交渉
こうして、調査団はリークとテレサを除いて出発した。
だが──1ヶ月の調査を終えても、彼らが目にしたのは、ただ果てしなく続く霧と、沈黙する平原だけだった。
サイクロプスの影はなく、原因となるような魔法の痕跡すら見つからなかった。
唯一変わらなかったのは、深い霧が晴れる気配すらないということだった。
《メルティエールは、孤立したままだった》
名は「蒼蓮の書楼」。
この国の中でも最古の記録を有する図書館で、まるで聖域のように静かな空間だ。書楼の名は、その蒼き蓮の紋章を掲げた創設者の一族に由来する。
陽光を取り込む高い天窓、幾重にも積まれた古書の山。空気は紙とインクの香りで満ちていた。
リークとテレサは、朝からずっとそこにいた。
「やっぱり全部読んで調べるのは無理があるな……」
リークはぼそりと呟きながら、天井にまで届きそうな書棚を見上げる。
「数十万冊もあるって、書庫の管理人さんが言ってたわ。探すだけで一生終わるかもしれないわね」
テレサもため息混じりに言った。
だが諦めなかった。
2人はそれぞれ散って、関連しそうな本を片っ端から目で追った。書棚の上段にあった古書が気になったリークは、踏み台に足をかけて手を伸ばす。
そのときだった。
**「パタン」**と音を立てて、一冊の本が自然に床に落ちた。
リークは一瞬息を呑む。
まるで「読め」と言わんばかりの偶然。
「テレサ、ちょっと来て」
そう声をかけながら、そっとその本を拾い上げる。
装丁はボロボロで、金属の留め具が外れかけている。だが中身は……不思議と風化していなかった。
テーブルに運び、2人でページを開いた。
書物の内容(抜粋)
『時は遠き昔。
忽然と現れた霧により、幾つもの町が道を見失い、交易は断絶された。
霧の中には見えざる“魔の獣”が潜み、旅人を飲み込むと伝えられた。
人々はそれを「モンステラの霧」と呼んだ。
魔王モンステラ――それは霧と共に現れ、国を一夜で飲み込むほどの存在であったが、
勇者によって討たれ、記録の奥に葬られた。』
ページを繰るごとに、リークとテレサの目は見開かれていく。
「霧の被害……交易の断絶……サイクロプスの出現。全部……今と重なってるじゃない」
テレサが声を落とす。
「でも、モンステラって魔王は……倒されたはずだよね?」
リークも戸惑いを隠せない。
だが、偶然とは思えなかった。
まるで何かが「忘れられた真実」を告げようとしているかのように。
「記録が事実だとすれば……可能性はゼロじゃない」
テレサは強く本を閉じた。
「このこと、誰かに――」
その瞬間だった。
窓の外、王都の通りを小さな一団がゆっくりと歩いていた。
「……ねえ、あれ……」
テレサが窓辺に近づいて言う。
兵士たちが、何かを囲むように警戒しながら歩いていた。中にはフードを被った男女。父と娘らしき姿。そして娘の胸には、小さな丸い何かが隠れているように見えた。
「スライム……?」
緑色の髪が、午後の陽に煌いていた。
その異質な雰囲気に、テレサの勘が鋭く反応する。
「怪しいわね……行ってみましょう」
「図書館から?大広間まで……」
「今、動かなきゃ後悔するわよ」




