2.前世の記憶
小竜の脚に矢が刺さっていた。翼も何度も矢に当たったのか傷ついていた。
「痛かったよね。すぐに手当てしてあげるから」
ルチアはそう言ったものの、矢をこのまま抜いて出血多量になったら困るし、今手元に治療するのが何もないのでどうしようか思案していた。
小竜に噛まれたルチアの手の甲から血が流れていた。
「きゅうぅ…」
小竜が申し訳なさそうな目をしてルチアの手の傷口を舐めた。
その瞬間、ルチアの頭の中に前世の記憶の一部が浮かんだ。
そっくりだけど少し大人びたルチアが黒紫の竜の背に乗り、聖女の力で魔物を一斉に浄化させている。傷ついた騎士たちにも聖女の力で治癒していた。
ルチアは聖女アテネと呼ばれ、人々に崇められていた。
「えっ!何これ……前世のわたし…?」
ルチアは両手で頭を覆った。
小竜が心配そうにルチアの頭に自分の頭を擦り寄せた。すると淡い光がルチアと小竜を包み込んだ。
ルチアは五百年前の聖女だった前世を思い出した。
五百年ほど前まで、この世界は天界、地上界、冥界の三つに分かれてそれぞれ境界を侵すことなく平和に暮らしていた。
天界では神と呼ばれる存在が、冥界では魔物が、そして地上界では人間などの動物が暮らしていた。
あるとき、冥界に魔王と名乗るものが現れ、魔物を統べるようになった。
魔王は冥界を牛耳るだけでは飽き足らず、地上界をも手中に収めようと魔物を引き連れて地上界に現れた。
魔物は人間や他の動物を襲い、地上界は破滅へと向かって行った。
天界では見かねた神々が議論を交わし、手を貸すことになった。
直接関与できない神々は七体の竜に力を与え地上界に送った。
七体の竜は赤、青、緑、黄、白、黒、紫の色をしていた。
竜の役目はそれぞれ番になる人間を探して力を分け与えることだった。
そうして竜たちは番を探し力を分け与えた。それが聖女と呼ばれる者たちだ。
だが、ルチアの前世であるアテネは底知れぬ魔力を吸収する器があり、黒と紫の両方の竜と契りを結んだ。それにより黒と紫の竜は合体して一つの竜となった。
アテネにかかれば魔物などあっという間に浄化された。
アテネには敵わないと感じた魔王は冥界に逃げ帰り身を潜めた。
そうして地上界は平和が戻ったのだった。
聖女と竜は自分たちの国を作りアルカナ聖国と名付け、再び魔王が地上界に現れたときに備え、聖女の力が受け継がれていくように代々竜と契りを交わすようになった。
ルチアが我に帰ると小竜の矢は消えてなくなり翼の傷も癒えていた。
ルチアの手の噛み傷もなくなっていた。
「きゅう!」
小竜が嬉しそうに尾を振りながらルチアに擦り寄った。
ルチアは小竜を抱いて言った。
「お前が治してくれたの?お前も怪我が治って良かったね。お前はアルカナ聖国の生き残りなの?本で読んだことあるけどアルカナ聖国は百年も前に消滅してるよね?」
《アルカナ聖国は確かに今は存在していません。魔王が現れることもなく平和だったがために、二百年前から竜との契りを結ばなくなる者が増え、聖国を出て行く者が後をたたなかった。そのせいで力の継承がなされず今は聖女は存在しません、あなた以外は》
ルチアは驚いた。小竜が直接頭の中に話しかけてきたのだ。
「どうして急に言葉がわかるようになったの?」
《それは……突然のことで驚かれることでしょうからその説明は後ほど》
「わたしが前世アルカナ聖国の聖女だったことはわかったけど、どうして今も聖女だと言ってるの?」
《……それはあなたがアルカナ聖国の聖女の最後の継承者だからです。アルカナ聖国は百年ほど前に国としては消滅していますが、あなたは唯一継承が続けられた家系の末裔です》
ルチアは驚きと共に困惑した。
そのときルチアを呼ぶスカイの声がした。
「兄さんがわたしを探しているわ。ここで待ってて、すぐに戻って来るから」
ルチアは小竜にそう告げ、牛小屋を出た。
「兄さん、わたしはここよ」
「ルチア!どこに行っていたんだ。木陰で本を読んでいると思っていたのにいないから心配したぞ」
スカイはルチアの肩を掴んで心配そうに言った。
「ごめんなさい、兄さん。牛小屋の掃除をしていたの」
ルチアは上目遣いでスカイを見ながら言った。
「そうか…父さんたちが戻って来たんだ。母さんが夕飯の支度をするから手伝ってくれって」
「うん、わかった」
ルチアは牛小屋の方を気にしながらスカイと家に戻った。
家に戻ると父のヤンと母のモリーが街で買ってきた物を仕分けしていた。
「おかえり、父さん、母さん」
ルチアが言うとヤンは優しく微笑んで頷いた。
「ただいま。悪いけどすぐに夕飯の支度するから手伝って、ルチア」
モリーは片付けをしながら言った。
「うん、今日は何?」
ルチアは小竜にも何か食べる物をあげないとと思いながら聞いた。
「ジャガイモのミルクスープとラム肉の胡椒焼きだよ。ジャガイモの皮を剥いてくれるかい?」
「はーい」
ルチアはジャガイモの皮を剥きながらこっそり一つポケットに忍ばせた。
夕食を食べ終わるとルチアは後片付けを手伝って、牛の様子を見て来ると言って家を出た。家を出る前にテーブルの上の籠に盛っていたりんごを二個持って出た。
ルチアは走って牛小屋まで行った。




