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五年子達〜呪われた世代が神を討つ〜  作者: 碧甫
第二章 零特専校編
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第十九話 加速と反動


 太陽が照りつける校庭の中心で、ヨルと取矢の激突は続いていた。

 互いに一歩も譲らず、ただ相手の呼吸を読むように視線をぶつけ合う。

 張りつめた空気の中、どちらからともなく地面を蹴った。


 同時に踏み出す足音。風が割れる。

 ヨルは拳に加速を宿し、一直線に取矢へと突き出す。


 だがその瞬間——取矢が殴りかかるために踏み込んだ一撃の構えだけで、周囲の空気が爆ぜた。

 吹き荒れる風圧が、ヨルの身体をわずかに揺らす。

(なっ……ただの構えでこの圧!?)

 胸を圧迫するような衝撃に息を詰まらせながらも、ヨルは足を止めなかった。

 目の前の相手に恐怖を覚えながらも、その拳を振り抜く——。


 次の瞬間、ヨルの拳が確かに取矢の身体を捉えた——はずだった。

 だが、衝撃は逆にヨル自身へと跳ね返り、身体が後方へ弾き飛ばされる。

(……なんだ、今のは。確かに当たった。なのに、押し返された?)

 息を整える間もなく、ヨルは再び間合いを詰め、数度拳を叩き込む。だが、結果は同じ。

 殴るたびに反発を受け、まるで硬質な壁を殴っているように弾かれる。

(跳ね返される……身体を硬くする能力か?

いや、違う。最初の数撃は、ちゃんと効いていたはずだ)


 ヨルは素早く距離を取り、息を吐く。

 目の前の取矢は、微動だにせず、ただ静かにこちらを見据えていた。


 その瞬間、ふと脳裏にある言葉がよぎった。

「――能力ばかりに頼るな。」

 五十嵐さんの声だった。

(そうだ……焦るな。一度、相手をよく見る)

 ヨルは深く息を吸い、神気の流れを抑えた。

 時間操作を封じ、取矢の動きを正面から見極める。

 取矢が地を蹴り、猛然と突進してくる。

 腕が振り上がり、迫る距離はもはや紙一重。

 能力を使わなければ直撃は免れない。

(まだだ……もう少し……)

 ヨルは目を凝らす。

 

 その瞬間――拳を放つ直前、取矢の動きが一瞬だけ鈍った。

 だが次の瞬間、凄まじい加速とともに拳が炸裂する。

 間一髪、ヨルは時間を歪めて後方に飛び退いた。

 風圧が頬を裂き、遅れて衝撃波が地面をえぐる。

「クソッ!」

 取矢は舌打ちし、逃げるヨルを睨みつけた。


 だがヨルの瞳には、わずかな光が宿っていた。

(……見えた。あいつの仕組み、少しだけわかった。

だけど……まだ確証がない。もう一度、試すか)


 ヨルは自身の時間加速を最大まで引き上げる。地を蹴り、今度は自ら距離を詰めた。

 取矢の懐に踏み込み、拳を放つ

――その直前。

 ヨルは自分にかけた加速を解いた。

 一瞬で通常の速度へ戻す。

 そして、取矢の動きを観ると、わずかに鈍り、防御の構えを取っていた。

 当然、ヨルの拳は届かず、逆に重い衝撃が返ってきた。

 身体が弾かれ、地面に転がる。


 しかし、ヨルの口元には微かな笑みが浮かんでいた。

 ヨルは先ほどの攻撃と、今の防御の瞬間でようやく、取矢の能力の正体に辿り着いた。

(……そういうことか。硬いんじゃない、重いんだ。重力操作系だな)


 取矢は攻撃する時も、防御する時も、ほんの一瞬だけ動きが鈍る。

 それは反応の遅れではなく──自らの重力を極端に増幅している代償だった。

(攻撃と防御の瞬間だけ、自分の身体を重くしてる……)


