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第16話 ~新世代の予感~

 4ヶ月も新妻ほったらかしておくとアルマさんが暴走する。遅くに帰ると俺の枕を抱きしめて寝ているので、どうしても起こさざるを得ない。困った事に起こすとしたがるので、どうしようかと思案中。最近疲れが溜まりやすくなってきている。

 最近国事に関わる事が少なくなり、暇ができたから作戦計画ばかり立てている。それが仕事な訳だが。だが、わずか数ヶ月にしてそれらを使うことになるとは思わなかった。敵も馬鹿じゃない。膨大な国力によって海上戦力を急造し、対 神聖帝国アヴァリス同盟が成る前に宣戦布告してきた。

一方面だけで20万の数で攻め込んできたようだ。統率もへったくれもないらしく、各所ではヒトらしく、略奪や虐殺が行われているとの情報が入った。我らの皇帝エドが子供を襲われそうな親ドラゴンみたいに怒りをぶちまけに来たのは御愛嬌である。

「あ? これに関してはもう怒りをぶちまけてもいいぞ。各地の教育機関と情報伝達機関が民衆の間にまで情報を伝えているからな」

「……報告書より早いんじゃないか」

「ん? 気のせいだろ」

「むしろ感情を出した方が良いんだな」

「もちろんだ。相棒」

「なんでだ。まだ各地にも他国にも反民族感情があるだろう」

「何処の場所でも、個人レベルでは“嫌いな民族でも大切な友達”ってやつが居るからな」「俺の友達は特別ってやつか」

「オフコース」

「……ところでな、シュウ」

「なんだ」

「ここ職場だよな」

「なぜアルマが貴様の膝の上に居る」

アルマさんが座る俺の膝の上に乗って俺に抱きついている。片手は彼女の手に拘束され、強制的に服の下から胸を揉まされている。そっちの手はあまり感じないのが幸いか。彼女の甘い声と香りが仕事の邪魔をする。柔らかい彼女の体ほどでは――

「……身から出た錆だ。すまん」

「減給しておく」

「お、おうともサー」

宰相時代も俺と同程度の人材よりとんでもなく薄給で、この間の懲罰人事でえらい事になっているのに。

「それとアルマ、自重しろ」

「嫌です。へへへ」

顔を舐められ始めた。しかし身から出た錆なので、仕事の邪魔をするなとは言えない。エドも煽ったので責任を感じているのか何も言えない。彼女の人柄のせいか、外相時代の有能さの成果か、誰も文句を言わない言えないどうしようもない。皇帝エドも止められない彼女を、俺のアルマさんを、誰か止めてくれ。


 アルマさんよりも、アヴァリスの侵攻軍2万人を叩きつぶす方が楽だ。人が死ななければ……。奥さんよりも仕事先の道具の方が見返りなく素直に言う事を聞いてくれて、可愛く感じ――可愛くは無いな。そう思うだろう。全国の妻に悩む同士諸君。

「貴様、贅沢アホの極みだな。彼女以上に言う事を無償で聞いてくれる女性はなかなか居ないだろ」

「すんません」

エドに怒られた。


公称5万、実数2万の大軍が――それでも一方面軍だが――がこちらの街の一つを落としたと報告が入った。軍会議を招集する。何しろ宣戦布告なんてしてくれなかった。

軍最高会議には、人的資源、交通、生産、社会保障体制他、総力戦に対応できる様にしてある。閣僚も知らないやつが増えた。知っている顔も並んでいるのが助かる。顔を覚えるのが苦手な俺は、そっちの方をアルマさんに任せることにした。「アルマさんすいません」「いえ、大丈夫です。その代わり……」「わかり……ました」

