招かれざる客
メルティエール王国に、静かなる不穏が満ちていた。
原因不明の霧は一向に晴れず、調査団の成果も得られぬまま一ヶ月が過ぎ──
国民の不満は、じわじわと水位を上げるように王都を満たしていった。
新鮮な食材は市場から消え、商人たちは古い保存食で帳尻を合わせる始末。
冒険者たちは出国できず、ギルド協会には依頼が積まれたまま腐っていく。
店は閉まり、街の音は日に日に静かになった。
「大魔王が倒されたって聞いてたのに……」
「勇者ユウリ様がいるんだぞ? なのに、まだ何も解決しないなんて……」
「やっぱりあの霧、呪いなんじゃないのか……?」
人々は不安を抱え、時に怒りを漏らし、そして諦めかけていた。
――王都中央、大理石の床に金の柱が立ち並ぶ、国王の大広間。
そこでは、国を救った七雄の一部が集い、今後の対策を話し合っていた。
ユウリは背もたれにもたれながら、冷静な目で情報を整理し、
その隣ではオルガが苛立ちを隠さずに言葉を投げていた。
「このまま放っておけば、次に暴れ出すのは国民だぞ。サイクロプス以上の厄介者になる」
「……調査団を二手に分けてはどうでしょうか? 一部は霧の内部へ、もう一部は魔導の塔へ情報収集に」
提案したのは、ギルド長シルフィン・オーロット。胸元の紅い装飾が揺れ、落ち着いた声に芯があった。
「それじゃ人員が足りないわ。ギルドの若手でも許してくれれば、まだ動かせるけど……」
「それでは王都の防衛が手薄になります。先日の被害報告を見れば明らかです」
ドワーフのような体格の獣人・ボンフが、唸るような声で反論する。
どこか煮詰まった空気の中──
**ドン!**と、扉が激しく開かれた。
「報告申し上げますっ!」
息を切らした若い兵士が、大広間へと飛び込んできた。
「何事だ!」
低く響いたのは、聖剣士オルガの怒声だった。
「いまは重要な会議の最中だ。下がれ」
「申し訳ありません! ですが、ただ事ではありません!」
兵士はひとつ深く息を吸い込み、震える声で続けた。
「……検問所に、魔物を連れた親子が現れました! 『国王陛下にお目通り願いたい』と!」
その場の空気が、一瞬止まった。
魔物を連れて?
外の世界は霧に閉ざされ、誰も入ってこられなかったはずだ。
しかも連れていたのは魔物――それが事実なら、あまりに異常だ。
「……久々の来客が魔物連れとはな」
ユウリが椅子から立ち上がる。冷静な眼差しの奥に、わずかな興味が滲んでいた。
「魔物の種類は?」
「ス、スライムのようでした……が、ただのスライムとは違う様子です!」
聖剣士オルガが眉をひそめる。
ギルド長シルフィンは視線を泳がせながら、「まさか……」と、誰にも聞こえない声を漏らした。
「親子、というのは?」
「小さな少年と、母親のような女性が一緒に。少年が……話をしていたようです」
「この状況で外から来れた時点で、無視するわけにはいかないわね」
シルフィンが静かに言った。
そして、王座の上──金の椅子に腰掛けた、国王エルダが立ち上がった。
白髪と長い顎髭を蓄えたエルダは、優しく、しかしはっきりと命じた。
「その者たちを……ここへ連れてきなさい」




