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心中台本ー改ざんされたシナリオー  作者: 麻木香豆


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第十六話 教師デビュー

 物々しい空気のまま、野々宮と辻村は職員室へ戻った。

 中にはすでに数人の教師が集まり、ざわついていた。


「朝礼が終わり次第、門倉の机やロッカーを調べるそうだ。あと盗撮の可能性がある該当箇所のロッカーやトイレも」


 と校長。教員の一部数人が露骨に顔を見合わせる。


「で、もう刑事が来てる。今すぐ各教室に行くようにと……荷物も名簿のみで」


 職員室のドア越しに、刑事らしき男が一瞬こちらを覗き込んだ。

 教師たちは慌ただしく名簿を手に取り、それぞれの教室へ向かって出ていく。


 その様子を見送りながら、辻村が口元をゆがめて笑う。


「おい、一部の先生、反応してたな。なんか後ろめたいことでもあるんじゃねぇの?」


 野々宮は目を伏せ、肩をすくめた。


「誰にだって、秘密の一つや二つあるさ……でも……門倉以外は調べないってのも妙な話だ」


「ふぅん。だったらいっそ、全員の机を調べればいいのにな。公平にさ」


 冗談めかして言いながら、辻村は汗ばんだTシャツを脱ごうとシャツのボタンに手をかけた。

 その様子を見て、野々宮が慌てて止める。


「……バカか、ここで着替えるな!」


「大丈夫、大丈夫ぅー誰もいないし」


 ニヤついた表情に、野々宮は咄嗟に手を伸ばし、彼のシャツを閉じさせる。


「胸元、両腕、背中、脇腹、腰、太ももにあるだろ……さっさとトイレで着替えて。担当クラスに案内するから、着いてこい」


「へいへい……」



 辻村は仕方なくトイレで着替えを始める。ジロジロと室内を見る。


「男子トイレとかにもある時はあるもんな、物好きは。でもここはなさそうだな」  


 彼の経験上の話でもある。女性のいる場所だけでなく男性のいる場所でも盗撮カメラはあることはあるのだ。


 辻村が着るのは、暑苦しいほどにきちんとした紺色のジャケットに長袖の白シャツ、ネクタイ。

 夏の装いには不釣り合いだが、それらはすべて、胸元と腕などのタトゥーを隠すためのものだった。


 ——昔から慣れている。

 《《仕事》》上、必要な時もあった。こういう暑くて肌を出す季節になるとこういう仕事(表の仕事)の場合は若干後悔するのだが。

 彼の筋肉質な体格に合わせたスーツは、全てオーダーメイドだった。



 野々宮は辻村の後ろ姿を見てふと過去の記憶がよみがえる。




 若い頃の2人、うつ伏せになった辻村に野々宮が重なる。大きな背中に黒い翼のタトゥー。それにキスをしたあの頃。



(なんでよりによって今こんなこと思い出すんだよ)

 頭を振ってその記憶を忘れようとする。


 教室に近づくにつれ、騒がしい声が耳に飛び込んでくる。


「とりあえず三年一組、出席とって確認事項。何か連絡がないか聞いて、一時限目は教室で自習って伝えて、職員室に戻ってきて」


「はい、承知しました」


 野々宮がそう言い、メモを渡す。

 そのメモには


「挨拶、自己紹介はしっかりと。キレるな、挑発に乗らない、いきなり事件の話はするな」


 そして彼は先に三年二組の教室へ入っていくと、さっきまでの喧騒が嘘のように静まった。


「ああ……あれが、教師の威厳ってやつか。さすが野々宮先生」


 通り過ぎて三年一組の前に。辻村はごくりと喉を鳴らした。人前で話すことには慣れている——けれど、それは社会人相手の話。現役高校生たちの前に、教師として立つのは初めての経験だ。


 深呼吸をひとつして、教室のドアを開ける。


「おはようございます」


 と声をかけながら入室するも、ざわつきはすぐには収まらない。ちらり、と視線を向ける生徒が数人。彼らの動きが、初めて見る人物に一瞬止まった。


「おはよう」


 再度、今度ははっきりとした声で言う。


 すると教室のあちこちから小声が漏れる。


「……また新しい先生かよ」

「これで何人目だっけ?」

「どうせすぐいなくなるんでしょ」


 机に突っ伏したまま、参考書をめくる生徒もいる。目も合わせず、完全に無視。


(相当なことだな、まず挨拶もしないし……てか舐められたら終わりだな)


 辻村は、ちらりと教室を見渡した後、前に出てこう宣言した。


「辻村琥太郎です。君たちが卒業するまで、俺が見届ける。……約束する」


 ドラマで見た“教師”という存在を意識して、胸を張って言い切った。頭に浮かぶのは金八先生や、鬼束英吉——ステレオタイプいやいわば、理想像。


 だがその瞬間。


「は? 前のやつも同じこと言ってたし」

「クソダセぇ」

「金八なんて古っ」

「どうせまた企業からの転職でしょ? 教師ぶってんじゃねーよ」


 と、生徒たちの嘲笑が追い打ちをかけた。


 胸の奥にぐつぐつと煮え立つものを感じながら、辻村は笑った——作り笑いだ。にやりと口元だけが歪む。


(ああ、いたな。家庭教師時代にもこういうクソ生意気なやつら。今はそれが30人以上いるってわけだ)


 じっと生徒たちを見つめながら、辻村は心の奥で静かに火を燃やしていた。



 だが見過ごしていない。ヤジを飛ばす生徒以外の何とも言えずだんまりしている表情をしている生徒のことも。

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