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魔王殲滅  作者: 蒼乃
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招集

翌日になっても、異変は収まるどころか、ますます深刻さを増していった。

午前には別の商隊が、午後には単独で行動していた冒険者が帰還――いや、正確には「門の前に戻ってきた」。


「外に出たはずなのに、気づいたら門の前にいた」

「霧の中で……赤い目が、こちらを見ていた」


誰もが口をそろえる。

昨日まではクリフひとりの妄言と笑われていたが、同じ証言が積み重なれば、もはや否定することはできなかった。

街に広がったのは噂ではなく、“恐怖”だった。


門の前に並ぶはずの商人や旅人の列は消え、ただ兵士だけが警戒に立つ。

商会の倉庫では積み荷が動かず、冒険者ギルドの掲示板も空白ばかり。

ざわめきが城下を満たし、人々の表情には不安が色濃く滲んでいた。


「これはもう、偶然じゃ済まされねえ……」

七雄のひとり、ボンフが低く唸る。

群衆の視線が彼に集まる。


その時、人混みを割って現れたのは、大商人アドルフだった。

重厚な外套をまとい、背筋を伸ばした姿は周囲を圧倒する。

普段は温厚に笑う彼が、この日ばかりは眼差しを鋭くしていた。


「おいおいボンフ殿、こんな時に腕を組んでる場合じゃないだろ?

俺たち商人は荷が動かにゃ飯も食えねえ。あんたらが動かないなら、俺たちで街道をこじ開けるぞ!」


冗談めかした言い方だったが、声には底知れぬ迫力があった。

周囲の商人たちが「そうだ!」「俺ら破産しちまう!」と口々に叫び、兵士たちまで落ち着きを失ってざわめく。


テレサは、その声に息を呑んだ。

――お父さん!?


