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五年子達〜呪われた世代が神を討つ〜  作者: 碧甫
第二章 零特専校編
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第十七話 二つの顔


 朝の空を、鳥が一筋の弧を描いて飛び去っていく。

 その静寂を切り裂くように、零特専校の校庭では次なる戦いの幕が上がろうとしていた。

「──よーい、始め!」

 補佐の田中の声が響く。


 校庭の中央には、リキと真里が向かい合い、

 遠くからヨルたちが見守っていた。

 その中で、ただ一人、響だけが下を向いたままだった。


(遠距離攻撃のできる真里はどう仕掛けてくる)

 リキはひとまずその場にとどまった。

「……リキ君、ごめんなさい」

 小さく呟くと同時に、真里は両手から水を生み出す。

 次の瞬間――轟音。

 爆発的な水圧が、矢のようにリキへと放たれた。

 初期訓練の比ではない。

 水に宿る神気の密度が、格段に高まっていた。


 リキは体を捻ってかわそうとするが、

 水は真里の手元で軌道を自在に変え、全てを避けるのは不可能だった。

 咄嗟に腕を顔の前に上げ、防御する。

――衝撃。

 水流が腕を抉るように叩きつけ、リキの身体が数歩後退した。

 放たれた水はゆっくりと地面に溶け込んでゆく。


(間合いを詰めなきゃ、勝てない……!)

 リキは両脚に神気を集中し、一気に地面を蹴る。

 だがその瞬間――

 突進するリキの速度と、真里の水圧がぶつかり、衝撃が倍化した。

「ぐっ……!」

 リキは苦悶の声を上げ、足を止める。

(くそっ、これじゃ近づくほどダメージが増える……!)

 真里の放水は止まらない。

 水刃がリキの頬を掠め、肩を裂き、腕を削る。


 だがそのとき、

 リキの目がふと――滴る汗に気づいた。

(……そうか!)

 同時に、真里の動きも鈍りはじめる。

 一分以上、連続で神気を使い続けたせいで、水流の勢いがわずかに弱まっていた。

 リキはその瞬間を逃さず、再び神気を脚に込めて跳んだ。


 だが今度は――真上に。

「えっ……!?」

 真里もヨル達も、その意図を掴めなかった。

 慌てて真里が上空へ向けて放水する。

 だが、水は勢いを失い、重力に負けて霧散する。

(……これで詰められる!)

リキは確信した。

──が、次の瞬間、彼はただ落ちた。

「……戻ってきた……だけ?」


ヨルが呆れたように呟く。

「リキ。お前に頭脳戦は無理だな。」


 リキも苦笑しながら、ゆっくりと真里のもとへ歩み出した。

 真里はなお水を放ち続けるが、威力はほとんど残っていない。

 痛みを押して進むリキ。

 その姿に真里は怯えたように叫ぶ。

「きゃあっ、来ないでっ!」

 放水は次第に細くなり、やがて――消えた。

 真里はその場に膝をつく。

 リキは手を差し出した。

「もう……終了でいいよな?」

 真里は、ただ空を見上げていた。

(……私って、なんのために生まれてきたんだろう)


