二十五話 血のプレゼント
零部隊
山田
本名は七瀬。初任務の蔵で対に助けられる。
双葉対
七瀬と同い年。初任務の蔵で鬼道無骨に捕まる。
朝霧風吹
零部隊副隊長。蔵のその後を気にしている
双葉対が消えてから一週間が経過した。
蔵から一人で戻った七瀬は、本部に何も報告できずにいた。
「七瀬さん。このまま黙っていたら、こちらとしてもどうすることもできないのよ」
風吹は少し強めの口調で七瀬に問いかける。
「蓮も、あなたの考えは読めないの。だから、あなた自身の口から、何があったのかちゃんと説明してほしいの」
風吹の言葉に、七瀬はようやく口を開いた。
「対が無事に戻るまでは、本部全体に何があったのか話すことはできません。でも、このまま何もしなければ、対は帰って来ない。だから……師匠に会わせてください」
師匠――それは、七瀬と対が零部隊に入隊した頃、毎日のように鍛えてくれた恩師だった。
「わかったわ。でも、引退後の彼がどこにいるかは正直わからないわ」
「大丈夫です。必ず探してみせます」
七瀬には手がかりがあった。
すでに零部隊を引退していた師匠は、七瀬と対を鍛えていた頃、
「俺ももう長くは生きられん。お前たちを鍛え終えたら、海辺の見える島で家族と余生を楽しむつもりだ」
と日々口にしていたことを、七瀬は覚えていた。
それから1ヶ月後。
師匠の行方を探り続けた七瀬は、ようやく師匠の居場所を突き止めた。
遠くの浜辺に一軒の建物が見え、その前では二人の男が、海を背に組み手をしている姿が目に映った。
「師匠、旋流師匠!」
七瀬は遠くから声をかけた。
師匠も七瀬に気づくと、ゆっくりと七瀬の方へ歩み寄る。
「七瀬か?」
「はい」
「久しぶりだな。というか、よくここがわかったな」
師匠がそう言うと、後ろで組み手をしていた男も近づいてきた。
「こいつは俺の息子だ。
索斗、彼女は零部隊で俺の教え子の七瀬だ」
「霧原索斗です。以前は父がお世話になりました」
男は丁寧に頭を下げた。
「いえいえ、お世話になっていたのはこちらの方です。七瀬結です、初めまして」
「こんなところで話すのもなんだ。うちに来なさい」
そういうと、師匠は七瀬を家に招いた。
家に入ると、索斗がお茶を出し、二人はそのまま部屋へ向かった。
二人きりの部屋で、しばし沈黙が流れた。
やがて旋流が口を開く。
「それで、一体どうしてここに来たんだ」
師匠は端的に尋ねる。
「対は覚えていますか」
「あぁ、双葉だろ。教え子を忘れたりしねぇぞ」
七瀬は少し下を向き、黙ったまま涙をこらえる。
「双葉がどうかしたのか?」
師匠の問いかけに、ようやく七瀬は声を絞り出す。
「実は……対が、黒陽会に捕まったんです」
「そうか」
師匠は顔色を変えず、意外にも落ち着いていた。零部隊に所属していた頃、幾度となく仲間の死を見てきたからかもしれない。
七瀬は続ける。
「対は今、黒陽会で人質になっているんです。初めての任務で、私のせいで……」
涙が頬を伝い、言葉が震える。
「詳しいことを話したら、対を殺すって脅されて、本部に頼ることもできなくて……」
師匠は静かに、しかし鋭く七瀬を見据える。
「それで、俺にどうして欲しいんだ?」
七瀬は師匠の瞳をまっすぐ見つめ、か細い声で答えた。
「対を助けてください」
その声は泣きながらも真っ直ぐで、師匠の胸にしっかり届いた。
「七瀬。俺はあと2年で死ぬ。だから、最後は家族と残りの時間を過ごすつもりだ。今は息子と二人で暮らしていて、近くの病院には妻もいる。今は家族と過ごすのが一番なんだ」
師匠は言葉を切り、続ける。
「……だけどな、俺の育てた教え子も家族だ。子供が困ってるのに助けねぇ親なんているもんか。安心しろ、七瀬。師匠がなんとかしてやる」
その言葉に、七瀬はついに泣き崩れた。
「七瀬、詳しく聞かせろ」
師匠がそう言うと、七瀬は蔵の中で起きたことや鬼道無骨のことを、ゆっくりと語り始めた。
