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五年子達〜呪われた世代が神を討つ〜  作者: 碧甫
第一章 禍野街戦編
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第九話 片腕の男


 夜空を裂く轟音。 

 霧原は、影の男を撃退した直後、その光景を見ていた。立ち上がろうとしたが、傷の痛みで視界が歪む。 もう一歩も動けない――そう悟った瞬間、彼の体は崩れ落ち、そのまま意識を手放した。

 視線が途絶えた先。数珠使いと五十嵐の戦いは、なおも続いていた。


 瓦礫の地に血が滴り落ちる。 

 五十嵐の右腕はすでに無く、肩口からは布が裂け、赤黒い血が伝っていた。片腕で構えるその姿は、誰の目にも瀕死に映った。

 しかし、動揺しているのは数珠の男の方だった。



「……馬鹿な。自分で……切っただと?」

「おうよ。てめぇの数珠がどうにも外れねえからな。腕ごと持っていった方が早え」

 五十嵐は豪快に笑う。その異常な決断力と狂気に、数珠の男の背筋を冷たいものが走った。

「腕一本ぐらい、お前にくれてやる。だかそれ相応の対価を支払ってもらうぜ」

 五十嵐の左足が地を叩き、地鳴りのような衝撃が走る。

 次の瞬間、片腕とは思えぬ勢いで肉体が突進する。「こいつ……片腕になってなお速い!?」

 敵は即座に数珠の盾を形成し、迎え撃つ。

 数珠の男は余裕の笑みを浮かべた。

「そんな体では今度は弾くことも不可能だ」

 幾重にも巻かれた数珠が鉄壁の防壁を築く。

 五十嵐の拳が数珠にあたるが、数珠はわずかに揺れただけで崩れもしなかった。

「今度こそ終わりだ」

数珠の男は五十嵐の腕を掴み、地面に叩きつけた。


 だが、

 盾を叩いたのは五十嵐の拳……ではなかった。

「な、に……!?」

 視線を落とすと、そこにぶつかっていたのは血に濡れた“右腕”。 

 切断されたはずの五十嵐自身の腕が、投げ込まれていたのだ。

「まさか――囮っ……!」

 その言葉が終わるより早く、男の横に影が迫る。

「甘ぇよ」

 五十嵐本人の拳が、数珠の死角から突き抜けた。

ドゴォッッ!! 

 全身の体重を乗せた一撃が、男の顎を砕き、壁ごと吹き飛ばす。

 血と数珠が飛び散る中、五十嵐は静かに肩を上下させた。

「片腕だろうが……勝てりゃいいんだ」

 五十嵐はそういうとその場に倒れた。

 片腕をなくし、全身に痛みを伴い動くことができなかった。

 遠くではまだリキとヨルの声がする。

「くそっ、お前らすまねぇ」

 意識はあるが体が動かない。五十嵐はただリキ達の様子を見ることしかできなかった。


 五十嵐の視線の先。瓦礫の向こう。 

 リキとヨルは、全身泥に覆われた男と対峙していた。

「行くぞ、ヨル!」

 リキが拳を振り抜く。地面を割り、轟音と共に衝撃波が走る。

 だが――泥の男の身体は、どろりと液状に変わり、拳は空を切った。

「無駄だ。私に打撃は届かん」 

 低い声と共に、泥の腕が鞭のようにしなり、リキの肩を叩きつけた。

「ぐっ……!」 

 火傷のような痛み。酸の混じった泥で肩口から煙が上がる。

「リキ!」 

 ヨルが叫び、周囲の空気が歪む。時間の流れが一瞬だけ遅くなり、迫る泥の飛沫が空中で停滞する。「……今だ!」 

 ヨルの歪曲に合わせ、リキがもう一撃を叩き込む――が、やはり泥は形を崩して逃げた。

 泥の男は嗤う。

「いくら攻撃しても無駄だ。泥は形を持たず、酸は肉を蝕む」

 次の瞬間、足元の地面が沼のように溶け出し、リキの膝までを呑み込んだ。

「なっ……!?」

 酸性の泥が肉を焼き、焦げた臭いが立ち上る。

「ぐああっ!」

  必死に足を引き抜いたリキの脛は赤黒く爛れていた。

「チッ……!」 

 ヨルは歯を食いしばり、相手の動きを遅らせようと時空を歪める。

 だが、敵の全身は泥。形を保たないそれは、ヨルの感覚をすり抜け、時間の枠からも逃れる。

「ヨル! 下がれ!」

 リキが前に出る。だが、拳を繰り出す度に泥が溶け、逆に酸のしぶきが皮膚を焼いていく。  

 肩、腕、胸――赤い傷がじりじりと広がった。

「くそっ……攻撃が当たらねぇ!」

「……っ、リキ、このままじゃ……」 

 ヨルの息も荒くなる。酸に焼かれた袖口から血が滲んでいた。

 泥の男は悠然と歩を進める。

「その程度か。所詮は未熟な子供。突っ込んでくるガキは殺すか」

 そういうと巨大な泥の波が形を成し、リキを飲み込もうと押し寄せる。

 夜も明け微かな光の星達がリキを静かに見守る。 


 リキは渾身の力で抗い、ヨルも声を張り上た。

――しかし津波のような泥は止まらず、押し潰されそうになる。


 

 その時だった。

――ゴオオオッ!

