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心中台本ー改ざんされたシナリオー  作者: 麻木香豆


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第三十一話 種明かし

 掃除を再開するものの、やはりこの学校は改めて広いと、あらためて感じる人々。


 野々宮が額の汗をタオルで拭っていると、そこへ2台のワゴンを引いた数組の若い夫婦たちがやってきた。さらに、希菜子の和菓子屋の大将も姿を見せる。


「掃除、お疲れ様ですー! よかったら。皆さん、アイスやジュースいかがですか!」


 暑い中の作業に届けられた差し入れに、辻村は目を輝かせた。


「卒業生の子たちもいる。今日は来られないって言ってたのに……」


 野々宮はその気遣いに気づき、少しだけ口元を緩める。


 作業していた人たちは「我先に」と集まりながらも、きちんと列を作って並び始めた。


「いやー、助かるねぇ。みんな、この学校をなんとかしたいって気持ちがあるのが嬉しいな」


「……ちゃんと送り出せたか不安だったけど、こうして戻ってきて、母校のピンチを支えてくれる姿を見ると、そうでもなかったんだなあ」


 そんな野々宮の背中を、辻村がトン、と軽く叩く。ちょうど二人の番になり、飲み物とアイスを手に取った。


「あ、これがあの和菓子屋の和風シャーベットか。店に入って食べるか迷ってたんだよな」


 辻村はあずきシャーベットアイスとコーラを選ぶ。


 野々宮はゆずシャーベットアイスとコーラを取ったところで、卒業生のひとりに声をかけられる。


「お疲れ様です、野々宮先生!」


「ありがとう。とても助かるよ……今日、お子さんは?」


「親に預けました。少しでもお役に立てたらと思って……私たちは今日は“差し入れ組”です」


 卒業生の二人は、肩を寄せ合って微笑んだ。どうやら夫婦のようである。


「ほんとー、野々宮先生のおかげよね」


 と、女性の方が笑顔で言う。


「野々宮先生のおかげ?」


 辻村が首を傾げると、野々宮は一瞬ドキッとしたような表情を浮かべ、思わず立ち去ろうとする。


 しかし、辻村がスッとその前に立ち塞がり、カップルに問いかけた。


「それってどういう意味?」


 夫婦は顔を見合わせ、少し照れくさそうに笑う。


「私たち、実は六年前……『心中姫』で王子と姫を演じたんです」


 と、女性が口を開く。


「当時、私は人前に立つのが苦手だったんですけど、野々宮先生が“やってみたら?”って背中を押してくれて……」


「俺も、それまで全然演劇とか興味なかったのに。あのときが、きっかけで付き合うようになったんです」


 と男性が続ける。


「そうだったんだ……」


 辻村は目を丸くする。


 野々宮は少しうつむきながら、恥ずかしそうに頭をかいた。


「そんな……俺はちょっと提案しただけで……。君たちが頑張ったんだよ」


 卒業生夫婦は、そんな野々宮に柔らかく微笑む。


「実のところ私、彼が好きだったけど無理かなーって諦めていたの。でも、先生のひと言がなかったら、たぶん踏み出せなかったです。だから、あの後付き合っていまこうして夫婦でいられるのも、先生のおかげなんです」



 野々宮の目が泳ぐ。


「隣の二人も……心中姫で結ばれた二人よ。当時妊娠してて親に反対されてたけど野々宮先生がこのジンクスを使って……説得しようとか」

 

 辻村は野々宮をじーっと見る。


「……いや、そのーあのー……」


 卒業生は


「でも去年はああなっちゃったけどさ……僕らには思い出であって。無駄にはしたくないです。あ、今年どこかの学祭で心中姫の展示会やるから楽しみです」


 とニコニコっと答えて次の人たちにアイスを配っていた。


 辻村は野々宮と共に影のところに座る。


「……たしか高橋先生も心中姫を今の奥さんと演じてから結婚したろ? 聞いてこようかなー野々宮先生にやればって声かけられたかどうか」


「……わかったよ、言えばいいんだろ? そうだよ僕が結ばれそうな二人を選んで姫と王子役を誘ったのは」


 と告白した。


「あくまでもこれは僕と彼らの秘密なのにベラベラしゃべりやがって」


「……隠す必要ないだろ? どう見てもあの二組は仲良さげだし高橋先生のところもいい感じなんだろ? お前はキューピットとしていい目を持っている。去年はどうたったかしらんが」


「……」


 野々宮は黙ってアイスを頬張る。辻村も。


「なんでそんなことかって出たんだ?」


 と聞いても答えることはなかった。


「小豆とコーラはやっぱ組み合わせ悪いな。お前みたいに柚子とコーラが……」

 

 と辻村が顔を歪めると……





「誰か! 誰か来てください!!!!」


 と数名の生徒が校舎から出て来た。


 何人かの大人たちが何があったのかと駆けつける。辻村と野々宮もだ。


「大変なの……! 心中姫の……心中姫の台本や展示物が……無くなってるの!」



 騒然とするなか、辻村はふと、あることを思い出した。


 さきほど、生徒たちとほぼ同じタイミングで校舎から出てきたのは——田所夫妻だった。


 その手には、ひとつの大きなワゴン。ゴミ回収箱を積んだ、重そうなそれを引いていた。


「……野々宮、この学校に焼却炉ってあるか?」


「今は使えないが、昔のが残ってはいる。奥の倉庫の脇に……」


 その答えを聞くなり、辻村の顔色が変わる。


「……生徒たちは?」


 見ると、生徒のひとりが崩れるように床に座り込んでいた。目には涙がにじんでいる。


「……台本や写真の一部が、破られて……床に……」

 もうひとりが声を震わせて言った。


 ざわつく周囲。見に来ていた卒業生の中には、あの“姫と王子”を演じたカップルの姿もあった。彼らも事情を察して言葉を失い、肩を落としていた。


「……野々宮、焼却炉へ案内してくれ」


「だから言ったろ? 今は使えない。鍵もかかってるし」


「鍵は用務員のあの二人が使っているだろ! それに使えなくても、火をつけりゃ燃やせるだろ!」

 辻村が声を荒げた。


「田所夫妻が引いてたワゴンの中に、きっと入ってる。焼却炉で燃やすつもりだったんだ……!」


 野々宮はしばらく辻村を見つめたあと、小さく頷いた。


「でもまたなんであの二人が? ……わかった。行こう」


 そこに葵と希菜子の二人も。

 二人は足早に、焼却炉のある旧棟の裏手へと向かっていった。




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