第6話 ~無力化~
なんだかんだで、今話までは実戦の経験を積ませます。次回からは彼が実戦で戦う機会が激減します。
やっぱり図書館があるところは落ち着く。現在俺は議会図書館で愛の天使に教えこまれたことについて調べている。あれはとんでもない経験だった。高速で膨大な量の知識が頭脳に直接植えつけられる感覚なんて二度と味わえないだろう。その中でも、気になった情報がある。あの天使が言った言葉、「魔法を上手にする」などと言いながら、最初に見せたのは一つの数式だ。さっぱり意味が解らない。愛の魔法を使えるようになって回復ができるようになったのはいいが――
「シュウ! 今日も来たわよー!」
また厄介事製造装置女の方が飛び込んで来た。
「図書館ではお静かに」
正直逃げたいが、二人とも直接的な戦力では俺は足元には及ばないのであきらめている。
「シュウ、今回はな、今話題の山賊狩りだぁあ!」
とりあえず説教をしておこう。
「あのですね、今話題の“赤き森”に手を出そうなんて考えているならやめてください。」
この戦争ばかりしている世界の“賊”と呼ばれている集団の半分位は不正官吏を叩きだしたりする義賊だ。その中でも赤き森は評判の義賊で、確かに物資は奪っていくが、税金よりも安く、公正に取り立てられ、奪われた村や町では無頼のものが一掃されてむしろ治安が向上している。と説教したが、二人は聞く耳を持たない。
「「法律に従わないんだから悪者!」」
……アホか。賊の原因が法律を執行している側にあることに、気が付いているのやらいないのやら。貴族と、それにへばりつく平民のモラルの向上が先だ。それを言ってもどうせ聞かないので、
「行きましょう」
ハァ。
こうして、王都から北に行ったところにある山中まで大きい馬車で旅をすることになった。道行く馬蹄の音を聞きながら、柔らかい日差しと、黒緑の濃い森林から薫る原始の風を感じて、お茶でも飲みながら読書を楽しみたいところだ。
「おい、本ばっかり読んでないでチェスにでも参加しろよ」
「そうよ、二人だけじゃつまらないじゃない」
チェス盤をはさんでにらみ合う二人がいなければ。
「どちらも守りをおろそかにしているからすぐに終わるんですよ」
仕方がないので参戦した。皇子が白、俺が黒でゲームをスタートした。さて、弄んで差し上げましょう。ニヤリ。
「笑い方が気持ち悪い」「同感ね」
ぐはっ!俺は心に直接攻撃を食らった。それは反則だろー。やる気が無くなったので、この試合は引き分けに持ち込もう。下手に勝っても不機嫌になられそうだし。それに、この手法はこの時代なら通じるが、俺相手には通用しないよ。俺はキング、ナイト1つ、ルーク1つ、ポーン2つの状況だ。対して皇子はキング、ルーク、ビショップ、ポーン4つを持ち、ニヤニヤしている。しかし、3手先も見てない動きでは、すでに君は掌の上なのだよ、エドワード君。
「ちょっと、なんで負けているのよ! アンタが勝つ方に賭けてんだから!」
「へぇ、何をかけているんですか」
「え、あの、何でもない」
え、なんでそこでしおれる。良くわからん。エドがニヤニヤしながら助け船の様なものを出してくる。
「まぁ、いいじゃないか、続けようぜ」
「いいですよ」
皇子が白のルークをc1へ動かし、こちらのナイトを取って外へ除く。女性から好かれる笑顔で笑っている。まだ引きつらないのか。
Rd2+ 黒のルークでキングに王手をかける。皇子の顔色が変わった。
Kf1 白のキングが逃げる。
Rd1+ ルークで再びチェックをすると、ほら出来上がり。
Rxd1 白のルークが黒のルークを取って、ゲームは終わり。
「これで引きわけだな、エド」
俺はポーンを動かせる位置に持っていないし、キングが動いてもいい場所はない。したがって駒が動かせないので、
「ステイルメイトだとぉ!」
ルール上は引き分けだ。引き分け、引きわけねぇ。チェスにちなんでエドの目を白黒させました。直後にフィアから試合を挑まれる。
「次! あたしやる!」
がっくりと肩を落としたエドと対照的に目がぎらぎらしているフィアが怖い。チェス盤、燃えないだろうな。もう頭を使うのは面倒なので、カルポフ流に駒を動かし、単純な手で勝負の流れを決めた。15手にして、お前は……もう詰んでいる。攻撃ばかりしてくるから“ジャスティスの裁き”が下った形だ。面倒なので詳細は省く。