 突如、空から烈風が降り注ぎ、泥の津波を真横から吹き飛ばした。

 泥が裂け、飛沫が四散し、地面が削り取られる。

「な……!?」 

 泥の男が目を見開く。

 風煙の中、凛とした声が響いた。

「もう終わりだ。これ以上は――やらせない」

 上空から一人の女がゆっくりと降り立った。長い黒髪を風に靡かせ、冷ややかな瞳で戦場を見渡す。


— —零部隊副隊長・朝霧風吹(あさぎりふぶき)

 彼女の指先がかすかに動くと、周囲の空気が圧縮され、轟音と共に爆ぜた。

 リキとヨルはその場に押し倒され、泥の男も同時に遠くに叩きつけられる。

 リキは呻きながら顔を上げた。

「……誰、だ……?」

 風吹の瞳は冷たく、それでいてどこか痛みを帯びていた。

「あなたたちを……止めるために来た」


ドドドドド……!

 夜空を震わせ、数機の軍用ヘリが禍野街上空に到着する。 

 先頭の機体から黒い影が次々とロープを伝い降下した。その中で、一際落ち着いた声が無線を通じて響く。

――零部隊隊長・望月感司(もちづきかんじ)

「こちら零部隊。禍野街外周に五年子や市民を多数確認。内部には瀕死の一般市民、その周囲を複数の五年子が囲んでいる。外の五年子達は俺たちが制圧する。一、二部隊は外にいる市民を、三部隊は街中の確保に回れ」

『――了解』 

 無線越しに応答する声が重なり、状況が一気に動き出す。

 リキは、何が起きているのか理解できない。ただ圧倒的な軍の力と気配に、身動きひとつ取れずにいた。


「私は五年子対策本部――零部隊副隊長、朝霧風吹。五年子を保護しに来たの」 

 瓦礫の上に降り立った女は、感情を抑えた淡々とした口調で名乗った。

「怪我は? 今戦っていた相手は誰?」

 鋭い問いに、ヨルが短く答える。

「あいつは……黒陽会の手下だ。俺を捕まえに来た」

 二人はふと周囲を見回した。

 瓦礫の隙間に横たわる霧原の姿。そしてその奥に――片腕を失いながらも立ち尽くす五十嵐の影を見て、息を呑む。

 リキもヨルも考えることは同じだった。

 すぐに霧原の元へ駆け出し、風吹もその後を追った。


 

 三人は瓦礫を飛び越え、血と煙が混じる夜気を切り裂く。 

 すでに零部隊の隊員たちが霧原の周囲に集まり、応急処置を施していた。

「意識はない。脈はあるが浅い、呼吸も不安定だ」  隊員の声は冷静だが、その手の動きは迷いなく的確だ。霧原の額に布が当てられ、指先から淡い光のような波が走る。

 リキは膝をつき、霧原の顔を覗き込む。口角に血を滲ませ、半ば閉じたまぶたは動かない。  

 胸の奥で焦燥が跳ねた。


「五十嵐さんは?」 

 ヨルの低い声に導かれるように、二人はさらに奥へ進む。

 そこに立つのは、片腕を失いながらもなお背筋を伸ばした五十嵐だった。裂けた布から血が滴り落ち、断面が露わになっている。それでも表情には豪快さが残り、しかしその奥に深い翳りが差していた。

 五十嵐は彼らを見つけ、ゆっくりと片方の拳を下ろした。

「……悪ィな。俺がもっと早く片付けてりゃ、てめぇらをこんな目に遭わせなかった」

 謝罪の言葉に、リキの胸がざわつく。怒りでも責任感でもない――ただ、戸惑いを混ぜた感情だった。彼の瞳の奥にある真剣さと痛みを見てしまったから。

「俺が弱かったせいで……お前らを危険に晒した。すまねぇ」

「……しかし相変わらず無茶をしますね、五十嵐隊長」 

 傍らで肩を支えていた望月が苦く言う。

「隊長って呼ぶな。俺はもう政府の犬じゃねぇ」

 リキとヨルはきょとんと顔を見合わせる。 

 その様子を見て、望月が説明を付け加えた。

「お前らは知らねぇだろうが……五十嵐さんは元々零部隊のリーダーだったんだ。能力なんざ持たねぇくせに、五年子と渡り合って勝ち続けた化け物だよ」

「能力なしで……?」

 リキの声が震える。

 五十嵐は苦笑し、片腕を押さえながら肩を揺らした。

「そうそう。“人類最強”なんて二つ名まで付けられてな。俺からすりゃ迷惑だったがよ」

望月は続ける。

「当時、政府は五年子を制御できなかった。だが五十嵐さんが前線に立ち、何度も脅威を退けた。……今の零部隊が存在できるのは、そのおかげだ」

 ヨルは五十嵐を見つめた。初めて会ったときの豪快な印象が、過去を背負う重さと混じり、まったく違う色を帯びていく。

「引退後は消息不明だったが……まさかこんな場所で出会うとは」

 望月がつぶやく。

 五十嵐は一瞬黙り込み、吐き出すように言った。

「俺は政府が嫌いだ。だから一人で五年子を守るためにやってきた……だが、ここまでだな」

 血と涙で滲むその顔を、リキとヨルははっきりと見た。


 その時、望月の無線が鳴る。

『こちら第三部隊。禍野街内部にいた市民一名と、大人の五年子五名を確保しました』

「了解」

 望月が応じ、無線を切ろうとしたその瞬間—

「待って! 柚は? 女の子と、子供たちは?」

 リキが声を張り上げる。

 望月が問い返す。

「……確認できるか?」

 無線の向こうから返答があった。

『内部は隈なく探しましたが、子供や女性の姿はありません。確認できたのは先ほどの人数だけです』

「ふざけんな……子供たちもいるはずだろ、もう一度探せ!」

 五十嵐の声が荒れる。


 消えた柚と子供たち。


 街全体に、冷たい動揺が広がった。


九話ありがとうございます。碧甫です。

五十嵐の過去や零部隊の登場などありましたが、柚達は大丈夫なのか。それではまた次回

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