 空に流れる雲が、ゆっくりと形を変えていく。

 その淡い動きが、真里の記憶を静かに呼び覚ました。



 水田家は代々、五年子の家系だった。

 だが、その力を誇るでも支配に使うでもなく、静かに人の中に溶け込み生きてきた。


 祖父が名付けた「真里」という名には、“鞠” の意味が込められていた。

 春の季語であり、落ちれば終わる儚さの象徴。

「五年子は短命。だがそれがいい。短い命だからこそ、人より努力して儚く散れ」

 それが、家に代々伝わる言葉だった。


 真里は幼い頃からおとなしく、人と関わるのが苦手だった。

 けれど、動物だけは違った。

 小さな命たちは、いつも自分に寄り添い、温もりをくれた。

 家では、白い毛並みの犬のペガちゃんを飼っていた。

 ペガちゃんの柔らかな毛並みに触れるたび、真里の心はふっと軽くなった。



 中学に上がった頃、世間は五年子騒動でざわついていた。

 だが、真里の住む地方はまだ穏やかで、日常は続いていた。


「飼育委員になりたい人」

 先生の声に、真里は初めて手を上げた。

 それから毎日、朝も昼も放課後も、うさぎ小屋に通った。

 うさぎたちに話しかけ、抱きしめ、耳元で小さく笑った。

 手の中のぬくもりが、世界でいちばんの安らぎだった。


 そんなある日、同じクラスの男子が話しかけてきた。

「水田、いつもそこにいるな」

「谷川くん……?なんでここに?」

「なんでって、俺も飼育委員だぜ。任せっきりで悪いな」

「ううん、いいの。私、ここが好きだから」


「タニ、早く帰ろうぜぇ」

 遠くから男子達の声がした。

「水田、すまねぇ。明日から俺も手伝うから」

「うん。ありがと」

 その日から毎日二人で世話をした。

 それが、真里の初めて心を開いた相手だった。


 ある日、真里が風邪で学校を休んだ日。

 谷川君は家までプリントを届けに来てくれた。

「うさぎたちは任せろ。お前はゆっくり休め」

 その一言が嬉しくて、真里は笑った。


 だが――それが、最後の笑顔だった。


 真里が休んでいる間。禍野街の事件が全国に報道されていた。

 真里の父は心配そうにいう。

「こういう五年子がいるから、五年子が悪とされるんだ。いいか真里俺たち五年子は別に悪いことしてない。けど世間がこういう状況だ。能力は絶対使うなよ」

「うん。」

 そういうと真里はいつものように学校に行った。

 

 教室でもみんな五年子の話ばかりしていた。

 真里はカバンを置くと3日ぶりに飼育小屋に行こうとした。

「――なあ、水田。聞いたか?」

教室を出る直前、誰かが軽い調子で言った。

「この学校のうさぎ、昨日死んじゃったんだってさ」

 その言葉を聞いた瞬間、真里の膝が勝手に震えた。

 胸の奥で、何かが一気に崩れ落ちる。

(……は? 何言ってるの?)

 気づけば立ち上がっていた。

「ちょ、ちょっと! うさぎが死んだって、本当なの!?」


 教室が一瞬静まり返る。

 近くの男子が面倒くさそうに振り向いた。

「そうだって言ってんだろ。あんま大声出すなよ」

 そのまま彼らは、まるで何事もなかったかのように“五年子”のニュースの話を続けた。

(え……? なんで……?)

(なんでみんな、そんなこと話してるの? うさぎたちは? 誰も悲しくないの?)


 次の瞬間、真里はその男子の胸ぐらを掴んでいた。

「ねぇ……どういうことなの? なんで死んだの!?」

 男子は驚いた顔で、やや後ずさった。

「俺に言われても知らねぇよ。……やったの谷川だし」

 真里の頭が真っ白になる。

「……え? 谷川くんが? そんなわけないでしょ」

 

 そのとき、別の女子が近づいてきた。

「ほんとだよ。死骸がそのままで汚かったから、片づけてって谷川に言ったの。

そしたら“真里がやるから放っとけ”って」

 一瞬、呼吸が止まった。

 耳の奥で、心臓の音だけが響く。

(そんなこと……ない。谷川くんが、そんなことするわけない。うさぎたちは……まだ生きてる)

 気づけば、真里は駆け出していた。

 机をぶつけ、誰かの悲鳴を背に、教室を飛び出す。

(行かなきゃ……! 私が行かなきゃ!)


