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心中台本ー改ざんされたシナリオー  作者: 麻木香豆


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第二十五話 後悔ばかり

「……いいえ。電話は何度もかけましたが、出なくて。メールは何通も来ました。

 “ストレスで声が出ない”“電話が怖い”って……そう書かれていました」


 野々宮が目を伏せたまま言う。


「会いに行ったことは?」


 辻村が問うと、野々宮はうなずいた。


「メールで“今から行く”と伝えても、“今は体調が悪いので”と断られるばかりで。最初はそれを鵜呑みにしていましたが……9月末、高橋先生と一緒に訪ねたんです。でも……やっぱり、不在でした。

 郵便受けも……溜まっている様子はなくて、逆に不自然でした」


 すると刑事が、一枚の写真を取り出して見せた。


 ドアの形、表札、植木鉢――野々宮には見覚えがある。だがその郵便受けには、チラシや投函物がぎっしりと詰まっていた。


「……学園祭からおよそ二ヶ月後。ようやく親御さんが訪れたときには、こうなっていたそうです」


 さらに何枚かの写真を机の上に並べた。

 門倉のマンションの玄関。そこに、出入りしている“別の男”の姿が写っていた。人が特定できない格好で。


 野々宮が言葉を飲む。


「……誰……?」


「当時、マンションの住人が“出入りのタイミングが妙な男がいる”と管理会社に通報していて。

 調べてみたら、このような映像が。一度管理人が声をかけたところ、“ここの住人の友人で、体調が悪いから代わりに出入りしてる”と答えたそうです」


 その場に重たい沈黙が。


「……まさか、この人が門倉の“失踪”に関わっていた……?」


 辻村がつぶやく。


「……もし、パソコンのIDやログイン情報を知っていれば、そこからメールも送れた。すべてを偽装することも可能だ……それを知ってたのは逮捕された四人と藤守……」


 刑事は無言のまま、深く頷いた。


 その瞬間、野々宮が机を激しく叩いた。


「……なんてことだっ! もっとしつこく電話して、部屋に通っていれば……! 僕は……僕は……!」


 彼の肩が激しく震える。呼吸が乱れ、涙が止まらない。


「やばい、なんか袋……」


 辻村の声が急く。


「持ってる」

 刑事がすぐにビニール袋を取り出し、野々宮の口元に当てる。


「あああああっ……ぅ……」

 嗚咽とともに、荒れた呼吸が漏れる。


「落ち着け、野々宮! お前は悪くない、悪くなんかないからっ!」


 辻村は、震える彼の身体をそっと抱きしめた。


 十年前と、まったく同じだった。一回だけでない、何回も。

 彼が、突然パニックを起こし、過呼吸になる。

 そのたび、辻村は人目も気にせず彼を抱きしめ、落ち着くまで傍にいた。


 ――そして、落ち着いたあとは、いつもケロッと笑っていたのだ。


「大丈夫……大丈夫だからな……」

 背中をさすりながら、穏やかな声で呼吸を導く。


「吸って、吐いて……そう、ゆっくりでいい。吸って……吐いて……」


(……教師になってからも、野々宮はこうして何度も発作を起こしていたのかもしれない。

 そのとき、誰かがこうやって寄り添ってくれていたんだろうか……)


 辻村はそんな想いに胸を締めつけられながら、震える野々宮を強く抱きしめた。


 ――再会してからは、触れられることすら拒んでいたはずの彼が、今はすがるようにしがみついてきている。


 まるで、あの頃のように。


(……あんな別れ方をしたのが、いけなかった。

 あのとき、何がなんでも野々宮の傍にいるべきだったんだ……)














 野々宮は目を覚ました。見慣れない天井に、一瞬どこにいるのか分からなかったが、すぐにここが保健室だと気づく。


 体を起こそうとした拍子に、ズキンと頭痛が走る。


「……起きたか」


 声の主は辻村だった。ベッドのそばの椅子に座り、腕を組んでこちらを見ている。


「辻村……すまん」


 野々宮は自分が過呼吸を起こし、泣きじゃくって倒れたことを覚えていた。謝るしかなかった。


「謝るな。それに、“もしあのときこうしてたら”なんて考えても仕方ない。今回の件も……」


 励ましのつもりだったかもしれないが、辻村の率直な言葉は、かえって野々宮の心をざらつかせた。彼は何も言わずにまた横になり、布団を頭までかぶった。


「刑事さんはもう帰った。お前をここまで運ぶのは手伝ってもらったが……そのあと少し、他の話も聞いた」


 野々宮の反応がないまま、辻村は淡々と続ける。


「……なぜあんな生きてるような偽装をしたのか」


 ポン、と辻村は布団の上からそっと野々宮の背中を叩いた。


「あとな。後悔を減らす方法ってのは、一人で考え込まないことだ」


 布団の中から、ようやくかすれた声が聞こえた。


「……ねぇ、あの人に会えばわかるんじゃないかな」


「あの人、て……話せるのか?」


 数秒の沈黙ののち、野々宮のくぐもった声が返る。


「……辻村といれば大丈夫」


 辻村はふっと息を吐いた。布団越しにもう一度、そっと背中を叩いた。


「任せとけ。でも無理するな」


「……うん」

 

 布団から伸びる白い手、辻村はそれを手に取り手の甲にキスをした。今度は逃げることなくそれを受け止めた野々宮に辻村は嬉しくなった。

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