第8話
―――科学技術センターの試作品で……顧問の石川先生が『脳波増幅』だと言っていた装着
―――他の誰も倒れなかったのに、お前だけ倒れたよな
―――石川先生が『データは私が預かる』って
(……中村が言っていたのはなんなのか? 石川は俺のなんのデータを持っているんだ? あの実験で何が起きたんだ?)
――――佐藤くん、君の能力の制御は不可能だ。近日中の実験に協力しろ。石川
(石川は何をしっているんだ? なんで俺の能力が制御出来ないとだんげんしてるんだ?そして、俺をどうする気だ…? 能力者を操る装置を完成させたって、俺を操るつもりか……?!)
昨日の出来事がまさるの頭の中をぐるぐる駆け巡る。午前の事務仕事は全く捗らなかった。
特に『近日中の実験に協力しろ』の文字に、近く石川が接触してくることに怯えていた。
商店街は祭りの準備で活気づくなか、昼休憩のためにまさるは高畑のラボへ急ぐ。アパートの中はクーラーで冷えていた。高畑の出した水出しコーヒーを、まさるは一気に飲み干した。
黙ったままのまさるを、高畑は怪訝な顔で見ている。
まさるが震える手で昨日届いたメールを見せる。
「高畑、俺、もう能力使わない! 石川は俺を操って、ロボットにするんだろ!?」
スマホの文面を読んだ高畑は、メガネを直し眉をひそめる。
黙っている高畑に、更にまさるは訴える。
「高畑、前に言ってたじゃないか。石川は能力者を操る装置を完成させたらしいって。俺みたいな能力者をリモートで制御して、社会実験をするんだろ?!」
「……あのあとコネを使って石川の装置について聞いてみたんだが、その装置は能力者の脳波を操るものらしい。おそらくお前の頭痛はそれが原因だと考えられる。―――制御練習しないと、石川に操られるぞ。」
「使わない方がいいだろ! バレたら終わりだ!」
「感情で暴走するんだ。呼吸法で抑えろ。スーハー、スーハー、それから数を数えろ。操られないようにするんだ。お前なら、出来る。」
「……っ、わかったよ……」
まさるが渋々練習を始めると、スプーンがガタガタ震え、コンドームがふわりと浮かぶ。
神輿を動かした感覚を思い出そうとするが、田中のニヤニヤ顔とSNSの『#エスパー佐藤』が脳裏に過ぎり、頭痛が走った。その瞬間、コンドームが天井にビタン!と張り付く。
「くそっ、制御できねえ!」
「やはり、トリガーはストレスだ。データ取れた。ストレスを感じたら、呼吸を整えたり数を数えるんだ」
「制御すれば、操られないんだな……?」
「脳波を操るという理屈から考えれば、だが。」
「はぁ……理屈、な。―――……クソっ、昼休みが終わる。また明日、来るわ」
ラボを出ると、商店街で子供が屋台の柱に近づくのを見掛けた。目の前で柱がグラッと揺れ、まさるのテレキネシスが勝手に発動した。柱がふわりと浮かび、子供を避けた。
(―――なんでだよ! 使わないって決めたのに!)
子供や商店街の人々が柱を囲み、歓声を上げていた。まさるはバレないよう、関わらないように職場へ戻ろうと思い、人気のない道に足を踏み入れた。
そのとき、路地裏で田中が電話する声がした。
「……ィシカ……さん、わかってます。それで……、はい。佐藤さんの噂、#エスパー佐藤でめっちゃバズってます……」
まさるは物陰に隠れ、震える手でスマホを握った。
「もう、能力なんて使いたくねえ……」
まさるはモニターに映るマルシェの報告書を眺めながら呟く。能力を使わなければ、頭痛も眠気も収まるはず。石川にバレるリスクも減るはずだ。
だが、頭の奥でズキッと痛みが走る。テレパシーが勝手に発動し、隣の田中の心の声がエコーとなって響く。
「「佐藤さん、ほんとにエスパーなら…めっちゃ面白いのに……でも、……あの件、早く知らせとかないと……」」
まさるはハッとして田中を振り返る。彼女はいつものニヤニヤ顔でスマホをいじっていた。
(路地裏の電話といい、心の声といい、もしかして田中さんと石川は繋がってるのか……!? 俺の能力、バラしてるのは田中さんなのか……!?)