 まるで野球のスラッガーのようだ。

 長打を打つ者は、常に力み続けるのではなく、ボールがバットに当たる“瞬間”だけ力を込める。

 脱力と集中、その一瞬の爆発的な力こそが、打球を遠くへ飛ばす。


 取矢も同じだった。

 普段は人並みの重さで動き、攻撃と防御の瞬間だけ重力を一点に集中させる。そうすることで、爆発的な威力を生み出すことができる。

 ただ、その代償として、一瞬だけ動きが遅くなる。


 だがヨルは常に時間操作で相手の速度を落としていた。

 そのせいで、取矢のわずかな遅れを見逃していたのだ。


 ヨルは、ついに取矢の弱点を完全に見抜いた。

 表情には、もはや恐れの色はない。代わりに浮かんでいるのは確信の笑み。


 再び構えを取り、地を蹴る。

 風を裂き、最速の一歩で取矢へと迫る。

 動きは先ほどとまったく同じ、だが違うのは拳を放つ瞬間だった。


 打ち出す寸前、ヨルは攻撃の軌道を消し、すり抜けるように取矢の背後へと回り込む。

 その一瞬の隙、取矢の動きがわずかに止まる。

 ヨルはそこを逃さず、全身の神気を右腕に集中させた。


「──っらァ!」

 振り抜かれた拳が、取矢の背中に炸裂する。

 確かな手応え。

 しかし、取矢の反応は薄い。

 まるで当たっていないかのように、一歩も動じなかった。

 それでもヨルは止まらない。

 攻撃の構えから瞬時に退き、再び角度を変えて突っ込む。

 当てる直前でフェイントを入れ、再び別方向から打ち込む。

 それを繰り返すたび、確実に拳が肉を捉えていった。

 一撃ごとに、空気が震え、砂煙が巻き上がる。

ヨルの速度と取矢の重力が、拮抗し始めていた。


 かなりの数、ヨルは取矢に拳を叩き込んでいた。

 だが──取矢の動きはいっこうに鈍らない。

 むしろ、殴られるたびに圧が増していくように感じられた。

 一方のヨルも、長時間の能力使用で息が荒い。体の奥から神気が削り取られるような感覚が続く。

(……これで、ラストにする)

 ヨルは静かに息を整え、残る神気をすべて右拳に込めた。

 視界の中心に、取矢だけが映る。

 地を蹴り、一直線に突っ込む。


——キィィィィンッ。


 耳を裂くような金属音とともに、世界が反転した。

 気がつくと、ヨルは地面に倒れていた。

 霞む視界の中で、補佐の田中の声が聞こえる。

「大丈夫か!?……いや、気絶してるな。

終了──!」


(……まだ、終わってねぇ)

 ヨルは苦痛に顔を歪めながら、身体を起こそうとした。

 しかし、腕に力が入らない。

 全身が鉛のように重く、うまく呼吸すらできなかった。

(な……にが……起こった)

 思考が追いつかぬまま、田中の焦った声が響く。

「と、止まれ!奪宰!!」


 ドンッ──。

 突風のような衝撃が走り、田中の身体が宙を舞った。

 その直後、ヨルの目の前に取矢が立っていた。


「……死ね、月影」

 低く、どす黒い声。

 取矢の拳がヨルの顔面へと迫る。


 しかし──拳は寸前で止まった。

「……殺しは無し、って言ったろ」

 静かな声が割り込む。

 ヨルの視界に、蓮の姿が映った。

 いつの間にか取矢の腕を掴み、力で制していた。

(……あの時と、同じだ)

ヨルはぼんやりと思い出していた。


「ジョニーさん……俺、まだ戦えます……」

 かすれた声で、ヨルは蓮に言った。

 蓮はため息をつく。

「バカ言え。両耳から血を流してんだぞ。終了だ。」

 その言葉どおり、ヨルの耳からドロリとした液体が地面に落ちた。

 鉄の匂いが、乾いた砂に広がる。


 蓮は取矢の胸ぐらを掴み、低く言った。

「……何がしたいんだ、お前。本気で殺すつもりだったのか?」

 取矢は無言のまま、顔を伏せた。

 拳を握る手だけが、微かに震えている。


「ヨルー! 聞こえるか!?」

 遠くから、リキの声が響く。

 その声を最後に、ヨルの意識は途切れた。

 ゆっくりと地面に崩れ落ちる。


——試合は、引き分け。

 だがその場に残ったのは、勝敗よりもはるかに重い、沈黙だった。



 ヨルが目を覚ますと、そこは見慣れぬ白い天井の下だった。

 しんと静まり返った部屋に、機械の電子音だけが小さく響いている。

(……病院、か)

 ぼんやりと横を見ると、リキが丸椅子にもたれかかりながら眠っていた。

 ヨルが上体を起こすと、そのわずかな動きに反応してリキが飛び起きる。


「ヨル!大丈夫か!」

 鼓膜が震える。

 ヨルは思わず顔をしかめた。

「うるせぇよ……もうちょい静かに喋れっての。」


「あっ、わ、悪ぃ……!」

 リキは慌てて声を潜め、頭をかく。


「とりあえず、恵理香さん呼んでくる!」

 そう言って、リキはドタバタと病室を飛び出していった。

(……ほんと、落ち着きねぇやつだ)

