第10話 ~外交の前に~
内政と外交が今後のカギを握ることになるはずです。豪族さん、地主さん、もはや国に近い影響力をもつ宗教さんとの軋轢などが内政。各国が連合したり戦争したり戦争させたりするのが外交。理屈と感情をどう制御していくか、彼の手腕に期待したいところです。……作者はもう限界なので。もう勝手に暴れさせます。プロットってなんですか。おいしいものですか。
「お、おう。生き返ったか」
エドの顔が目の前にある。頭も痛いし、胸も痛い。何があったのか思い出せない。
「何があったんだ」
「やっぱり忘れてるか。ただの飲み過ぎだ」
んなわけないだろ。
「飲み過ぎで胸に傷ができるかボケ。で、何があったか教えてくれ。教えてくれたら良いものをやろう」
「だが断る」
おい、どういうことだ。
「なんでだ」
「思い出さない方が幸せだってことだ」
まってくれ。本当に何があったんだ。
「言おうか? 黙って死んでた方がマシだと思うことになるだろうが――」
ゴクリ。
「言ってくれ」
「…………俺が駆け付けた時には、胸から血を流した貴様が半裸の魔女の上に覆いかぶさっていた所だ。刃物は魔女が持っていた」
一瞬、俺の時間が止まる。
「あいつが無言になるなんて、明らかにやっちゃったとしか考えられん」
め、目眩がする。涙も出る。
「どんな風に謝れば良いのでしょうか」
俺、刺されたんですね。そうなんですね。うえぇぇぇい。
「……どうしようもない」
「殺されてきます」
「おい、これに着替えてから行け」
差し出されたのは暗黒色の死装束だった。
「別に左前とか考えなくてもいいんだな」
そういえば西洋という設定だった。
「おい、頭まで壊れたか。知恵のないシュウは唯のシュウだぞ」
「やかましいわ。俺がいつ死んでも良い様に、ある程度今後の指示は常に出してある。エドはしばらく署名だけしていればいい。しばらくは海軍力を高め、大衆軍の設立と経済活性化のための道路網と治安、衛生環境の整備に力を注ぐだけだ」
「隣国の反応はどうなる」
「海を挟んだ北の島国、ティルグラフト連邦には交易の優先権を与えて黙らせてあるから手は出してこないはずだ。それと、河向こうのネミス帝国はネミスの南にある神聖アヴァリス帝国の相手で必死だ。しばらくは内政に専念してくれ」
「問題は?」
「ネミスが負けすぎないように援助することと、アドリア南のアマゾン国からアドリア占領地への略奪だ。あそこは水資源が豊富なのに、治安が悪くて食糧生産が少ないから。その辺りで国防の真価が問われると思う。行ってみて原因を探ってくる。最悪なのは内政の失敗によるアドリアの反乱だが、まぁ税も下がるし、交易の安定に伴う収入で社会資本も充実するから、そこまでひどい事にはならないだろう」
「反乱の抑止が俺の腕の見せ所か」
「そんな所だ。いつもの統率力と人望とを発揮してくれればいい。最悪、叩きつぶしてくれて構わん」
「わかった。安心して逝ってこい」
おい、字が違うのが言葉で解ったぞ。
「俺に死ねと……」
「いやなら変態レイプ魔の性犯罪者として今後永久に生き恥をさらせばいい。さぁ、安心して半殺しにされてこい」
死んだ方がマシだが、身から出た錆だ。存分に殺されてこよう。
「逝ってきます」
アルマさんが気になるが、聞ける雰囲気じゃないし聞く気にもならなかった。
死装束に着替えた。彼女の居る執務室までよろよろと歩いた。途中の人たちの視線が集まるのを感じる。
「うぅ、そんな目で見ないでくれ」
コンコンと音を立ててフィアさんの居る一室をノックする。王都内の執務室で、いつもは人が溢れて騒がしいはずのこの部屋がシンとしている。
「どうぞ」
かなりくたびれた声だ。やはりショックなのだろう。今からでも遅くないから社会的に死のうか。いやいや、殺されるのが先だ。
「失礼します」
執務机にフィアさんが居ました。目の下にクマがあり、顔がむくんでいる。土下座だ。とにかく土下座だ。切腹はその後だ。
「大変に失礼な事をしてしまい、申し訳ございませんでした」
無言のままだが、上から強烈な視線を感じる。が、やはり無言であることに変わりはない。
「切腹してお詫びします」
通じようが通じ無かろうが仕方がない。剣を抜いて――
「だめぇえええええ!」
フィアさんに抱きつかれました。
「痛っ」
そして離れられました。ちょっと残念です。
「ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて」