この1ヶ月、誰にも相談できず胸にしまっていた思いを、信頼できる師匠に打ち明けられたことは、七瀬にとって大きな救いとなった。
「なるほど……片手に金棒を持った巨体か。確か一度やり合ったことがあったような……鬼道無骨っていうのか」
師匠は腕を組み、上を向いて思い出していた。
「それで、対の居場所はわかっているのか?」
「詳しい場所はわからないけど、蔵に行けば鬼道には会えると思います」
「なるほどな……零部隊を引退してもう5年か。教え子を鍛えたりはしていたが、久しぶりの戦闘、腕が鈍っていなければいいが」
師匠は声では心配そうに言ったが、顔はどこかにやけていた。久しぶりの戦いに、心の奥で少しワクワクしているのも隠せない。
「索斗、ちょっとこい」
師匠は部屋の外にいた息子を呼び出す。
「話は聞いていたと思うが、数日家を空ける。その間、母さんを頼む。それから七瀬を守るんだぞ」
「はい」
索斗はきちんと頷いた。
「七瀬。何があるかわからない。俺と対が戻ってくるまでは、絶対この家から出るな」
「はい」
七瀬も頷く。
「よし、それじゃあ行ってくる」
そう言うと、師匠は家を出た。
「どうかご無事で」
七瀬も索斗も深く頭を下げ、師匠を見送った。
それから半年が経った。
師匠からの音沙汰は一切なく、ただ時間だけが重く流れていった。
そんなある日。
七瀬はいつものように心配そうに、師匠と対の帰りを待っていた。
索斗は表面上は明るく振る舞っていたが、その瞳は父の帰りを待つ少年そのものだった。
その時——
ガタンッ
玄関から大きな音が響いた。二人は思わず身体を固くする。
恐る恐る近づき、ドアを開けると、そこには一つの箱が置かれていた。
箱の表面には、赤く「HAPPY BIRTHDAY」と書かれていた。
「……なんだこれ?」
索斗の声は震えていた。
ゆっくりと箱を開ける索斗。
その瞬間、彼は腰を抜かし、後ろにのけぞった。
七瀬も恐る恐る覗き込む。
そこにあったのは、
真っ赤に濡れた頭部だった。
「きゃ——っ!」
七瀬は悲鳴をあげ、思わず後退する。
再び箱の中を覗き込むと、目の前には見覚えのある顔があった——
そう、双葉対の頭部だった。
七瀬は涙と嗚咽をこらえきれず、箱に抱きつく。
頭部の側には、一枚の紙が差し込まれていた。
索斗は震える手で手紙を取り上げ、声を震わせながら読み上げる。
「HAPPY BIRTHDAY……
今日はお前が“対”を殺した日だな。
いや、対ともう一人いたか……?
とにかく、約束を破ったのはお前だ。
今日という日を、絶対に忘れるな——」
その言葉に、索斗は膝から崩れ落ちる。
「と、父さん……」
七瀬も索斗も、言葉にならない恐怖と絶望に体を震わせる。
箱の赤はただの文字ではなく、血の匂いを伴った宣告のように二人の心に突き刺さった。
しかし、悲しむ間もなく、彼らの前に一人の男が現れる。
「……旋流の息子か?」
索斗の前に立つその男の視線は、冷たく光っていた。
「お前が……やったのかぁ」
索斗の全身から神気が溢れ出し、拳が震える。
その異様な気配に気づいた七瀬は、とっさに索斗の腕を掴んで止める。
「索斗さん、彼じゃないわ」
七瀬の言葉で、索斗はやっと我に返った。
「だ、だれだ……?」
索斗の声に、男はゆっくりと答える。
「旋流の知り合いだ。詳しい話は後で聞かせる。とりあえず、車に乗れ」
だが、七瀬も索斗も、男を信じることはできなかった。
互いに疑念と恐怖が交錯する。
男は一瞬の沈黙の後、低く囁いた。
「すまない……」
その言葉と同時に、男の手が一瞬で伸び、二人の首に鋭い刺突を放った。
こうして、
痛みも声も届かぬまま、二人の意識はゆっくりと、確実に遠のいていった。
二十五話ありがとうございます。碧甫です。
さぁ、まだまだ苦しい七瀬の過去が続くのですが、久しぶりに霧原索斗が登場しました。覚えていますか?禍野街にいた男です。忘れてたらぜひ一章を読み返してみてください。それではまた次回。