「おー、テレサじゃねえか。こんなとこで何してんだ?」

アドルフが片手をひらりと挙げる。

叱責とも冗談ともつかぬ調子で。


「お、お父さんまで……」

「そりゃ来るさ。街も商売も止まっちゃいけねえんだ。俺たちが声を上げねえでどうする」


アドルフの毅然とした姿を、テレサは初めて見る気がした。

それだけで、この事態がどれほど異常か痛感せざるを得ない。

リークも横でごくりと喉を鳴らした。


群衆のざわめきの中、ボンフはしばし目を閉じ、深く息を吐いた。

「……分かった。俺が王に報告する。ここから先は、街だけの問題じゃねえ」


その言葉が告げられると、群衆にどよめきが走る。

アドルフはにやりと笑い、肩をすくめて背を向けた。

残されたテレサは胸の奥がざわつくのを感じていた。

父が動いた――それはつまり、もう子どもの遊びや学びで済まされる段階ではないということだ。



その日の夕刻、街は早くも不穏なざわめきに包まれていた。

「王城で緊急の会議が開かれるらしい」

その一言が広まっただけで、広場の人々は顔を見合わせ、落ち着かない足取りで行き交う。


「行こう、リーク! 私たちも確かめるの!」

テレサの声は期待に弾んでいた。


「えっ、王城に? もしバレたら大変だよ?」

リークは両手を振るが、テレサはもう聞いていない。


「こんな大事なときに、座って噂を聞くだけなんて嫌。確かめるのよ!」

そう言って彼女はリークの袖を掴み、半ば強引に駆け出す。


渋々ながらも、リークは引きずられるように王城へ向かった。

城門の警備は厳しかったが、商人の娘であるテレサには出入りの経験がある。

裏門の衛兵に軽く会釈をして、二人は人目を避けながら大広間へと忍び込んだ。


高い天井に金の装飾が輝き、赤い絨毯はまるで血の流れのように玉座まで真っ直ぐに伸びている。

荘厳な柱、壁にかけられた巨大なタペストリー。普段は近づくことすら許されない王の間。

リークは思わず息を呑んだ。


「……本当に来ちゃった」


「しっ! まだ誰も来てないわよ。ほら、あそこ!」


テレサは指先で玉座の背後を示す。

リークは慌てて首を振るが、結局二人は玉座の後ろへと身を隠した。


「こんなところに隠れて大丈夫なの?」


「しーっ、もうすぐ来るわよ?」


二人の小声が吸い込まれるほど、大広間はしんと静まり返っている。

玉座にはすでに国王エルダ・ファルグレインが座していたが、二人の気配には気付かず、ただ黙して兵士の到着を待っている。


──やがて、重い扉が開いた。


響く靴音。広間に一気に緊張が走る。

まず入ってきたのは、七雄のひとり、防壁門番ボンフ・ドランベルク。

その背に続くように、治癒士シルフィン、そして大魔導師エレノア・ランフォード。


「……母さん」

リークは小さく呟き、息を殺す。


続いて、聖剣士オルガ・ラインハルトが姿を現した。

肩にかけられた白銀のマントが、わずかな風で揺れる。

彼の後ろ姿だけで、場の空気が引き締まるのをリークは感じた。


そして最後に、重々しい沈黙を破るかのように入ってきたのが──


「ユウリ様だ……」

誰かが息を漏らす。


その名を聞いただけで、テレサの顔がぱっと輝く。

彼女が勇者ユウリを目にするのは数えるほどしかないはずだ。

街の大商人の娘として出入りはあっても、間近で見る機会はめったにない。

それでも、彼の姿は人々の心を一瞬でさらう。


リークは別の感情で胸が詰まる。

──憧れではなく、重圧。

自分の母と肩を並べる七雄の存在、王の命で動く勇者。

彼らの視線の先に、いつか自分が立たねばならないかもしれない未来がある。


ユウリは静かに歩みを進め、玉座の前に立っただけで広間のざわめきが消えた。

白い装束、冷たいようで柔らかな眼差し。

一歩前へ出るその動作が、空気を一瞬で張り詰めさせる。


テレサは目を離せず、リークは無意識に背筋を伸ばした。


その時、国王が立ち上がった。

「皆の者、よく集まってくれた。リファンとエルシャデンは不在だが……今は一刻を争う」

深い声が広間に響く。兵士たちが姿勢を正し、空気が張りつめた。


ボンフが一歩前に出る。

「エルダ、門の前で妙なことが起きてる。商隊も冒険者も、霧の中で行方不明だ」

低い声が広間を満たし、兵士たちが息を呑む。


「生きて帰った連中の話じゃ、気づいたら門の前に戻されてたらしい。

 赤い目を見たって証言もある。……もしこいつらの言ってることが本当なら、

 行方をくらました奴らが今どこにいるのか、考えるだけで胸糞悪い」


兵士たちの間に不安が走る。

ボンフは腕を組んだまま、じっと国王を見据えた。

そのやり取りに、リークは小さく息を呑んだ。

――国王にタメ口? いや、それだけ二人が深い仲だということか。


エルダはしばし沈黙し、やがて穏やかに口を開いた。

「……ボンフ、お主の言う通りだ。

 このまま手をこまねいていれば、街は混乱し、国境の警備にも支障が出るだろう」


広間にいる兵士たちがざわめき、互いの顔を見合わせる。

エルダは視線を前に向け、静かに言葉を続けた。


「ユウリ、オルガよ」


呼ばれた二人が進み出る。

ユウリは静かに膝をつき、オルガは陽気に頭をかいた。


「へっ、スライムしかいない平原にサイクロプスだってさ。どう思うよ、ユウリ」

「笑ってはいけません、オルガ。被害が出ている以上、私たちで原因を突き止めましょう」


エルダは二人を見て、ゆっくりとうなずいた。

「ユウリ、オルガよ。お主たちに命じる――この異変を調べ、必要とあらば討伐せよ」


ユウリは深く一礼した。

「お任せください、国王陛下」


オルガはにやりと笑い、腰の剣を軽く叩いた。

「任された! 暴れる準備はできてるぜ」


広間にいた兵士たちは誰も声を上げず、ただ二人の背中を見つめていた。

それは祈りにも似た視線だった。


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