心臓がバクバクし、汗が滲む。まさるは目を閉じ、深呼吸で心を落ち着ける。6秒数える。高畑に教わった呼吸法は効く。テレパシーは止まり、頭痛もスッと引いた。
「佐藤! マルシェの追加資料、今日中だぞ! ボーッとしてんじゃねえ!」
山田課長の声がフロアに響く。まさるは慌てて「はい、やってます!」と返すが、頭の中は石川と田中のことでいっぱいだ。
(田中さんが石川に俺のことを報告してるなら……能力がバレている理由も分かるが……くそっ……石川に操られたくない )
翌日、午前の事務仕事を終えて昼休みになると、まさるは商店街の熱気を避け、高畑のラボへ向かった。握りしめたスマホが熱を発している。夏の名残の暑さがアスファルトを焼き、シャツが背中に張り付く。高畑のアパートのドアをノックすると、いつもの埃とコーヒーの匂いが迎える。
「佐藤、顔色悪いぞ。どうした?」
高畑が水出しコーヒーをグラスに注ぎながら言う。まさるはソファにドサッと倒れ込んだ。
「これ……さっき、石川からまたメールが届いたんだよ……。"商店街の裏路地で会おう"だって…!」
高畑がまさるのスマホを手に取り、メガネをクイッと上げる。眉間に深い皺が刻まれる。 今朝まさるに届いた新しいメール。シンプルな文面が、まさるや高畑の記憶にある石川らしさを感じられる。
「直接会いに来る、か。なんだか切羽詰まっているようにも感じるな……」
「 俺、会いたくないよ…… なあ、高畑、俺もう能力使いたくないよ……いや、能力使わないって決めた! 使わなきゃ、操られないだろ!」
「能力使わなければ操られないというものではないと思う。石川の装置について、俺が調べて分かっているのは、θ波を操作して能力を強制発動させるものだということだ。」
「なあ……この前中村に会ったんだ。俺は、あんまり覚えてないんだが、高校時代、不思議現象研究会で科学技術センターの試作品で『脳波増幅』ってのを、お前と中村で動かして、他のやつは倒れなかったのに、俺だけ倒れたって……なあ、高畑は覚えているか?」
「ああ、そうだな。」
「その時に、石川が『データは私が預かる』ってのは、この能力と関係があるのか?」
「―――おそらく、お前の脳波のデータだろう。石川が言うには、お前の『θ波』は特殊な脳波だったらしい。他のやつは倒れなかったのに、お前だけがあの装置に反応した」
まさるのグラスを持つ手が震え、氷がカタカタ鳴る。高畑は冷静にノートPCを開き、画面をまさるに見せる。
「―――これ見てくれ。石川の研究ログの断片だ。科学技術センターの『脳波増幅器』を基に、θ波を操作する『θ波コントローラ』を開発した。こいつは能力者の脳波を遠隔で刺激し、テレキネシスやテレパシーを強制発動させる。お前の頭痛や眠気は、装置がθ波に干渉してる証拠だ。」
画面には、金属製の小型デバイスの設計図。赤いLEDが点滅するイメージ図と、「対象の脳波捕捉率:92%」の文字。まさるの喉がカラカラになる。
高畑は画面を指で、トントンと弾いた。
「この、"対象"ってのは、おそらく佐藤のことだと思われる。」
「92%!? じゃあ、俺の脳、ほぼハックされてるってことかよ…!?」
「まだ完全じゃない。石川は最終テストで、お前の能力を完全に制御する気だ。社会実験の第一歩として、商店街みたいな公共の場で現象を起こし、SNSで拡散させてる。お前の神輿の件などは全部、データ収集の一環だろう。」
「社会実験!? 俺を使って何する気だ…?」
高畑が目を細め、ノートにペンを走らせる。
「仮説だが、石川は能力者を『社会の道具』にしたい。商店街の集客を増やしたり、都市伝説を作ったりして、世論を操作。最終的には、能力者を兵器やエンタメとして売り込む気かもしれない。お前の同僚―――田中彩花の#エスパー佐藤の投稿は、そのためのデータ収集に都合がいいのかもしれない」
まさるの頭に田中のニヤニヤ顔が浮かぶ。
「やっぱり田中さんが……石川のスパイ!? 俺のこと、全部バラしてるのか!?」