 ヨルがため息をついた頃、扉が再び開き、リキが女性を連れて戻ってきた。

 白衣を着た女性は柔らかい笑みを浮かべている。

「あー、ヨル君起きた?体の調子はどう?」


「あ、はい……。あの、ここって——」


 ヨルが言いかけたところで、リキが勢いよく割って入る。

「ここは五年子専用の病院。で、この人は医者の東雲恵理香さん。

俺が禍野街のあと世話になった先生なんだ。」


「そうそう。よろしくね、ヨル君。」

 恵理香は軽く会釈しながらカルテを手に取る。

「それで、耳のほうは?まだ痛む?」

 ヨルは耳を軽く触れながら答える。

「まぁ、だいぶマシになりましたけど……リキの声聞くと、まだ“キーン”ってしますね。」


 その瞬間、恵理香の表情が変わり、ゆっくりとリキを睨む。

「……リキ君。何したの?安静にさせなきゃダメでしょ」


「いや、その……起きたから、つい……」

 リキは肩をすくめ、申し訳なさそうに視線を逸らした。

 恵理香は小さくため息をつき、

「まったく、あなたは昔から騒がしいんだから」  

 と呆れながらも微笑んだ。

 

 ヨルはベッドの上で上体を起こし、隣に座るリキに尋ねた。

「それでリキ、俺……どうしてこうなったんだ? 最後の方の記憶が曖昧でさ。」

 リキは一瞬だけ表情を引き締め、静かに語り出す。

「奪宰取矢は、かなり危険だよ。最後、ヨルがあいつに向かって走った瞬間——あいつ、両手を思いっきり打ち合わせたんだ。

その直後、校庭全体が爆ぜるような音に包まれて、ヨルは風圧で一気に吹き飛ばされた。耳から血が出たのは、その衝撃音のせいだ。」


「……なるほどな。」

 ヨルは小さく頷くが、眉間にしわを寄せる。

「それにしても、あいつ……異常にお前を狙ってたよな。知り合いとか?」

 ヨルは首を横に振った。

「いや、全く知らねぇ。ただ入学初日に名前を名乗った瞬間から、あいつの目に殺意が宿ってた。

考えられるとしたら——月影家に何らかの恨みを持ってるやつか、

最悪の場合、黒陽会の手下って線もある。」


「……っ!」

 リキは思わず声を詰まらせた。

「こ、黒陽会の手下!?それなら早く伝えないと!」


「いや、先生たちも把握してるはずだ。停学になった時点で、ある程度は調べてるだろ。」

 そこで恵理香が口を挟む。

「ええ、確かに取矢君の身辺は調査済みよ。特に危険な組織との繋がりは見つかってない。

ただね、彼も君たちと同じ、本当の家族がいない。

理由は分からないけど、そこに何か影があるのかもしれない。」

 少し間を置いて、彼女は続ける。

「とにかく、取矢君は一時的に別のクラスに編入になったから、今後しばらく接触はないはずよ。」


「……別?」

 ヨルが首を傾げると、リキが補足した。

「そうそう。ヨルが倒れたあと、ジョニーさんが言ってたんだ。

明日から、部隊に配属されてた先輩たちが学校に戻ってくるらしい。

だから、俺たちの学年と混ぜて新しいクラスをいくつか作るんだって。

今回の個人戦も、そのクラス分けの選抜を兼ねてたらしいよ。」


「へぇ……この学校、先輩なんていたんだな。」

 ヨルが苦笑する。

「でもリキ、お前……実験台送りにされるんじゃなかったのか?」


「ち、違うって! あれはジョニー先生が本気出させるためについた嘘だよ!俺も内心ビビってたけどな!」

 ヨルは鼻で笑う。

「信じてたのかよ。合理的に考えてあり得ねぇだろ。」


「じゃあ、ヨルは冗談って分かってたの?」


「当たり前だ。五年子を実験のためだけに殺すなんて非効率すぎる。多分、信じたのはお前くらいだ。」


「……いや、響も怯えてた。」


——その頃、

「へっくし!」

響のくしゃみが寮に響いた。


「はははははっ!」

 二人の笑い声が病室に広がる。

 笑い終えると、ヨルは少し真面目な声で言った。

「……まぁ、こんなんじゃ五十嵐さんに顔向けできねぇな。」

 リキは真剣な眼差しで頷く。

「うん。俺たち、もっと強くならなきゃ。柚を絶対に取り返すために、」


 病室の静寂の中、二人の決意が熱を帯びていく。

 

 もっと強く。


 その思いで、二人の胸は同じ鼓動を刻んでいた。

十九話ありがとうございます。碧甫です。

今回はヨルと取矢の決着でしたがどうでしたでしょうか。次回から新たな仲間(先輩)達も登場するのでお楽しみに。それではまた次回

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