第十三話 訓練始動
校庭に全員が集まったころ、遅れて蓮がのんびりと姿を現した。
「よし、全員いるな。――じゃあまずはヨルからだ」
そういうと蓮は腕を組みながら前方を指す。
「二十メートル先に人型の的があるだろ。あれは一定の間隔で弾を撃ってくる。……それを踏まえて、頭についてるボタンを押してこい」
蓮の説明が終わるより早く、ヨルの姿はもう的の前にあった。
「時間変化、ねぇ……」
蓮は顎に手を当て、面白そうに笑う。
カシャン――。
的の砲口が回転し、一発の弾丸を放つ。
しかしその弾は空を裂くことなく、まるで重力を失ったように宙で止まり、コトリ、と地面に落ちた。
次の瞬間、ヨルは的の額にあるボタンを押し込んでいた。
ビーーッ!
警告音が鳴り、訓練装置が停止する。
蓮は口の端を上げる。
「よし、いいぞ。タイムは――1.6秒。自分の速度を早めて動いてるってわけか。上出来だ」
「よし、じゃあ次――響」
蓮の声に応え、響は一歩前へ出る。
その掌に、淡い光がきらめいた。
次の瞬間、小さな鏡が手の中に生成される。スプーンのようにわずかに湾曲した鏡面が太陽光を集め、一点に焦点を結んでいく。
集まった光は神気をまとい、やがてビー玉ほどの輝く球体となった。
響はそれを弾くように放つ。
――ピシッ。光球は一直線に飛び、二十メートル先の的の頭部ボタンを正確に撃ち抜いた。
ビーーッ!
蓮は満足げに頷く。
「おー、反射か。タイムは2.0ジャスト。光球を作るのに少し時間がかかったな――でも精度は完璧だ」
「よし、じゃあ次――真里」
蓮の声に、真里は小さくうなずき前へ出た。
両手をぎりぎりまで合わせると、その隙間から薄く光を反射する水の膜が生まれた。
彼女はそれを弾き出すように前方へ放つ。
――しかし。
光よりも遅いその水弾は、的が放った砲弾に弾かれて霧散した。
「えっ……!」
真里は驚き、思わず一歩後ずさる。
次の瞬間、彼女は顔を上げた。放たれる弾を避けながら、人差し指をまっすぐに突き出す。
すると空気中の水分が糸のように収束し、一本の細い水線となって的の頭部へ伸びた。
水線は正確にボタンへ触れたものの
――押し切る力までは届かない。音は鳴らなかった。
「よし、そこまでだ」
蓮が手を上げて制止する。
「一応ボタンには触れたな。タイムは5.8秒。神気が安定してくれば、もっと速くて強い水を出せるようになる」
真里は顔を赤らめ、少し俯きながら
「……はい」
と答えた。
「じゃあ次――ジーリン」
蓮の言葉に、ジーリンは静かに前へ出た。
ポケットから数枚の紙片を取り出すと、彼女はそれを両手で細かく裂き、ふっと息を吹きかける。
風に乗った紙切れは、まるで意思を宿したかのように空中で舞い上がり、ゆるやかな弧を描きながら一直線に的のボタンへと向かった。
途中、いくつかの紙は砲弾に弾かれ、ひらひらと地面へ落ちていく。
しかし一枚の紙切れが迷いなくボタンの上にちょこんと乗った。
真里の放った水圧よりもはるかに弱そうな力。
だが、触れた瞬間、紙がわずかに沈み
ビーーッ!
機械が警告音を上げた。
蓮は目を細め、感心したように言う。
「紙を操るか……面白ぇな。タイムは3.2秒。かなり良かった。」
「――じゃあ最後、リキ」
蓮の声が響くと同時に、リキは地面を蹴った。
砂煙を上げ、一直線に的へ走る。
砲口がうなりを上げ、弾丸が飛ぶ――
だが、リキは避けなかった。飛んでくる砲弾を正面から拳で叩き落とす。金属が砕ける音が響き、破片が砂に突き刺さった。
「……パワー型か」
蓮が低くつぶやく。
そのままリキは速度を緩めず、的の前に踏み込み、拳ではなく素手でボタンを押し込んだ。
ビーーッ!