「いいえ。嫌われることをしたのは俺ですから」
昨日の今日だから傷口から血が出ーてきたよー。意識が薄れるよー。
「嫌じゃ……なかったんだよ」
離れたり抱きついたりと忙しい人だ。で、今何をおっしゃいましたか。
「ふぇ、すみません、もう一回お願いします」
「ぁあ!」
蹴られて踏まれた。睨まれてる。めっちゃ睨まれてる。とんでもなく睨まれてる。大事なことではないですが殺気が半端ないので3回言いました。言って無いか。むしろ逝きそうだ。パニック状態なのはとりあえず自覚した。
「こいつは……もう殺してもいいよね」
「ひぃ」
鬼の方がまだましな表情に変わる。女って怖い。目が燃えているみたいだ。
「何が“ひぃ”よ。乙女を散々弄んどいてこいつは……大事な時だけとぼけて……きぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「ギャー!」
肩をがっしり掴まれて前後に振られる。血が止まらな――
「やめて下さい。出血しています」
アルマさんに助けられました。あなたは私の女神様で――すが襟を鷲掴みにしないで下さい。痛いので。
「さぁ、シュウ、彼女に何をしたのか説明していただきましょうか」
掴まれた襟にリンゴを握りつぶせそうな力がこもり、呼吸が苦しくなる。目もいつもの優しさがどこかへ引っ越して代わりに憤怒が陣取っている。
「そうね。なんでなのか、詳しく説明してくれるかしら」
燃えるような赤い髪も実際に燃え始めました。どっちも、こ、怖い。
「あの、仕事があるので失礼します」
俺はとりあえず後ずさった。開いた傷口が節操も無く開きっぱなしなので。
「「逃げるな!」」
しかしシュウは逃げるのに失敗した。次第に目の前が真っ暗になっていく。あ、俺を捨てた親の姿が見え……ここは我慢だ。耐えるんだ。
「説明したいんですが、全く覚えていないんですごめんなさいぃ」
「「は?」」
共鳴した二人の声が僕をなぶる。もう終わった。「エドよ、後は頼んだ」しかし、フィアさんの声が説明を始めた。
「アンタ、私の胸の中で自殺しかけたのよ。自分のことなのに覚えてないの!」
え。むしろアルマさんが顔色を変えた。
「私のせいですか。“あの”事でしたら、私達してませんから。私が勝手に忍びこんだだけで、別にやましい事は何もしていませんから。ごめんなさい。ごめんなさぃぃ」
いや、泣かれる前に、状況を整理しようか。フィアさんは俺が自殺しかけたことに怒っていて、アルマさんは俺と全裸でベッドインしていたのは自分がしたことで別に男女の関係にはなっていないわけだな。よし。俺はまだどうて……い……ショボン。
「あの、俺がフィアさんを襲いかけたっていうのは」
「気にしてない! それより! 以降勝手に死ぬことを禁止するから!」
むちゃくちゃだ。
「それは難し――」
「解ったら返事!」
「はい」
やっとのことで解放された俺は傷口が開いたままエドの所に向かった。
「おう、血の匂いがするぞ。止血してやろうか」
「頼む」
上を脱ぐ。さすがに、エドはこういうことも上手い。手先が器用なのはモテる。いや、こいつだからか。
「これでよし。さぁ、元気にアマゾンに行ってこい。」
「聞かないのか」
「顔を見れば大体は分かる。それより、怪我した貴様を見て死にそうな顔をしている顔を見ている方がつらい。アマゾンには良い温泉が多いそうだから、ゆっくりと入ってこい。」
「じゃぁ、そうさせてもらうよ。旅費は国費で頼む」
「土産……期待しているぞ」
「「いいだろう」」
ゆらゆら揺られながらパンをかじった。アドリアの首都である港町コペンハーゲンに向かっている。戦争中でも商人は元気だ。波に揺られながら
「由良の人渡る舟人かぢを絶え」
船員に不審な顔をされる、自由気ままな一人旅です。
「何言ってんだ、おい。兄ちゃん大丈夫かい?」
「はい。大丈夫です」
「なら良いんだがよ。気分悪くなってんなら早めに言いな。甲板で吐かれちゃかなわん」
気持ちいい潮風に混ぜて香が漂ってきそうだ。なんてことを言うんだ。せっかく浸ってたのが台無しじゃないか。
「とにかく、宿題を先にこなせという暗示か、嫌がらせか」
港に着くと、俺より少し上くらいの灰色の人に声をかけられた。年齢や背丈や顔――いや。なんでもない。なんでこの話には美女と美男子と男前しかいないのかな。あれか、俺への当てつけ――
「君は旅人かな?」
俺の思考を中断していいのは女だけだ。
「ええ」
ところでこの人は女?
