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心中台本ー改ざんされたシナリオー  作者: 麻木香豆


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第十九話 さぼり

 午前の騒ぎ――警察の訪問に数人の教員がざわついた。

 

 辻村と野々宮はふたりは職員室でも隣り合わせに座り明日の授業計画を一緒に組む。

 かつて――あの頃と同じように。

 並んで机に向かい、互いの得意分野を教え合った学生時代。


 その記憶が、ふと辻村の胸をよぎる。どちらかといえば今の野々宮は初めて会った時の硬派な彼と似ていた。神経質でこだわりが強く疑い深くて距離をとる……そんなところが。


 数年の現場経験を積んだ野々宮の説明は的確で、無駄がない。

 思わず見入ってしまっていた。気づけば、距離が――近い。


「バカ、距離が近い」


「……すまん」


 慌てて身を引く辻村。

 ふと背後を見ると、数人の教員たちがこちらをちらちらと見ていた。

 遠巻きに。


「さて、続きを」


 辻村の中で過去の自分たちの情景を思います。似たようなシチュエーションがあった。


 それはさておき野々宮がノートの端にサラリと文字を書く。


『あいつら、警察が来た時にびびってたやつだ』


 書かれていたのは、4人の名前。丸をつけた名前は「藤守」。やはり彼がリーダー格であるようだ。


 他は30から50代の男性教員である。まだ辻村は深く察してはいない。藤守とはあれからは接していない。やはり辻村には攻撃しづらいのだろうか。


「なるほど……で、次はこうすればいいのですね?」


 辻村はノートの文字には触れず、あくまで業務上の会話として流す。


「そうだ。今日はここまで進んだから、明日はもっとペースを上げよう」


 野々宮は続けて書く。ペン先が走るというより、やや荒れていた。


『ここにいる人たちは、僕が同性愛者だとは知らない。そんなに顔を近づけたらバレるだろ、バカ』


「……」


 書かれた「バカ」に、辻村は視線で睨みを返す。

 しかし野々宮は、動じない。


「わかりましたよ、野々宮先生ぃ……」


 皮肉めいた声音で応じる辻村。

 その時、野々宮はさっと別のメモを書いた。


『僕に未練があるのか?』


 一瞬だけ辻村の顔が固まる。

 何も言わず、手元の教科書を閉じた。


「……いやー、まいったなぁ」


 と返し

 


「ちょっと……トイレ行ってきますわ」


 出ていく背を、野々宮は視線だけで追った。

 次の瞬間、ふとノートを見返し、さっき書いた“問い”を……強く、消し去った。

 指先が震えていた。





 辻村が向かったのはトイレでなくバスケコート。近くにバスケボールが一つ置いてあった。


 そこから見える飛び降りた屋上を見る。なんだかんだでやはり高さはかなりある。


「やっぱり落ちたら落ちたで打ちどころ悪かったら死ぬよな……」


 と思いながらも一人バスケに興じる。

 今日は久しぶりに野々宮の一人暮らしの部屋に行くともあって落ち着かない。

 もうあの頃の未練はないはずなのに……体を動かせば気持ちは吹っ切れるはず。


 ボールがゴール下に転がって額から流れる汗を拭った時、コート脇からガラガラとワゴンの音がした。

 回収用のゴミ袋を積んだ台車を押しながら、用務員の田所節子が現れる。


「あら、新人さん。確か名前は辻村さん、だったかしら」


「あ、名前覚えててくれたんですか? 入れ替わり多いのに」


 辻村が驚いて笑うと、節子は「ふふん」と鼻を鳴らす。


「名前を覚えるのは得意なのよ。顔と一緒なら忘れないわ。……あなた、愛想がいいわね。でも、ちょっと今までの辞めてった人たちとは違う」


 そう言いながら、節子は器用にゴミ袋を仕分けていく。


「違う、って……?」


「サボってるところ」


「……!!」


 確かに、まだ部活をしている生徒の声が響いているし、職員室にも明かりが灯っていた。

 辻村は言葉に詰まったが、節子は別に咎める口調でもなく、淡々と言う。


「……悪いとは言ってないわよ。みんな真面目すぎるの。だから、壊れて辞めていく」


 その声には、どこか哀れむような響きがあった。


「残ってる先生たちも、まあ……必死よ。聖人ぶってるけど、裏じゃ何してるか分からない。何かしら、誰でも一つくらいは“悪いこと”してるもんよ」


 そう言って、節子は伏し目がちにまつ毛をパチパチと瞬かせる。年齢は重ねていても、線の細い顔立ちに名残がある。辻村は、ふと思った。


(昔、美人だったんだろうな。今だって、化粧すればもう少しまとも……いや、仕事中だからか)