「なんであたしの時は勝つのよ~!」
……チェス盤が燃えました。それにしても、引き分けか。なるほど。
俺としてはすっかり忘れていたが、“赤き森”の討伐が目的だったのを、知らない相手に囲まれてから思い出した。直前まで明らかに平和だった森の中で、俺達の周囲を20人前後が取り囲む。しかし、どうも様子がおかしい。そもそも気配がなかった。
「なんだ……こいつらは」
エドが言うのももっともだ。腐りかけた人間が歩くなんて、旧字体で書かれた書物の中で見ただけだ。それも、古き神の記述でしか。
「フィアさんは知っていますか」
「いえ、聞いたこともないわ」
記述された書物が魔法学校でも奥の方にあるのだろう。下手に手出しできないように。
「こいつら、察するに、“不死神”の眷族です。俺も良く知らない相手ですから、フィアさん、気を抜かないで。傷口に触れられるか、魔力や体力が尽きるとお仲間にされる」
「なぁら焼きつくしてやるわよぉ! 火よ、我が怒りに答え敵を焼きはらえ!」
「お、俺には言わないのか」
「お前の体力はドラゴン並みだからな」
なぜか残念そうなエドを無視するように、周囲一帯に炎が広がるが、
「駄目だ。効いてない」
効くどころか、炎が消え去り、相手の腐敗が修復されていく。
「まぁ、森が燃えなくて良かったです。」
「確かに、一緒に燃えたら元も子もない」
そう言いながらエドとともに剣を振るう。俺のは比較的安い片刃刀で、エドは高価な威力重視の大剣を使う。いや、俺は武器を選ばん。そういうことにしておいてくれ。
「っとあぶねっ!」
相手の動きも生きている時と同等かそれ以上と思われる動きで、捉えるのが難しい。エドの後ろを狙おうとした敵の首を、水平に剣を薙いで落とす。返す刀で後ろの敵の足を落とし、もがくフィアさんに抱きついている敵の手を正確に切り落とし、蹴飛ばして吹き飛ばす。
「すみません、遅くなりました。近接戦闘が苦手でしたら、戦闘中俺から離れないで下さい」
「うん」
意外と、お礼を言うことに関しては素直な人だと、認識を改めた。
「エド! そっちは何人倒した!?」
「9人だ!」
抜群の戦闘センスだな、あいつは。
しばらくして、辺りが静かになった。
「ふふん、実戦は俺の勝ちだな」
「何よ! アンタがのんきに戦っている間! 彼はアンタの後――」
褒められるのは嫌いなので、やめて欲しい。先に集中することもありそうだし。
「静かに。 あれを見て下さい」
バラバラ死体が、動いている。
「再生している……」
と、何かの気配を感じた。感じたということは、少なくともやつらのお味方ではない可能性が高い。
「こっちです!」
全身に赤黒いローブをまとった、俺と同じくらいの背の人が道を指している。
「行くぞ!」
エドの人物判断は非常に正確なので、さっさと従うことにした。フィアを引っ掴んで背中と足を持ち上げ、走る。
「ひゃっ!」
エドが後ろで殿を務め、俺が前方に出て森の中を駆け抜ける。後方の追撃というより、前方の罠を警戒する時の並びだ。
「くっそ! 防具が重い!」
「う、うるさい!」
「ご、ごめんなさい。」
待て、俺は今なんでフィアに怒られた。腑に落ちない思いを抱きながらも、できる限りの全速力で獣道を駆け抜ける。重さのせいで時折木を折ってしまい、謝罪の言葉をつぶやく羽目になった。それにしても、前方を行く人の速さも相当なものだ。木を折らない上に、全く足取りに重さを感じさせない。駆け抜けた先に、石でできたシンプルな建物と、2種類の服装をしている2人の人間の姿があった。
「ここまでくれば、ひとまず安心です」
そう言って赤黒いフードを脱いだ人も、エルフだった。
「エルフに助けられた」
こりゃ驚きだ。
建物の中で、どうやらエルフの長老らしい人物と、盗賊の首領の様な恰好をしたヒトに出会う。エルフはヒトを敵対視しているのではなかったか。昔エルフを奴隷として売買したせいだ。奴隷制度の無いエルフには屈辱だったそうだ。
「飲み物をどうぞ」
そう言って差し出されたのは、体力の回復に役立つ薬草のお茶だった。飲んだことが無いお茶だヤッホー!良い人だ!この人は良い人だよ!
