第15話 ~奥さんの暴走~
結局激務で俺が寝込むことになりました。現在はアルマさんの作るおかゆで生活しています。
「かゆ……うま……」
「貴様、それを言いたいだけだろ」
甘い生活かと思いきや、元の野菜生活に戻って体重が激減した。
「ばれたか。ところでなぁ」
机の上に広げた“正確に測量した地図”を前に仕事の話を始めようとしたが、
「お二人ともいい加減にしてください! シュウさんは病人です!」
いつもは綺麗に風にそよがれている髪を、今は逆立たせているアルマさんに怒られました。
「「すみませんっでしたー」」
「シュウさんのマッサージを行うので出て行って下さい!」
まるで親の仇でも見るような眼でエドを追い払うと、俺の上に馬乗りになるアルマさん。すんなりと出ていく薄情者。
「あのぅ、アルマさん。ところで、結局各地の非人間族との交渉は上手く行っているのでしょうか」
でも倒れている間も仕事をしておかないと。特に人間型ではない種族との交渉は難航していたはずだ。
「はいはい。上手く行っていますからっ」
あっさりと受け流してアルマさんが俺の体を揉み始める。
「あぁ。そこそこ」
「共生は時間がかかりそうですが、少なくとも敵対はしないと思います。ところで、気持ちいですかぁ」
ぐりぐりされた。
「気持ちいいですっぁそこはちょっと!」
アルマさんは俺の古傷の治療のためにマッサージを学んできたらしく、毎日マッサージをしてくれます。
「ぅっぎゃー!」
……その結果、一日に一回は確実に絶叫しています。
それはさておいて、アルマさんが自分の仕事で居ない隙をついて、エドと国境の防備について確認しなくては。
「で、クレイトス氏は神に喧嘩を売りに行ったと」
でかい穴だな。一方面軍の壊滅に匹敵するぞ。
「そういうことだ。抜けた穴はギリギリ訓練が終わった部隊で埋めたよ。北の防備が手薄になっているが」
「同盟国が有るし、政治的にも仕方ないだろ」
「なぁエド」
「わかった。出張して体重を戻してこい」
「おうともさぁ」
俺が秘密裏に出立したのを聞いたアルマさんに、エドがこってりと絞られた事は言うまでも無い。「仕事で仕方なく」「黙りなさい!」「ひぃ! アルマのキャラが違う!」肉じゃなくていい。アルコールも要らない。干物でいいからせめて魚が食べたい。
「懐かしの士官学校か」
着いたのは士官学校だ。あれから色々と規模を拡充して武器製造開発なども手掛けるようになっている。やはり若い方が新しいものになれるのが早いため、実験場にもなってしまった。今回は人材さがしよりもむしろそっちなのでエドではなく俺が来た。とりあえずは武器の開発部だ。開発主任に話を聞く。
「魔法銃の方はどうにか使い物になるものが量産できそうですよ」
アマゾンより技術供与を受けたことにより、魔法技術が飛躍的に向上している。それだけではなく、各民族の持つ技術情報が入り、新技術や新魔法の開発ラッシュが続いている。
「魔法自体に簡単に方向性を持たせることができましたので、理論的には有効射程が弩弓を超えます」
「槍はもう不要か」
「そうなります。しかし」
「剣の方が問題か」
「はい。なにぶんにも折れやすくて実用的ではないと士官学校から声が出てまして」
「だろうな」
いっそ日本刀でも開発させようか。資源と労働力
は十分にあるし
「この間ドワーフから仕入れた技術だが、金属の温度と冷却速度によって鉄の(中略)で、外が固くて中が柔らかい構造になる。これによって折れにくくて曲がりにくい(中略)表面硬化技術はさらなる発展に期待できて、表面に行くにつれて次第に表面がより固くなる。そのことでむしろ衝撃に強くて切断力と貫通力に優れた剣が(以下略)」
「なるほど。それなら(以下略)」
