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第17話 ~戦場では確率で負傷する~

またあの夫婦に何かあったようですね。少なくとも我々の国土で戦略部隊を使うのは困りますし、それにあの部隊は未だ研究中でしょう。その問題の片割れがやって来た。

「シュウさんはこちらに!?」

「丁度良かった。どうぞこちらへ」

きょろきょろと探す姿は小動物みたいですねぇ。

「また何かあったみたいですね。その髪型が原因ですか」

正解のようですね。

「大丈夫ですよ。髪の長きは七難隠すとは言いますが、シュウ殿はそんなことで壊れる方ではありませんよ」

現にあの山の方へと走って行かれましたし。

「そうでしょうか」

「ええ。では、アルマ殿の代わりに、少しシュウ殿と話してきます」

全く、あの人は全く御自分の御立場が解っていらっしゃらない。

「……よろしくお願いします」

「大佐! しばらく指揮を任せる!」

馬に飛び乗り、街を一望できる山の上に向かった。


「市街地では接近戦闘になる。それは避けなくてはいけないのだけれど」

「シュウ殿!」

上位指揮官2人が同時に指揮所を離れてどうする気だ? ソン?

「シュウ殿、またアルマ殿を困らせましたな」

「……そんなに心配していたのか?」

「それはもう心配そうな顔をなされておられましたよ。とにかく、帰ったら安心させてあげて下さい。それと、何か明暗を分ける名案でも思い付かれましたか」

「橋を決戦場にできないだろうか」

「無理ですな。渡河地点もありませんし。街を放棄するにしても、石橋を落とす道具がありません。追撃されます。それに、私が聞いたのは奥様に関してですが?」

ありきたりの作戦では駄目だ。橋の対岸には幾重にも胸壁が築かれており、橋を渡るためには弓兵隊の放つ雨を通り抜け、その先で近接歩兵と殴り合う必要がある。

「向こうの親衛隊の鎧には銃弾が効かないという報告もあるし、さすがに限界か」

「話を聞いてください」

「この立地だと、やりたくは無いけれど――あの方法が使えるか」

確か火薬が後2会戦分は残っていたな。この高地の場所は、橋と街を一望できる位置にある。川には堤防が築かれ、海からの風も街の建物で止められて、アヴァリスの布陣する狭い平原は風通しが悪い。

「ソン、もう少し川の上流にある温泉地帯に行きたい」

「……素直に賛成できませんが、行くならアルマ殿と一緒に、負傷兵と共に行っていただきます」

「……10人を2日もらう。その間に部隊をこの高台へ移動できるようにしてくれ」

戦争のせいで街一つを廃墟とする事が決定した。


 楽しそうに鼻歌を歌うアルマさんは、硫黄の香りの対策として口から鼻にかけて湿らせた布を巻いている。他の鼻の利く種族も同様だ。負傷兵21人の治療も兼ね、山道を馬車に揺られている。温泉まで行く道のために、多少整備されてはいるが、山道なので各馬車に乗る人数は少なめであり――そして俺の悪い方の腕は奥さんに拘束されている。

「離し――」

「嫌です」

即答ですか? 少し痛いのですが? ほろの外へ顔を出す。

「護衛隊は準備をして欲しい――」

「シュウさん?」

痛い顔を……。

「火山性のガスが出ている場所を見つけたら報告を――」

「シュウさん?」

「……」

できない。

「わかりました。作戦中止! 俺の馬を!」

「シュウさん!?」

「こちらにも被害が出るが仕方が無い。リチャード少佐! 指揮を任せる!」

久しぶりに馬にまたがる。体に力を入れて動かすのも久しぶりだ。振り返って奥さんを見る。

「君が止めてくれなかったら街1つと、この辺りの生き物を死へと追いやる所だった。……俺は異常者だ。この異常さに慣れて欲しくない。そして、間違っていたらまた止めてくれ」

馬を走らせ山道を引き返す。そう、効率を求めるあまりに戦いの本質を忘れていた。生存をかけた戦いにしろ、欲望による戦いにしろ、……快楽でする戦いにしろ、それに責任を負える形でなすべきだ。

