第三話 謎の男
緊張感の走る沈黙が続いたのちにヨルは震える声を絞り出す。
「……俺の父は、月影狼牙。ここに来れば助けてくれるはずだと……言われてきた。」
男の目が細くなる。沈黙が落ちた。やがて低く息を吐き、ようやく腕を下ろす。
「……狼牙の息子、か……あいつが来てねぇってことはそう言うことか」
重い声が響いた。敵意は消えていたが、同時に悲しみを孕んでいるようでもあった。
「俺は五十嵐。ここで禍野街をまとめている。……話は後で聞く、お前らついて来い」
緊張が解けた瞬間、リキは足の力が抜けそうになる。だが、五十嵐の背に従って歩き出した。
街の中には二、三十人ほどの男女が暮らしていた。十代半ばの少年少女から、四十に近い者まで。どの顔も傷や疲労を刻んでいたが、その目には不思議な光が宿っていた。
「ここが……禍野街」
リキが呟くと、五十嵐がちらりと笑う。
「外とは違う。ここじゃ、共存することが大切さ」
やがて一行は街の中心部――瓦礫を組んで作られた拠点に辿り着く。
その奥から、一人の男が姿を現す。長身で痩せた体躯。冷静な瞳が五十嵐に向けられる。
「……五十嵐さん、大丈夫でしたか?」
「ああ。ただの子供だ。だが――狼牙の息子だ」
五十嵐が短く答える。
男はヨルに長く視線を向けたあと、ゆっくりと頷いた。
「……やはり。狼牙さんに似ているな」
その声は淡々としていたが、わずかに感情が混じっていた。
そして次にリキへと目を向ける。
「お前も五年子だな。ただ……波が違う。他の五年子とは揺らぎが異なる」
リキは思わず言葉を失った。自分が何者なのか分からず、ただ困惑する。
男は名乗った。
「霧原索斗。五十嵐さんと共にここを守ってる」
「とりあえず中で休め、夜になったら食堂に来い。」
霧原は短く言葉を残し、その場を後にする。
不安を抱えたままリキはヨルと共に足を進めた。
その夜。拠点の食堂。湯気の立つ木皿が並べられる。煮込まれた野菜と少量の肉が混ざった素朴なスープ。空腹で胃が鳴っていたリキは、思わずスプーンを手に取った。
口に含むと、驚くほど温かい。味は薄いのに、不思議と胸の奥まで沁み渡っていく。しばらくして、黙々と食べていた五十嵐が、ふと口を開く。
「……狼牙の息子、だったな」
ヨルは短く頷く。
「はい」
五十嵐は低く笑みを浮かべる。
「……あいつとは昔からの仲だ。拳を交わし、酒も酌み交わした。なのに……こんな形で息子に会うとはな」
その瞳には一瞬、哀惜がにじむ。ヨルは黙って聞いていた。視線は皿の中のスープに落ちたまま、拳を震わせている。
「……父さんは、黒陽会に殺された…」
ヨルは低く告げた。その声には怒りよりも、深い悔しさがあった。
「やはりそうか。黒陽会……」
五十嵐の目から影が消えた。代わりにじわじわと怒りが溢れ出した。
「黒陽会……?」
リキが怪訝そうに眉をひそめる。聞き慣れない名だった。ヨルはリキに視線を向ける。
「……お前にまだ言ってなかったな。俺の家系は黒聖陽明会、通称黒陽会のトップ達、御三家に従う分家の家系なんだ。だが親父は黒陽会に反発して、追われることになった。……黒陽会は五年子を“神の器”として崇める狂信的な連中だ。俺の両親は、逃げる道中奴らに殺された」
リキは絶句した。これまでのヨルの冷静さの裏に、そんな過去が隠されていたのかと。
「……そんな奴らが、本当にいるのか」
五十嵐が重く頷く。
「いるさ。禍野街も何度も狙われてきた」
沈黙が落ちる。お椀を持つリキの手がかすかに震えていた。
「まぁでも、この街には狼牙に救われた奴らもかなりいる。みんな狼牙には感謝してるぜ」
