第二十三話 再び捜査
「……まさか」
辻村が眉をひそめる。部活動で早くに来ていた生徒たちが足を止め、ざわめいている。戸惑いと、わずかな恐怖と。携帯を取り出す生徒もちらほらと現れた。
「……野々宮、学校に連絡取れるか?」
「うん……わかった……」
野々宮は焦りながらポケットからスマートフォンを取り出す。
震える指で学校の代表番号にかける。
だが、呼び出し音が鳴るばかりで、誰も出ない。
当然だ。職員室は、今まさに警察に対応している最中なのだろう。
「出ない……」
野々宮がそう嘆いた。
そんな二人の前を、制服姿の生徒が立ち止まり、ひそひそと声を交わしていく。
「ねぇねぇ、昨日警察きていたらしいよ。覆面パトカーあったって」
「マジで……嫌だよ、また何かこの学校であったなんて」
「パソコンとかに持って行ったとかー」
「先生何も言ってなかったけど?」
「隠そうとしても無駄だよね……あ、野々宮先生だ。あの新人の人もいる」
ちら、と数人の視線がこちらに向けられる。
不安げな表情のなかに、わずかな期待と問いかけが混じっている。
――知ってるんでしょ?
――先生たち、なんで何も言わないの?
そんな言葉が聞こえてきそうな目だった。
生徒たちのざわめきとパトカーのサイレンが、朝の校門に不穏な音を響かせていた。
そして野々宮のスマホに電話が。校長だ。
「はい……わかりました……そちらにむかいますので。はい」
電話を切ると彼の元に汗だくの高橋が走ってやってきた。
「野々宮先生……生徒や送迎の保護者が何事だって。また事件ですかって」
パニクっている様子。いつものことらしく野々宮は怪訝な顔をしながらも
「とりあえず来た生徒を全員体育館に誘導して。保護者に問われてもわかり次第学校より一斉連絡すると伝えて。僕らは職員室に行く」
「は、はぁ……はい」
高橋が覇気のない顔で答えると近くにいた信作と節子がやってきた。掃除途中だったようだ。
「また騒いでると思ったら……うちも生徒誘導するから。高橋先生も行くわよ」
と節子が掃除道具置いて高橋の手を引っ張って校門の方へ行った。信作はパトカーの物々しさに不安さを見せつつ、節子の掃除道具を拾ってゆっくりと追っかけていく。
「節子さん頼りになるな……さすが」
と先に進んで行った野々宮のあとを追う辻村。
校舎の正面通路はすでに警察によって通行止めになっていた。
「……あっちの建物から回れる。非常階段がつながってる」
野々宮は手慣れたように脇の校舎へ入り込み、裏通路から職員室棟へと向かっていた。
だが、途中で廊下を曲がった先で、刑事と鉢合わせになった。
「……どこから入ってきたんですか。現在、職員室周辺は立ち入りを制限しています」
彼の視線はとても鋭い。だがそれに怯まず野々宮は真っ直ぐに見返す。
「……校長に呼ばれました。職員室に行きます。そちらで指示に従いますので」
刑事はため息をつく。
「門倉のパソコンにこの学校の盗撮映像多数あり、門倉以外のIDでの視聴履歴もあって中には過去の児童ポルノの閲覧もあった。よって全教員のロッカー、机、支給端末、すべて調査対象です。お二人の私物も例外ではありません」
そう言い残して、刑事は足早に去っていった。
「まじかよ……てか盗撮とかなんなん?」
野々宮が呆れた顔をする。
「門倉って男何やってんだよ……俺ここに来たばかりなのにー」
辻村も同調する。
やがて職員室前に着くと、既に先ほどとは違う刑事たちと校長、教頭の姿があった。
張り詰めた空気の中、校長が野々宮と辻村に気づき、小さく手を上げた。
「そちら立入禁止!――」
刑事の高圧的な声が飛んだが、
「私が呼びました」
校長がすぐに割って入り、刑事の腕に手を添えて制した。
校長室に通された二人。校長は背を丸め、すぐに重苦しい口調で語り出した。
「……一年担任の衛藤が逮捕された。他にも三人……」
野々宮は固唾を飲んで聞き入る。辻村は昨日野々宮から挙動不審と言われてた教師の名前の1人と思い出すがきっと他の逮捕者もそうだろう。
「取り調べ中、衛藤は“俺だけが悪いんじゃない”と叫び、同じく一年・二年の教員、計三名の名前を挙げた。実名で、“こいつらも関わっていた”と」
