第四話 命気と神気
広場での紹介が終わり、人々のざわめきが落ち着いた頃、五十嵐が腕を組んで言った。
「……お前たちに、会わせたい奴がいる」
リキとヨルは顔を見合わせ、無言でその背に従う。
辿り着いたのは街の外れにある古びた倉庫だった。扉を軋ませて中へ入ると、土と水の匂いが鼻をついた。そこには数十もの植木鉢が並んでいる。しかし多くは茶色く枯れ果て、生命の気配を失っていた。
その中央。少女がぽつんと座っていた。二人より幼い少女は、栗色の髪は肩で切り揃えられ、顔の奥の瞳は、どこか張り詰めていた。
「柚だ」
五十嵐が短く紹介する。
少女――柚は、二人を見上げると小さく首を傾げた。
「……あなたたちも、五年子?」
その声はかすれていたが、不思議と澄んでいた。
「そうだ」
ヨルが応じる。リキは何か言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。少女の周囲に漂う空気に、強い違和感を覚えたのだ。
五十嵐が静かに言葉を続ける。
「こいつも狼牙に救われた一人だ。だが、能力を制御できずにここで隔離されている」
リキは目を見開く。ヨルも僅かに息を呑んだ。父が残したものの大きさを、またひとつ知らされる。
沈黙を破ったのは霧原だった。倉庫の柱にもたれていた彼が、淡々と口を開く。
「……お前たちも知っておくべきだろう。五年子の正体を」
リキとヨルが視線を向ける。霧原はゆっくりと歩み出て、言葉を重ねた。
「生き物には誰しも“命気”がある。生きる力の流れだ。だが五年子は違う。神から“鍵”を授けられている。その鍵を通じて命気は変質し、“神気”となる」
霧原が手をかざすと、指先の周りがかすかに揺らぎ始めた。波のように揺れ、淡く震える空気。
「神気は強大だが、同時に危うい。常に漏れ出し、消費も激しい。制御できなければ己を蝕み、周りを巻き込む」
リキは唾を飲み込む。柚の周りに枯れた植木鉢が並んでいる理由が、直感的に理解できた。
霧原は続けた。
「例えるなら命気とは、鎖でぐるぐるに巻かれた水のようなものだ。普通は、その鎖の隙間からにじみ出るわずかな水で身体を動かし、生きている。だが五年子は違う。我々の鎖には“鍵穴”が刻まれており、そこには神より授かった鍵が差し込まれている。普段は鍵が半ば刺さったまま、水はじわじわと別の性質へと変質し流れ出す。これが神気だ。そして覚醒の時――鍵を深く差し込むことで鎖が解け、奔流のように神気が溢れ出す。」
リキが小さく呟く。
「だから五年子は……」
何かわかったように顔を上げた。
「そうだ」
霧原が頷く。
「だからこそ短命でもある」
重い沈黙が落ちた。リキは拳を握り、胸の奥に刺さる不安を振り払おうとした。
五十嵐がその場の空気を断ち切るように笑った。
「まぁ、理屈はどうあれ大事なのはここからだ。柚も、夜流も、力も――お前ら三人は特別だ。それぞれ強くなる理由がある。だから今日から俺と霧原で修行をする」
彼の瞳には揺るぎない光が宿っていた。
「まずは組み手だ。体で理解してもらう」
リキとヨルは思わず息を呑む。柚もまた、かすかに顔を上げた。
倉庫の裏には小高い丘があった。そこに五十嵐が片手を上げて合図した。
「まずはお前からだ、夜流」
ヨルは深呼吸し、地面を蹴った。
その瞬間、周囲の景色がゆがむ。
ヨルは拳を振り抜いた。歪められた時間の中では、彼の動きは残像すら置き去りにする速さとなる。
だが五十嵐は、肩の筋肉が動いた瞬間に軸をずらし、あっさりと拳を受け止めていた。
「なっ……!」
ヨルは目を見開いた。
「速さを誤魔化しても、力の伝わる順番は誤魔化せねえ」
五十嵐は淡々と語る。
「肩が先に動けば、腕が来る。腕が動けば、次は足だ。……その程度の順番、能力なくても丸わかりよぉ」
ヨルは悔しさを押し殺し、次の一手を打った。今度は対象の動き自体を遅くする。これで相手は次の一手を見破れたとしても体が動かないことにはどうしようもない――その隙に横腹に蹴りを仕掛ける。
だが五十嵐は倒れなかった。
むしろ逆に、地面に根を生やすように踏み込み、ヨルが体勢を崩される。
「そんな蹴り、避ける方が面倒だ」
五十嵐の瞳は獲物を狙う猛獣のように鋭い。
「今度は俺からいくぜっ」
振り抜かれた拳がヨルの額寸前で止まる。風圧で髪が大きく揺れた。ヨルは歯を食いしばった。
時間を遅めようとする前に既に目の前に拳が到達していた。能力を駆使しても、相手に一撃も入れられない――。その絶望と同時に、五十嵐の言葉が重く胸に響いていた。
「俺はな、夜流。幾度となく命を張って、五年子だろうが怪物だろうが拳でぶち抜いてきた。何百回、何千回、死線を越えたその積み重ねが、今の俺だ。……能力に頼るだけじゃ、いつか死ぬぞ」
ヨルは息を荒げながら、拳を握り直した。悔しさと同時に、燃えるような闘志が心の底から湧き上がっていた。
月影夜流の能力
《時間歪曲(クロノ•シフト)》
《通常時》
—本人を中心に半径一メートルの範囲。その領域内では時間の流れそのものが歪められ、速度を自在に変化させることができる。相手の動作をわずかに遅らせることも、自らの動きを加速させることも可能。今はまだ小さな範囲だが、戦局を揺るがすには十分厄介な能力。
「次は……お前だな、力」
五十嵐の声に、リキは小さく息をのんだ。
「俺が……」
胸の奥に残る“寿命”の話がまだ棘のように刺さっている。けれど、それを振り払うように拳を握った。
五十嵐は微笑みながら手招きする。
「怖気づくな。思い切り来い」
リキは地面を蹴り、突進した。拳に込めたのはただの力――のはずだった。しかし振り抜いた瞬間、拳から放たれる圧が爆ぜるように膨らむ。
五十嵐はわずかに目を細め、軽く腕を動かしてそれを受け流した。
「……ほう。重いな」
「えっ……?」
リキ自身が驚いていた。自分の拳が、想像以上の威力を生んでいた。
「お前の拳には“意思”が乗ってる」
五十嵐は低く言った。
「普通の五年子は神気をただ流すだけだが……お前は無意識に、それを増幅させてやがる」
リキは意味が分からず、歯を食いしばってもう一撃を放つ。
ドンッ!