「ソン司令官!」

奥からソンが出てきた。

「ここに居ますが、何かありましたか」

「夜間戦闘部隊を使います」

「突然ですね」

「許可していただけますね」

「……たったの16人で、アヴァリスの2万を相手にする事を提案している様に聞こえますが」

「その通りです」

「シュウが彼らに話して指揮を執って下さるのですよね。私には怖くてとてもできませんから」

夜間戦闘部隊は、ダークエルフ、夜魔、魔界に戻れなくなった悪魔、他の種族から嫌われ、恐れられ、迫害されてきた種族を集めた。

彼らの様に太陽の光の無い世界で生きる彼らにも、彼らなりの規則や倫理がある。それを理解するためにも、ここまで交渉や契約をしてきた。体にあちこちガタが来ているのはそのせいでもある。残念な事に誰にでも優しいはずのアルマさんには不評であり、仕方なしに俺自身が交渉してきた。彼女では危なくて任せたくないという思いもあったが……。種族間の不信感と敵対心の象徴の様な相手で、彼らもヒトや他種族を信用していない。結果、バルトの臣民では無く、交渉してきた俺個人の友達という感覚になっている。夜間戦闘部隊は彼らの俺に対する信頼と友好の証である。これまで俺が暗殺されなかったのは、ひそかに彼らが手をまわしていたからだ。そして俺は元々人間に対して強い力を発揮する彼らを、それぞれ対人戦闘における最悪の兵士に鍛え上げた。集団戦闘ではたいして戦力を発揮できないが、個人戦闘では生きる悪夢だ。2日程体を動かさなかったエドが興味本位で夜間戦闘を挑んだが、2秒と持たなかった。ちなみに俺は10秒間逃げ切った。自慢のアルマさんは5分持った。それぞれに相手が違ったので一概に優劣は決められないが。

夜間戦闘部隊をまとめている悪魔に話をつけに行った。悪魔は契約に100%従う。契約をどう解釈するかは彼らの勝手だが、個人的な誓いすら守らないやつよりはましだ。それに契約に関わる情報の一部を話さずに条件を有利にしようとする事はあっても、絶対に嘘をつかない。さらに言うなら悪魔は美男美女がそろっている。相手によって姿形を変えるらしいが、そこら辺は秘密らしい。俺は植物系列の種族の様に男女の性別が無いのではないかと疑っている。いつか聞き出したい所だが、俺もそこら辺はわきまえている。

「彼らって不思議な魅力があるんだよね」

なんて話をしながら彼らを紹介していたら、それまで普通だったアルマさんが彼らをすごい目で睨み始めた。思い返せば、時々見る逆鱗に触れられた表情は、あの時見たのが 最初な気がしてきた。


「頼みがあります」

弓を持ち、鳥とヒトの合いの子の姿をしている悪魔に話しかける。夜戦部隊の指揮官バルバトロス特務少佐である。彼らは軍隊の所属ではなく、また正規の教育を受けていないために“特務”の前置きが付いている。特務の我が国最強の不正規部隊だ。

「何をすればいい」

「難しい事は解っています。彼らは君たち専門の対処部隊が居る事も解っています。何とかお願いできないでしょうか」

「だから何をすればいいのだ? 相手は? 条件は? 期間は?」

「補給物資を燃やしてきて下さい。その後に補給の妨害を。あの拠点ではそれほどの物資を得られていないでしょう。こちらと違って、現地調達が不要な補給態勢が有りませんから。」

「我がヒトの友は感情的に過ぎる。敵は徹底的に殺した方が良いのではないか? そう思って火山ガスで彼らを皆殺しにしようと山へ行ったのであろう。それをやめ、我らを皆殺しにしようとするヒトの死を減らす為に、我らを死の淵で踊らせるのか? 彼らではなく我々の命を?」

「できればそうしたくはありませんが、争いに関係の無い生き物も殺してしまいますし、それに、できる限り虐殺をしたくはないのです。対価はきちんと払いますから何とかお願いできないでしょうか」

