第十七話 捜査
「何、凹んでんだよ。朝礼の時点で」
野々宮の声に振り返ることもなく、辻村はただ職員室の外、窓越しの景色を眺めたまま立ち尽くす。どこかぼんやりと霞んで見えるのは、自分の心境と重なっているからかもしれない。
今日は職員室には珍しく田所信作がゴミ回収に来ていた。
「早速洗礼浴びたかい」
辻村の顔を見てニヤッと笑う。
「長年わしもやったったが慣れるまでは大変だった。でもそうはいてられんと思ってたがな。……ああ思い出した。野々宮先生も3年くらいはそういう顔だった」
という情報を残して去っていく信作。まだ歩行がままならない。野々宮は過去のことを言われて少し恥ずかしさもある。だが元教員だった信作からは何度かアドバイスをもらっていた。
「さすが20年以上も教員やってたから箔が違うなぁ……僕なんて10年近くやっててもまだまだだから」
そうは言われても辻村はため息しか出ない。
「……僕がそっち行くまで、ずっと騒がしかったな。まあ、仕方ないか」
どこか慰めとも言えない言い方である。
「今までの臨時教員たちが、すぐ辞めていく。それじゃあ信頼なんか築けるわけがない。積むしかないんだよ、少しずつでもな」
そう言われて辻村は目を細める。
——裏の世界では、目立たず静かに動くことが求められた。依頼を受け、確実に遂行する。それが信用に直結する。
崇められた日もあった。命を狙われた夜もあった。
それでも彼は、ただ必要とされることに価値を見いだしていた。
誰にも気づかれず、誰の胸にも残らず。
孤独であることが、誇りと紙一重だった。
それが今、たかが十代の高校生たちに、鼻で笑われた。そして空っぽの人間を見るような目で。
(舐められた……高校生に)
情けなさと苛立ちとで、喉の奥が熱くなる。
“こんなはずじゃなかった”。
だが、今の彼は「教師」だ。経験やコネクションなどそんな浅はかな気持ちで受けた自分も悪いというのも思っているようだ。
しかしここまでも無力なものだったとは、思いもしなかったようである。
「まともに高校生相手に話すのはしばらくなくてな、ちょっとした話とか雑談とか何が流行りとか……難しいな」
「たしかに。でも子供と思ってたら色々知ってるし……かと思えば子どもっぽさも残ってる。難しい年頃さ」
「ああ……タバコ吸いたい……」
「やめとけ、匂いで嫌われる。コーヒーもやめといた方がいい」
と野々宮は胸ポケットからミントタブレットを出して舐める。辻村がちょうだい、と手を出すので仕方なく渡す。
そんな中……
「では……捜査いたします」
ざわめきが静まった職員室に刑事が二人、無言で現れた。黒いスーツに手袋、冷たい空気を引き連れているような佇まいだった。
「こちら、改めて捜査令状になります」
教頭と校長は小さく息を飲み、文書の中身を確認する。数秒の沈黙。室内の空気が凍る。
「……わかりました。では、こちらへ」
教頭が案内した先は、職員室の隅にある門倉のデスクだった。
刑事の一人がデスクの引き出しに手をかける。ゆっくりと開かれる引き出しの中には、整頓された文房具のほかに、数冊のノート、封筒、USBメモリ、手帳、職員証──。
それらは一つずつ丁寧に取り出され、証拠品としてビニール袋に収められていく。
誰も声を発さない。さっき無駄に反応した教師も何か冷や汗をかいているかのよう。
「学校にそんなデータ置くわけないだろ」
辻村が警察の動きを遠巻きに見ている。
「学校で保管してたとなるとかなりな問題になる……パソコンは学校管理。下手すると当時の上司である僕が責任問われるかも」
顔が少し引き攣って頭を抱える野々宮。上司として気づかなかったのだろうかと後悔しかない。
「大丈夫だって。一番悪いのは門倉本人だろ?」
そして終えたのであろう、刑事数人が頭を下げる。
「……ご協力、感謝します」
声は淡々としていた。