長々と討論した結果、得られた結論はレアメタルが欲しいということだった。鉄だけではやはり限界がある。合金なら使えるものが量産できるだろう。そのレアメタルを手に入れるのに苦労しそうだ。産地が国内の物だけに限定しなければ戦争は難しいし、各地の同業者組合が独占する技術も譲ってもらうなり奪うなりする必要がある。この人たちは、俺にもっと嫌われてほしいようです。上等! 承諾して内容をメモした後にアマゾン国外交使節との会見現場である場所へ馬車で向かう。事前協議だ。大体はこちらが強いが、技術提供や反対側の潜在敵国である、人間万歳をしている神聖アヴァリスの存在が交渉を10対0にできない理由となっている。アヴァリスとの国境に険しい山脈と海が無ければ、アマゾン国を属国にすることはできなかったはずだ。日和見外交が可能となっていたはずだから。
それにしても、国の傍にある島に、独立国家教皇庁が無ければアヴァリスと全面対決する理由にはならなかったはずだ。それでなくても少数民族のエルフやリザードに対して差別をするかしないかで反発あっている。現在この辺りの国で強い力を持つのは6ヵ国ある。国力の順に、南東の超大国神聖アヴァリス帝国、はるか東にある砂漠と湖の国バビロニウス国、我がバルト帝国、バルトの東に隣接するネミス帝国、バビロニウス国とネミスの間にある山岳国家バードック共和国だ。超大国アヴァリスは人間を最高の生物とする一神教による民族浄化政策をとっている。アヴァリスは人間の数による力と広く豊かな国土で圧倒的な力を誇っている。今戦ったら間違いなく負ける。バビロニウスはアヴァリス程ではないものの、豊かな人口と広い国土、多様な民族と使役動物を持っている。俺が法律を参考にさせてもらっている国家だ。ただ、宗教による男尊女卑があるため、多民族多宗教の我が国にはそのまま適用はできない。ネミスは我が国と敵対中立の関係にある。国内北に湖が有ること以外特徴は無い。そして、今回属国にしようと交渉する相手のアマゾンは女尊男卑の文化を持ち、水生の人間が多く住む河川海洋国家だ。河川に住む人間と海に住む人間の間で競争意識がある。今回の交渉にはあまり関係しないといいが、種族の異なる2人が居たら問題無いが、1人だと交渉内容が反映されない危険が増大する。内政に精いっぱいで余力が無い現状では、国内のごたごたに巻き込まれるのはごめんだ。それが無ければ違約を咎め……。
「着いたか」
「はい。こちらです」
アマゾンの使者は先に部屋でくつろいでいた。出した紅茶が冷めていない事を確認する。丁度いいタイミングだったようだ。こちらの立場が上だと言える程度に遅く、礼を失しない程度に早く。幸いな事に2人居たが、片方が若い女性である事が気がかりだ。実権のない人間をよこされても困る。とにかくもヒトだ、交渉だけは滞りなくできそうだ。そう思っていた。
「お待たせしたようで申し訳ない」
「いえ、それほどではありませんので」
『知らない女性は待たせないもの』という考え方のためか、申し訳ない気持ちでいっぱいです。が、これが政治ですから。
「はじめまして、シュウ・トレヴィルです」
「こちらこそ、私はエカテリーナです」
……女王キタコレ。
「私は王女のアンナと申します」と自己紹介した娘さんを部下に預けて外に出し、しばらくして内容を固める事が出来た。なんとか支配下の保護国とする事ができた。女王が交渉するとは、噂通りの有能さだった。それに女王自身が来るということはつまり、“属国になります”ということだ。そして、娘を連れている事の意味は、つまり
「我が娘を」
人質にすると。遮るのは非礼だが、遮らないと交渉決裂する。人質を取る気は無い。
「今回の交渉はこの辺りにしておきましょう。見ての通り杖が必要な体ですので、細かい事に関しては部下たちにやらせましょう」
嘘8割、本音2割です。しかし女傑はさらなる厄介事を持ち込んできた。女王陛下は勘違いだというように笑う。
「いえ、娘は宰相閣下を是非とも婿に欲しいと申しまして」
はい?
「結婚しているのは存じておりますが、是非とも娘を正妻にと思いまして」
今何と?
「なんでしたら娘を差し上げても結構でございます。娘は三女ですので、王位に関しては問題ありませんわ」
俺には愛する妻がいますので断らなければならんとですけれども。
「なんでしたら、国王になっていただいても結構ですわ」
ともかく断らなければいかん。どげんかせんといかん!