そんな会話を交わしていると、エドが意見を求めてきた。

「シュウ、いや、参謀長、どうだ」

皇帝に対して軍の動員を進言する。

「奪われたペテルブルグは港に近い城塞都市で、戦略的に有効な拠点となりえます。軍としては、即刻取り返す事を進言します」

困った事に、将官が少ないため参謀本部もソン、俺、ヴェイド、無理やり昇進させたマルス、一応女性なので前線には出したくないフィア、南方の軍を丸投げ……いや統括している流転の王女アンナ(……少し感傷的な表現に過ぎるか?)だけだ。海軍指揮のほとんどは彼女に投げている。女性を前線に出したくない……。軍はほとんどがエドの親父さんが立ち上げた士官学校から輩出された若手で、実戦経験も大軍指揮の経験も不足している。

「よろしい。許可する」

「お待ちください陛下!」

税の出納を管理する資産省の眼鏡ノッポ、モネ・ロークフが意見を述べた。宰相時代に目をつけ、採用を提案した中の一人で、新進気鋭の税制の鬼だ。

「シュウ元宰相が内政に資金を回し過ぎているので2万前後の兵力の動員は不可能です!」

「では、資金の面から見てどれくらいならいけるのだ」

「通常の編成だとして5871人、精兵をかき集める事となると3860人です。万単位の動員は、せめて来年まで軍の動員を待つ必要があります」

つまるところ、後続の増援も何も出せないということだ。アヴァリスもそれが狙いなのだろう。顔を引きつらせて即答された数字に突っ込みを入れたのは、治安省が軍治安部隊と警察組織、防諜組織に分断、改編されたタイミングで軍に移ってきたヴェイドだ。

「細かいな」

「それが仕事ですから!」

胸を張るモネとあきれ返るヴェイドの構図は笑える。エドも同感の様だ。

「どうしても万単位の兵力が必要というなら借り入れるしかありません」

よしよし、略奪や現地調達なんて無謀な物は計画に入れないか。よし。エドは“ふっ”と笑った後、長い脚を組んでこう言った。

「ソン将軍を司令官とし、東部方面軍の編成と指揮を命じる」

「はっ!」

ヴェイドが残念そうな顔をしたが、国内の叛乱部隊の鎮圧はヴェイドにかなりの適性がある。

「陛下!」

「シュウ、1000でいいな?」

唖然とする閣僚の一同と、当たり前だという顔をする、ソンを含めた軍の将官と副官一同が対称の表情をなす。

「大丈夫です陛下」

新式の銃歩兵の威力をご覧に入れよう。問題は向こうも新兵器を導入して来る事だ。向こうの方が国力あるからなぁ。第2次大戦時のアメリカとヨーロッパの差みたいなものだ。各民族の技術を得ている我が国の方が、確かに技術的には上だが。

軍の動員をしたが、実際に行ったのは初めてなので時間がかかった。軍の編成はどちらかと言えば士官学校卒業生の演習の様になった。最終的に目指すよりも多くの割合で将来の将官、佐官候補が含まれている。兵士が増えれば即大軍になりそうだ。家にいて欲しいアルマさんが副官代わりに着いて来た。そっちの人材はむしろ多いぐらいで、若い士官おとこたちには目の毒だと思う。ただ、部下の名前を全員覚える手間が省けた。

「行ってきます」

指揮官のソンが率いる刀を持ち、騎兵銃を腰に下げた騎兵隊200が先頭を切る。その後から長い銃身を持つ新式銃兵部隊が馬に乗って出陣していく。


指揮官:ソン・アヴァリス(アヴァリス帝国の関係者かもしれないが、詳しくは知らない)

総参謀長:シュウ・トレヴィル(つまり俺)

動員数:2000人(補給等、後方兵力を含む全人数)

実兵力:1000人(実戦兵力)