地が割れ、拳が風圧を生む。確かに“意思”が乗っている。だが――。五十嵐は一歩踏み込み、リキの腕を軽く弾くだけで、全ての勢いを無力化した。
「けどな……その力は荒すぎる。増幅する意思が強けりゃ、制御を失って自分ごと潰す」
五十嵐の掌底がリキの胸元に届く。わずかに触れただけなのに、全身が壁に叩きつけられたように吹き飛んだ。
「ぐっ……!」
リキは地面に膝をつき、息を荒げる。
「覚えとけ、力」
五十嵐は淡々と告げる。
「お前の力は特別だ。だが制御できなけりゃただの爆弾だ。……それでも伸ばせば、誰よりも強い拳になる」
リキは顔を上げた。悔しさと同時に、心の奥で燃える何かを感じていた。――自分には、まだ知らない“何か”が眠っている。その予感だけが、全身を震わせていた。
増田力の能力
《意思増幅(ウィル•アンプリ)》
《通常時》
—自身の“意思”を神気に変換し、その出力量を増幅させる能力。感情が昂れば昂るほど、神気は爆発的に膨張し、常人離れした力を発揮する。だが、その奔流を制御するのは困難であり、暴走すれば自らをも呑み込む諸刃の剣となる。
「最後に柚…本気で来い」
柚が深呼吸し、足を踏み込む。空気がざわめき、小石や砂利が吸い寄せられて宙に浮いた。
「はッ!」
彼女が腕を振ると、無数の石片を自身に引き付ける。その際、弾丸のような石片が五十嵐へ飛ぶ。
五十嵐は一歩も動かず、拳で弾丸の群れをはじき飛ばす。
「弾速は悪くねぇ。だが読みやすいな!」
柚は息を荒げながら両手を広げた。今度は吸引が逆に働き、柚の周囲の風が刃のように一斉に五十嵐を切りつける。
五十嵐が地面を強く踏み込むと、鈍い破裂音が大地を駆け抜けた。
大気が震え、足元から立ち上る衝撃が風の流れを押し上げる。迫りくる刃は、その軌道を無理やりねじ曲げられ、まるで見えない手に掬われたように天へと逸れていった。
「力はある。だがその程度ならこっちで軌道を変えれる!」
その時だった。柚の体から目に見えぬ渦が広がり、リキとヨルの胸奥がずきりと痛んだ。
「な……身体の底が、引っ張られてる!?」
リキがよろめく。
「まさか……俺まで!?」
ヨルも額に汗を浮かべた。
柚自身も顔を青ざめさせる。
「ち、違う……止められない……! 体が勝手に……!」
五十嵐が即座に動いた。彼女の肩に片手を置き、もう一方の拳を地面に叩きつける。轟音と共に土煙が立ち上り、渦の中心が強制的に断ち切られた。
柚はその場に膝をつき、肩で大きく息をする。
「ご、ごめんなさい……!」
五十嵐は苦笑しながら柚の頭を軽く小突いた。
「謝るな。今のはお前が悪いんじゃねぇ。――それだけ力が規格外ってことだ。」
リキとヨルは言葉を失う。
もし彼女が敵だったなら、自分たちは今ここに立っていなかった。未完成の力の片鱗だけでさえ、容易に仲間ごと巻き込むほどだったのだ。
だからこそ、痛感する。
強くならなければならない――そうでなければ、次は生き残れない。
潮見柚の能力
《吸放流転(フロー•サージ)》
《通常時》
—自身を中心に半径五メートルの範囲で、周囲の力を吸引・放出することが可能。相手の体を強制的に引き寄せたり、自分より軽いものなら弾き飛ばすこともできる。攻防の両面で利便性が高く、応用次第で戦況を大きく変える力を秘めている。
第四話ありがとうございます。碧甫です。
ついにリキ達の能力が明かされました。ここでは、簡単な説明で済ませましたが、今後たくさんのキャラが出てきた時に、能力を詳細に説明する資料的なものも制作しようと思っております。それではまた次回