次に教頭が苦しげに頭を抱えた。
「調査の結果、ロッカーの一つからはタグ付きの女子制服、現金の束、プリペイド型スマホまで見つかった。門倉のパソコンからアクセスされていた、あの制服の裏取引サイトにも彼らの関与が示唆されている。水泳部のロッカーの盗撮映像に門倉の持っていた過去の児童ポルノ映像……ああ、なんてこった……だからあの男の採用はやめようと言ったじゃないですか、校長!」
教頭の嘆きに校長は項垂れる。
「仕方なかった、教員不足で……」
2人は言い訳ばかりしている。
「……最低だ……」
野々宮は吐き捨てるように言った。
「あの男って……?」
辻村が聞くと校長は答えた。
「門倉君のことだよ……彼は過去に動画制作会社に勤めてた社会人経験者出身……辻村くんと同じで。臨時教員から正規教員になったんだ」
野々宮はスマホでとあるサイトを見せた。
「これ、門倉先生が勤めてた会社のサイトだ」
辻村はそれを見てアッと声を出した。
「こ、これ……あれじゃないっすか。表向きはファミリー層も見れる有名ポータル動画サイトだけどさ……」
野々宮の方に目線を合わせる。
「そう、門倉先生が勤めていた動画制作会社は表向き有名なポータルサイトだが彼が実際に勤めていた部署から……その、大人の男性向けコンテンツのところでな……履歴書には会社名しか書かないから校長たちはそうとも知らず採用……」
そう言うと辻村は
「大人向けコンテンツ、つーても……まぁ親御さんたちが知ったら教師の過去がそういういかがわしいの作ってたら嫌だろうな」
と。
「それなりにビデオカメラの技術などにも長けている。使いようでは長所にもなるが……さらにその企業の部門で……うちの高校の制服を使用したアダルト動画の撮影が行われてた」
野々宮は校長たちをチラッとみる。
「……そ、そんなの知らなかった、知らなかったんだよっ! 制服が流通してるって話聞くまでは!!!」
校長たちが慌てふためく姿を見て野々宮はため息をついた。相当教員不足で悩んでて採用した教員の過去を深掘りしなかったのが露呈している。
「それよりも……生徒は、全員体育館に移動させました……今日これからどうするかは校長の判断を待っています。暑い中またせていますよ、早めの判断と指示を」
野々宮は上司に対して強めの口調。
(かっけーな……)
辻村はその姿についそう思ってしまった。
「……すまない」
校長は目を伏せ、声を落とした。
「ただ、門倉先生はまだ見つかっていない。彼がどこまで関与していたのか……本当に関わっていたのかもわからない……」
と言ってドン、と机を叩く。
「どこに行ったんだ……門倉……!」
たしかに門倉さえ見つかれば真相は早く分かるはずである。
――その日、衛藤を含む四人の教員が児童ポルノ法違反・詐欺・暴行などの容疑で逮捕された。
それに加え一年の学年主任である藤守については違法動画の視聴履歴のみで、視聴と言っても衛藤らに故意に送られたメールを開いてしまったこともあったのと流通・所持が確認されなかったため、事情聴取のみに留まった。
当日、学校は臨時休校となり、警察による校内全域の捜索が始まった。
そして職員室や教員ロッカーの捜索が進む中、警察は校舎の裏手にも調査の範囲を広げていた。
中でもバスケットコート奥の雑林は、生徒たちの肝試しに使われたこともあるが、今は草が生い茂り、誰も近寄らない区域。捜査員たちは敷地全体を洗い直すように歩いていた。
そのとき――
「ん……ちょっと来てくれ」
若い警官の声に、同僚たちが駆け寄る。彼の足元には、他の地面と色の違う盛り上がった土壌があった。
手で慎重に掘り返すと、すぐに鼻をつくような土の中のにおいが立ち上った。やがて朽ちた布地。さらに……乾いた音とともに、白く風化した骨の一部が姿を現した。
現場の空気が、瞬時に凍りついた。
「……人骨だ。鑑識を呼べ!!!」
その指示により、現場は直ちに封鎖。黄色いテープが張られ、捜査本部が動き出す。
――出てきたのは、白骨化した一体の遺体であった。




