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心中台本ー改ざんされたシナリオー  作者: 麻木香豆


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第二十六話 藤守

 辻村は玄関の呼び鈴を何度も押したが、反応はなかった。


「……ほらな、言わんこっちゃない。アポとってから来ればよかったかな……。この炎天下で空振りとか、マジきつい」


 車で最寄りまで来た後、希菜子の実家の和菓子屋に寄り、さらにアパートの駐車場が遠かったせいで、だいぶ歩かされた。首筋を伝う汗が、シャツにじっとりと張りつく。


「でもアポとってたら会ってくれなかったでしょ。……って、あれ?」


 階段を見下ろすと、一人の男がスーパーの袋をぶら下げて立っていた。辻村と目が合うと、男は軽く顎を引いて会釈した。


 ――藤守だ。


「……よかった、やっと来た」


 辻村が苦笑まじりに言うと、藤守は渋い顔のまま階段を上ってきた。予想外の訪問者に露骨な嫌そうな表情を浮かべる。


「……こんな暑い日に、なんなんだよ。来るならせめて電話しろ」


 目つきも、口調も、とにかく刺がある。野々宮が思わず辻村の陰に少し身を寄せた。やはり過去にいじめられた経験があると身体が覚えているようだ。

辻村は彼の前に出て、少し胸を張って立つ。無言の防壁のように。


「なんだ? 文句あんのか? こっちは疲れてんだよ、毎日毎日事情聴取でな」


 藤守は眉間に皺を寄せたまま、袋を軽く振って見せた。


「俺たちも疲れてるんです。ちょっと話を聞かせてもらえませんか」


 辻村があくまで柔らかく応じると、藤守は溜め息混じりに言った。


「……はぁ。……まあいい、入れよ」


 辻村が野々宮の方を見た。思ったよりあっさり家に入れてくれたことに、野々宮も少し驚いた顔をしていた。


 中に入ると、すでに冷房が効いていた。ひんやりとした空気に思わず安堵の吐息が漏れる。が、部屋の乱雑さに、その安心は一瞬で吹き飛んだ。


「……入れたはいいけど、人を通すような部屋じゃないぞ。帰るなら今のうちだ」


 藤守はソファに積まれた書類や衣類を無造作に避け、タオルを広げて座る場所を作った。


「……座れ」


 命令口調は相変わらずだった。


「失礼します」


 野々宮は自然と藤守と距離を取るように座り、やはり辻村を盾にするようにその横に収まった。


「いや〜助かります。やっと涼める……ありがとうございます」


 辻村が笑顔でへりくだると、藤守は鼻を鳴らしつつ、冷蔵庫からペットボトルの緑茶を二本取り出して渡した。


「最近買ったやつだ。信用できないなら飲まなくていいがな」


「いやいや、ありがたく。野々宮、飲め。喉渇いてんだろ」


 促されて、野々宮も黙って頷き、一口飲む。火照った体に冷たいお茶が染み渡ったのか、肩の力が少し抜ける。


「……で、何の用だ。辻村先生、こうして話すのは初めてだよな? 何かご相談でも? それとも君の上司じゃ話にならなかったのかな、野々宮先生」


 皮肉の利いた言葉に、野々宮はわずかに手を震わせながら、空になったボトルを机に置いた。



「いえ、あの……今回逮捕された先生方、ほとんどあなたの部下だったと聞きました。だからこそ、上司であるあなたにお話をうかがいたくて。俺一人じゃ心許ないので、野々宮先生に同行してもらいました」


 辻村はにこやかに微笑みながら、手にしていたペットボトルのキャップをゆっくりとひねった。


「……なるほどね。っていうか、お二人は昔からの知り合いなんですよね? 友達だったの?」


 藤守の問いに、野々宮の胸がドクンと高鳴った。

 以前、希菜子にも「友達以上だったのでは?」と勘ぐられたことがあったが、藤守にどう思われていたのかはわからない。もし本当に何かを悟られていたとしたら、それは立場上、致命的な“弱み”にもなりかねない。


「大学で一緒に学んでいました。それ以上でも以下でもありません」

 野々宮が無難にそう答えようとした瞬間――


「とてもいいやつでしたよ。まさか一緒に働けるとは思ってもいませんでした」

 辻村がやわらかく、しかし何かをにおわせるように口をはさんだ。


 その言葉に、藤守の目が細くなる。


「へえ……そうなんだ」


 その視線は、まるで何かを測っているかのようだった。


 藤守は椅子にふんぞり返ったまま、忌々しげにため息をついた。


「……で、何を聞きたいんだ? 俺はとばっちりなんだよ。野々宮先生も気の毒だが、部下に逮捕者が出るとどれだけ尻拭いが大変かわかるか? まあ……門倉先生のやったことを考えれば、仕方ない面もあるがな」


