3.契り
ルチアは急いで牛小屋に入った。
「ごめんね、遅くなって」
息を切らしながらそう言って牛小屋を見渡したが、小竜の姿が見当たらなかった。
「あれ?竜さん?竜さーん!」
「きゅう〜っ」
小竜の鳴き声が聞こえた。
「どこにいるの?」
「きゅう〜きゅう〜っ」
声は牛床の方から聞こえた。
「竜さん?」
ルチアが牛床を覗くと小竜が牛の腕に抱かれてジタバタしていた。
「竜さん!どうしたの⁈」
ルチアは急いで小竜を牛から引き離した。
「ンモウ〜ッ」
牛は不満げに鳴き、鼻息を荒く吐くと小竜を奪い返そうとした。
ルチアは小竜を抱えて急いで牛床から離れた。
《遅いですよ。暇だから牛を眺めていたらなんだか牛に気に入られて離してくれなくて》
「ごめんね、父さんと母さんが帰って来て、夕飯の支度してたら出るタイミングがなくて。そういえば名前言ってなかったね。わたしはルチルアーヌ、ルチアと呼んで。竜さんの名前は?」
《僕にはまだ名前がありません》
「ああ、そういえば最初に契りを交わした番から名前をつけてもらうんだったっけ。竜さんはまだこどもだから番がいないのね」
《…………》
「どうしたの?」
《……何でもありません》
ルチアはポケットからジャガイモとりんごを取り出した。
「りんごは食べるよね。生のジャガイモは食べるかしら?」
《生のジャガイモは食べません。りんごだけいただきます》
そう言って小竜はりんごを頬張った。
「竜が何を食べていたかあまり記憶にないんだよね。何が好きなの?」
《人と同じ物を食べます。人が食べないものは食べません》
「そうなんだ」
ルチアはいろいろと聞きたいことがたくさんあった。
「わたしは赤ん坊のときにここに捨てられていたの。聖女の継承者の末裔がどうしてここに捨てられたの?」
《それは…僕にもわかりません。僕は十五年前に初代の黒紫の竜の寿命が尽きて代わりに生まれたのです。記憶は初代の黒紫の竜から受け継ぎましたが、そのことについては何も教えられていません》
「竜さんはどうして裏の山にいたの?」
《僕はアルカナ聖国があった場所の山奥で生まれました。そこははるか北の誰も人が来れないような山深いところです。僕の使命は番を探すことでした。番を探してここまで来たのです》
そんなときに密猟者に見つかってしまったのだなとルチアは思った。
小竜は生まれてからのことをルチアに話して聞かせた。
小竜がアルカナ聖国で生まれたとき、すでに誰も人は住んでいなかった。
聖国にいるのは赤、青、緑、黄、白の年老いた竜だけだった。
小竜は初代黒紫竜の生まれ変わりなので、当然黒紫の竜は小竜だ。
最後の継承者は初代黒紫竜の番で黒紫竜の寿命が尽きると聖国を出て行ったらしい。
年老いた竜たちはもう番を探す意欲もなく、唯一若い黒紫の小竜に番を探し、力を継承することを託した。
竜は十五年経つと成体になり番を探し出す能力が備わる。
小竜は十五年経ったのでアルカナ聖国を飛び立って番を探しにこの国まできたのだ。
「じゃあ竜さんはもう成体なの?成体でも小さいのね」
《本来成体はもっと大きいのですが、僕はなぜか成長が止まっているんです》
「もしかして初代の黒紫竜の聖国を出て行ったという番がわたしの本当の親なの?」
《おそらくそうです。初代黒紫竜の記憶にある番の匂いとルチアは同じ匂いがするので》
ルチアは本当の親がが誰なのかわかったところで会いたいとは思わなかった。
今の両親や兄妹がいれば十分幸せだった。
「あれ?…もしかして…もしかして探している番ってわたしのこと⁈」
《はい、そうです。だからルチアが僕の名前をつけてください》
ルチアは今日は驚きの連続だったが、この事実が一番の驚きだった。
「え〜っ!ちょっと待って……それって拒否権はないの?」
《……申し訳ありません。もう契りを交わしてしまったので》
「えっ、いつ⁈」
《僕がルチアの傷口を舐めてしまって…》
ルチアはハッとなった。契りは血を竜に与えることで成立するのだった。
「だから言葉がわかるようになったのね⁈」
小竜は頷いた。
「はぁ〜」
ルチアは大きくため息をついた。
「わたし、アルカナ聖国には行かないわよ。ここでの穏やかな生活を捨てる気はないわ」
《それは……仕方がないです。その気になるまで説得し続けます》
ルチアは再び大きなため息をついた。
「とりあえず名前をつけましょう。竜さんなんて呼びにくいし。初代黒紫竜をルキウスと名付けたのは地上界に降りてきた希望の光だと思ったからよ。あなたは、そうね……リベル、リベルがいいわ。自由なという意味よ。どう?」
《リベル、いい名前ですね。ありがとうございます》
ルチアは前世で敬語を使う竜など見たことがなかった。
「どうしてそんなに丁寧な言葉遣いなの?」
《アルカナ聖国では僕以外大先輩ばかりの中でいたものですから、こんな喋り方が身についてしまいました》
ルチアはもう一つ気づいたことがあった。
「契りを交わしたってことは、わたし聖女の力が使えるってこと?」
《はい、使えます。先ほどの僕の傷もルチアが治しました》
「あー……そのことも含めてわたしが聖女であることは秘密ねと言ってもわたし以外とは話できないものね。バレることはないか」
《今はまだ必要ありませんが、冥界の魔王がまた地上界に現れたときにはルチアが浄化しなければなりません》
「え〜……まあそのときは仕方ないけど、それまでは今の生活を壊したくないから。リベルはこれからどうするの?」
《もちろんルチアのそばにいます》
ルチアは目を見開いてリベルを見た。リベルはニコニコしてルチアを見返した。
ルチアはまたため息をついた。




