プロローグ
「待ってるんです」
ベンチにレジャーシートを敷いて座っている女の子は、はきはきと答えた。
「葉っぱの色が変わるのを、待ってるんです」
膝にのせたスケッチブックは真っ白だ。絵を描くのかと尋ねると、一度頷いてから、慌てて「はい」と言った。
失礼だと思ったのだろうか。自分は気にしないのだが、それにしてもどこか大人びた子だ。
友達と遊ぶでもなく一人で長時間ずっと座っている姿に、心配になってつい声をかけてしまったのだが、小柄で幼げな見た目の割にしっかりしているようだ。小学校の低学年くらいかと思ったが、もっと上かもしれない。
「でも、葉っぱの色が変わるって、秋までかかるんじゃないかな」
「いいえ、夏でいいんです」
きっぱりと言うと、帽子の下から猫のような目で真っ直ぐ自分を見つめてくる。
水色の地に小花柄のワンピースが、木の葉を通した夏の日差しに照らされていた。
「美術館で見た絵で、好きなのがあるんです。それ、ここの絵なんです。茜沢東公園の、夏の夕方の」
「この公園の?」
「はい。その絵の葉っぱが、すごくきれいな色なんです。夕方になったら見れるかと思って」
初めて年相応の笑顔を浮かべたその子は、そわそわと足を揺らした。なんとなくとても可愛らしく思われて、自分の頬も緩む。
幼いころの自分は、どうだったろうか。こんな気持ちで絵を描いていたのかもしれない。
「ねえ、よかったらきみの絵を見せてくれないかな」
この子が、自分を救い出してくれるのではないか。いや、そこまでは望まない。
この子と話すことで、絵を描く気が少しでも戻ってくれば、それでいい。
落ちてきた日に照らされながら、彼は、おずおずと開かれたスケッチブックを見ようと身をかがめた。