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心中台本ー改ざんされたシナリオー  作者: 麻木香豆


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第九話 事件について

 辻村は野々宮の指導のもと、仮のデスクで必要な書類を記入していた。もうこれに加入したからには後を引き返すことはできない、辻村は特に後悔することは無い。自分のような身分の人間が教師になれるのは貴重な経験であるからだ。

 それが今後の本業につながるのであれば本望……あわよくば教育関連でコネクションも広がる、ポジティブな気持ちである。


 しばらく無言の時間が続いたあと、辻村がペンを止めてふと口を開いた。


「……野々宮先生。教師歴、もう結構長いんだろ。私立だし、ずっとこの学校?」


 軽い調子だったが、返ってきた言葉は思ったよりもあっさりとしていた。


「……ああ。母校でもあるし、新卒からずっとここにいるよ」


 辻村はそういえば、と白常盤学園高校といえばと名前で思い出した。野々宮の母校だった。


「……俺は大学出て大学院は一年でばっくれて、そっから東京の興信所に数年……独立して名古屋を中心に探偵業務やってた」


 野々宮は横目でちらりと辻村を見た。


「……うん、そのことは風の噂で聞いてた。探偵……とは聞いたがそれとはそぐわない場所で目撃されているとかないとか」


 それだけ言って、また視線を戻す。筆の音だけが静かに響く。


「まじか、耳に入ってたか。まぁ確かに探偵は探偵でも……そのー、まぁ誰かの役には立ってはいるけどな。でもやっぱさ、誰かに雇われてるって、いいかもな」


「まあな」


 あっさりした返事に、しつこく辻村は続けた。


「自営で探偵やっててさー、自由って聞こえはいいけど、実際は不安定だし。全部一人で背負わなきゃいけないしな。税金の計算とか。税理士に丸投げできるようになったのはここ数年だ」


 野々宮は聞いてるかどうかわからないようだったがそれよりも早く書類を最後まで書けという圧は感じられた。しかしそれを押し切るような形で辻村はニコッと笑った。


「だからさ、やっぱ――互いのことを奥の奥まで全部わかってる元相棒がいると、ここでの仕事がやりやすいっつーか、安心感あるっていうか、なあ――」


 ぎゅうッ。


「いってえぇっ!!」


 不意に、野々宮が辻村の右手を思いっきりつねった。その声は職員室に響き野々宮は静かに! と言った。


 その顔は真っ赤で、目を剥いて怒っている。


「余計なことを言うと校内から追い出すぞお前」


「わかったわかった! やめろって、他の先生たちも見てるから! 落ち着いて!」


 声を潜めながらジタバタと抵抗する辻村に、近くの高橋がちらっと視線を寄こす。しかし彼は特に気にする様子もなく仕事に戻った。野々宮は腕を組んでため息をついた。




 ようやく書類を書き終え、辻村は軽く肩を回した。

 野々宮は受け取ったそれを無言で確認し、頷いた。本当に確認したかわからない速度で目を通したようだ。


「……よし、合格。昔よりマシな字になったな」


「わかってるだろ? 真面目にやればできる子なんだ、俺は」


 そう冗談めかして笑ってみせたが、野々宮の顔には笑みは浮かばない。

 ふと、辻村は机から目を上げて、ぽつりと呟いた。


「ねぇ、聞きたいことはなんでも返してくれる?」

「場合によりけりだが」


 そう言うが……


「ここで起きた、心中事件。どこまで本当なんだ?」


 辻村のストレートすぎる質問に野々宮の手が止まる。書類から目を上げずに、静かに問う。


「いきなりすぎるな。もしかしてお前も……興味本位でそのことを……」


「違う。偶然だ。それに呼ばれたのはこっちだ。でもその事件が気になるのは事実……あれだけニュースになって、今でもまだ週刊誌が記事にしてる。教師と生徒の心中なんてセンセーショナルだ。しかも、学園祭の朝……気にならない人間はいないだろ」


 辻村は腕を組み、天井を見上げる。


「結局、心中ってことで片付けられた。それで終わった」


 しばしの沈黙を経て、野々宮が口を開く。


「正直……俺も思ってる。心中? “違うんじゃないか”って」


「……たとえば?」


 辻村が視線を戻すと、野々宮はゆっくりと語りはじめた。


「まず、生徒の遺書はなかった。あったのは、友里恵先生のノートの破かれたページ。でも、それも今は残ってない。正式な遺書とは言えない」


 週刊誌にも同様なことは書いてあった。


「彼女は君と同じ臨時教員で、企業の事務員、OLをやっていた。俺の部下だった。夏休み明けから様子はおかしかったが、何を聞いても問題ないとだけ……」


「生徒は?」


「一ノ瀬龍弥くん。成績も行動も特に問題なし。おとなしく寡黙な子だ。人間関係にトラブルなし。だからこそ、なおさら納得できない。少しおとなしくて人に反抗できないやさしさがあってな。それはともあれ……心中するようなたまではない」


 野々宮は立ち上がり、窓辺に視線を向けた。


 外では部活動の声が風に乗って微かに届いている。グラウンドの夕日がゆっくりと傾き始めていた。


「……案内するよ。校内、ひと通り。ついて来い」


 






 廊下に出ると、薄暗い蛍光灯が静かに点滅していた。どこか老朽化の進んだ校舎の匂い。


「心中姫って演目、毎年やってるらしいな」


「全校生徒が観るようになったのは十年前から。それ以前は教室単位だった。……最初に演じられたのは二十年前。僕が在学中は教室で観た覚えがある。たしか演劇部員が中心になってやっていた」


「それがいつのまにかジンクスと結びついた、と」


「姫と王子を演じた二人は結ばれる――そう言われはじめてから、演目自体が学園祭の目玉になった」


「ジンクスなんかに、縋りたくなるほどだったのかね」


「どうだろうな。でも……演出は毎年変わる。原作通りやる年もあれば、ミュージカル風、新喜劇風。コロナ禍の年はリモート朗読劇だった」


「リモート?! 律儀すぎるだろ……その年もやったのかよ」


 辻村がそう言うと野々宮は足を止めて言った。


「最後は姫と王子の2人の心中で終わる――それだけは、絶対に変えない。来世は二人、一緒に幸せでいましょう……と」


 野々宮はまるで朗読してるかのようであった。何度か見てきたからであろう。


「『心中姫』のラストのセリフだ。……でも、今回の事件は……生徒も家族も、残された人たちは、そうは思ってない」


 辻村は、「心中」という言葉にわずかな罪悪感がある。


 だが、今はそれを胸の内にしまい込む。


 この学校には、まだ終わっていない何かがある。

 そして――野々宮もまた、その中に取り残されている、辻村はそう読み取った。


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