五十嵐は重くなった空気を入れ替えるよう話した。
「……で、坊主。お前は?」
五十嵐はリキの方に目を向けた。
リキはスプーンを握り直し、少し間を置いて答える。
「……増田力。天ヶ瀬から来ました」
「名と地元だけじゃ足りねぇな。お前は……何者だ?」
重い問いに、リキの喉が詰まる。
しばしの沈黙ののち、彼は俯きながら言った。
「俺は……ただの人間です」
その瞬間、霧原の声が割り込んだ。冷たく、しかし揺るぎなく。
「違うな。お前も五年子だ」
リキは顔を上げる。
「……っ!」
否定したいのに、胸の奥が強くざわめいた。言葉が出てこない。
五十嵐はじっと彼を見つめ、やがてスープをすすりながら言った。
「どちらにせよ、いずれ向き合うことになる」
テーブルの上に重たい沈黙が落ちた。リキの心臓の音だけが、やけに響いていた。
翌日。禍野街の中央にある広場に、住人たちが集められていた。ざわめきの中、五十嵐が大声を張る。
「よーし! 静かにしろ! 今日は新しい仲間を紹介するぞ!」
集まった人々の視線が、リキとヨルに集まる。二人は思わず背筋を伸ばした。
「こっちの黒髪が、増田力。……そして隣は、月影夜流だ」
五十嵐の口調が少しだけ誇らしげになる。
「夜流は、あの狼牙の息子だ」
一瞬、広場に沈黙が落ちた。だが次の瞬間、驚きと歓声が広がる。
「えっ……狼牙のおじさんの子供!?」「ほんとかよ!」
小さな子供が目を輝かせて駆け寄る。
「すげー! なら頼もしいぜ!」「俺たちも前に助けてもらったんだ、狼牙のおじさんに!」
その言葉にヨルの目がわずかに見開かれる。胸の奥が熱くなる感覚があった。自分の父を覚えている人たちが、ここに確かにいる。
ヨルは少し照れながらも、小さくうなずいた。「……俺に、そんな大層な力はないけど。よろしく頼む」
その反応に、子供たちが一層はしゃぎ、大人たちも温かい笑みを向ける。五十嵐は腕を組み、にやりと笑った。
リキは横でその様子を見ていた。ヨルが少し誇らしげに見えることに気づき、ふと胸に小さな感情が芽生える。――ヨルの気持ちが少しでも軽くなったと思うと安心ともつかない、複雑な気持ちが漂った。
――その時。
拠点の隅、崩れかけた瓦礫の陰に、一人の男が蹲っているのが目に入った。 背を丸め、膝を抱え、顔を伏せている。周囲の喧騒から取り残されたように、ただ静かに。
気になったリキは歩み寄った。
「……大丈夫ですか?」
男はゆっくりと顔を上げた。血管の浮いた腕には針跡のような無数の痕。顔はしわと疲労で刻まれ、目の光は弱々しい。
「……新しい五年子か。羨ましいな。まだ未来がある」
くぐもった声はかすれ、諦めと僻みが滲んでいた。
「未来……?」
リキが問い返す。
男は薄く笑った。だがその笑みは皮肉にしか見えなかった。
「俺はもうすぐ死ぬ。……四十二だ」
リキの胸に冷たいものが走る。
「死ぬ……って、病気か何か……?」
男は首を横に振り、唇を歪めた。
「お前しらねぇのか。……五年子はな、誰一人として四十五の年を迎えられねぇんだ」
その言葉が落ちた瞬間、世界が静止したかのように感じた。
最近まで自分と関係なかった存在の五年子達。その背負う宿命の重さが、一気にリキにのしかかる。
「呪われた子は、長生きなんてできねぇ。……それが、俺たちの現実だ」
男の声はかすれ、空気に溶けて消えていった。
リキの心臓がどくん、と鳴る。
未来を失う音のように、重く。
第三話ありがとうございました。碧甫です。
今回新しい情報がかなり出たと思います。今後の展開に重要になる部分もありますので、一応そのつもりで、
それではまた次回