国境に有るペテルブルグに着くまで、えっちらおっちらと進んで一ヶ月かかる。その間に、ネミス、バードック両国は電撃的に軍が包囲、粉砕されて、飲まれた。バビロニウスが唯一、その国土ふところの深さと、国内での補給の難しさによって持ちこたえている。特に真水が問題であろう。さすがに動員人数が1万の国が20万の軍隊を相手にすると、一ヶ所で勝っても他全てがやりたい放題になる。相手がまともな司令官なら、とんでもない馬鹿が相手ではない限り、どう考えても勝てない。かのナポレオンも2倍の差はひっくり返して無いのでは無かったか。……おい、俺、ナポレオンって誰だ? まぁいいまた作者の愚痴だろう。バードックは山地で民兵がゲリラ的に戦っているらしいが、正規兵が必要数を完全に満たしてまともに運用されている状況ではゲリラは粉砕される。正直、今は戦わないでいただきたい。熱血も戦意も焦りも解るが、援護もできない状況で救援要請をされても……。それに、各地の少数民族が難民として流れ込んできた。食料自給率が162 %(国民の生存できる割合で、カロリーベースと考えてもらっていい。生産額ベースは商業で用いる数字で、国家戦略を考える上では全く使えない数字だ。)を超えているのでそれ自体は未だ問題ない。流通経路も確保した。(独断専行が必要だったので最優先し、首になる前に何とか制度が整って上手く機能している。これだけは自分を褒めたい。)ただ、彼ら自身適切な教育も法律の内容も知らないので治安が悪化しかねない。うちの国の刑罰は諸外国に比べて残酷では無いけれど、厳しいからなぁ。

 先頭のさらに先を偵察に出ている騎兵隊から伝令が来た。アルマさんが口の動きで名前を教えてくれた。彼女や皇帝エドがどうやって数万人の名前と顔と、誕生日や趣味まで覚えているのか、全く理解できない。

「どうしたハモンド伍長」

「閣下! 通り道に難民が来ており、道を塞いでいます」

……保護したいが兵力がない。

「何とかどけさせてくれ。案内する必要はない。この先の街の役人が対応する。行ってよし!」

「はっ!」

敬礼して素早く元の隊に戻っていく。にしても、連絡に伍長か、全く。だめだ、早く何とかしないと。将来的には、少数でもバビロニウスに有るらしいワイバーン隊が欲しい所だ。空から状況を確認したい。偵察にはある程度の作用しかないが、指揮と移動には役立ちそうだ。特に傷病兵の後送やゲリラ部隊への対処等に有効だと思われる。当然ゲリラ戦にも使えそうだ。って今はどうでもいい。どうでもいいが、司令官のソンが優秀で、暇なんだからしょうがないじゃないかぁ。

 街道を堂々と進軍した所、2万の軍隊が付近の平原に展開されていた。このまま無視して先に進んだら後ろか脇を、又はその両方を突かれるだろう。少数の兵力に対して、先に布陣して周辺を確認し、開けた平原に大軍を展開するのは常法だ。防御側が策源地付近で、圧倒的な兵力で迎え撃つ姿勢だ。これは負けるんじゃないか?

「策源地付近まで進んで、向こうの後方を塞ぐ形で部隊を配置する。その場に野戦陣地を作って迎え撃つ作戦でいいだろうか」

司令官であるソンの質問に答える。

「分派されてこちらの策源地を狙われると厄介ですが、基本的にはそれでいいと考えます」

「そうですね。基本的には」

話し合いもぐだぐだしている。いかん。特に真後ろで吐息がかかる距離に居る奥さんが。ほら、ソン司令も困った顔で苦笑いしてる! 普通首飛ぶぞ!

「アルマさん、離れて下さい!」

「駄目です!」

「そうですね。シュウ殿は状況をもっと把握するべきです」

うぇ!? 常識人の中の常識人であるソンにも怒られた!

「申し訳ありません」

「やれやれですね」

その上呆れられた!?