「それで、“あれ”はなんですか」
俺がお茶に興奮しているのを見たのか、口火を切ったのは追いついてきたエドだ。名乗るのが先だと思うが、現状ではそっちが優先だ。皇子なんて肩書きは、本気の戦闘ではただの足手まといだし。答えたのは、意外にも盗賊の格好をした男だった。
「あれは、古い神の眷族となった人の姿だ。全員が、ここにいる賊の“赤き森”のメンバーと、この辺りに住むエルフたちのなれの果てだ」
表情が暗い。仲の悪いエルフとヒトが共存しているだけでも、何があったのかは大体想像できる。現状で俺が聞くよりも、後で人当たりの良いエドに聞いてもらった方が良いだろう。
「では、神の名前は解りませんか」
この流れをぶった切った質問は俺だ。俺の役割でもある。
「解りません。寂れた神殿の石に記載されていたのですが、誰も読めるものがいなくて」
「写しなどは残っていませんか」
「残念ながら」
何一つわからない神を、どうやって止めろというのか。名前が解らなければ神に話しかけることすらできない。
結局この日、エドとフィアはその性格ゆえか盗賊と、俺はエルフの2人と仲良くなったことだけが収穫だった。調べた対象の書物や石板などが未知の言語のミックスで、必要に迫られてでもある。特に、最初にここまで案内してくれたエルフのアルマさんとはとても仲良くなれた。ローブを着ていたときに、あの人がまさか女性だとは思わなかったあたり、まだまだ俺は未熟なのだろう。ちなみに、彼女の誕生日は2百年前の4月27日だそうです。……歳の差?何それおいしいの?
翌日、日が昇る前に井戸の前で、星を見ながら魔法陣を紡いでいたら、エルフの長老に声をかけられた。
「こんな時間に、魔法の練習ですかな」
「ええ、なかなか難しくて」
「水と……風ですか。良くなじむと言われる属性ですが、連続でなく同時とは無謀ですな」
「自分でもそう思います。ですが、議会図書館の古い書物によると、神々は相反する2属性を同時に用いたという記述を多く見かけたので……試しにやってみようかと思いまして」
長老が、エルフに似合わない渋い顔を作る。
「思いつきでできるものではありませんぞ」
そりゃそうだ。本来はこの二つが背反する属性なのだから。それが知られていないのは“同時”に“別々”の魔力を行使しようと言うアホがいなかっただけだろう。目指すは同時に4属性の上に位置する属性の、炎と氷を同時に使うことだ。
「知恵で駄目なら、力押しでもしようかと思いまして」
「エルフの知識を侮っておいでのようだ。まだ神との決着はついていませんぞ」
「それは、ぜひ見てみたいものです」
結局、アルマさんが残っている書物に関して教えてくれるために起きてくるまでの間、チェスでの決闘によって意気投合した。長生きしているだけあって、とんでもなく頭がいい。駒を動かすのが早すぎる。一手に時間をかける雰囲気ではない。
「降伏なさいますかな」
「ええ」
結果は5-5で引き分けだった。もう知恵熱を起こしそうですよ。チェスで21手先まで1分前後で読むってどういう状況だ。
「では、もう一戦ですな、次はもっと戦場を立体的に考えればよろしい」
チェスでどう立体的に考えるのか疑問だったが、とりあえずは覚えておくだけで、深く考えないことにした。数学か。数学なのか。
「ええ、参考にします。次は勝たせていただきますよ」
時間を忘れて火花を散らしているところに、女性のエルフが近づいてきた。クリムイエローの輝く髪に、どこか甘い香りのするアルマさんだ。いつの間にか夜が明けていた。何か訴えかけてくる藍色の眼差しと目があった。
「おじい様、朝から姿をお見かけしないので探しに来たら、シュウ様と何をなさっているのですか」
すぐに目を逸らされて怒っているアルマさんが長老を言葉攻めにしはじめた。この状況でいきなり消えていれば不安にもなるだろう。
「アルマさん、俺が悪いんです」
「シュウ様はお黙り下さい」
ギッと睨まれた。めっちゃ怒ってる~。しばらく二人で叱られた後、書物の残る、神を祀った神殿に向かった。
「お二人とも、今の状況をもっと理解していただかないといけません」
「本当に申し訳ありません」
「本当に解っているのですか!」
ひえぇぇぇ……しばらく説教された後、目的地に着いた。絶壁に作られ地下に伸びている入り口は、見渡す限りの壁一面、全てが見たことも無い模様らしきものが壁一面に描かれている。
「これが古代文字ですわ」
「……無理です。こんなのを理解なんてでき……立体?」
「?」
「少し時間をいただけますか。どうやら、古い人間の言語の応用のようです。」
半日ほど経過してから、やっとおおよそ目途を付けることができた。もう夕方だ。
「どうやら解ったようです」
そう言って気がついた。アルマさんをすっかり忘れていた。女性を放っておくなんて……大失態だ。悲鳴も聞こえた。方向は……あっちだ!