「やはりシュウもヒトだ。感情に左右されるか。だが、ここにいる我々はシュウに恩義がある。恩と友情に報いられる事を喜ぶのみだ。他の者は私が交渉しておく?」

「ええ。お願いします」

そこへ、女性の姿をした夜魔の1人が話に入ってきた。……あまり近寄らないで欲しい。奥さんが不機嫌になるから。

「いい匂いがすると思ったらシュウじゃないか。どうだい? 私と契約する気になったかい? 別に命を吸い取りやしないよ。あたし達の為に力を尽くしてくれた借りを返したいのさ。アンタの体も元通りに直してやるし」

「貸しを作った覚えはありませんよ」

「こちらにはあるのだが」

彼らと接すると、ヒトの価値観や判断が全く見当違いで傲慢な事を教えられる。彼らはとても理性て――

「そう言えばアンタさ、奥さんに満足させてもらった事が無いんだろう。そうだ、この薬を――」

夜魔はそれが仕事、それが普通、普通、普通……。

「失礼します」

「守ってもらうだけ貰っといて、こっちの言う事は聞けないってのかい」

「……貰っていきます」

実は少し心引かれた。いやしかし薬物は……。

「一滴でいいからね。口から飲んでおけば長持ちするから」

「ありがとうございます」

「変な効果は無いから安心しな。別に効果があったらお礼に抱きに来いとは言わないからさ。本当に、お礼はしなくていいんだよ。要らないからさ」

押すなよ、絶対に押すなよ……。

「解りました」

「やっと渡せたな」

「ああ、苦労したねぇ。原料を集めるのにも苦労したのに。全くこっちの苦労も知らないで」

苦労それは我々の事情だ」

「そうだね」

嫌み以外の何物でもない……。ならば!

「言い忘れていました。俺もいきますよ」

「「来るな!」」

「……はい」

すみません。

 その日の夜、敵陣から火の手が上がった。


 夜に対岸を眺めていると、対岸のアヴァリスの兵たちはたっぷりと食事を獲っているらしい事が解る。騒がしく、いい香りがこちらまで漂ってきて、その上喧騒に満ちている。

「うらやましい限りだ」

喧騒に満ちているのは向こうだけではなさそうだ。明るさはまだしも、香ばしい香りが漂ってきた。……焦げ臭い。目の前が川で良かった。

「ぼやぼやするな! 早く消火しろ!」

この日の夜に食料の3分の1が燃やされた。流石だ。食料を燃やされないように警戒し、分散していたにも関わらずこの様だ。ならばこちらは目の前の敵を倒し、物資を奪って補給するしかない。

「消耗戦だ」

それしかない。編成を小部隊に分け、各渡河可能な地点に分散配備させ、昼夜問わず連続して小競り合いを繰り返す。こちらは弓と弩による攻撃、バルトの銃による反撃、夜間は銃火を目標に毒矢を撃ち返す。向こうも昼間は射撃が正確になりこちらの負傷者も増す。後方に親衛隊を待機させておき、敵が疲労を見せた地点に移動させる。敵が疲労すれば親衛隊を渡河させて攻撃する。すぐに騎兵に乗った銃兵隊の増援が来て川のこちら側まで押し戻される。

 

こちらはソンと俺の2人で交互に指揮をとり、常に攻勢に対処できている。予備兵力であっちを補強、こっちで反撃と移動防御でなんとか抑えている。しかし兵数が圧倒的に違うために兵たちが疲労していく。アヴァリス軍の攻勢開始からアルマさんが応援に出た医療部隊も手一杯になりつつある。

