第七話 辻村side B
職員室の前には、校長と教頭らしき中年の男性二人が待ち構えていた。
辻村は形式的に挨拶を交わし、そのまま職員室内へ。応接スペースの一角、年季の入ったソファに腰を下ろす。
「ほぉ、探偵さん?!」
校長は辻村の経歴を見て目を丸くする。
「は、はい……と言ってもお二方が想像するようなシャーロックホームズとか明智小五郎とかのような名探偵のようなのとは違いますが」
とそれはしっかりと伝えるが内容はブラックすぎてそこは濁しておく辻村。
それを聞いていたかどうかはさておき、二人は履歴書に目を落としながら、定型的な質問を投げかけてくる。
辻村は穏やかに答えながら、ふと一息ついて口を開いた。
「……ただ、教員免許を持ってるだけでして。教職の経験は、ほとんどありません」
それは正直に言った。
大学時代、就職の選択肢を広げるためになんとなく取得したものだった。そのため本気で教師になるつもりはなかった。
「今、本当に教師が足りないんです。ここだけではありません、全国的に。そして我が校は特に」
と校長が苦笑交じりに言った。
(だろうな、教員経験のない俺でも面接通してくれたからな)
そんなことを思いながら笑顔で頷く辻村。お茶も出てこないところから分かることである。
「電話でもお伝えしましたが、産休・育休の取得が増えていて……最近では男性教員も育休を取得しています。もちろん、それは歓迎すべきことですし、辻村さん……は独身ですね、いやもし結婚してすぐ子供となって育休取られても何も言いませんが……」
制度そのものを非難するような語調ではなかった。
むしろ回らない現場を、それでもどうにか支えなければならないという重圧が、言葉の端々ににじんでいた。
そのとき、静かにドアが開きワゴンを押した中年女性が入ってきた。
受付で見かけた、あの女性だった。
「飲み物お出しするの遅くなってすいませんね……」
コーヒーポットとカップを静かに並べると、理事長室のゴミ箱を手際よく回収していく。
「彼女は田所節子さん。住み込みの用務員でして、かなりのベテランです」
節子は微笑を浮かべ、辻村に軽く頭を下げてから、無言で部屋を後にした。
「ご夫婦で住み込みなんです。掃除も事務も、何でもこなしてくださって……本当に助かっています」
と教頭が補足する。
「物静かですが、話せばちゃんと応えてくれる人ですよ。私たちよりも長く在籍してますから、頼れる存在です」
辻村はそうなんですね、とうなずいた。
業務内容やスケジュールなど淡々と説明していく教頭。辻村は教えること自体は嫌いじゃない。むしろ大学の時のゼミなどでは率先してそういう役を買って出たくらいだ。
あと家庭教師のように一対一で向き合うなら尚更。
だが——
(クラスという集団を持つなんて、考えたこともなかったな……)
「探偵業と教師は違いますが、むしろ他の教員とは違った視点があるかもしれない。そこに期待しております。あなた様にぜひともお力をお借りしたい!」
校長の言葉には真摯な熱がこもっていた。
この学校が、どれだけ人手不足に喘いでいるかが、痛いほど伝わってくる。
「……まあ、一年と言いますか……とりあえずは三月末までの契約で考えています。もちろん延長していただけたらそれは本望。あ、年明けには育休明けの先生も戻ってきますし、四月からは新人も入る予定です」
校長は手元の契約書類をめくりながら言う。約半年、と言ったところである。用紙には本採用として正式な教師になることもできると書いてあった。
その際は臨時教員の時の実績、素行を参考にするとのこと。だが空気的には延長して続けてくれるよね? というオーラが滲み出ていた。
(実際タトゥー入ってるわけだし……こんな俺が本採用されることはないだろうな)
タトゥーが入ってることも伝えるべきだろうが特に聞かれることがなかったので言わなかった。
「探偵業の報酬と比べるとどうか分かりませんが……」
金額を提示され、辻村は無言で目を通す。
自営ゆえに浮き沈みの激しい探偵業と比べ、教員は収入の面では安定している。
──だが、やはり今の探偵業の方が儲かるのが現実だった。危ない橋を渡るリスクを伴うものの。
「環境は整っていますよ。なにより……学校という場所は、案外、居心地のいいところです」
と教頭が微笑を添えて言った。
辻村は手元の契約書類にざっと目を走らせる。
条項の隅々まで見逃さないのは、探偵という職業病のようなものだった。その姿に校長たちは至極真面目な印象を受ける。
そして——
「ぜひお願いしたいのです。よろしくお願いします!」
校長と教頭がふたたび頭を下げた。
その彼らの頭頂部の薄さが、過酷な現場の証のように思えて、辻村は内心で苦笑する。
(……俺も、いずれ禿げちまうのか? じいちゃんツルツルだから隔世遺伝だったらやばいな)
頭に手をやり髪の毛をさわり、やれやれ、と心で呟きながらも口元に笑みを浮かべ、答えた。
「こちらこそ、不束者ですがどうぞよろしくお願い致します」
校長の目は赤く血走り、手は汗ばんでいた。
辻村の手をぎゅっと握ると、やや興奮気味にこう言った。
「来年には、この学校も創立百周年を迎えます。創立者の思いに応えるためにも、今こそ正念場なんです」
ものすごい意気込みと気合である。だがその手は汗だらけで早く離したいのは事実である。
そのときだった。
ドアが開き、数人の教員がカフェテリア帰りらしい雰囲気で戻ってきた。
辻村が何気なく視線をやると、その中の一人を見て、動きを止める。
「先生方はこれから順番に紹介したいのですが……そうだ、あの彼……紹介しておこう。彼が三年生の学年主任だ。あなたと同じくらいの年齢かな」
校長がそう言うと同時に、辻村とその男の視線が交わった。
沈黙。
空気がピンと張りつめた。
「……辻村?」
「野々宮……」
二人の名が、同時に漏れた。
それは思いがけない“再会”だった。