「くそっ!」
声の方に走る。どんどん香水の香が強くなる。見つけた時は、案の定、神の眷族とやらにアルマさんは囲まれていた。魔法の効かないこいつらは、魔法の得意なエルフには相性が悪すぎる。
「ごめんなさい! 夢中になってしまって!」
そう言いながら剣を抜いて突進し、向かってきたやつらを切り伏せる。すぐに背を向けているやつの足を切り伏せて倒し、顔を足で踏みつぶす。
「彼女のお気に入りの服を汚すんじゃねぇ!」
踏んだ足をバネにしてアルマさんに最も近いのに体当たりを食らわせ、引き倒し、首に剣を突きたてて切り落とす。
「……なんで知ってるの?」
神殿に来る途中にあれだけ汚れないようにしていれば誰でも気がつく。後ろにいる複数の気配の足元に向かって火魔法を叩きつけて穴をあけ、瞬間に風魔法で追い風を作って加速する。
「見ていれば解る!」
3体の敵の真ん中に飛び込んで右手の剣と左手で取り出した短剣を振るい血の舞を踊る。
おかげで血まみれだ。拭っても血が取れなかったが、仕方なく彼女の所に向かう。
「本当にごめんなさい。夢中になってしまって。大丈夫ですか」
彼女がふらつく前に脇を支える。
「大丈夫です。ありがとうございます」
どう見ても疲れている顔で言われても、一切説得力が無い。暗くなる前に早く帰らないといけないが、疲れたアルマさんを歩かせるのは酷だ。しょうがない。
「ちょっと失礼します。よっ」
彼女をひょいっと背負う。か、軽い。フィアより軽い。しかもエルフなのに胸が大きいってどういうことだ! 文献と違う!
「きゃっ!ちょっと」
「このまま長老の所まで戻ります。解読した内容も早く知らせたいですし、その方が、危険が少ないので。良いですね」
「あの……」
いや、仕方がないので、別に顔を赤くしなくてもいいと思います。
「いいですよね」
「……はい……よろしくお願いします」
俺も戦闘の後なのでへろへろになりそうだが、まぁしょうがない。ふわりと髪から花の香が漂ってきた。
「香水変えましたか」
とりあえず、長老の所に行こうか。
「あ、あんまり嗅がないで下さいね……」
戻って長老にアルマさんを渡した。むしろ下ろした。
「アルマさんを危険にさらしてしまって申し訳ありません」
「いやいや、良いんだよ。この子も早く信頼できる人に任せようと思っていたんだが、君なら大丈夫だろう」
「え? えぇ。とにかく申し訳ありませんでした」
「いや、良いんだよ。それで、何か解ったのかな」
「何とか解読できました」
「なんじゃと」
驚かなくても、ある考古学の知識を持った人間ならできます。
「いえ、エルフと、盗賊の手に入れられる資料では、ヒトの作った暗号相手では、さすがにつらいものがありますし」
「いや、それでもたいしたものだよ。この堅物のアルマも解読されたようじゃし」
「おじいさま!」
なんのこっちゃ。
「ほっほっほ。で、内容は」
「あの神殿の最奥には、旧神の眷族が封印されています。何者かまでは不明ですが、なんでも魂を食らって永久に奴隷にするだとか……」
「アルマ!」
長老が叫ぶ!
