美咲とニジマス独りツッコミ版
K’sキッチン 〜恋愛感情ゼロの美味しい料理〜 美咲とニジマスのセルフパロディになります。
プロットから起こすときに、筆が止まってしまって、どうしようかと悩んだときに作った、ツッコミバージョンです。
こちらを先に作り、これでなんとか流れをつかんで、本編を書いた訳です。
なので、正確にはパロディではありません。制作上の副産物です。
本編とは全然違う作風なので、公表する予定は無かったのですが、こんな作品も悪くないなと思い、短編として発表します。
本編は真面目なので、良ければそちらも読んでくれたら嬉しいです。第一部完しています。
(真面目とはいいつつ、この話が始まりなので、本編もかなりコメディタッチになってしまいました……)
──ちょ、ちょっと待って。
あたしが思ってた“釣りデート”って、こんなんじゃないわ!
湖? ない。青空? 曇ってる。風? 全然ない。
あるのは灰色のコンクリートの池と、パイプ椅子の軍団。
え、なにこれ、水たまり? 釣れるの、魚? いや、多分ニジマス。ニジマス、やる気なさすぎ。
貸し竿、古い。曲がってる。いや、選ばせろ。
焼きそばの匂いが漂ってる。ちょ、誰よここでグルメ大会始めたの?
――ふと見れば、鉄板の前で真剣に焼くおじさん。
デート感ゼロ。むしろ夏祭り。
小学生がギャーギャー騒いでる。デートどこ行った? 親子体験コースなの? あたし聞いてない!
そして啓介は、なぜか笑顔で楽しそう。
(え、ちょっと待って、釣りってこんな家族サービスやってても許されるの?)
心の中で全力ツッコミ。
「誰だ、このシナリオ書いたやつ! あたしの夢はどこに消えた!」
「青空と湖と風のデートはどこですか!」
「パイプ椅子に座るくらいなら帰りたい!」
「ていうか、魚、見えてない? 泳ぐ気ある!?」
「なんで小学生が勝手に楽しんでるの!」
……あ、あたし、壊れそう。
でも、ここで不機嫌になるのも子どもっぽい。
だからあたしは、作り笑いフルパワーで言った。
「うん、そうだね。ここから始めるんだね、初心者は」
──ああ、夢の釣りデートは、まだ遥か彼方。
まず、竿を持つだけで心臓がバクバクする。
「えっと……これ、重っ……!」
貸し竿、思ったよりヘビー級。絶対、子ども使えないでしょ。なんでこんな重いの!?
そして餌。
クーラーバッグから出てきたパックの中をみて、あたしは絶句した。
「……えっ、これ……生きてる? 生きてるよね? あ、いや、動いてる、いや動いてるってどういうこと!?」
手に触れる瞬間、思わず後ずさり。
「むりむりむりむりぃ、こんなの触るなんてできないわよ!!」
言い終わるより早く、啓介の手がすっと動いた。
指先で餌をつまみ、迷いなく針に――ぐさっ。
「ぎゃああああああっ!!」
思わず立ち上がって、パイプ椅子をガタンと鳴らしてしまった。
啓介は特に驚くでもなく、涼しい顔で言う。
「大丈夫、痛くないから」
「いや、今のはあたしが痛いんですけど!?」
笑いながら文句を言うあたしを横目に、啓介は淡々と次の竿の準備を進めていく。
あたしが半泣きで見守る中、彼は手際よく餌をつけ、仕掛けを確認し、完成した竿をあたしに手渡した。
「はい、これで完璧。あとは、ここに投げるだけ」
にこっと笑うその顔が、なぜかやけに爽やかで腹が立つ。
けれど、そんな彼の横顔を見ていると――不思議と笑いがこみ上げてきた。
虫の一匹にここまで大騒ぎして、結局助けてもらって、でも楽しくて。
何この時間。思ってた“釣りデート”と全然違うのに、なんだか最高に面白い。
(……啓介、ずるいな)
苦笑いしながら竿を握る。心臓はまだバクバクしていた。
――虫のせいじゃないはず、たぶん。
糸を垂らす。水面に餌が沈む。
……ふと、静かになった水面を見て、
(……これ、やっぱり釣りって、待つ時間があるんだ)
そんな当たり前のことを今さら思い出す。
(……静かすぎ。ニジマス、寝てる? いや、ここ、本当に釣れるの?)
と思った瞬間、水面がピチッと跳ねた!
「ギョ!?」思わず声を上げるあたし。
竿がググッと引かれる。
(え、ちょ、ちょっと待って! あたし、釣ってる!? 釣れてる!?)
あわあわしながら竿を握る。手が震える。
隣で啓介は落ち着いた手つきで、糸を少し引き、魚をうまく誘導している。
「大丈夫、持っててあげる」
……え、持っててあげるって、誰が誰のために!?
