第十六話 光と紙
リキが来てから一か月が過ぎていた。
いつものように教室に入ると、すでに蓮が立っている。黒板の前で腕を組み、薄く笑みを浮かべていた。
「ジョ、ジョニーさん? なんでこんな早くにいるんですか?」
リキたちは驚きの声を上げる。
蓮は伸びをしながら言った。
「今日は次に進むためにやらなきゃいけないことがあるんだ。ああ、それと――あいつも戻ってくる。」
リキたちが首を傾げると、扉がガラリと開いた。
風吹先生が先導し、その横に目つきの鋭い男が立っていた。
男の制服の袖口には、かすかにF-2の文字が見える。
ヨルはその男を見て顔を逸らし、舌打ちをひとつした。
「ッチ」
誰もがその意味を察した。停学中だった男—奪宰取矢だ。
取矢は殺気とも取れる近寄りがたい雰囲気をまとい、体には無数の傷跡が残っている。
教室には小さなざわめきが走った。生徒たちは少し身を引いた。
風吹先生は不機嫌そうに取矢を教室に入れた。
「いい、次、問題を起こしたら今度は停学じゃすまないわよ。」
取矢は誰とも目を合わせず、そのまま自分の席に向かった。
静寂が戻る。
蓮は時計を見ると、いつになく真剣な顔で話を始めた。
「ここ一か月、お前らは毎日訓練してきた。測定の結果も、みんな基準値を超えてきている。そこで――今日はお前らに戦ってもらう。」
教室内に小さな
「え?」
が漏れる。
蓮は続ける。
「要は一対一だ。自分の成長具合と、戦闘時に出る“癖”を学んでもらう。」
一拍置いて蓮は続ける。
「だが、遊び半分でやられたら困る。このクラスは六人、つまり三人が負ける。
負けた三人は――残念だが、この学校にはいられない。」
生徒たちの顔が強張る。困惑と恐怖が入り混じった空気が流れる。
響が声を振り絞って聞く。
「それって、政府から解放されるってことですか?」
蓮は冷たく言った。
「何言ってんだ、響。お前らはもう普通に暮らせないんだ、ここに残れない五年子は、実験台に回され、別の形で役立ってもらう」
リキは怒りを募らせる。立ち上がりかけて声を荒らげる。
「何言ってんだよ!俺たちはこの国を守るために来たんだろ!」
蓮は表情を変えず、更に言う。
「弱い奴は駒にすらならねぇ。いらねぇんだよ。」
リキは拳を握り締め、蓮に殴りかかろうとした。だが体が思うように動かず、周囲の空気がそれを許さなかった。
「リキ、抵抗したところでお前だけじゃない。お前と戦う相手まで、負けになるぞ」
蓮が追い打ちをかけるように釘を刺す。リキは唇を噛みしめ、怒りを抑えた。
蓮は淡々と組み合わせを読み上げ始めた。
「まずは、響とジーリン。次に、リキと真里。ラストが、ヨルと取矢だ。」
宣告に、生徒たちの顔はさらに曇る。真里は今にも泣き出しそうだ。ヨルと取矢には、明らかな因縁がある。
空気が一層重くなる。
「とにかく戦闘服に着替えて、校庭に来い。十分後に初戦を始める。」
蓮がそう言うと、教室を出て行った。
更衣室に向かう途中、リキはヨルに震える声で問う。
「ヨル、どういうことだよ。俺たち、ここでみんなと学ぶために来たんじゃないのか?」
ヨルも困惑した表情だ。
「政府は、強い奴だけを育てるつもりなんだろう。弱けりゃ価値がない。」
男子更衣室でリキが着替えていると、取矢が静かに横を通り過ぎた。
リキは勇気を振り絞り声をかける。
「こんな状況だけど、俺は――増田リキ。よろしく。」
取矢は無言で足を止めもしない。
ヨルがリキの前に立ち、低く言った。
「あんま関わるな。」
すると、取矢はヨルを睨みつけるようにして、低い声で呟いた。
「今日――殺す。」
そのまま更衣室を出て行く背中を、リキは戸惑いながら見送った。
校庭に出ると、蓮の他に山田さん達、補佐メンバーも整列していた。
空は澄み、風が砂を小さく舞わせる。
蓮が両手を組み、静かに声を張った。
「全員揃ったな。――よし、始めるぞ。
響、ジーリン、前へ。」
二人が静かに歩み出る。互いの足音だけが、訓練場の空気を震わせた。
蓮が短く言った。
「いいか、ルールは簡単。勝てばいい。制限時間は五分で相手が降参、もしくは気絶した時点で決着。――能力は自由に使っていいが、間違っても殺すなよ。」
補佐の田中が手を挙げる。
「それでは、始め!」
