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1.黒紫の竜

 ここはフローラル王国の西の端にある田園風景が広がるオストラル伯爵領。

 豊かな土地に領地の周りにそびえ立つ山々から流れる澄んだ水が美味しい作物を育ててくれている。

 緩やかな勾配の広大な丘には牛や豚、鶏、羊などなどたくさんの家畜が育てられ、この伯爵領に住む者は皆、穏やかでゆったりとした生活を送っていた。

 もちろん、作物や家畜を育てるのにはゆったりなんかできないが、生活面で困っていないということが言いたかったわけだ。


 この物語の主人公ルチルアーヌことルチア十六歳はこの豊かな領地で農場を営む優しい両親のもとで育ち、農場を手伝いながらの趣味の読書を満喫している。


 実のところルチアと両親は血のつながりはない。

 ルチアが赤ん坊のとき、両親が営む農場の牛小屋の片隅に捨てられていて、今の両親が拾って大事に育てた。

 ルチアには二つ上の兄と三つ下の妹がいるが、二人との血のつながりも当然ない。けれども両親は分け隔てなく育てた。

 もちろん兄も妹も血のつながりがないことを承知の上で本当の兄妹のように接してくれていた。


 とにかくルチアは捨てられた身ではあるが、何不自由なく幸せに暮らしていた。

 こんな生活がいつまでも続けば良いとルチアは常日頃から思っていた。



「おーい、ルチア、そっちの草刈りが済んだら昼飯にするぞ」


 兄のスカイだ。ガッチリとした身体に赤みのかかった髪、筋の通った鼻に優しそうな灰色の瞳が、村娘を虜にしている。


「はーい、もう少しで終わるから」


 ささっと終わらせて昼ご飯食べたら木陰で読書をしようとルチアは考えていた。


「お、今日の昼飯はサンドイッチか、美味そうだな」


「こっちがお肉を甘辛く煮詰めてレタスと一緒に挟んだもの。こっちがハムとキュウリとゆで卵だよ」


 スカイは思った通りお肉のサンドイッチから頬張った。ルチアはどちらかといえばハムとキュウリとゆで卵のサンドイッチが好きだ。


「うん、美味い。これ全部ルチアが作ったのか?」


「そうよ。今日母さんと父さんは朝早くから街に小麦を卸に行ったから」


 スカイはもう一つ肉のサンドイッチを掴んで口に入れてからから言った。


「母さんの味そっくりだな。本当に美味い」


「兄さん、口に物を入れたまま喋らないの。口から出てくるわよ」


「小言も母さんそっくりになってきたな」


 スカイは苦笑いしながら言った。

 そういう兄さんも父さんそっくりに粗雑に育ってるじゃないと言いたいのをルチアは我慢した。

 スカイは肉のサンドイッチをもう一切れとハムとキュウリとゆで卵のサンドイッチを一切れ食べると立ち上がって言った。


「俺は残っている草刈りを済ましたら家に戻るよ。ルチアは?」


「わたしはこの木陰が気持ちいいからここで本を読んでから帰るわ」


「相変わらず本の虫だな。そろそろ異性に興味持つ年頃だろう?デートする相手はいないのか?」


 スカイはそう言いながらルチアの頭をクシャクシャに撫でた。


「余計なお世話ですぅ。わたしの恋人は本ですから!」


 ルチアは膨れっ面で答えた。スカイは安心したような顔で優しく微笑んで手を振りながら畑に向かった。


 ルチアが木陰で本を読んでいると裏の山の方から何かの鳴き声が聞こえた。

 普段耳にしている動物の鳴き声とは違っていた。

 ルチアは気になって山の麓にある林の中へ入って行った。

 しばらく歩くと血痕があった。動物の血だろうか、ルチアは血痕が続く方へと行ってみた。

 川があって血痕はそこで途切れていた。


「川にでも落ちたのかしら?」


 引き返そうとしたとき、また聞き慣れない鳴き声が聞こえた。


「キュウ……」


 ルチアは辺りを見回したがどこにも見当たらない。


「キュウゥ……」


 また聞こえたが、その鳴き声はさっきより苦しそうだった。

 ルチアは血痕が途切れた川の前に立ち、しゃがんで川を覗いた。

 岸よりにある川州の草むらの中に何かがいた。

 身体のどこかに矢が刺さっているのが見えた。

 ルチアは迷わず川に入った。こどもの頃からのよく遊んだ川だ。どこを歩けば危なくないか把握していた。

 近づくと生き物は警戒するような声を出した。


「ギューッグルグルグルッ」


「大丈夫よ。怪我をしているでしょう?手当てしてあげるから」


 そのとき後方で声がした。


「見つかったか⁈」


「いやまだだ!怪我をしているからそう遠くへは飛べないはずだ!」


 誰かがこの子を探しているんだとルチアは思った。味方だろうか、この子に矢を放った者だろうか。

 ルチアは生き物を抱えて隠れようと思って草をかき分けた。


 竜だ!まだこどもらしい。


 ルチアは驚いたが急いで小竜を抱えようとして手を噛まれた。


「うっ!」


 ルチアは痛いのを我慢して小竜を抱えたまま声がした方の岸辺に近づき血痕があるところから少し離れた川の中の草むらに身を隠した。


「きゅぅ…」


「しー…」


 ルチアは小竜の頭を優しく撫でた。

 小竜は黒に近い紫の鱗で宝石のように艶やかで輝いていた。


「血痕があるぞ!川に落ちたのか?」


「川下を探せ!あんな珍しい生き物逃すな。相当高く売れるぞ」


 ああ、敵だった、隠れて正解だったとルチアは思った。


 ルチアは辺りが静かになったのを確認して川から上がり、小竜を抱えて自分の家の牛小屋に走って行った。


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