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五年子達〜呪われた世代が神を討つ〜  作者: 碧甫
第一章 禍野街戦編
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第十話 新たな夜明け


 零部隊が到着する数十分前。禍野街の奥――岩陰の隙間から、小さな足音が戻ってきた。

「……ただいま」

 息を切らせた男の子が顔を出す。見た目はいつもと変わらない。 

 だが、その瞳には、ほんの数分前にはなかった赤い光が宿っていた。

 柚はそれに気づかない。怯えた子供たちの肩に手を置き、一人ひとりを抱き寄せていた。

「大丈夫……怖くないから。もう少しの辛抱だよ」

 その時だった。 

 隣にいた子供が突然、びくりと体を震わせる。

「う、うあっ……! あああっ!」

 顔を真っ赤に歪め、喉を裂くような叫びをあげ、地面に崩れ落ちた。

「どうしたの!?」

 柚は慌てて駆け寄り、腕を差し伸べる。必死に背をさすり、額に触れた。その指先に、冷たい汗がじっとりと滲んでいた。

 だが、その瞬間――。 

 数人の子供たちが痙攣するようにのけぞり、次の刹那、力なく床に崩れ落ちた。

「えっ……」

 柚が息を呑む間もなく、小さな身体はゆっくりと起き上がる。 

 顔を上げた子供たちの瞳は、もう鮮やかな赤に染まっていた。

「……嘘……みんな……!」

 悲鳴にも似た声は届かない。

 赤い瞳の子供たちは無言で歩み寄り、まだ憑かれていない子供の体を押さえつける。 

 必死に暴れる小さな手足。だがすぐに赤い神気に飲み込まれ、沈黙した赤い瞳へと変わっていった。

 次々と。次々と――。 

 笑顔も泣き声も、ひとり残らず赤に染まっていく。

「やめてっ!」 

 柚は叫び、手を伸ばす。だが誰も反応しない。

 気づけば、彼女の周囲は赤い瞳で埋め尽くされていた。 

 小さな手が一斉に伸び、柚の腕や足を絡め取る。  本来なら力弱いはずのその手も、数が重なれば逃れることはできない。

「っ……離して……!」

 能力を解き放とうとする――だが、相手はついさっきまで一緒に笑っていた子供たち。

 その一瞬の躊躇が命取りだった。

 背後から伸びた冷たい手が、彼女の首筋を突く。

 視界が白く弾け、思考が闇に沈む。

――ドサッ。

 柚の体は音もなく崩れ落ちた。 

 無表情の赤い瞳たちが、機械仕掛けのように彼女を抱え上げる。

「あは……ははは……はははは……」

 子供の声に似て、子供ではない笑い。 

 耳障りなその響きは、群れを率いるかのように瓦礫の奥、さらに深い闇へと消えていく。

 その中心で最初の赤い瞳の男の子が嗤った。 

 それは幼子の笑みではなく――“祟り”の冷たい嗤いだった。



――そして現在。 

 無線機から、焦りを滲ませた声が響いた。

『……やはり、どこにも人影はありません』

 リキたちは顔を見合わせ、不安の色を浮かべる。 

 