「そちらとしても人質と、私の個人的な信用が得られて得だと思いますが」
しまった。一夫一婦制をさっさと決めておくべきだった。一夫多妻制にせざるを得ない民族に合わせない方が……。ブツブツ
「断るとどうなるのでしょうか?」
「全て破談の上で我が海軍が敵に回りますわ」
アマゾンの海軍が!? 結婚ひとつでそこまでするか!?
「あの子は最愛の夫が残した最高の娘で、王位を継がせようと思っていたのだけれど、丁度いい機会ですわ。良い夫も見つかったし、その男は世界制覇できるほどの男ですし。あたくし、神殺しの武勇伝も聞いていますのよ。強く美しいあの娘と似合いですわ。」
確かになめらかで短い黒髪に合う小麦色の肌と猫の様なフォレストグリーンの眼は確かに綺麗ですし、高い背と合う女性を主張する体も魅力的ですが、やっぱりアルマさんの方が良いと思います。『大器は飾るに良く、小器は味わうに良し』なんて言葉に関係なく、彼女の方が好きだし、相性もいい……と思っている。それにしても、俺はどこまで結婚に関してトラブルが起こるのか。嘆きも脇に置いておこう。
「つ、妻と相談いたします」
「そうだな。それが良い」
そして保留になった。条約の締結のために王都へ戻った。アルマさん以外は全く興味が無かったが、戻るまでほとんど寝られなかった。戻って皇帝よりも先にアルマさんを探したが、北の民族への出張で居なかった。エドに話したら「結婚したらどうだ?」と笑いながら言われただけだった。隣に居た魔女に焦がされていた。執務室でも仕事が手に付かず、面会謝絶にした上で、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようしていたら、扉が吹っ飛んだ。
「うおっ!」
「シュウさんはここですか!」
魔法でも物理的にも鍵をかけた扉がとんでもない音を立てて吹き飛んだ。開いた穴から緑色した服と風になびくクリムイエローが俺に突っ込んできた。
「見つけたぁああ!」
抱きしめられるのは良いけれど、
「いてててて……」
体が本調子ではないために痛いのだ。
「シュウさん!」
椅子に押し付けられる。ちょ、アルマさんが暴走してる! 顔近い! 眼の色が違う! 藍色から紫色に異なっている!
「へ!?」
もう聞いたの!? しばらくしてアルマさんが落ち着いた。肩を抱いて小さな別室に移り、隣り合って座っている。
「落ち着きましたか?」
「すみません。少し興奮してしまって……今夜……いかがですか?」
内またをこすりつけながら潤んだ瞳で見上げてくる。これでその気にならない男は居ないと思うが、仕事があるし、その前に言わなければならない事がある。
「アルマさん、話さなければならない事が有ります」
「聞きたくありません!」
驚くほどの声を出しされ、ひるんでしまった。
「アルマさ……」
「もう寝ます」
小さくつぶやいてよろよろと立ちあがり、アルマさんは執務室の隣にある寝室へ向かった。すぐに寝る気にならず、日が暮れるまで溜まった報告書類に目を通した。そして、一緒に食事でもして、話を聞いてもらおうと思い、久々に寝室へと向かった。
「……ぅぅ」
アルマさんはベッドの上でうなされていた。ベッドに腰掛けて肩を揺らすと、アルマさんが飛び起きた。
夢の中で目の前でシュウさんが知らない女と手をつないで歩いています。その女は妊娠していて、こう言いました。「あなた、もうすぐ生まれますわ。女の子の方が良いですか」シュウさんはそれにこたえてこう言いました。「僕たちの子供だからどっちでもいいよ」あの女がシュウさんの子供を!? 許せない。彼の子をあんな女が産むのは嫌だ。こんな未来認めない。私が産むの。私が。シュウはこちらを一瞥しただけで女の体を支え、2人で笑い合いながら遠くへと歩いて行きました。夢だと解っています。けれど解っているということは、これは予知夢だ。エルフなら結婚すると誰でも見るものですが、こんな未来は見たくありませんでした。と、肩を揺さぶられてシュウに現実に戻されました。
「大丈夫ですか? アルマさん」
彼女は酷い汗をかいて荒い呼吸をしていた。
