたい? 聞きたい?」
五月に入りクラスの皆が馴染んできたからかもしれないが、この少女だけは最初から問題児である。
俺は情報とやらを聞く権利を諸手を挙げては放棄しよう。
わざとらしく外をながめ弁慶もどきを再び視界に降臨させた。 その上を燕が二匹世話しなく飛んで気持ち良さそうである。
相変わらず閑散としていた外の風景は、しかし清々しいほどに青空が綺麗だった。
地平線が建物に遮られているのがすごく憎らしいぐらいに、出来ることならいっそ妹と二人で田舎に住みたいと思うぐらいに。
ふとそんなことを思ってしまうほどに気持ちの良い天気。
しかし俺の視界はそんな考えを押し退け、突然目の前は地獄の閻魔のどアップに切り替わった。 どうやら地獄の閻魔は茶髪でハートの髪留めをしているらしい、このおしゃれさんめ。