――その足音は、もう誰にも届かなかった。


 そのまま小屋に駆け込んだ真里の目に、

信じがたい光景が飛び込む。


 小屋の中――五匹のうさぎが、全て動かなくなっていた。

 中には腹が裂かれ、臓器が露出しているうさぎもちた。

「……っ」

 喉から、音にならない嗚咽が漏れた。

 真里は震える手で、うさぎ達を埋めた。

 冷たく、もう戻らない命。

 泥に触れた手も、血の付いた制服も、どうでもよかった。


 教室に戻ると、谷川がいた。

「水田……悪かった。変な草やったら動かなくなって……」

 隣の男が笑う。

「でもタニ、『お医者さんごっこ』って言って腹裂いてたじゃん」

「おい、言うなって」

 谷川は笑っていた。


 次の瞬間、真里は谷川を押し倒して乗っかっていた。

「なんで……なんでそんなことしたの……?」


 信じていた世界が、音を立てて崩れた。

「プツッ」

 真里の中で、何かが切れた。


 その瞬間、制服に飛び散ったうさぎの血が、微かに震え、形を変える。

 次の瞬間、血の粒が弾丸のように教室を駆け抜けた。


 叫び声。倒れる生徒たち。

「五年子だ! 通報しろ!」


 真里は、ただ谷川を見つめていた。

「悪かった。わざとじゃないんだ。許してくれ」

「ごめんで済むなら……友達、返してよ」

 指先が谷川の口に触れた瞬間、彼は息を吸えなくなった。


――そして、静寂。

 谷川の体から、力がすうっと抜け落ちていく。

 目の光も薄れ、椅子にもたれかかったまま動かない。

「……あっ」

 真里は我に返り、慌てて手を離した。

 次の瞬間――谷川の胸がわずかに上下し、荒い息を吐いた。

 やがて、部隊が到着し、真里は拘束された。     


 真里は、事件の後すぐに政府の収容施設へ連れて行かれた。

 白い壁、無機質な部屋。

 面会に呼ばれた父の姿を見た瞬間、真里の胸はかすかに震えた。


 しかし――

 父の口から出た言葉は、刃のように冷たかった。

「……お前を信じた俺がバカだった。無力な人間を能力で制するとはな。お前のせいで“五年子”の印象は、ますます悪くなる。

――お前なんか、生まれてくるんじゃなかった」

 その一言で、真里の心は完全に崩れた。

 父は背を向け、そのまま部屋を出ていった。

 数日後、彼自身も五年子だと判明し、政府の管理下に置かれたという。



 ――頬を撫でる風が、真里を現実へと引き戻す。

 リキの差し伸ばす手を見ながら真里は考える。

(私は……なんのために、生まれてきたんだろう)

(ここで負けても、誰も悲しまない――)

 そんな思考が、じわじわと心を蝕む。


 だが、ふと母の笑顔が脳裏に浮かんだ。



 父が捕まった後、面会に来たのは母だった。

「真里……あなたが、理由も無しに人を傷つけるなんて信じられない。

何か、理由があったんでしょう?」

 母の声は静かで、温かかった。

 真里は堰を切ったように、全てを話した。

クラスで起きたこと、うさぎのこと、そして自分がしたこと――。

 母は黙って聞いていた。

 最後まで何も言わず、ただ静かに涙をこぼした。

「そう……確かに、能力で誰かを危険な目に遭わせたのは良くない。

でもね、真里。ペガちゃんはあなたのおかげで救われたのよ。

今回はやり方を間違えたけど、あなたは正しい。

自信を持ちなさい。」

 その言葉が、真里の胸の奥で何かを溶かした。

(お母さんと、ペガちゃんだけは、私の味方でいてくれる)


 その瞬間、真里は決意した。

――戦わなきゃ。

 もう、何も失わないために。

「プツッ」

 真里は神気の限界に達すると、人が変わったようになる。

「……えへへっ」

 真里は、不気味に笑った。


 直後、リキの口に触る。

 あの時のように、

 

 リキは急に呼吸ができなくなる。

 喉が焼け、肺が悲鳴を上げる。

 リキは酸素を求めて手を伸ばすが、掴む空気がどこにもなかった。

「リキ君。やっぱりこんなところで負けられない

 話終わる前に視界が暗転し、リキはその場に倒れ込む。


「──終了!」

 田中の声が響く。


 真里は我に返ったように目を見開いた。

「え……リキ君!? リキ君っ!」

 地面に倒れたリキは、しばらくしてゆっくりと目を開けた。


 遠くで見ていたヨルたちが驚いた顔で駆け寄ってくる。

 間合いを詰めた時点で、誰もが――リキが勝つと思っていた。


 蓮が静かに口を開く。

「真里はな。お前らが思ってるより、弱くねぇぞ」


 リキはその言葉に顔を上げた。

 (五十嵐さんのもとで、あれほど鍛えた。

 この一ヶ月、毎日限界まで叩き込んだ。それなのに――一撃も届かねぇのか。)


 握った拳が小さく震える。


 リキは、胸の奥から込み上げる己の弱さに、ただ唇を噛みしめた。



 水田真里の能力

 《分子転相(モル•フォシス)》

 《通常時》

—本人はまだ気づいていないが、能力は神気によって分子そのものを変質・支配する。

水だけでなく、血液や空気中の分子も操れ

理論上、あらゆる物質を操作できるので神格に近い能力である。だが、そのための代償も必要である。


十七話ありがとうございます。碧甫です。

今回は真里に焦点を当てて書いてみました。

真里の能力、遠距離も近距離も対応できて、かなり厄介ですね。それではまた次回

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