「完全に消耗戦ですね。流石はソウです。油断も隙も無い」

指揮所に入ると、ここも活気が失われつつある。ほとんどが20代のはずなんだけど。

「ソン、俺も未だ若いつもりだったが……」

「シュウ殿は体を悪くしているので当然ですよ。それに、私の方が年上なのを忘れないで下さい」

「そうだね。女性まで頑張っているのに、へたれるわけにはいかないな」

奥さんが心配だ。その考えを読まれた様で、ソンにクスリと笑われた。

「ところで、交代の時間ですか?」

直接には答えず、用件だけを述べる。まだ若いやつらが多い新進気鋭の士官たちはまだ元気だ。

「彼は話があるそうだ」

首をクイッと傾げて後ろを指す。流石にソン、部下の名前も完全に把握している。

「君はウーデット中尉だね。話は何かな」

英雄は年若し……俺も21歳になってそんなに経っていないんだっけ。それにしてはかなりやつれた気がする。心の曲がり角が20とは……。

「俺って一体……」

黄昏た俺を無視して話は進む。

「遮蔽物に防御されながらの射撃戦では兵力が少ないだけこちらが不利です。それに、向こうの攻城兵器が配置に着いたら厄介です」

ソンが頼んでおいたお茶を持ってきてくれたアルマさんを手で遮る。俺はお茶を貰ってすすった。俺に手渡され……薬湯だ。「ごほっ」不味い。

「気にせず、続けて」

2人に白い目で見られた。

「……それに、少数でもひそかにこちらの後方に敵が回れば補給線が脅かされます。アヴァリスの補給が現在危機にひんしている現在、より多数の彼らはこちらの補給を狙う可能性が大きいと思われます」

その心配は少ないが……確かに成果に関わらずその影響は大きい。補給が断たれれば銃の弾薬も銃の部品交換も負傷兵の後送も全てが持続できなくなる。アルマさん、お茶ありがとう。……むせかえる程に不味かったです。「美味しかったですか?」「前の方がまだ良かったです」味覚が違う事を今回ほど味わったことは無い。そこへ、言葉が先か入って来たのが先か解らない報告がドアから入って来た。

「後方の補給隊が襲撃を受けました!」

「落ち着きたまえ」

ソンは落ち着いている。

「ごほっげほっ」

俺は咳き込んでいた。

「ソン司令官!」

「落ち着け、その程度予想済みだ」

「それが――」

補給隊と護衛部隊、さらには伏せておいた部隊も敗退したとの報告だった。


攻撃パターンをランダムにしておき、突然に全体での攻勢に移らせる。その隙に密かに親衛隊と共に向こう岸に渡った。そして、アヴァリス軍の指揮官ソウは道の脇に伏せていた。奇襲の準備は整った。

「焼かれた食料は敵から奪え!」

「敵襲!」

姿を見せた途端に道を行く荷車とそれを運ぶバルト軍が反応し始めた。混乱は少ない。予期されていたか? それでも!

「俺に続けぇ!」

荷車のいくつかから見慣れない格好をしているバルトの兵たちが出てきた。成程、兵力の嵩を少なく見せていたらしい。即座に撃ちだされる銃弾を盾で弾きながら突き進む。

「恋人に指輪の一つでも持ち帰るぞ!」


おおおおおおお!


