検問所での騒ぎ
門へと続く石畳の通りは、すでに人で埋め尽くされていた。
市民、商人、兵士、そして見物目的の子どもたちまでもが押しかけ、先頭では言い争う声が響き渡る。
「下がれ、下がれ! 門の前には近づくな!」
衛兵が制止の声を張り上げても、ざわめきは止まらない。
ようやく列をかき分けて前に出た僕とテレサの目に飛び込んできたのは、濃い灰色の外套を羽織った小柄な男だった。
背中には巨大な鉄槌――七雄の一人、ボンフ・ドランベルクに間違いない。
「……ボンフさん?」
僕が声をかけると、ボンフさんは振り返り、少し疲れたように頭をかいた。
「おう、リークの坊ちゃんか。それにテレサ嬢ちゃんも」
その声音は、どこか険しい。
ボンフさんの隣では、ひとりの商人が取り乱して叫んでいた。
髪は乱れ、背負い袋も持っていない。まるで逃げ帰ってきた直後のように肩で息をしている。
「お願いですだぁ! 信じてくだせぇ! オラぁ嘘なんて言ってねぇ! 確かに……確かに見たんですだぁ!」
男の目は血走り、恐怖に怯えていた。
「落ち着け、クリフ。お前の言うことを信じたいが……証拠がねえ」
ボンフは低く唸るように言う。
「ボンフさん……この人は?」
僕が尋ねると、ボンフさんは小さくため息を吐いた。
「クリフは隊商の一員だった男だ。二日前に仲間と出国したきり、今朝ひとりで門に戻ってきた。荷物も馬車もねえ。しかも――」
ボンフは門の外を顎で示す。
「今朝からずっと、あの通り真っ白な霧でな。外の様子は誰にも分からねぇ」
「仲間は……?」
テレサが眉をひそめる。
「帰ってきちゃいねぇ。だから皆、置いていかれたか迷子になったかだと思ってるが……」
ボンフさんは視線を商人に向ける。
「オラ見たんですだァ! でっけぇ体に……赤い目がひとつ! あれは……サイクロプスだぁ!」
クリフの声が響き渡り、ざわめきが一瞬止まる。
人々がざわつき始める。「まさか」「そんな馬鹿な」と口々に囁く声が広がる。
サイクロプス――伝承でしか聞かない魔物の名だ。
このメルティエール周辺は平原ばかりで、出る魔物といえばせいぜいスライムか野ウサギ程度。
血の気の多い冒険者たちでさえ、半信半疑の表情で互いに顔を見合わせていた。
「これ以上は困る! 解散だ、解散!」
門兵が声を張り上げ、民衆を追い払う。
ボンフがクリフの肩をつかみ、門の脇へ連れて行き、詳しい話を聞くために移動した。
僕とテレサも人の流れに押されるようにして門前を離れる。
しばらく歩いたところで、テレサがふと立ち止まった。
「……リーク、さっきの話、どう思う?」
「どうって……」
僕は言葉に詰まった。
テレサはまっすぐ僕を見つめ、はっきりと言った。
「私、あの人が嘘をついてるようには見えなかった」
僕はその言葉にドキリとする。
確かに、あの必死さは演技じゃない。震えた声も、血の気の引いた顔も、きっと嘘じゃない。
「もしかしたら……あれが成果物の鍵になるかもしれない」
テレサの瞳がきらりと光る。
「霧の正体と、あの男が見たものを確かめる。私たちがそれを証明すれば、ベルン先生も、父さんだって認めざるを得ないはず」
胸が高鳴る。
さっきまで絶望で重かった心が、少しずつ熱を帯びていく。
「……やってみよう」
僕は頷いた。
テレサもにっと笑みを見せる。
事態は、確実に動き出していた。