「なんであの女と結婚したんですか」
「え?」
目が動揺した。彼女にだけは嘘がつけない。それを察したのか、彼女の目が鋭くなった。やはりもう聞いていたのか。でも、『た?』
「奥さんはアルマさんですよ」
「いやです。なんで、どうして、私じゃ!」
彼女は話を聞いていない。アルマさんの指が首に絡まり、
「アルマさん?」
首を絞められた。喉が蛙の様な音を出す。彼女の眼は、正気を失っている。まぁ、俺が死ねば、アマゾンが敵に回る事も無くなり、彼女の夫で居られるから良いと思った。ただ、気が遠くなった頃にアルマさんが正気を取り戻した。
「ごめんなさいごめんなさい……」
俺から弾かれたように離れ、床に頭をこすりつけて必死に謝り始める彼女に、『また心配かけたんだなぁ』と思い彼女をなだめて寝かしつけた。いつものごとくソファーで寝よう。まだ夜の様だ。喉が痛んだが、なんとかアルマさんに事情を説明して、断固として断る旨を告げた。翌日、俺は宰相の座を降りて軍務省参謀の座に移り、各相の座を各次官に任せることをエドに話した。今回の交渉の責任を取る形で。給料も元々有って無きがごとくだったし、この仕事とアルマさんを比べれば仕事を取らざるを得ないが、地位なんぞに興味は無いのでさっさと捨てることにした。大体は軌道に乗っているし、まぁ良いだろう。後の仕事をエドに丸投げしても問題無いぐらいにはなったはずだ。そろそろ「それは宰相に任せる」症候群を直してもらおう。そう話したら、エドは「俺から離れないなら……好きにしろ」とだけ言って調印式に向かった。
説得はあいつの得意分野だ。……分野だが、今回の相手は身分も何も無視したつわものだった。俺の公的な侍女として王女を送り込んできた。「お久しぶりですシュウ様」確かに向こうの女性は独立していて王族でも自分で着替えるそうですが!? 王女を侍女にして大丈夫か? という心配は全然大丈夫だった。むしろ有能なくらいだ。結局この一件で俺はアルマさんと一緒に居る時間ができた。アルマさんも外相の座を降りて、俺の公設秘書をしている。事実上の首であるために退職金は出なかったが、エドが「結婚祝いを渡していなかった気がする」とかなんとか言って、ぼろい家らしきものをくれた。「安心しろ。俺の資産からで、国費じゃない」が、幽霊でも出そうだ。出てもエルフの奥さんがいるのですぐに消されそうだが。
元々古い外交官接待用の屋敷だったそうだが、取り壊すのも新しくするのも金がかかるので、押しつける形で渡された。しばらくの休暇を利用して、自分達の手で直すことにした。街のあちらこちらから、アルマさんの知り合いが手助けに来てくれた。俺は男どもに睨まれた。この修繕は王女を追い返すのに使えると思ったが、彼女は女傑の血をひいていた。机運びから俺達2人が食べられる料理までこなして見せた。見事だ。しかし、針の筵となったのは言うまでも無い。俺ははっきりとアルマさん以外に興味が無いと言っているが、フィアに手を出し(かけ?)た前科があるために信用が無い。とにかく夫婦の時間が結婚して初めて、4ヶ月目にやっと取れた。ベッドで眠るのも久しぶりだ。ゆっくりしてやろうじゃないか。
できなかった。家の掃除が終わって、直後にエドに呼び出された。南東の国境、つまり旧アドリア~アマゾンとアヴァリスとの間のレミミュエル山脈……(舌噛んだ)……を超えてアヴァリス帝国の部隊が威圧をかけてきた。数は不明。向こうにもできる奴がいるということだ。こちらも準備不足で、だからこそ出てきたのだろうが、いやらしい奴らめ。すぐに国境線の砦は破られた。
「数は7000以上かな?」
「一万だ。とても威力偵察には思えんし、叩きつぶすべきだよな?」
暗に、『出てもいいですよな? な? な?』と聞いてきている。それにしてもあの山地を一万で越えたか。元は5~6万はいたな。
「どうせあの辺りは何もない。くれてやって、向こうに優位だと思わせておこう。調子に乗って平野まで出てきたらこっちの物だ」