歓声と一つになった輝く鎧たちが、鋼の流れとなって続く! 盾が銃弾を弾く様子に敵はパニックを見せ始めた。

「盾に弾かれるぞ! 回り込め!」

何処からかバルトの公用語が聞こえる。率いる親衛隊は貴族の二男、三男であり、教育は行き届いている。即座に味方の声が飛びまわる。

「回り込まれるな!」「散開しろ!」「早く接近しろ!」

各所で剣の交わる金属的な音が聞こえ始め、叫び声と血の香りが辺りを満たした。接近すれば、失うもののない我が兵は比べ物のない強さを発揮してきた。しかし状況は有利と言うだけで、これまでの様な完全な圧倒には至っていない。敵とは言え、流石に敵の精鋭と言える。どういう構造なのか、彼らの服は刃を通さない。……しばらくして数的に不利な彼らは、負傷者を残して兵を引いた。引き際も見事で、運んでいた物資の幾らかは燃やされて手に入らなかった。捕虜となった者の幾らかは――女だ。物資を奪ってさっさと退却した。「捕虜への暴行は厳禁だ。許可なく近づく事も許さん」そう宣言しておいたが、兵たちは不平満々だった。しかし暴行によって――その通りの暴行で、かなりの頻度で見回っているにも拘らず――ひとりが死亡した。これまで良い様に敗北してき反動からか、それは、対岸の陣地に帰還してからも続いた。そして、世論さべつと言う形の土壌にまかれた戦争と言う種は、最悪の実をもたらした。神の御言葉にある、思考は禁断の実であるというのはこの事を指しているのか。どこからか彼らの中のヒトではない種族を罵倒する声が聞こえてくる。聞くに堪えない聖なる言葉の引用だ。神の御言葉も支配者ちちに歪められ、歪んだヒトに穢されたのか。いつからこうなった。あのような輝かしい未来を見せた神の国は何処へ行ったのだ。ただ選ばれたヒトが世界の――

「殿下! アレを!」

馬鹿な――場所は――ジャンの陣地か。

「お前とお前、ついてこい!」


 なんて事を……。対岸一帯を見渡せる小高いこの場所に立つと、対岸に数人のヒトではない者たちが酷い姿で磔にされているのが見える。いや、その様子を見せられている。我が国ではもはや禁止された――エドワード陛下の父上が好んだ凌遅と呼ばれる――刑罰と同じ様子だ。シュウ殿が見ていたら何をしだすか。私も、指揮官という立場でさえなければ単騎で突撃している所だ。どちらにしろ、補給部隊がやられた場所の確認へ行っていて良かっ――

「馬鹿な」

帰ってきた様だ。……いつもの様にアルマ殿を置き去りにして……。

「先ずは落ち着いてください」

「ああ、俺は至って落ち着いているよ」

彼の監視も兼ねて2人で指揮所へと戻ると、そこには小分けにした各部隊の指揮官が首をそろえていた。

「諸君の言いたい事は解っている。だがそれは許さん」


軍の実戦部隊には女性は居ない。女性は守るべき家族の象徴となっているため、彼らも激怒している。ソンの出撃禁止令も、それほど持たないだろう。理性は自分が正しいと信じている時には、非常にもろく崩れさるものだからだ。無様に崩壊する前に、コントロール下で崩壊させる必要がある。ソン司令が解散を宣言した後、各隊の指揮官を密かに集めた。

「今から言う指示と任務は命令に背く行為であり、軍法会議にかけられる事を覚悟してくれ。対岸で苦しんでいる彼らを救出する者を募る。各隊へ戻り可能な限り早く一人まで選抜し、橋の前に集合させて欲しい」

駆けだした彼らは元々精鋭である各隊の中から、最高の精鋭を選び出してきた。俺も含めて13人、眼前の布陣からして敵に回すのは少なくとも200人。援軍を考えるとそれ以上だ。

「よろしい。集まったようだな。覚悟はいいか。救い出しても軍法会議が――――解った時間が惜しい。我らの国民を救うぞ! 突撃!」

純粋な暴力に対抗するには純粋な暴力しかあり得ない。目には目を、ソフィストにはソフィストを、戦車には戦車を。橋の正面から騎乗し、銃撃して不十分ながらも牽制し、突撃をかける。各自はすぐに銃弾を使い果たして改良された剣を抜く。長く、しなやかで、鋭く、固い。それに一切の無駄が省かれた機能美が加わった片刃の剣だ。威力や切れ味は他国の伝説級の剣には及ばないが、その継戦能力と使い勝手の良さによって、それらを遥かに凌駕している。他の剣はせいぜい2~3人でなまくらになるが、これは20~30人と渡り合える。身に付けた服も、魔法をある程度まで弾き、衝撃を吸収し、切断されず、貫通もしにくい。何よりも、従来の防具である鎧より圧倒的に軽くて動きやすい。ついでに洗うのが楽だ。

