友達は出会い4
俺は少しの違和感を感じながらも、比奈の冗談を適当に返しながら後を追った。
陸帯も、一緒になって笑っていたが、少しグラウンドを見ていたのを見逃さなかった。
いや、俺は気付いていないふりをしていた。
俺達は、教室のくすんだ白い扉を開けて外に出る。
教室の籠もった空気から解放され、すっと綺麗な空気が肺に巡りわたってきた。
その瞬間、さっきまで不安を覚えてたことがどうでもいいようなことに気付き、フッと皮肉めいた苦笑いがでてしまう。
「なにやってんだろ俺は、ホントの焼きもちかなこれは。」
つい独り言を言っていると、二人は敏感に反応していたが、陸帯だけを見て、ニッコリと微笑んでごまかしてみる。
もちろん苦笑いではなく、ホントの笑みをである。
陸帯も、それを疑わずニッコリと笑みを返してくれた。
やっぱ陸帯はいい娘だ!
と思って抱きしめにいきたいところだが、それを見てふてくされている美人がいるためグッと我慢する。
だがしかし、その対応が悪かったのだろうか、持っていた鞄で額を強打され、後ろに数歩さがってしまう。
ゲームでいうノックバック現象だと思い、ちょっと笑みが漏れていた。
「まったく、香蓮ちゃんはいい加減レディーの扱い方を知らないと駄目だよー。」
俺は茶髪の比奈の頭に手を置き、お前もなと笑いながら返してやり、頭をグシャグシャとなでる。
ふにゃあと響く猫のような声は、比奈から漏れたもので頬に少し赤みが差していく。
小さく頬を膨らませたり、弛ませたりしてまるで子供のような印象を受けた。
まぁ実際子供なのだが。
「じゃあ帰ろっか。」
急に飛び込んできた比奈の言葉に、うん。と二人で頷くと、長い廊下をコツコツと歩いて僕達は自宅へとゆっくり帰路につく。
途中パフェ屋さんの前を通ったが、流石に何回もいけるほど金持ちでもないため、次の酉魅と来る時の為に取っておこうなどと、一人考えてたことは内緒である。
だが春羽が頬を染めながら言った。
「また今度い……いこうね。」
可愛らしい言葉には、ついついうなずいてしまう。
比奈と俺はほぼ一緒に陸帯の方を見て頷くと、それと同時に、二人とも障害物にぶつかってしまった。
似たもの同士ではないはずだ、多分。
そんなことをして、思っているうちに路地の分岐点に来ていた。
そこで陸帯は足を止めると、手を肩の辺りまで控えめに挙げている。
もちろんそれは別れの合図であり、俺達との下校はいつも、高めのブロック塀に囲まれた路地のこの分岐点で別れている。
今日も何気なく、陸帯に手を振ると、顔を少し林檎色にして、ゆっくりと手を振り返してくれた。
「じゃあまた明日。」
「またね春羽、危ない奴に襲われないようにね。」
もちろん比奈も横で大げさに、まるで大漁旗でも振るように手を動かしていた。
まぁ、元気な奴……
だが、その手が時々俺の脳天に直撃しているのは、見過ごす訳にはいかない。
結局対応に困った挙げ句に、何をしてよいかも分からず、ただ二人ならんで静かに帰っていく。
まるで、初めての彼女との登下校のように気まずい空気が流れていた。
彼女がいたことはないけど、妄想でなら沢山いるのは周知の事実。
想像でこんなものだろうと勝手に思っている。
すると、さもこんな時を待っていたとばかりに、比奈が真面目な口調で喋りかけてきた。
何かいつもと違い、少し胸がざわつく。
「ねぇ香蓮ちゃんさ、パフェ屋さんでのこと覚えてる?」
「歯の抜けた笑顔店員?」
冗談まじりの発言は、今の空気にはふさわしくなかっただろう。
しかし、なんとなくわざとそんなことを言ってみた。
「そうじゃなくて、星霊のこと。」
「あぁ、なるほど。」
「あの時さ、香蓮ちゃんは優しいから言ってくれたよね、私も春羽も守ってくれるって。」
そう聞いてくる茶色の瞳の少女は少し淋しそうで、何故か悲しそうだった。
「言った……かな?」
「うん言った。
正直言うとね、嬉しかったんだぁ。私も香蓮ちゃんのことは……
嫌いじゃないし、私のピピッとレーダーが反応した人だしね。」
真面目な話なのだろうが、時々意味の分からない単語がでてきて、質問せざるを得ない。
「嫌いじゃないしの前の間とピピッとレーダーってなんだよ。」
比奈は待ってましたとばかりに僕より前に出てきて、腰を前に折る。
少し熱でもありそうなぐらい頬を赤くしながら。
「それは乙女のひみつ。」
そういってクスッと笑うと再び横に戻ってくる。
俺は、不覚にも少し心拍数が上がるのを感じていた。
「まぁ元の話に戻るんだけど香蓮ちゃんはさ、もし、もしもだよ、私が悪い奴だったとしても守ってくれるの?」
俺は真面目な比奈の質問に冗談で返そうかと思ったが、比奈の一対の瞳がそれを許さない。
「さぁなー、誰から見ても悪い奴だったら流石に助けないかな。」
「だよねー。」
少し明るめにそう返してきたが、少し引きつっていて無理がある笑みをしていた。
でも、俺の言葉には続きがある。当たり前でいてなかなかできない言葉。
今言わなければ気持ちがモヤモヤしそうだ。
「でもさ、誰からも悪く見えたって、自分自身が悪くないと思えばもちろん助けるんじゃないかな。
他の誰が言ったってさ、結局は自分の心に従うのみってね。」
そう言って少し目を見たが、恥ずかしくてすぐ真っ直ぐを見てしまう。
俺は世界で一番シャイボーイなのだから……半分冗談なのはご愛嬌ということで。
「ふふっ、ありがとう。」
ふと聞こえてきたその声の持ち主は、いつも陽気な子とは思えない……
「すごく、嬉しいな。」
涙で瞳を輝かせた少女のものだった。
それを見てみぬふりをして、ただそっと……
上手くはない口笛をふいているのである。
なぜ、ありがとうと言われたのかなんて分からない。でも、その言葉には嬉しいという感情よりもどこか寂しい、そんな印象を受けた。
それからはお互いに沈黙を守って、すっかり日が沈んだ春夜の道を歩く音だけが響いていくのである。
少しむず痒いような、そんな空気は不思議と、嫌ではなかった。
だがそれも束の間、いつの間にかマンションの前に足は止まっており、静かだった少女は、いつもの陽気さを取り戻した様子で手を振って別れを告げたのだった。