街道をそのまま進んで敵の補給路を塞ぐ形で展開する。展開を妨害しようとアヴァリスの騎兵隊が側面から襲いかかる。しかし、元々こちらが整備していた街道であるために、道は銃兵が側面から攻撃されても対応できるほどに広い。本来なら騎兵で側面を突いた見事な奇襲攻撃だ。しかし、8人小隊を一つのまとまりとしたグループが交互に互いを援護するように放つ交互一斉射撃によって粉砕される。各級指揮官と兵の質が高いために指示を出すまでも無く連携した動きが取られているためだ。事実上の十字砲火に、騎兵隊が無理に突っ込んでくる。

「撃てー」

の声と共に、各部隊の斉射によって一気にアヴァリスの騎兵隊が倒れる。単発式ながらも1分間に8発撃てるのは脅威だ。小隊は8人いるので、1分有れば64発もの弾が飛んでくる。

これまでの火縄銃ではなく、人間の火薬式の銃の機構システムを元に、アマゾネス達の開発した魔法を黒色火薬代わりにした信頼性の高い発射機構を加え、ドワーフから得た知識からの徹甲弾を用いて威力と信頼性を向上させた。さらに、エルフから得た飛翔物体に回転を加えて軌道を安定させる、ライフリングによる命中精度の向上が組み合わせられている。他にも、小人族から得た小型の弾を製造するノウハウ、リザードマンの防水加工技術など、試験導入段階の代物らしく、加えられた工夫は数知れない。中でも先進的なのは騎兵銃である。避難してきた精霊族から得られた知識を元に、反動軽減の機構を持たせた。そのせいで、精鋭の騎兵隊に持たせた騎兵銃は、他の隊に持たせた銃の10倍以上も高価な銃になってしまっている。

わずかな時間でアヴァリスの騎兵隊は無数の屍をさらした。それでも与えた損失はわずか500人と考えられ、それは全体の中の2.5 %でしかない。だが、こちらがこの街道から後方に回り込もうとしている事に気がついて良かった。

「ここに陣地を作成する!」

ソンの良く通る声で指示が飛んだ。

「全ての軍人は工兵である……か」

陣地作成の陣頭指揮をとろうと現場に向かおうとしたが、ソンに袖を掴まれて止められた。

「シュウ参謀はここに残ってもらうぞ。築陣は私が指揮する」

俺の仕事って一体……。

「誰かアルマ特務少尉を呼べ!」

アルマさんに事実上監禁され、暇なので騎兵が集めてきた情報を元に、戦場予定地の立体模型を土と石で作った。

「敵が3手に分かれて行動を開始しました!」の報告が、築陣した直後に得られた。

「夜襲を警戒するためにどんどんかがり火を焚け」

多くの木が伐採された事を悲しんでいるアルマさんをなだめている間に、作戦が開始された。山の上に、こちらを見張るように移動してきた敵の分派隊8000をいかに騙すか。それが鍵となる。


 アヴァリス遠征軍司令部第3任務部隊では、夜襲に関しての会議がなされていた。千人隊長の一人である剛斧のジャンが攻撃の強行を提案する。

「たとえ相手が夜襲を予期していようとも、暗がりに隠れて近づけばあの兵器も意味をなさない! 敵の指揮官は裏切り者のソンではないか! 何をためらう必要がある! 数はこちらがはるかに上なのだ! 我が部隊を先頭に! 正面から撃砕してくれる!」

逆に、夢槍のザビは慎重な意見を述べた。この名前の先に着く通り名とかいうのは……自称か? 個人的には、誰かが悪意を持って名付けたとしか考えられない。聞いた話だが“でんせつ”の鈴木さ……いや、なんでもない。

「彼らが築陣した場所は足場が悪く、槍は集団行動による威力をほとんど、斧は半分程度、剣でも7割程度しか実力を発揮できません。乱戦に持ちこむための工夫が必要です」

第3任務部隊指揮官のケンジはその案を採用する。

「では、夜襲を私の第12部隊が行い、盾を持った部隊を壁にして弓兵が戦い、敗走する。こちらの夜襲を撃退して油断した所を他の全部隊で8方向から攻撃する。」

「成程、それなら勝てるかもしれませんね。この夜襲に失敗しても問題ありませんから。こちらも向こうの補給線を抑えていることですし、完敗を喫しない限り他の部隊が彼らの国を降伏に追い込んで勝利をもたらしてくれるでしょう」