 その背後では、零部隊が数珠の男と影の男を押さえ込み、手際よく拘束していた。

 その時だった。 

 遠くの地面に沈んでいた男の体が、不意にびくりと震える。

「っ……!」

 呻き声とともに、泥の能力者が目を覚ました。

 すでに零部隊の兵士が数人、取り囲んでいたが――

「……こりゃ、まずいな」

 次の瞬間、男は地面を泥へと変え、必死に潜り込む。

「待てッ!」

 兵士たちは反射的に手を伸ばし、沈みゆく身体を掴もうとする。 

 だが指先に残ったのは、ただの泥の感触だけ。

 男の姿はあっという間に地中へと消え去った。


 直後、無線に別の声が割り込んだ。

『こちら第一部隊! 市民の怒りが限界に達しています! 「五年子を殺せ」との声が殺到している!』

『第二部隊も同じだ! 群衆が煽られ、制御が効きません!』

 途切れがちな電波の向こうから、怒号が流れ込んでくる。

「五年子のせいで……!」「あいつらがいる限り、平和は来ない!」

 幾重にも重なった罵声と憎悪が、無線越しに響き、 まるで空気そのものを震わせているようだった。

 それを聞いた五十嵐は、静かに一言つぶやいた。

「望月、今回の件は俺が招いたことだ。捕まえるなら俺だけにしてくれ。他の奴らは皆、見逃してくれ」

 望月はしばらく間を置いて答えた。

「死人まで出てる状況で、一人だけを捕まえて済ますわけにはいかない。世間が納まらん」


 そのとき、五十嵐の手を誰かがそっと掴んだ。

「五十嵐さん、俺もあんたについて行きますよ」

 霧原だった。まだ横たわり、体は動かなかったが、声は確かに出ていた。五十嵐は少し俯き、申し訳なさそうに呟く。

「すまねぇな、霧原」


――無線が割り込み、別の報告が入る。

『こちら第三部隊。五年子の一人が市民を刺したと自首しました』

 リキの胸にすぐに確信が走る。針のおじさんだ。

 望月は即座に決断を下した。

「わかった。五十嵐、霧原、そして自首した男も――首謀者として拘束せよ!」


 兵士たちが一斉に動き出す。

 霧原はまだ体を起こせず、担架に乗せられたまま拘束された。

 針の男は抵抗すらしない。膝から力が抜け落ち、虚ろな目で夜空を見上げながら、手錠をはめられていく。その姿には怒りも反抗もなく、ただ深い絶望だけが滲んでいた。

 一方、五十嵐は堂々と背筋を伸ばし、兵士たちを正面から受け止めていた。 

 兵士が近づき、彼の両腕に拘束具をかけようとする――だが右袖は血で固まり、すでにそこに腕はない。

「おいおい……片腕しかねぇのに、縛ってどうすんだよ!」

 五十嵐は豪快に笑い飛ばした。

 兵士たちは一瞬、顔を強ばらせたが、黙って残る片腕に拘束具をかけるしかなかった。


 連れて行かれる寸前、五十嵐は振り返り、リキとヨルを真っ直ぐに見据えた。

「お前ら……柚を助けてやれ。あいつは特別な力を持ってる。そう簡単には殺されねぇはずだ」

 一拍置いて、五十嵐は笑みを浮かべる。

「……多分もう、俺たちが会うことはない。だから最後に言っとく。何があっても――孤独だなんて思うな」

 視線を逸らさず、声を張る。

「血の繋がった家族がいなくても、俺たち禍野街の仲間は……みんな家族だ」

 リキは息を詰め、胸に熱いものを押し込める。

 ヨルも唇を噛みしめ、逸らさずにその言葉を受け止めた。

 五十嵐の声は力強く、まるで遺言そのもののように響き渡った。

 風が唸り、ヘリの音が次第に近づく。 

 五十嵐は片腕を拘束されたまま――最後の最後まで笑みを崩さなかった。

 やがて、彼らは護送用のヘリへと乗せられていく。 回転翼の轟音が夜空を切り裂き、吹き荒れる風が瓦礫を舞い上げる。


 リキはその音に包まれながら、禍野街での日々を思い返していた。

 五十嵐や霧原との厳しい修行。柚と無邪気に遊んだ時間。街の人々と火を囲み、笑い合いながら食事をした夜。針のおじさんが語ってくれた話――。

 そのすべてが、もう手の届かない場所に消え去っていく。

 五十嵐も、霧原も、針のおじさんもいない。柚さえも……。

 そう考えた途端、リキの瞳から涙が溢れ止まらなくなった。

 ふと、その肩に温かな手が置かれる。

「……心配すんな。俺がいる」

 泣きじゃくるリキの横で、ヨルは夜空を見上げたまま、静かに言葉を落とした。 

 その声に、リキの胸の奥にわずかな灯りがともる。――この先、どんなに辛いことがあっても、ヨルと一緒なら、自分はきっと乗り越えていける。

 ヨルと交わした言葉が胸に残るまま、リキは涙を拭った。 


 その時、不意に前に立った風吹が二人へと向き直る。

「……政府間で決まったことがあるの」 

 彼女の声は優しくも、どこか硬さを帯びていた。

「あなた達、五年子はこれから政府の管理下で生きることになる」

 リキとヨルは息をのむ。

 その未来が何を意味するのか、想像するだけで胸がざわめいた。

 だが、風吹は柔らかく微笑み、言葉を続ける。「政府の上の連中は、五年子を道具みたいに扱おうとしてる……。けど安心して。零部隊には隊長や私みたいに五年子の仲間もかなりいる。絶対に、あなた達をそんな風にはさせない」

 その言葉は、暗闇の中に差し込む一筋の光のようだった。 

 やがて、夜空を切り裂く轟音とともに、一機のヘリが姿を現す。回転翼の風が二人の髪を大きく揺らした。

「――さぁ、行きましょう」

 風吹が手を差し伸べる。

 リキとヨルは互いに視線を交わし、決意を込めてうなずいた。


 風吹が差し出した手を取り、リキとヨルはゆっくりとヘリへと乗り込んだ。 

 夜明けの空を震わせる轟音とともに、禍野街は遠ざかっていく。

 

 失ったものは大きい。 

 けれど、それでも進むしかない。

 

 彼らの胸に残るのは、五十嵐の言葉。 

――「孤独に思うな。禍野街は家族だ」

 その想いを背に、二人は新しい道を歩き出す。


第一章 禍野街戦 ──終幕──


十話ありがとうございます。碧甫です。

ついに第一章完結しました。まだリキ達の物語は始まったばかりです。今後も是非お楽しみください。

近々、一章で出てきたキャラ達を紹介する説明書的なものも書こうと思いますのでぜひご覧ください。

それではまた、二章で

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