「ついてこれないヘタレは帰りに回収しろ!」

……俺が言えた義理じゃないが。これまでのリハビリにも関わらず、魔法もほとんど使えない上に体を上手く動かせないため、経験の差を加味しても他の兵と同等の力しか発揮できていない。アルマさんありがとう。それでも怒りから来るアドレナリンは限界以上の力を引き出し、アヴァリスの陣営を切り裂く。その間、対岸のバルト軍から援護射撃が飛んできているようだ。後方にソンが控えているため、軍全体ではなく、現場の戦闘指揮に集中できる。もう実践指揮官にはならないつもりだったのだけれど。

「あそこだ! 俺に続け!」

エドがうらやむだろう。

「この状況でさえなければっ」

鎧の隙間から剣を振るい切り裂く。13人の救助部隊は戦闘不能者を量産していく。殺すよりも負傷させた方が敵軍に与える戦闘後の負担が大きいためだ。それに今回はその時間も体力も無い。

「神の名を恐れぬ未開人バルバロイとそれに従う穢れた(あまりにも酷い内容の為に自粛)の種族どもめ! この剛斧のジャンが浄化してくれる!」

敵指揮官様おやまのたいしょうのお出ましだ。斧は時代遅れの代用武器だという事を教えてやろう。

「俺が相手になろう。」

「おう、裏切り者の人間か。名前はなんという」

「シュウだ。全てが穢れたヒトの子よ、俺が救済してやろう」

「ほう、あの元宰相殿か。とんだ大物がかかったものだ。聞けば職を解かれたのは(自粛)のエルフ女のせいで――」

馬を走らせて剣を叩きつける。

「最後まで言わせろよ。同じ人間だろう」

振り抜かれた剣と斧が見事な火花を散らした。

「テメェと同じヒトである事をこれほど嫌悪したのは初めてだよ」

「へぇ、血の代わりに水が流れているって噂の割には――」

有無を言わせずに再び馬を走らせる。巨大な全身鎧に振りかぶった巨大な斧が威圧感を加え、相手を本能的に委縮させて勝ちを得てきたのだろう。重厚な鎧同士なら、その破壊力は有効だったろう。それに、俺が怒っていなければ正面からの打ち合いで勝てていたかもしれない。だが、こいつは俺を怒らせすぎた。俺の胴体めがけて垂直に打ちおろされる斧を剣で受け流しつつ、そのまま兜と鎧の間に剣を滑り込ませて首を1 / 3だけ切った。

「捕虜を回収完了!」

との叫びが聞こえ、次の指示を出す。

「さっさと引き上げだ! 軽傷の者は味方の援――」

トスッ――その音が右腹を貫いた。「参謀!」まだ倒れられない。今まで味わってきたしんどい状況の中では、最も体力と気力が残っている。13人の内で矢が刺さっていないのはすでに数名だ。俺も仲間入りだな。せっかくなのでこう叫んでみた。

「今のは痛かったぞおおおお!」

弩に矢を再度つがえていた兵士にナイフを投げて頭部にクリーンヒットさせた。数名の味方から歓声が上がったが、その声も体制が整った敵方の鯨波がほとんどかき消す。その上、叫んだ事で血が出てきた。そう長く指揮は取れそうにない。逃げるが勝ちだ。逃げる過程で何本か矢が飛んできたが、深くは刺さらなかった。橋の手前に居る敵を蹴散らして――

「ごきげんよう」

今度は何だ!


ジャンの暴走は許せないが、それよりも僅かな兵力で部下が蹂躙されているのも許せない。だが味方を救うために少数でこちらへ来た彼らには敬意を表したい。素晴らしい騎士道精神だ。だが指揮官は別だ。あいつだけ明らかに動きが違う。あいつの声が届く範囲の騎士たちの動きが違う。これからの犠牲者を救うためにも、あいつだけは潰さなくてはいけない。