「え?」
長老の視線の方向を振りかえるとアルマさんが神殿の方に向かって走っていくところだった。
「アルマ!」
慌てて追いかける。風魔法で移動を補助するが、さすがに基本となる速度も魔法力も大きいエルフの速度にはかなわない。長老は追い駆けて数秒後に気配を感じなくなり、俺も引き離され始めた。
「アルマ!」
追いついたのは神殿の奥で、アルマが鋭角で構成された触手の塊に攻撃しているところであった。
「お母さんの仇!」
しかし、彼女の放つ魔法は、呼吸をするかのように吸収されていく。
「アルマ! そいつには生半可な魔法は効かない!」
眷族であの力だ。効くとしたら天変地異に匹敵する魔法が必要だ。さすがに神として祭られてはいない。ぶっつけ本番になるかとは思わなかったが、あの魔法をやるしかない。魔法陣の三次元化と、無限の魔法力の二つに。
「風は万物の担い手となり、水は万物を動かす。安定した世界のもととして属性の血となれ」
そう唱えながら魔法の二つの属性の魔法式を“同じ力で同時に”使い、魔法陣を空中に立体的に編み上げていく。ぼんやりと明るい神殿内が球状の魔法陣で明るく照らされていく。詠唱して魔法をイメージしやすくしても、重い。平盤状の2次元の魔法陣に比べてとんでもなく重い。精神だけじゃなく、体にも負担がかかる。
「ぐ」
俺は宙に浮き、さらに風と水の魔力が俺を中心とした空間に散らばって幾何学的な模様を描く。魔法陣の輝きが増す。
「火は世界の中で最も激しく、土は世界で最も落ち着く。極限を支配し世界の皮膚と骨となれ」
先に編み上げた魔法式に、さらに先ほどと同様に魔法陣を組み合わせて全体を順に編み上げる。
「っぐぁ――」
鼻から血が出てきた。重い。重すぎる! 2次元の魔法陣しか教えない理由が解った。もう限界だ。目の前には基本4属性が全て編みこまれながらも、一切反発が無い魔法陣が出来上がっている。
「これで、0=1-1の完成だ」
早くしないとアルマさんが先にやられる!
この魔法陣から、魔力を引き出せる。術者に体の限界が来ない限りは、無制限の魔力を。相反する火と土、風と水の魔力を、それぞれ同時に引き出せる。つまり、0から1の火の魔力と、-1の土の魔力が引き出せる。せっかくなので、炎と氷の魔力を引き出し、その割合を上げていく。
0=1-1=100-100=100000-100000→∞-∞(不定形)
「うぐっ」
体が軋んで毛細血管が破裂し、目から血の涙が流れる。膨大な魔力に気がついたのか、
「 」
古い神が脳に直接意味を送り込み、精神に直接攻撃してくる。狂う狂う。自分の名前も忘れそうだ。だが、相手の動きも止まった。
「もう大丈夫ですからね。苦しそうな顔をしては綺麗な顔が台無しです」
“へとへと”のアルマさんを後ろから抱きしめて、引き出した魔力の一方を用いて自称“神”に向かって魔法を音楽めいた音で唱える。無詠唱でも魔法を構成できるが、唱えないと、魔法が暴走して俺も魔法に巻き込まれるだろう。
「氷よ、その力によりて世界を停止させよ。永久に我が敵が動き出さぬようにその全てを止めよ。ついでに女を泣かせるゴミに罰を与えたまえ。永遠の氷の中で眠れやこの外道が!」
火の魔力が飽和している俺とアルマさんの周りを除いて、放射状に魔力が解き放たれて前方が一気に固まる。
「女を泣かせた罪の重さを、その牢獄の中で噛み締めろ」
神も、土も、空気も。寒いという温度を通り越して一気に固まったため、前衛的な模様の銀色の固体に一瞬にして周囲が囲まれる。その直後、火の魔力を出口に向かって解放して出口を作る。古い神は膨大という言葉すら生ぬるい魔力の奔流を叩きつけられ、完全に固められていた。もう、神の肉体だったものからは何も感じられない。しかし、
「こりゃ、今後魔法を使うのに差し支えるな。」
俺も似たような状況で、動くのがつらい。俺は残る力を振り絞って、アルマさんを引っ張って出口へ向かった。後ろは全てが凍っている。
「アルマさん、怪我はありませんか」
そんなわけないか。気がついたようにアルマさんが正気に戻った。
「何言ってるんですか!」
女を泣かせてしまい、いろんな意味で限界を超えた俺はアルマさんの胸にもたれかかった。
「泣 かせ て ごめん なさ」
後はエドがなだめてくれるよな。あいつはイケ面リア充主人公属性だし。
いつもより多めの7500文字相当です。作者も限界です。5/6 名前のミスを訂正しました。