冷たい声で述べたのは魔法隊を率いるフードをかぶった者だ。

「相変わらず皮肉屋だな」

「敵が居る事を確認すればいいのですから。別に勝たなくても、相手を拘束すれば十分です」

「だが、他の部隊が勝つとは限らないぞ。やつらはここに1000人しか動員していない」

「彼らは内政に時間と資金をかけすぎました。この間まで戦争をしていたのです。この戦いに十分な兵力を動員しても資金が不足して……それに、どうせ偽りの神を信じる劣等種族と同居している国は、すぐに自滅の道をたどるでしょう」

ケンジを除くその場の全てのヒトが笑った。

「他の指揮官には異論は無いか? よし。この作戦で行く。各自準備せよ。各隊の配置はそれぞれ――」

もしこの時直ぐに攻撃を仕掛けていたら、戦況がどう転んでいたか分からない。


 避難民の攻撃に向かった第1任務部隊では、夜間の行軍であるにも関わらず、兵たちがこれから行えるであろう略奪と敵対民族の殺戮に興奮していた。この第1任務部隊8000人の総指揮官で皇族のソウ・アヴァリスが全身をひと際大きい鎧で覆っている親衛隊長に話しかける。

「急ぐ必要はない。やつらは家財道具を持ちだしているのだ。ペースを落とせ。伏兵がいるかもしれない」

「これで我々の子供たちにも、良い暮らしをさせられます。どうしても焦ってしまいまして」

その言葉に他の親衛隊員が盛んに同意する。彼らの体の動きに合わせて滑らかに動く白い鎧の表面から、赤く染まった短い毛の様なものが生えている。その鎧には、関節部になければならない隙間が無い。まるで、ゴリラの中にヒトが居るようだ。そして、ヒトの話すよりも1オクターヴ低い声の彼らは、まるでゴリラのように見える。

「それに、今まで俺達を見下してきたエルフどもの最後の逃げ場を潰せて嬉しい限りです! 皇帝陛下万歳!」

「万歳!」「汚れた種族に救済を!」とあちらこちらから声が上がる。その声にソウは苦悶する。父である皇帝が教皇と結んで始めた、ヒト以外の種族からの略奪によって得られる資金は国家予算の過半数に上り、戦時の収奪経済は軌道に乗ってしまった。もはや国の絶えまざる膨張なくしては現在の生活を維持できない。生活を維持、向上するためにはさらに国土を拡大し続けるしかない。国内資源のほとんどが武器に費やされ、生産と開発に回されるはずの有能な人物はいとも簡単に偏った思考さべつに囚われて戦争で消耗していく。それでも、爆発的に増殖するヒトの人口に対して全く追いつかない生産力の増加と、ヒトが持つ欲望のせいで利益重視となりがちな流通を原因とした貧困、それに伴う治安とモラルの悪化よりはましだ。

俺は未だ皇太子だった頃の親父に連れられて見てきた。食糧庫に満ちた穀物が酒として売られる隣で、6歳の少年すてごが腹を膨らませて餓死していく様を、13歳の少女が家のために奴隷として売られて行く様を。道の端で行き倒れた夫婦と子供の干からびた死体から服をはぎ取る光景を! それよりは、それよりは殺し合いをしていた方が、まだましだと思えてしまう。だから、国内を軍によって統制し、戦争によって過剰な人口を減らし、戦争に伴う略奪という巨大な公共事業によって貧困層を減らそうとしている皇帝おやじに従っている。しかし、これでいいのだろうか。最大多数の民の幸せを守るのが国の務めだ。それは解っているつもりだ。この状況では戦争による厳しい政治で民を抑えるしかない事も解っている。他国からの微々たる援助では欲深いヒトに対しては全く不足で、むしろ混乱と無為の原因に――クソッ、他に方法は無いのか! 俺は、このまま……。