 唇を歪め、舌打ちする。


 辻村はそんな藤守の態度にひるまず、静かに告げた。


「今のうちですよ、藤守先生」


 なにかを含んだその声に、藤守は目を細めた。


「……なんのことだ?」


 苛立ちを隠さず睨み返してくるその視線を受け止めながら、辻村は言葉を選ばずに続ける。


「あなたが門倉先生を標的にしていたと、野々宮先生から伺っています。どのような扱いをしていたのか……率直にお聞きしたい」


「扱い……だと?」


 藤守は椅子から少し身を乗り出し、鼻で笑った。


「……すいません、言葉が過ぎましたね。でも、あなた方は門倉先生にそうしてこられたのでは?」


 辻村の目は一切の揺らぎを見せない。その眼差しに、藤守がほんのわずかにのけぞる。


「……何が言いたい?」


「あなた方は分かりやすかった。警察が介入した際、逮捕されたのはどういう先生たちか。そしてあなたの行動と反応……実に、何かを隠しているようだった」


 一瞬、室内の空気が凍りつく。


「……俺は、メールで送られてきたものを見ただけだ。見ちまったから、仕方なく……それだけだ」


 藤守は口を尖らせるようにして言い訳がましく呟く。


「それだけですか?」


 再び辻村の声が響く。穏やかだが、突き刺すような鋭さを帯びていた。


「……警察にも同じこと聞かれた。君、まさか覆面警察か? いや……そうだろ。どうにもおかしいと思ってた。教員経験ゼロでこの時期に入ってくるなんて。ああ、そうか……それに今のうちって……」


 藤守の声が震える。疑念と恐れが滲んでいた。



「残念ながら警察ではありません、門倉先生のように一般企業から転職した身分です。門倉先生の前職はご存知ですよね?」


「ああ、大手の動画サイトの動画編集者だったと」

ふぅんと辻村。


「残念ながらその大手の動画サイトでは動画編集者はおらず、動画の流通のみでしてね、あくまでも子供やファミリー向けの……」

というと藤守が目を見開いた。


「知ってますよね、その動画サイトの下層の部署にアダルト動画サイトがあってそこでの動画編集をしていた、門倉先生は……」


「……ああ、それは気づいていた。だからどうした」


「学校には流石に言えないでしょう。高校生を教える教師が元アダルト動画サイトで動画を制作し、流通させていた人間なんて。だから表向きのサイトの名前を盾にした、門倉先生は」


 ごくりと藤守は唾を飲んだ。


「それに気づいた逮捕された先生方がか、あなたが門倉先生にに聞き出し、脅しかなんかでもしたのでしょう。バレたくなかったら動画を見せろと、タダで。じゃないとIDを共有しないでしょうし……その中には児童ポルノもいくつか……あのサイトも摘発されていくつかあったそうなので門倉先生も元社員として手に入れやすかったのでは……すいません、憶測ですが」


「……憶測?」


 野々宮がぽつりとつぶやいた。


「そうだ、憶測だぞ」


 藤守が応じる。しかし、その声音には余裕はなかった。


「でも、実際にあなたが顧問をしていた水泳部の部室から、盗撮用のカメラが見つかっています。そのカメラで撮影された映像は、すでにネットに流通していて、警察は出どころを追っているんでしょうね」


 辻村の声は冷静だったが、その一語一語が重たく響いた。


「しかも、部室の鍵を使って定期的に出入りしていた人物がいる。警備記録も残っているし、部員たちも証言しているとか……。鍵を渡した人物がいなければ、侵入は不可能です。——鍵の管理者、あなたですよね」


 藤守の目が見開かれ、肩がわずかに揺れた。


「何を隠そうともどこかでボロが出ますから」


 野々宮の手が小さく震える。それを辻村が押さえるようにそっと支える。


「……うるさい……全部、野々宮が言わせてるんだろ? 俺がそんなに怖いのか……? ただ……ただ、お前が正直に従いすぎて……」


 藤守の言葉は、しだいに意味を失っていく。もう誰のせいにもできなかった。


「にしても辻村先生、あなたはやけに色々詳しい……」


「まぁ、前職がね……探偵でして。興信所にも勤めていました。とまぁ僕も表側はそうと答えますが……それも含めて色々と警察の事情も知ってる人間……。憶測とか言いながらも大抵は当たってるとは思います」


 それを聞いて藤守は深く、重く、ため息をついた。


「……いつの間にか、後戻りできなくなっていたんだ、最初は冗談で動画くらい持ってるだろ、少しでもいいから見せてくれよって」


 ついに、観念した声で彼が口を開いた。


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