「……何か、ついてるかしら?」


「いえ、なんでも」


 校長たちから節子は長いことこの学校にいるからわからないことは聞くようにと言われていたことを思い出した。

 

「先生方とは……お話とかしたりするのですか?」


「ええ……一通りはね。どうして?」


「みなさんと仲良くなりたくて……高橋先生とか野々宮先生とか」


 節子は笑った?


「そうね、まずは同じ学年の先生から仲良くなりなさい」


 初めて笑うところを見た、と辻村はよしよしと話を聞くことに。


「高橋先生はひょろひょろしてるけど素直でいい子よ。奥さんも前ここの学校にいた先生だし。尻に敷かれてるけど怒ったところは見たことはない」

 それはなんとなくわかっていたことだ。


「野々宮先生は真面目で実直でちょっとマニュアル的で……まぁ模範的な先生だけど優しい人ね」


 こちらもその通り過ぎてつい笑ってしまった。


「わかりやすくて良い人でしょ。女っけないけど割と女子生徒にも人気なのよ」


「嘘だぁ……」


 とつい声を漏らしてしまう。節子は首を傾げる。次にと辻村は慌てて名前を出す。


「藤守先生は……」


 例の教師の名前を出すと節子はああ……と。


「あなたなら強そうだから大丈夫かもだけど関わらない方がいいわ」


 似たようなことを野々宮が言っていたことを思い出す。


「俺……強そうに見えます?」


「体がでかい、だけだけどね。丈夫そうで何より。先生は体力勝負よ」


 と節子の目線の奥にいる掃除をしながら腰を抑える信作の姿。


「あの人も……あなたみたいに丈夫そうな体してたのに教師辞めて鍛えるの辞めたらあーなっちゃったのよ……去年の夏には腰痛めてなおさら」

 と鼻で笑う。


「病は気から。せいぜい……気持ちは病まないようにね」


「……は、はい」

 辻村はそう言って会釈しようとしたとき、不意に節子の口調が変わった。


「ねぇ、心中事件のこと知ってるんでしょう? ある程度は」


「え、あーはい……」


「題名に準えて王子役と姫役が落ちるだなんて……飛んだ災難よ」


「あ、俺も……思います。ニュースで見た時、センセーショナルに報道されてた割に、こう……なんというか……」


 辻村は思わず同調してしまった。それが正解だったのかは分からない。


 節子は、古びた校舎を見上げるようにして、ぽつりと呟いた。


「私が第一発見者なの、二人の遺体を見つけた……」


 その横顔には、思いがけず深い憂いがにじんでいた。


「それは……節子さん、お辛いですよね」


 彼女はハッとしたように目を見開き、ほんの少し頬を染めた。だがすぐに視線を戻す。


「――用務員の名前なんか、覚えてる先生いないと思ってた。野々宮先生くらい。やっぱり、あんたちょっと違うわね」


「いやいや、田所さんって二人いるじゃないですか。信作さんと節子さん。それに名前で呼ばれるほうがいいじゃないですか」


 節子は笑った。


「あなたは確か琥太郎、でしたっけ」


「は、はい! うわー覚えててくれてる!」


 節子は鼻を鳴らしつつも、笑ったかどうか、分からないような表情。


「うちの子も愛想だけは良かったから……まぁ私がそうしなさいとは言ってたけど」


「ああ、あの女の子の写真……娘さん……もう結婚されてたり……?」


 と辻村は言うと節子は


「余計なことは覚えてなくていいから」


 と去っていった。


(余計なこと聞いちゃったかな……)


 と思いつつもふとバスケコートの奥を見た。フェンスが貼られているがどう見ても素人が作ったような作りだ。


(このコートも生徒が企画して作ったからこのフェンスも生徒が……奥にボールが入ったら茂みだし危険だからそれくらい学校が金出せばいいのに)


 と最後1発ボールをゴールに入れた。

 

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