「殿下?」

親衛隊隊長の声に我に返った。

「少し考え事をしていた」

「申し訳ありません私はただ――」

「よい。たいした内容ではない。それより、隊列を乱さぬように他の部隊へ厳命させよ」

「ははっ」

今は、目の前に集中しなければ。この戦いに勝てば、海洋交易に強い力を持つバルト国を併合する足がかりができる。そうすれば、何か可能性が見えてくるかもしれない。家族思いのこの部下たちだけでも生きて家族に金を持ち帰らせなくては。だが相手の指揮官である甥のソンは兵術に強い。偵察兵が

「前方に未確認の騎兵部隊を発見!」

「戦闘隊形を取れ!」

シャンチーでは5対3でやつのほうが強かったのを思い出した。だが、実戦では勝つ。


 正面でこちらの行動を牽制する役目が有ると推測される敵の指揮官は、旗から予測するとケンジだろう。彼は多段階の作戦を好む。この状況ならば、彼は数派に分けて夜襲をかけ、こちらの消耗を狙ってくるはずだ。作戦決行までに時間がかかるだろう。その隙に移動し、分派した敵に対して待ち伏せを仕掛ける。各所に兵を分け、指揮官の狙撃を優先するように命じて完全な奇襲体制を作った。だがソウとは……戦いたくなかった。目の前を横切ろうとする部隊の明かりを見つめる。あの旗の下にソウが……。攻撃開始の合図は、俺の撃つ銃の音だ。静かに銃を撃った。


 前方の騎兵隊らしきものには馬しかいない事を報告されて待ち伏せである事を知った時、バルト軍のものらしき攻撃が始まった。周囲に火薬の音と弾が飛んできた。

「敵襲!」

そう叫んだ一般兵が倒れる。親衛隊と私は、装着した鎧のおかげで今のところ酷い痛みを感じる程度で済んでいる。

「閣下! ここは我々に任せてお下がりください!」

「馬鹿もの! 敵は少数で我らの着けた生体装甲には攻撃が有効ではない! 親衛隊が先になり銃火の方へ突撃する! 私に続けぇ!」

「お待ちください殿下! ええい! 殿下を死なすな! 親衛隊! 殿下の盾となれ!」

司令官と親衛隊がが銃弾の雨を引き付け、さらに無傷で移動する姿に周囲の混乱が収まる。各級司令官も指揮を取り戻した。

「隊をまとめよ! 弓兵隊は親衛隊の後方より弓なりに矢を飛ばして援護せよ!」

「黒虎隊は狩豹部隊の盾となれ!」


 やはりソウが指揮官では一筋縄ではいきませんね。敵の近接歩兵に接近される前に後退しましょう。

「訓練通りの秩序を保ち、相互に支援しつつ予定のポイントまで後退せよ」


「逃がすな! 追撃せよ!」

暗くて様子が良く解らないが、部隊の損失はそこまでひどくなさそうである。ここまではソンの用兵はさすがだと言える。

「だが、それもここまでだ。しかし、騎兵隊が先に損失を受けたのが惜しい」


勝ったと思って追撃している時、軍隊は大損失を受けやすい。下の枯れ草にすら気が付いていない。またアルマさんに怒られるなぁ。

「よし、ソン司令官は予定のポイントを通過した。予定通りに火を放て」

枯れ草に次々燃え移り、敵部隊を火が分断した。

「アルマさんごめんなさい」

「……」

火が広がると暗闇に隠されていたこちらの堀と柵が露わになる。目の前に突然現れた陣地帯が、アヴァリスの兵たちに2回目の混乱を誘う。敵指揮官のソウすら混乱し始める。

「全軍停止せよ! 敵の射程外まで後退!」

だが、勝っていると錯覚して勢いに乗った8000人もの部隊は、地形と心理効果によって、明りの中心へと蛾のように吸い寄せられる。指揮官のソンが俺の隣に来て指揮を交代する。