「ごきげんよう。バルトの指揮官殿。私はソウ・アヴァリス」

「これはご丁寧にどうも。アヴァリスの皇子。私はシュウ・トレヴィルと申します。今日は騎士らしく戦うには生憎の模様。何のご用ですかな」

胸に刺さった矢は深手らしく、話すのも辛いのが聞きとれる。だが負傷は決闘を回避する理由にはならない。

「これは男らしくない。部下の行いは詫びます。申し訳ない。しかし、敵となる騎士が戦場で出会った以上は、剣を交えずに引き下がる法はありますまい」

「残念ながら私は下賤の身ゆえ、剣を交えても殿下の名誉にはなりませぬ」

「これは異なことを。音に聞こえた元宰相閣下が下賤な事などありましょうか。我が敵として不足はありません。それにこの話をしているうちにあなたの部下も陣地に帰れた様子、もう時間稼ぎをしなくてもよろしいのではありませんか」

目に面白がる様な色が浮かんだ。そもそも我がアヴァリスではヒト以外の権利を認めていないため、彼らが殺されても多くは謝らないだろう。

「お気づきでしたか。お恥ずかしい」

「いやいや、部下の失態の償いとしては未だいささか不足しています。お許しください」

彼の方も、目に別の光が宿っていた。彼の人馬一体の動きからも解る。今馬が乗り手の為に動かないでいるのも彼が一流の人間である事の証であろう。戦うに値する程の敵と、やっと戦える。「All I Want」できれば正々堂々と剣を交えたかった。せめて私の生まれが別の国であったなら。

「では御好意の返礼として、お相手を務めさせていただきます。殿下と戦えて光栄です」

「こちらこそ、シュウ殿と戦えて光栄です」

礼を交わした後、しばらく構えたままで時間が止まり――目の前を一本の流れ矢が通り過ぎるのを合図として、戦争が中断され、決闘が始まった。


敵のソウ司令官はエドに匹敵する程の腕前だった。剣の動きはよりダイナミズムに満ち、回避が難しい程に真っ直ぐな剣であった。一撃一撃に体重と技術の粋、そして名誉を乗せて打ち合う。下からすくいあげてくる軌道から、打ち合わせられると同時に変則的な力の入れ方に変わり切る方向が変わる。その刃に鎧と服が傷つく。守りを打ち崩す大ぶりな構えからの大胆な振り降ろしを、左手を柄から身へと移して両手で受け止める。そのまま剣の柄を前にスライドさせて顔の強打を狙うものの、殴りに来た鉄の拳で止められた。次の一撃で彼の剣は折れ、俺の剣は曲がって使い物にならなくなった。体が言う事を聞かなくなっている。それさえなければ、剣と防具の性能の差で勝てただろう。彼の剣が俺と同等ならば彼が勝っていただろう。この均衡が無ければ、確実にどちらかが死んでいたはずだ。

「ここまでか」

「そのようです」

双方で馬を寄せ合う。

「帰って妻にでも傷を癒してもらえばいい確か……エルフだったか。彼らは高い治癒技術を持っていると聞く」

「その技術を提供したら停戦になりませんか。国の事情は存じております。我が国からの撤退を交換条件に、多少の援助なら可能ですが」

予想通り、残念そうに皇子は首を振った。

「まず無理でしょう。もう少し時期を見た方がよさそうです」

どうしようも無い事は承知している。まだ不十分だ。もっと人々の意識が変われば……。皇子から声をかけてきた。

「……今度は別の状況で会いたいものです」

「同感です」

礼を交わして別れた。アヴァリスの陣地に背を向けて橋を渡る途中、矢が右胸に刺さるのを感じた。激痛と共に息が苦しくなり、左手で不十分な止血をしながら、馬の背に倒れ込んだ。前からの罵声と、後ろからの怒声が聞こえた。味方の陣地にたどり着いて馬から転げ落ち、さっさと要件を済ます。

「味方の死者は」

「磔にされていた者は重傷ですが、捉えられていた捕虜5人を保護できました。それと、13人全員が負傷していますが生還しています。将軍が一番の重傷ですよ」

「そうか」


 シュウが重体の知らせは即座にこの帝都まで飛び込んできた。

「あの半死人が! またアルマを心配させやがって!」

「心配なのはアンタもでしょうが!」

声にイライラと若干の炎がにじみ出ている魔女フィアに叱られたが、流石にしっくりこなかった。あいつ、柱にでも縛り付けておかないと……。そう言えばアルマも同じことを言っていたな。笑みがこぼれてきた。あいつ……不死身か?

