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カラフの色彩  作者: 緒明トキ
カラフの色彩
19/22

彼の日記



八月●日

 友達ができた。いち、というらしい。珍しい名前だ。


 兄さんは僕に気を遣って色々世話を焼いてくれるけれど、僕自身どうしたらいいかわからない。

 仕方がないのでとりあえず散歩をしてみることにした。

 近場をぶらついた帰り、家の前の公園で、スケッチブックを持った女の子に会った。

 年の割に落ち着いている、青いワンピースの子だ。

 声をかけたら、話し相手になってくれた。実は、友達になったなんて、僕が勝手に思っているだけだ。

 あの子には不審者だと思われているかもしれないし、明日からもう来ないかもしれない。でも、楽しかった。

 いちはとても絵がうまい。僕はあのくらいの年の頃、虫ばかり描いていた気がする。

 いちは絵を描くのが好きだと言っていた。僕は今、絵を描くのが苦しくてたまらない。

 だからだろうか、なんだかあの子が羨ましい。

 でも、あの子と絵を描くのは楽しかった。犬を描いたらとても喜んでくれた。

 また会えるだろうか。今度会う時は、僕も紙と鉛筆を持っていこうと思う。




八月×日

 いちは美術教室に通っているらしい。

 その関係で、美術館にもよく行っているらしい。あの公園の絵があるという。それが好きで、あそこに来たと言う。

 僕はきっとその絵に感謝しなくてはならないのだろう。いちと引き合わせてくれた一枚なのだ。

 絵のある場所を教えてもらった。いちはまだその作品の名前が読めないのだという。

 そういえば、あの子はまだ子どもだったんだなと思った。僕の頭も、たいがいおかしいのかもしれない。

 今日は木と車を描いた。今度は自転車を描くという約束だ。確かに、車より見た目が複雑かもしれない。

 スケッチブックがもう終わりそうだ。蝉がうるさかった。

 それにしても、いちの青いワンピースはとても眩しい。本人も気に入っているらしく、よく着ている。

 夏場は全体的に白くくらんでいるからか、瑞々しく見えていいと思う。

 あれを選んだといういちのお母さんは、趣味がいいのかもしれない。

 僕は今、あの姿を描いてみたいと思ってもいる。少し。







八月▲日

 いちにひどいことを言ってしまった。馬鹿じゃないのか。僕は本当に本当に最低な奴だ。

 あの人が、父が描いた絵をあの子が好きだったという、ただそれだけのことなのに。

 あの子が誰の絵を好きだろうと、僕がどうこう言う権利はない。ないはずだ。でも僕は、ひどいことを言った。

 負けたような気がしたのだ。

 絵と人間は別物のはずなのに、僕よりあのろくでもない父のことを好きだと言われた気がした。

 大人気ない。最低だ。いちはきっと傷ついたと思う。泣いてしまっただろうか。

 きっともう来てくれないだろう。そう思っているくせに、謝るチャンスが欲しいとも考えている。

 どうして僕はいつも、歩み寄ってくれる人に対して優しくできないのだろう。不安定すぎて嫌になる。

 どうかもう一度いちに会えますように。虫のいい話だとは思っている。でも、願わずにはいられない。

 次に会ったら、絶対に謝るから。ちゃんとずっと優しくするから。どうか。



八月▼日

 今日は来なかった。

 蝉が大人しくなってきた。夕方はやたらと情緒たっぷりの鳴き方をする。やめてほしい。


八月■日

 今日も来なかった。

 夏休みはまだ終わっていないはずだ。雨でもない。それでも来ないなら、答えはもう出ているはずだ。

 見なくなってから特に、あの青いワンピースが頭から離れない。あの鮮やかさばかりが増す。






八月◆日

 いちが引っ越してしまった。

 あんなひどいことを言った僕に会いに来てくれたらしい。あの子のスケッチブックを見つけた。

 「ずっとかきつづけます」と書いてあった。

 僕が「才能がない」だの「おかしい」だの言ってしまったことを、やはり気にしていたのだ。

 でもあの子は、ずっと描き続けると言った。いちは僕よりずっと強い。対する僕は、情けない奴だ。

 このままでは会えない。もっと腕を磨かなくては。中身も磨かなくては。

 僕もずっと描き続けなくてはならない。

 再びいちに会って、ちゃんと目を見て謝るためにも。




八月◎日

 やはり、いちを描こうと思う。

 僕を救ってくれたあの子を描く。

 苦しんだ夏の日と、そこから掬い上げてくれたいちを忘れられない。忘れたくない。

 いつかまた会った時に、どれだけ救われたか伝えたいのだ。

 その時ちゃんと言葉にできるように、いちを忘れないような絵を描こうと思う。








○月*日

 いちの絵が完成した。

 コンクールに出すなんて久々だ。明日にでも送ろうと思う。

 どこかで見てくれたらいい。今もちゃんと描き続けているだろうか。いや、僕は実のところ疑ってなどいない。

 絵を描いているだろういちが、いつかこの絵に出合いますように。

 僕もいつかあの子に会えますように。いや、きっと会いに行こう。

 

 絶対、いちに謝る。

 それまで僕も、ずっと描き続けようと思っている。






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