「可能性はある。お前から聞いた限りだが―――彼女の行動、意図的に#エスパー佐藤を広めてる。石川が田中を操ってるか、田中が主体的に行っているかは分からないが」
夕方、商店街の裏路地。提灯が薄暗く揺れる中、まさるは組合長に資料を届けた帰りに路地を下見する。
田中が石川に電話をしていた路地裏だ。
ゴミ箱の影で人影が動く。逆光ではっきりと姿が見えないが―――高校時代に顧問として接していたからわかる。石川だ。
「佐藤くん……久しぶりだな?」
低く、冷たい声。まさるの背筋が凍る。石川がポケットから取り出したのは、手のひらサイズの金属デバイス。赤いLEDが不気味に点滅している。
「石川先生……俺をロボットにする気か!?」
「ロボット? 君はもっと価値があるよ。高校の実験で君の脳波は特別だと分かった。あれから開発したθ波コントローラで、君のテレキネシスを自由に操れるはずだ。ここのところ商店街で派手な現象を起こしてもらったおかげで、ずいぶんデータが集まってきたからね」
「田中さんは、関係してるんだな……?」
「田中……ああ……、君の同僚が#エスパー佐藤を広めてくれたおかげで、データ収集がずいぶんスムーズだった。そしてSNSでバズれば、社会は君をヒーローか怪物にするだろう。君が有名になればなるほど、私の研究が認められる。君が我々の実験の鍵だ」
―――君は我々の実験の鍵だ
高校時代、あの理科室で聞いた石川の声が、眩しい光とともに脳裏に蘇る。
石川の持つ金属のデバイスから、LEDが赤く点滅している。徐々にLEDの点滅が速くなり、まさるの頭痛が同期するように響く。
視界が揺れ、路地の奥で石川の手の中でのLEDの点滅が加速するのが見えた。まさるの頭痛が強まり、頭を抱える。
まさるが膝をつく瞬間、テレキネシスが勝手に発動した。
飾られた祭りのいくつもの提灯がグラグラと揺れて、紅白の垂れ幕がはためいている。徐々に提灯の揺れが激しくなっていく。
「どうだ、『θ波コントローラ』の効果は。これで君の能力を私がコントロールすることが出来るんだ。さあ、まずはあの提灯を浮かせてみようか」
(ヤバい、能力が勝手に……。落ち着け、こ、呼吸方法……)
まさるは頭を抱えたまま、呼吸を整えた。スーハー、スーハー。数を数え、九九を数える。頭痛がスッと引くいていくと、デバイスのLEDが一瞬乱れたように見えた。揺れている提灯が、静かになっていく。しかし一度激しく揺れたせいか、根元が脆くなっていたらしい。ひとつの提灯がハズレて落ちてきた。
「佐藤、危ない!!」
高畑の声が響く。
ひとりで石川に接触なんて怖いことはしない。高畑に近くで待機してもらっていたのだ。
高畑が駆けつけるより早く、まさるの頭目掛けて提灯が落ちていく―――。
痛みを想像して身体を硬くしたが、まさるの頭に衝撃はやって来なかった。
目を開くと、まさるはゴミステーションでゴミに囲まれていた。目の前にいたはずの石川はだいぶ先の道路に立っており、その前には壊れた提灯の前で立ち尽くす高畑がいた。
つまり、まさるがさっきまでいたのは、その提灯の転がっている場所だ。
「テレポーテーション……。新たな能力の発現か。想定外だが、面白い。」
石川の手に持っていたデバイスのLEDが、チカチカと不規則な光の点滅をしていた。
「石川先生、そのデバイスは―――」
「高畑くん、君には用はないよ。………じゃあ、佐藤くん、また、次の機会に。」
石川はデバイスを懐にしまうと背を向け、路地奥に消えていく。
高畑はそれを見送ってから、まさるのところへ駆け寄る。ごみ袋の山をどかして、ごみに埋もれたまさるを救出する。
「大丈夫か……? 佐藤、今のは、テレポーテーション、だよな!?」
まさるは額の汗を拭い、高畑に抱えられながら立ち上がる。ヨロヨロとふらつくまさるは、お腹を押さえながら言う。
「あの……高畑……ちょっと、トイレ貸してくれないか? お腹が、限界、だ……」
わかってるとは思いますが、『脳波増幅器』とか『θ波コントローラ』とか高畑や石川の脳波の話はデタラメです。