掛け声と同時に、響の目が細く光る。
(……母ちゃんのためにも、ここで負けるわけにはいかねぇ)
響の掌に鏡面が現れ、太陽光を一点に集める。まるで空から降り注ぐ光を操るように。
それは、ただの反射ではない。
鏡面の角度、距離、集中――すべてを無意識に計算している。
ジーリンは即座にポケットから紙束を取り出し、細かく千切り、響に向けて飛ばす。
しかし次の瞬間――
シュウッ、と乾いた音を立てて燃え上がった。
陽光が一点に集まれば、熱は数百度を超える。
それはまるで、虫眼鏡で紙を焼く理科実験のように。
光が集束すればするほど、熱は増幅し、紙は一瞬で灰へと変わる。
「なっ……!」
ジーリンの目が見開かれた。
観戦しながらヨルが冷静に呟く。
「……太陽の光を操る響に、紙の防御は相性が悪すぎる。」
その言葉通り、ジーリンは圧倒的不利に立たされた。
焦げた紙が舞う中、響は一歩踏み込み、左手の鏡を砕いて破片を放った。
その破片が、まるで刃のように空を走る。
ジーリンはとっさに身をひねるが、頬や、足に細い裂傷が走った。
血が一筋、空中で光る。
ジーリンは避けきれず、頬と足に切り傷を負う。
さらに響は右手の鏡に溜めた光へ神気を混ぜ、一気に放出する。
ドン――ッ!
白光が一直線に走り、空気が弾ける。
ジーリンは咄嗟に神気を練り、紙を前に展開して防御する。
だが、焼け焦げた臭いが鼻をつく。当然紙は貫通し、肩をかすめた。
皮膚が焦げ、痛みが全身を走る。
(……やばい。このままじゃ何もできない)
ジーリンは焦る。
さらに、さきほど放たれた鏡の破片が放出した光を反射し始める。
ジーリンの周囲に、無数の光の線が張り巡らされていた。
まるで透明な糸の檻だ。
一歩動けば、その光が皮膚を切り裂く。
「……ジーリン。これ以上は傷つけたくない。降参してくれ」
響の声が響く。
訓練場が静まり返る。
誰もが、勝敗が決まったと思った。
だが、
ジーリンは、ふと足元を見た。
灰の粒が光に照らされ、わずかにきらめいていた。
(……これだ)
ジーリンはポケットを探り、震える手で紙を掴む。
その動作の途中、光線が再び両手を貫く。
焼け焦げる匂い、皮膚の焦げつく感覚――それでも構わず、紙をばら撒いた。
「何してんだ……?」
響が眉をひそめる。
だがすぐに、彼の目が見開かれた。
散らばった紙は、また燃え、黒い灰と煙になった。
だが――煙が漂い始めた空間の中で、見えなかったはずの“光の線”が浮かび上がった。
チリ、チリ、と微細な粒が光を散乱させ、筋となって見える。
チンダル現象。
空気中の微粒子が光を散らすことで、
普段は見えない光の通り道が“線”となって見える――まるで埃の舞う部屋に、カーテンの隙間から光が差し込んだ時のように。
「……見えた」
ジーリンの瞳に光が戻り、響の瞳が揺らぐ。
ジーリンは一気に動く。
網の隙間――光の抜け穴を見抜き、その場から逃れる。
響は急いで構え直すが、右手の光はすでに放ち尽くしていた。
ツ――ッ。
背後。
気づいた時には、紙の刃が首筋に当てられていた。
「……ま、負けました。」
響は恐れながら、両手を上げた。
田中が手を挙げる。
「――終了ッ!」
歓声はなかった。
ただ静かな息を呑む音だけが響く。
蓮が腕を組んで言った。
「二人とも良かった。だが――有利な時ほど、油断は命取りだ。響、惜しかったな。」
響は膝をつき、拳を地面に叩きつけた。
それは敗北の悔しさではない。
母を助けることができないことへの、どうしようもない痛みだった。
鏡堂響の能力
《光鏡反射》
《通常時》
—自身の神気から鏡を生成し、周囲に存在する光を収束・反射・放出することができる。
現在は手鏡ほどの大きさが限界だが、神気の制御力が上がるにつれ、
より巨大で複雑な鏡面構造を展開できるようになる。
紙琳の能力
《紙術操作》
《通常時》
—紙に自身の神気を練り込み、自在に操ることができる能力。
紙吹雪の一枚一枚にまで神気が通っており、その一片すら強靭な刃となる。
圧倒的な“量”による制圧と、“質”による精密な制御を両立する万能型。
十六話ありがとうございます。碧甫です。
ついに、一対一の個人戦が始まりました。
政府の考えている思惑とは、それではまた次回