「そうですが、どちら様ですか」
落ち着いた雰囲気と知的な目、ショートの髪、南方人らしく日に焼けた茶肌が光る。あちこちから肌が見える服は、現地の人だと語ってくる。問題は、男か女か解らない点だ。どっちにしろ美人だが。他にもちょっと気になる点はあるが、とりあえずは放っておく。せめて声から判断――
「私はユウと申します。実は、この国の案内を家業にしております。よろしければ案内をいたしましょうか」
できない。中間か。中間なのか。明らかにヒトだが、どっちだ。どちらでもないとか言われたら逃げよう。とにかく地理に不案内なのでそっちが先だろう。外交よりも先にここの事情を知っておきたい。
「よろしくお願いします」
こいつはいったい何者だ。さっぱり解らない。
「行き先はお決まりですか」
「とりあえず食事をしたいのですが」
少し後ろが心配だ。
「いいですよ。とっておきの所を教えますよ」
悪意はなさそうだからよしとした。
飲食街は意外と小奇麗で、食事も様々な種類が選べた。
「おじさん久しぶりー」
この返答は、ユウさ……くん……の性別を知るチャンスだ!
「おう、久しぶりだな。厨房を使うかい」
それにしても、町を行く人たちの表情を見る限り、戦争の大敗など気にも留めていないような明るさだった。
「ありがたく使わせてもらうよ」
つ、作るんだ。作っちゃうんだ。
「おい、青年。ユウさ――ユウが作る飯は絶品だぞ。俺の愛弟子だからな」
「期待してますよ」
「期待しててください」
与えた損失は少ないのだろうか。それとも他に理由が?
「活気のある街ですね」
素直に言葉を口にするなんて、何年振りだろう。こんなに落ち着く店はなかなか見つからないだろう。
「ええ。そうなんです。良い所でしょう。出来上がりです」
パンとカレーて、いっしょくたにしたらカレーパンか。パンの食感はナンに近い。
「とってもおいしいです。初めてこんなにおいしいものを食べました」
「だろう。俺の自慢の弟子だからな!」
“弟子?”を褒められて嬉しいのか、店主の豪快な笑いが店を埋め尽くす。それが収まると、子供たちが店に入ってきた。いや、逆の方が正しいだろう。みんなボロボロの服を着ている。
「そう言えば、最近戦争があったと聞きました」
ユウく……さんの顔を憂いに沈めてしまったようだ。
「そうです。多くの人が亡くなったと聞きました。残念なことです」
「本当に。残念なことです」
黙とうのような時間が過ぎた。その間、子供たちも静かだった。
「宿を探しているんだが」
「でしたらぜひ! 家に泊っていって下さい!」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
ユウさんの家に向かう途中、少し考える時間ができた。今回の至上命題として、アドリアを降伏させなければならない。軍はほとんど相手にならないだろう。あれ程に大敗した国には、傭兵部隊はもはや力を貸さない。自分が死ぬ可能性の大きい戦闘には首を突っ込まないだろう。後はアドリア軍だが、遠征した彼らの主力である重装歩兵隊は全滅し、その他もほとんどが捕虜となっている。自国の軍を増やす必要があるが、そもそもアドリアは兵士になりうる市民が極端に少ない。さらに、海は相変わらずアドリアが優勢だが、与えた損害とこちらの生産力を考えるとそれほど長くは続かない。3か月程度で降伏を余儀なくされるだろう。せめて降伏してほしい。形式などどうでもいいから、もう一戦交える事態だけは避けたい。そのために単独で来た。
「ここです」
ついた場所は、城だ宮殿だ階段上に見える下着は白だ。……どっちか解らなくても自重。そして、
「やはり、アドリア王の使いでしたか」
「やはり、見抜かれていましたか」
二人とも顔をゆがめた。
「ついてきてください。こちらです」
中に入ると石造りの広間に出た。中央で方形の噴水が乾いた熱に涼を与えている。緩やかな階段を登っていくつか廊下を抜けた先の一室に通された。大体の状況は整っているので、後は納得させられるかどうかにかかっている。さぁ、よく切れるこの5枚舌の舌鋒を感じるがいい。って、ちょっと表現が気持ち悪くないか。
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