警告音と同時に、訓練場の空気が一瞬張りつめる。 リキは息を整えもせず、ただ黙って後ろを振り返った。
蓮は口角を上げ、満足げに頷く。
「パワー増幅系だな。タイムは2.5秒――まぁ、足の速さで勝負が決まったな」
「よし、みんなの能力はだいたいわかった。あとは実戦の中で、それぞれの特性を深掘りしていこう」
蓮が次の段階へ進もうとしたその時、響が手を挙げた。
「ジョニーさんも、やってみてくださいよ」
その言葉に、リキたちも一斉に頷いた。
蓮はあからさまに面倒そうな顔をする。
「えー……俺か? めんどくせぇなぁ」
そうぼやきながらも、視線はすでに的へ向かっていた。
響がストップウォッチを構える。
「じゃあ行きますよ――よーい、ドッ」
――ビーーッ。
合図が終わる前に、ボタンが鳴っていた。
もちろん蓮はその場から1ミリとも動いていない。
全員、動きを止めたまま固まる。空気が、一瞬だけ静止したかのようだった。
「は? 今……何が起こった?」
誰も見ていない。誰も、気づけなかった。
蓮は小さく息を吐き、肩をすくめる。
「何秒だった? ……って、測れるわけねぇか。はは」
それだけ言って、平然と振り返った。
「――じゃ、次は身体測定だ」
リキは呆然としたまま、その背中を見つめていた。
そこから漂う気配――まるで、初めて五十嵐さんと出会ったあの時のような、底の知れない“強者の圧”が、確かにあった。
「よし、じゃあ次は――身体測定だ」
蓮が声を上げると、訓練場の奥から三人の男女が歩いてきた。
メガネをかけた男、短髪の女、そして高身長の黒人。全員が零部隊の黒い戦闘服をまとい、無駄のない足取りで整列する。
「こいつらは、この学校でお前らの補佐をする“零部隊のサポートメンバー”だ。佐藤、山田、田中」
三人は蓮に敬礼し、続いてリキたちに向き直る。
「これから補佐役としてお世話になります!」
「こいつらは五年子じゃねぇから、神気の扱いは分からねぇ。だが、基礎戦闘や体術なら一流だ。頼っておけ」
そう言うと、蓮は響の方へ顔を向けた。
「おい響。“五年子じゃない相手なら勝てる”とか思ってねぇか?」
「げっ……バレてる」
響は引きつった笑みを浮かべた。
「よし、じゃあ山田。前へ出ろ」
蓮が指を鳴らすと、短髪の女隊員が一歩前に出る。
「響、遠慮すんな。殺す気でかかれ」
「いやいや、俺、女性に手出したくな――」
言い終える前に、山田の拳が響の頬を撃ち抜いた。乾いた音が訓練場に響く。
「なっ――!?」
響は体勢を崩し、砂を踏みしめる。
「能力使ってもいいぞ」
蓮がニヤつく。
「舐めやがって……!」
響は手のひらに小さな鏡を作り出し、光を反射させて山田の目を狙う。
光が一瞬、山田の顔を照らす。
――だが、彼女は迷いなく突進してきた。
「まじかよ!?」
響が横に避けようとした瞬間、山田は目を閉じたまま軌道を修正し、再び拳を叩き込む。
鈍い音とともに響の体が地面を転がった。
「――終了」
蓮の一言で、戦闘が止まる。
「こいつらは零部隊の現役だ。俺に比べりゃクソ弱いが、基礎は完璧だ。しっかり見習え」
山田は急いで響のもとへ駆け寄り、手を差し出す。「鏡堂くん、ごめんなさい。ジョニーさんに“手を抜いたら私がやられる”って言われたので……!」
「い、いや……僕の方こそ、なめてました」
響も苦笑しながら手を取って立ち上がる。
その時、山田が小さく咳払いした。
「あの、ちなみに私――山田じゃないんです」
「えっ?」
「ジョニーさん、名前覚えるの苦手みたいで……本当は七瀬って言うんですけど、もう山田で慣れちゃいました。だから山田で大丈夫です」
すると黒人の男も口を開いた。
「ワタシも佐藤じゃなくて、
ワンバラ•トゥンガ•ウェレナオロです。デモ、佐藤でダイジョブです」
これにはみんなも納得した表情だった。
リキは残った一人に尋ねる。
「じゃあ、田中さんは?」
田中は気まずそうに笑った。
「……私、本当に田中です」
すると、遠くから
「何ごちゃごちゃ言ってんだ。次、身体測定するぞ」 蓮の声が響く。
山田たち三人が前に出て、リキたち5人の測定を始めた。
50メートル走、走り幅跳び、握力検査など――どれも一般的な項目だ。
「いいか、あくまで体力測定だ。能力は使うなよ」
蓮が軽く笑いながら言う。
五人は黙々と測定をこなしていく。
汗が額を伝い、息が白く上がる。蓮は腕を組み、静かにそれを見ていた。
すべてが終わると、彼は小さく頷いた。
「よし、次は――神気測定だ」
その言葉に、空気が少し張り詰める。
山田たちが、壺のような形をした装置を五つ並べた。透明な液体のような光が内部でゆらめいている。
蓮が説明を始める。
「一応、神気について説明しておく。お前らが体内で出している神気には二段階ある。普段の神気は、一般人が出す命気程度の量しか出ない。だが感情が昂ったり、極限状態になると一気に“神気”が溢れ出す。
その状態を“解鎖状態”という」
彼の視線がリキに向く。
「リキ、お前が倒れた時のあれが、まさにそれだ。神気を無理に使うと貧気状態になる。回復には時間がかかる。だから今から、通常時の“限界値”を測る」
蓮は壺を軽く叩いた。
「いいか。指先一点に集中して、神気をゆっくり流し込め」
五人が深呼吸する。
「――始め」
静寂の中、見えない力が流れ出す。空気が微かに震え、壺の中に透明な波紋が広がる。
「っ……!」
真里が最初に膝をついた。続いてリキも顔を歪め、その場に崩れ落ちる。
「俺、自分の神気を細かく出せないんだ……いつも無意識で使っちゃう」
リキは息を荒げながら言う。
ジーリンは鼻で笑った。
「ソンナノダカラ、スグ、タオレルノデスワヨ」
ヨルと響も限界が近く、肩を上下させていた。ジーリンだけがまだ余裕を残しながらも、最後は二人と同じタイミングで終わらせた。
蓮は静かに手を上げた。
「……よし、そこまで」
彼はゆっくりと歩きながら五人を見渡す。
「今日から毎日、神気の限界値を伸ばす訓練を行う。帰る前に毎回この測定を受けてもらう。成果が出なかったら――どうなるかは言わなくても分かるな?」
その穏やかな笑みに、誰もが無意識に背筋を伸ばした。
「さて、もうすぐ昼だ。一旦休憩にしよう」
訓練場の空気がようやく緩む。誰もが肩で息をし、汗が地面に落ちる音だけが響いた。
リキは息を整えながら、ふと空を見上げた。
(……こんなにやって、まだ昼なのか)
こうして、
リキ達に地獄の訓練が始まるのである。
十三話ありがとうございます。碧甫です。
今回は仲間たちの能力を少し出してみました。
本格的な説明はまたどこかでします。
それではまた次回