「これからソン司令官が指揮を執る!」

「シュウ参謀から指揮を引き継ぐ! 各隊! 反転して射撃を開始してください! あまり時間はありません!」

猛射撃が開始された。


 第3任務部隊では、ケンジ司令率いる1000人程度の部隊が、すでにもぬけの殻となった陣地に攻撃を仕掛けていた。

「しまった……夜襲作戦を気取られないように行動するあまり、出し抜かれたかっ!」

空振りに終わった攻撃によってバルト軍の部隊が移動している事を知り、この陣地自体に罠が無いか警戒する。さらに、他の任務部隊との合流にしても、陣地帯を取り囲むように分散した部隊をまとめる必要に迫られる。

「時間が……」

戦場での貴重なタイミングを失った事に気が付いたケンジは兵力の少ない第2任務部隊への合流を目指し、拠点へと移動し始めた。第2任務部隊は保守的な性格の裏をかかれ、この時、完全に遊兵と化していた。第1任務部隊は、一時的ながらも最悪のタイミングで後続の部隊を失った。


 第1任務部隊は混乱の最中にあった。しかし、その中でもソウ率いる親衛隊はほぼ無傷で各部隊の後退を援護している。彼らが盾となっているおかげで、損失は半分程度に抑えられている。夜間の射撃で的確な射撃に支障が出ているためだ。

「親衛隊以外は後退せよ!」

「殿下! 他部隊の後退が完了しました」

「よし、逆襲に移るぞ!」

「殿下、親衛隊でも残念ながら攻撃できるほどの余力は……味方の援護さえしなければ大丈夫でしたが……」

「撤退する。親衛隊は味方の居る地点まで後退し、合流する。陣地からのこのこ出てきたら包囲して叩きつぶしてくれる!」

第1任務部隊は8000人の内、3割程度を失って敗退した。撤退して拠点に戻り、休息を取った。


 追撃する弾薬の余裕はなく、補給のために後退した。バルト、アヴァリスの両国軍が、街に入る為の橋を挟んで睨み合う。

「このまま持久戦かな?」

この時期は気温が低下することから城下街に入れない状況では寒い。専門の斧部隊が居ないために、野戦築城に時間がかかる。その点古代ローマ軍の築城技術は尋常じゃない。何を言っているんだ? 俺? そんな中、事件は起きた。

「そんな……アルマさん……」

「また伸ばしますから」

アルマさんの腰まで伸ばしていた髪が、敵情偵察と補給に奔走している間に……切られていた。他の事には全く口出ししな……口出しするような事が無い。けれど、これは……。

「その代わりと言ってはなんですが、これを……」

手渡されたのは……マフラー? この色はまさか……!?

「まさか」

「私の髪で作り……ました。魔法をかけてあるので、あの、私の両親もこれをしていて伝統で……」

「とても嬉しいですよ!」

いつも通りの声にして、心配をかけないようにしたが、内心これ以上ないぐらいに落胆している。

「すぐ伸ばしますから」

「ははは……その髪型も似合っていますよ」

アメリカンショートヘアーっていうのかなアレは? ハハハハハ! 

「素晴らしいプレゼント貰ったんで! やる気出てきたんで! 仕事してきます!」

全速力で指揮所まで(できる限りの)ダッシュをし、途中で転びながらもなんとかたどり着いた。

「ソン! 寒いから戦略魔道部隊を呼んで橋の向こうをなぎ払え!」

「シュウ殿、また何かありましたな」

「ははは! インドラの矢を見せてやろうじゃないか!」

「軍曹! このアホを指揮所からつまみ出せ!」

……つまみ出された。

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