「一応なんか見舞いに送っておくか。負傷したし」


 本来命令違反で極刑の所を、功罪半々という事で解雇され、さらに市民権を剥奪されただけで済んだ。一応俺だけが罰せられる形で命令違反への追及は収められた。まぁ、生きているだけでもめっけもんである。ところで、結局食料の尽きたアヴァリスの軍は兵を引いた。こちらも事後処理をしてから兵を引く形になるだろうが、まだ先になるだろう。その仕事は全てソンが丸投げされている。……可哀想に。現在負傷兵と一緒に最優先で後送中である。負傷兵の中に混じって俺だけは一応鎖につながれている。で、その鎖を持っているのがアルマさんな訳だが、どうしたものか。常に鎖を持ったまま監視されている。トイレも一緒だ。実に困った。彼女が言うには、「片肺が潰れかけているんです。おとなしくして下さい」とのことで、控えめながらも苦情を申し立てた所、「シュウさんは私の奴隷ですから黙って従って下さい」との事だった。市民権を剥奪されると私有財産が持てなくなり、各種政府機関も利用できない。裁判を起こす事も出来ない。その代わりと言ってはアレだが、税金を納めなくてよい。……当然、誰かの物であるという保証がなければ、命の保証が無いが。

 小休止している馬車の中でアルマさんに土下座中である。

「シュウさん?」

嫁さん、その微笑みがとても怖いです。

「あ! ゲホゲホッ。忘れてました。あれ、温室にどうかなと思って貰ってきました。あの、ええと、ブラッサボラ・ドコサ? ノドサ? 良い香りがするらし、た、たしか株分けでって知っていますよねハハハ――その、ほ~、ほら、他にもあの、花柄のティーセットを、い、家のは俺の持ってたボロボロので、ひびが入っていますし、この際おそろいのをと思って――ああ! そうだ!あの、せっかくなので知られている世界の植物の生息地お一冊にょ本にまとめた物を作ったぁぁああ――もっとムードのある時に渡そうと思っていて、エドから宰相就任祝いに似合うかなって思ってもらっておいて、ってどうでもいいですねホント、緑色のダイヤモンドなんですが、高価な物らしくて髪止めにしてもらおうと思ってっったらいつの間にか髪も短くなっててはいどうぞこれです――あぁああアアレですか? ごめんなさい、これ初めて会った時、にもらったぁの、魔水晶ですが、こないだの戦闘中に割れてしまったので、今、ペアリングにしてもらっていて、ヒトの風習で申し訳ないけれでょも着けてもらったら嬉し――あぁあと――心配かけてしまってごめんなさいぃ許して下さいぃ見捨てないでぇぐっ」

き、傷が開いた。

「俺の帰る場所はアルマさんだけで、俺は重い男かもしれませんが」

「早く横になって下さい。大丈夫です。怒っていませんよ。心配なだけですから。ずっと一緒に居ますから。お願いですから少し休んで下さい。左手でその書き物をするのを止めて下さい」

「あの、気を使って頂いている所大変に申し訳ありませんが、この報告書を最優先でエドに渡さないと。そうすればもしかしたら万単位で人が救えるかもしれないので、要点だけしかまとめてない事をエドに伝え」

アヴァリスにも交渉できる人間が居て、しかも高い地位に居る事が分かったから、国家戦略の修正をかけなくてはいけない。

「信用できる人に任せますから、あなたは休んで下さい。今すぐに休まないと嫌いになりますよ」

「迷惑ばっかりかけて、ほとんど物でしか返せなくて、愛してるって事さえ中々言えなくて」

痛みが増してきた。

「寝て下さい」

「愛してます。俺の……奥さ……ん」

「……私には、もっと甘えても良いんですよ?」

メトープの彫刻?

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