あたしは心の中で悶絶しつつ、啓介の指示に従うしかない。
でも……あれ? 魚が水面に出てくる瞬間、なぜか笑いが止まらない。
(釣れた! すごい! あたし、釣った! しかも、啓介が手伝ってくれた! いや、啓介いなきゃ無理だったけど!)
魚を取り上げる瞬間、思わず後ずさり。
「ギョギョ! うわ、触れない! でも、もう誰かの手が伸びてる……!?」
啓介はスマートに手を添えて、魚を渡す。
「ほら、こうすれば大丈夫」
……ああ、これ、あたしがドタバタしてるだけで、彼は普通に釣りしてる風を装ってる!
しかも、カッコいい!
心の中で叫ぶ。
「なんであんたは、こんなに冷静なのに、どうしてこんなにカッコいいの!」
あっという間に、落胆していた気持ちはどこかへ吹き飛んだ。
夢の“青空の湖”はなかったけど、目の前のこの瞬間――釣り堀で大騒ぎしているあたし――
これはこれで、楽しい、最高に楽しいデートになってしまったのだった。
釣った魚を手に、まだ心臓がバクバクしているあたし。
でもその瞬間、視界の片隅で妙な光景が目に入った。
小さな池の隅で、別の女の子が釣り竿を握りながら叫んでいる。
「やだ、触れない! 触れないよぉ!」
……いや、そりゃ触れないよ、わかるよ、わかるけど!
隣にいる男の子は、笑顔でこう言っている。
「そんな困ってるのも、かわいいよ~」
……は? 何それ。困ってるの“かわいい”で片付けるの!?
あたしなら、叫ぶね、間違いなく叫ぶね、これは暴動レベルだよ!
(ちょっと待って、世の中の男子!、マジでわかってる? 触れない子は困ってるの! かわいいとかじゃないの!)
でも、その反対側で啓介は、あたしが触れられずにモタモタしている魚に、さりげなく手を添えてくれる。
「大丈夫、こうやれば持てるよ」
……ああ、何この差。
同じ「困っている女の子」なのに、扱いが違いすぎる。
内心、顔が熱くなる。
(ああ、啓介……本当にわかってるんだ。こういうの、全部)
魚を持たせてもらい、無事釣りを続けられる安心感と、彼の優しさに、あたしは思わず笑顔になった。
「……なんだろう、これ。落胆してたのがウソみたいに楽しい!」
心の中でこっそり叫ぶ。
「やっぱりあんた、すごい……惚れ直すわ」
釣り堀の小さな池は、あたしの心の小宇宙に変わった。
魚も跳ね、あたしも笑い、啓介も淡々とカッコいい――
(……あの人は、見ていないようで、いつもあたしを見てる)
そんな気づきが、胸の奥で静かに灯った。
なんていうか……ここ、最高に“非日常”かもしれない。
最終的に10匹以上のニジマスが釣れた。
最初の一匹を触るときは、悲鳴と共に手袋越しだったのに、終盤には「ほら来た!」と叫びながら素手でつかんでいる。
人間、慣れって怖い。
周囲の家族連れが「お姉ちゃん上手だね~」と声をかけてくる。
思わず「えへへ、まあ、師匠がいいので!」と啓介を指差していた。
もう完全に調子に乗っている。
釣ったニジマスは、その場で焼かれる。
香ばしい匂いが立ちのぼると、あたしの胃袋が条件反射で反応した。
(なにこの匂い、反則じゃない? 絶対お腹すくやつ!)
煙がふわふわ漂う中、つい真剣な目で焼き場を見つめてしまう。
今のあたしは「食」に全集中。
もはや釣りではなく、戦いの最終局面である。
そしてついに、焼き上がったニジマスが目の前に。
啓介は背中からかぶりつく。
(なるほど……そうやって食べるのか。なるほど……ワイルド……)
あたしも見よう見まねで、えいっと口をつけた。
――パリッ。ふわっ。
え、なにこれ、美味しすぎない?
もう上品になんて考えていられない。
夢中でかぶりつく。
「お、もう二口目?」
「いや、これは一口目の延長です!」
そんな意味不明な言い訳をしながら、あたしはどんどん食べ進めた。
釣る喜びもすごかったけど、食べる喜びの破壊力が想像以上だ。
炭火の香り、魚の淡い塩気、パリパリの皮の音。
五感が全部 うまい!って叫んでいる。
(……あれ、あたし、今、幸せの絶頂かも?)
気づけばきれいに食べ尽くしていた。
横を見ると、啓介が静かに笑っている。
「いやぁ、思ってたより、楽しそうにしてたね」
「はい。……思ってた“湖のデート”じゃなかったけど!」
「うん。でも、“大漁デート”にはなったね」
その軽口に、思わず笑ってしまう。
釣り堀という現実の中で、あたしは確かに“青春ドラマ”の主人公になっていた。
――青空の湖はなかったけれど、今日のあたしは、人生で一番うまい魚を食べた。