優勢な河川部隊と海軍によって敵後方に部隊を送り込み、補給線・連絡線を絶ち、戦略的に包囲して降伏させる作戦計画を準備していたはずだ。敵が来てから作戦を立てる程の馬鹿はこの国の“軍人”にはいないはずだ。せっかく大衆軍を制度化して、参謀本部を成立させたんだからそれくらいは……。
「やつらは捕虜にならなかった」
出てきたのか。それはそうか。あの山川越えての補給は数百が限界だ。海上をこちらが抑えている限り、現地調達は必須だろう。
「俺の出張中にお前は……事後承諾は止めろ」
「すまん」
「いや、俺の方こそすまなかった。とにかく、こちらの被害は?」
「陸上558人、海上と河川合わせて11艘83人の死傷者が出た」
「軽微だな。……状況を考えると……上出来だ」
「そうでもない。捕虜は全員最後まで戦ったよ。『神に選ばれた人間は死んで神の国に行く』とかなんとか」
「そうだな。できれば、生きて文句のひとつでも言って欲しかった。何処まで要望に応えられるか分からないが、彼らの苦情に対処する方がどれ程――」
今更何を言っても仕方が無い。ため息を吐く。
「食事も取らず、良くやったよ。あいつらは」
「そうか」
戦うまでも無く勝利が確定している状況を作り出し、死者0で勝利する。それこそが完勝であると、エドも俺も考えている。戦った瞬間から勝利の意味は半分失われていく。剣を交えずして全ての戦いに勝ち、兵も資源も無傷に保つ。理想が実現できる日は――しばし沈黙を保つ。エドが話し始めた。
「ところでな、アルマから相談を受けたんだ」
「は? 何をだ?」
「貴様、アルマと寝てないそうだな」
「ああ。忙しくてな」
エドが降ろしたカップが音を立てた。
「まさか4ヶ月間1回もか」
「……その、痛そうにしてたし。血も出てきたから」
「まてまてマテちょっと待て、まさか1回しかしてないのか? 今まで全部でか?」
「ああ。何か問題――」
「問題だらけだ。ヒトの男はもっと頑張らないとダメだろ。そりゃ――」
エドは絶句してから首を振って言葉をつなげた。
「アルマに『ヒトは若いうちは毎日でも求めるから頑張れ』なんて言ったからか」
「そうか。つまり悪いのは」
「貴様だぞ。せめてベッドぐらいは一緒にしろ。なんでアルマの眠るベッドじゃなく、隣の部屋のソファーでわざわざ寝るんだ?」
キレているエドを久しぶりに見た。
「起こしたら悪いかなって思ったんだ」
「体の相性でも悪いのか?」
なんのこっちゃ?
「つまり?」
「アルマと寝るのが嫌なのかと聞いている」
「そんな訳無いだろう。ただ――ええと――すまん。家族が何なのか、俺には解らないんだ。つまり、一緒に寝た方が良いんだな」
「…………アルマに生活指導してもらえ」
「そうするよ」
「ったく。そりゃこいつ相手でも浮気を疑うか」
「は? なんか言ったか」
「何でもない」
「そうか。……とにかく、ネミス、バードック、バビロニウスとの同盟を急いだ方が良さそうだ。同盟の交渉状況と国防体制の見直しを――」
「いや。だめだ。今すぐ帰ってやってこい。明後日の昼まで出てくるな! 来たらアレだ!」
「ひっ、アレは勘弁してくれ!」
……アレってなんだ? 我に帰る俺。
「ちょっと待て、それじゃぁせめて家に寄こした王女を将軍にしてくれ。アレは感情以外の何物でも無いだろう」
「まぁ……そうだが」
止めろ。憐れむような目をしながら華麗に足を組みなおすな。この超イケ面め。ドM女子のハートを鷲掴みか!
「海軍や河川部隊の指揮は、こっちの国の将軍だと未熟なものが有るし、向こうの地形や風俗、気象条件は彼女の方が詳しいだろう。何より彼女は信頼のおける将だと思う。実戦を見ないと確かな事は言えないけれど――」
そこまで言ったところで、心底あきれ顔をしている皇帝陛下が返事をした。
「少しでいいから妻の事も考えられんのか」
……。
「誰のせいだ」
「……今日中に士官学校へ送り込もう。もちろん、貴様の発案と言うことでな」
(……また女を泣かせるわけだ)
「彼女を送り込めれば、一先ずは大丈夫だろう。ところで、心の声が聞こえた様な?」
「幻聴だ。早く帰れ」
「畏まりました。エドワード陛下」
皇帝を、苦虫を噛み潰した表情に変えることに成功した。